病院の僧侶(プリースト)2 ギルの戦い

加藤かんぬき

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カレンジュラのギル➄ セルガーとリーフ

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 ギルがこの草原に連れて来たのはセルガーだった。地面の上に死んだように眠っていた男はリスハーの姿に戻っていた。腹の傷はそのままで風穴が空いたままの状態だった。
 セルガーはなぜリスハーがこのようになっているのか疑問を口にしながらも、呪文を唱えて腹の傷を回復させた。

 しばらくは黙っていた籠手のシムエストも謎めいた酒場の親父に口を利かないわけにはいかなかった。
《何で酒場の親父が僧侶の呪文が使えるんだ⁉ びっくりだぞ! おい答えろセルガー! なぜだ! なぜだ! なぜだ⁉》

 金属音のような、脳に直接語りかけるような声にセルガーは驚いた。
「だ、誰だ⁉ どこから声がしてる⁉ …何だと籠手が⁉ …お前みたいに話せるようなことじゃない!」
《それはすまなかった…》
 沈黙が流れたが、ギルの「いいんじゃないのか」という一言にセルガーは目を見開く。
「いいのか、ギル⁉」
 セルガーはバレンタイン寺院のことをぽつりぽつりと語りだす。セルガー自身、誰かに聞いて欲しいことだった。

 セルガーは子供の頃に木登りに失敗して足を骨折してどうにもできずに泣いていたこと。それを通りすがりの僧侶が治してくれた。そして僧侶に憧れた。
 バレンタイン寺院で牧師の妻が亡くなり、僧侶が増えれば悲劇も減ると考えたセルガーは出家。
「そして出会ってすぐにギルにボコられた。そんでもって俺は超が付くほどの平和主義者になったんだんだぜ! わっはっは!」

 呪文を覚えることは楽しかったが、寺院へ訪れるわがままな客の相手は好きではなかった。
「一度だけ寺院の客にツケで回復してやったことがある。名前と住所は聞いていたが、待てど暮らせどその客は支払いに来なかった。
 師匠にポロッとしゃべったら『取り立てに行くぞ』って一緒にそのおっさんの家に行ったよ。そしたらそいつの家は掘っ立て小屋で食いざかりのガキが何人もいた。俺は何も言えずに帰った。俺は帰り道はおいおい泣いて帰ったよ。
 黙って隣を歩く親っさんの気持ちだけが伝わった。この人はずっとこんな経験をしているんだ。なんてつらい人生なんだろうと思ったよ」

 そうしてギルが勝手に結婚の誓約をやり始めて寺院が崩壊したこと。自分もその時はずいぶんおいしい思いをした。

「最高にうまい酒を飲む毎日だったぜ!  終わりはすぐに来たけどよ! わはは! 寺院には警察が大勢やって来てみんなそこから逃げた。俺は一人で家まで逃げ帰ったよ。それから何年か経って、ギルがカレンジュラにやって来た。いろんな国を放浪していたみたいだな。バレンタイン牧師の息子でもあったし、あの事件の真の首謀者でもあったから、こいつは本気で逃げ回っていたようだ。親っさんしか狙われていないことを気づいた時は安堵のため息が出たとか言っていたんだぞ。ギャハハハ! それに俺が恋しくなってカレンジュラに来たんだぜ。フハ!」

「ち、違うぞ! ガドラフ退治のおふれが出ていたからだ! それでわざわざカレンジュラへ足を伸ばしたんだ!」
 ギルが狼狽した顔で力強く主張。セルガーは冷静に応えた。
「まあ、こいつが生きていて俺は一安心した」

《…話が戻るが、寺院を頼って来た連中は全員が全員、ろくでもない奴ばかりだったのか? 治療してもらった奴は皆ありがとうも言わない奴ばかりか?》

「いや、違うぜ! 中には本当に感謝してくれる人もいる! いつまでもありがとうとか言ってるばあちゃんとかもいた。こっちが『もういいから』って言ってるのに『ありがとう、ありがとう』って全然帰ろうとしないんだ。他にはチップを俺のポケットにねじ込んで来る客もいた。『貰い過ぎです』って金を返そうにも逃げて帰りやがるんだ! 他にリヤカーいっぱいにトウモロコシを貰ったこともあるぜ! 食べきれやしないって! …冷たい言葉を投げかける奴が多い中、感謝してくれる人がいるんだよな。やけに照れちまう…。そんなことがあると笑顔が何日も続くんだよな。この仕事を選んでよかったって本気で思えた。つらくて寺院の仕事を辞めようかと思った時にいい人と出会っちまうんだな…」

《最後に質問だが、今のお前が、街中で怪我をした奴を見かけたらどうするんだ? 見て見ぬふりをして素通りするのか?》
「ああ。覆面をかぶって回復呪文を唱えるよ。だいたいいつも犬のかぶりものをポケットに入れている。前はフランケンのお面だったけど、それじゃあガキが逃げるからな。フフ…」

    *

 バンパイア・モナークのリーフが目覚めるとそこは宿屋の中だった。ベッドのすぐそばの椅子にギルが座り、暇つぶしの本をギルが読んでいる。シムエストはリーフの顔の上を飛んでいた。
《よお、リーフ。ギルのおかげですんでのところで助かったぞ。今回は完敗だ。ガドラフは次はお前とギルがセットで襲って来るのを期待したようだな》

「ギル、助けてくれてありがとう。ところで僕の正体ってバレバレだよね?」
「いや、助けられたのは俺の方だ。すまなかった」
 リーフは父がガドラフに仕えていたことを説明した。契約が残っていたのか自分が召喚されたこと。ガドラフへの反目、そして敗北。カレンジュラにしばりつける呪い、リスハーという人格を植え付けられた。

 どうしても家に帰りたいリーフは肉体を鍛えるが、今回も惨敗だった。
「次は君と一緒に、おじいちゃんと戦えばきっと勝てるよ!」
「ところでどうやってお前はミアと知り合ったんだ?」
「どうしてミアのこと知ってるの⁉ ええっとね…」

     *

 リーフが青年になった頃、屋敷から見えるトマト畑は広大なものに変貌していた。
 数字にして一ヘクタール(一キロ平方メートル)のトマト畑。知恵と技術で育てられてトマトは野生のそれのようにたくましい。
 そのトマトは町では評判。糖度が非常に高く、フルーツのように甘い。去年も高値で取引された。なんと言っても自分で作ったものを人から、おいしいと言われることが嬉しかった。

 そんな中、雨の激しい夜に落雷があった。事故で馬車が崖から落ちてそこでリーフが助けたのがミアだった。
 ミアは自分は孤児院で育ってメイドになる試験を受けた帰りだったと言う。それも筆記試験で落ちたそうだ。ミアはリーフに懇願した。
「お願いです! 私をこのお屋敷で働かせてもらえませんか⁉」

 毎日が思春期で女性への興味が尽きないリーフに突然訪れた幸運。
「ま、うちの屋敷は広いし、働いてもらおうかな」
 リーフは伸びた鼻の下と下心を隠して彼女をメイドとして雇うことを了承した。

 そうして楽しい二人の生活が始まる。畑仕事を終えたリーフが帰ってくると家の中はたちまちにぎやかになる。
「お帰りなさいませご主人さま」
「ミア、ただいま! メイドさんからそう言われるとたまらないなあ!」

「リーフ、もうこの挨拶やめません?」
「やだ! やだやだ! それから、眼鏡はやっぱかけないの?」
「私は目が悪くないのに、何で眼鏡をかけなくてはいけないのですか?」
「僕のロマンだけど、わかんないんだね…」

「わかりません! それから今日は、お風呂は一人で入って下さいよ! 手が痛いから背中が洗えないなんて嘘をまた言ったら許しません!」
「言ったらどうなる?」
「お暇をとらせていただきます!」
「しゅーん」

「あはは! 嘘ですよ。さあご飯を食べましょう。今日はトマトスープとトマトのチーズ焼きですよ」
「わーい!」
 これまで孤独を抱えて人生を送っていたリーフ。二人の生活は今までと比べ特別なものになっていた。
 それから二ヶ月ほどして別れの時が突然訪れた。リーフがガドラフに魔法で召喚されたのだ。

 ミアはリーフのことが許せなかった。自分が着替えをしている時や、お風呂に入っている時など、リーフがこっそり覗いていることを知っていた。それはいつか手厳しく注意してやろうと心に決めていたが、それは突然不可能になった。
「リーフのばか! どこにいったかわかりませんが、文句を言いに行きますわ!」

 ミアは山のふもとにある寺院の、リーフと仲の良かった僧侶を訪ね、リーフの居場所を呪文の力で教えてもらう。
 畑もそのままにしておくわけにはいかなかったため、人づてに大家族を雇って屋敷をその者たちに住まわせる。それも弁護士を間に立てて契約した。
 ミアはリーフを追って旅立ち、長い時間を経て二人は再会したのであった。

     *

 宿屋の中。リーフはベッドに座り、ギルはテーブルの椅子に腰かけている。籠手のシムエストはテーブルの上に乗っていた。
「まあな。ところでだ」
 リーフの話を聞いたギルは難しい顔になって言った。
「胸を触りたいと言っていた相手…。できれば生乳を見たいと言っていたのはミアのことか? 許可がどうとかも言っていたぞ!」

「キミ、すごい記憶力! そうだよ!」
「すっぽんぽんにして色んなプレイを楽しみたいと言っていたのもミアのことか? この想いを全てあいつにぶつけたいと」
「そうだよ。もしかして僕を殴りたい?」

「いや。あの時はミアに出会ってもいなかったからな。何か言う権利はないな。それにお前の方が圧倒的に強いしな」
「今のところはそうだよね…。でね。実はミアにこの前会ったんだ」
「それは知っている。偶然見た」

「本当かい⁉ …それで僕とミアのことを知ったのか。そっか。でもね、会わなければよかったと思ったよ。話の内容がつらかった。久しぶりの再開なのにキミの話ばかりさ。初め、キミたちが出会ったばかりの頃、ミアはキミのことなんかそんなに気にならなかったらしい。でも僕を探す手がかりになると思って話をするようになったんだって。
 話をしているうちにキミのことがだんだんよくわかってきたって。見た目以上に素晴らしい人だってさ。キミは尊敬できる人とか、偉大な人とか。特にキミのお母さんのことが印象強かったそうだ。子供の時にあんなことがあったら、絶対優しい人に育つって。彼女の心はもうキミのことでいっぱいさ」

「本当か⁉」
「そうだよ。僕の人生で一番の不幸だったよ…。ガドラフにやられたことなんか問題じゃないぐらいだ…」
「そうなのか気づかなかった…」

「もしかして、知らなかったの!? ああーっ!! 言うべきじゃなかった! 僕は今、人生最大のミステイクを犯した!」
「………」
「というわけでギル。さあ、始めようか」

「何をだ?」
「何って修行だよ。ガドラフを倒すんでしょ」
 リーフは口だけ笑って言った。瞳は笑っていない。
「言っておくけど、僕の修行はつらいからね! 死も覚悟しないといけないかもしれない! フラれた腹いせとかそんなのじゃ全然違うからね!」
 突然の緊張でギルは額に汗を流した。
 テーブルの上のシムエストが、ぎゃはははと笑った。
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