病院の僧侶(プリースト)2 ギルの戦い

加藤かんぬき

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リーフレット夫妻(1)

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 この日はサフランのことでギルは学校に呼び出された。サフランが学友にいたずらを、悪さが過ぎると保護者が呼び出されたのだ。
 この時代、学校に行ける子供は多くはなかった。たいていは上流階級の子供、農民でも余裕のあるところしか学校には行けなかった。

 ギルの孤児院の子供が全員、こうやって学校へ行けるのはただただフォードの好意と力添えがあったからだ。
 ギルはフォードに頭が上がらない思いだった。

 ギルは病院の仕事があるのでミアから「私が学校に謝りに行きましょうか?」と言われるが、妻に頭を下げさせるのも心苦しかったのでギルが学校へおもむき平身低頭、謝った。
「この度は…、いや日ごろからサフランが迷惑をかけて申し訳ない…」
 いつも通り言葉は尊大であったが、心を込めて関係者に謝った。

 そして今日はまだ午前中ではあったが、サフランを連れて家に帰ることにした。街を二人で歩いているとサフランはご機嫌だった。
 サフランの気持ちがわかるギルは今日は彼女に怒鳴っていない。
 母を失っているギルはわかっていた。サフランが特にいたずら好きなのは人から愛情を求めているからだと。人の気を惹きたい、大人の気持ちを自分に集中させたいのだ。

 サフランに限らず、みなしごたちは大人の気持ちを独占したい、そんな思いをいつも抱えている。
 子供が病気などをした時などにその気持ちが垣間見える。ジョセフが虫垂炎を起こした時にそれは強く感じた。自分一人に大人が右往左往する姿を子供は楽しく思うらしい。
 ギルがイステラ王国からスレーゼンまでジョセフを背負って走っていた時、背中のジョセフは痛がりながらもたまに「うふふ」と笑い声を上げていた。自分がつきっきりなのがよほど嬉しかったのだ。

 すぐ隣のサフランが言った。
「ねえねえ、ギル。手を繋いで歩こう!」
 サフランの口数は多くない。反対にいつも他人に共感を求めるギルは常に多弁だ。自分とサフランは少し違うタイプだ。ギルと手を繋いだサフランは満面の笑みで手を振って歩く。

 自分に子供がおらず、みなしごがサフランだけなら彼女だけに愛情を注いでやれただろう。しかし実際にはそういうわけにもいかず、気持ちを七等分して彼女を育てる以外、方法がない。
 そしてギルはこういう結論に至るわけである。
(サフランのいたずら好きは止められない…)

 ギルがサフランと手を繋いだまま通りを歩いていると一軒のスイーツ店に通りかかる。サフランがゴールドクレストという看板を指差して言った。
「ほらギル! スイーツ屋さんだよ! プリンがすっごくおいしいんだよ! 前にライオンさんと一緒に来たんだよ! 私、食べたーい!」

「ああ、また今度な。お前だけにお菓子を食べさせるわけにはいかない…」
「んむー…」
 とサフランがうなったかと思えば急に大声をあげた。
「きゃーーっ! 人殺しーーっ!」

「何だ何だ?」
 一気に野次馬が集まって来る。
(し、しまったー!)

 ギルの顔を見た一人が言った。
「おー! 犯人が! 顔が、悪人そのものだ!」
「きっともう何人も殺してる顔よ!」

(ロベリア市でもサフランに一回やられたが、引っ越してすぐにこれは最悪だぞ⁉)
「早く警察を呼ばないと!」
「いたいけない少女が今まさに手をかけられようとしている!」
(馬鹿かこいつら⁉)

「どう見ても顔が似てない! 親子ではないことは明白だ!」
「ヒヒ…」
 サフランが小さく笑った。ギルがすばやく指摘してこの状況を何とかくぐり抜けようとする。
「ほら見ろ、こいつ笑ってるぞ!」
 サフランは必死に笑いをこらえた。
「いえ、恐怖を我慢している顔よ!」

 サフランがさらに叫んだ。
「怖いー! 誘拐されるー!」
(ここでサフランを抱えて逃げたら本当に誘拐犯になってしまう。逃げても家を突き止められるだろう…。これは仕方ない…)

 そして警察がやって来た。ギルが先に言った。
「さっさと俺を逮捕しろ」
 ギルはおとなしく両手を差し出して続けた。
「言っておくが俺は殺人者でも誘拐犯でもない。俺はこいつの保護者だ。それをこれから一から証明してやる。…いたずら大好きのサフラン! お前、後でどうなるか覚えておけよ!」
「イヒヒヒー!」

     *

 女性を抱えた男がライス総合外科病院の玄関で大声を上げた。
「こんにちはー! どなたかいますかー」
 本日、最初に訪れた男は長身でびっくりするぐらいの美男子だった。肩まで届く銀髪、彫刻像から飛び出したような、作られたような美しい顔。服装はタキシード。

「こんにちは」
 待合室に居合わせたパディ、リリカ、サーキスが挨拶をする。
 ギルはまだ不在だったので、サーキスたち三人が診察室へとその夫婦を案内する。
「やっと着いた…。ごめんなさいね、リーフ…」
 茶色の、ふわふわのわたあめのような髪型をした女性がゆっくりと口を開く。
「ここが有名な病院…」

 女性はタイトで長いスカート姿で見た目は二十歳前後。続いて旦那が言った。
「うん、とうとう着いたね!」
「僕はここの医者のパディです。えっと、お名前は?」
 パディは夫婦の名前を訊くと、病的に白い顔の旦那の方が答えた。

「僕はリーフ・リーフレット! 彼女はエマ! 僕の奥さんです! トランシルバニアのアルプス山脈から来ました! ずいぶん前から具合が悪くて病院を何件も廻ってたけど、どこも治せなくて! で、ガルシャのスレーゼンにすごい病院があるって聞いてここに来ました!」

 リリカが瞳を大きくした。
「アルプスって⁉ ここまで二百キロ近くはありますよ⁉」
「奥さんを抱えてここまで走って来ました!」

 三人は驚いた。
(このやりとりは一度聞いたことがある!)
「あの、僕の奥さんベッドに寝かせていいですか?」
「え、どうぞ…」
 女性は歩けない様子だった。
「エマは腕も動かしづらいみたいなんだ…」

 エマという患者はおっとりとゆっくりとした口調で話した。
「そうなの…。私は一年ぐらい前から背中が痛みだして、手足の自由が徐々になくなっていったの…」
「それでいくつも病院を廻って、どこもお手上げという感じだったけど噂でここの病院のことを聞いたんです。一念発起してこちらに来ました」

 エマという女性の患者がベッドにうつ伏せになるとパディがサーキスに透視することを命じた。サーキスが宝箱トレジャーを使うとリーフが驚いた。
「君って僧侶なんだ⁉ それに宝箱トレジャーって透視で人の中身が見れるんだね⁉」

 サーキスが左手を患者の背中に照らしながら返事をする。
「あ、ああ。申し遅れたけど、俺は僧侶兼看護師。サーキスって名前だよ…」
「すごい! うちの近所にも僧侶さんがいるんだけど、その人も宝箱以外の透視ができることなんか知らないよ! 今度教えてあげよう!」

 そこでリーフの妻から注意が入った。
「リーフ、うるさいわよ…。仕事の邪魔になってるわ…」
「いけない! ごめんごめん!」
 サーキスが無言で背中を見続ける。少しだけ空気に緊張が走るとサーキスがパディに言った。
脊髄せきずいに腫瘍があるよ…。小さい…。良性だけど、こんな場所は見たことがない…」

「管の中? 外?」
「中だね…。パッと見、脊髄を圧迫してるね…」
 サーキスは患部を見た後、その周りも問題がないか調べた。患者が訴える病だけでなく、他の病巣も早期発見すれば、さらに患者の健康を守ることができる。これはパディからの指導だった。サーキスは少しだけ思い違い、記憶違いもあったのだが。

(え、あれ⁉ 嘘…)
 サーキスは別の何かを見つけてしまっていた。
(これはまた後で言えばいいか…)

 パディは説明のために銀髪のリーフに一度エマの体を起こしてもらう。
「えっと、脊髄せきずいに腫瘍があるみたいです。腫瘍というのは過剰な脂肪の集まり、まあ、おできみたいなものが体の中にできてる感じですね。それが脊髄を圧迫して手足をしびれさせている。病名は脊髄腫瘍せきずいしゅよう、それも中にあるから硬膜内髄内腫瘍こうまくないずいないしゅようですね。これは手術で背中を開いて腫瘍を取れば治ります。手術は呪文で眠ってもらいますし、終わりに回復呪文で治しますから傷も残りません。術後、様子を見たいので一日は入院してもらおうと思います。明日には帰れると思いますよ」

 リーフとエマは顔を見合わせた。
「お願い、しようかしら…」
「手足の病気なのに背中…。解せないけど、せっかく来たんだから頼みます…」
 二人の声はどことなく力がなかった。リリカは思った。
(スレーゼンのセリーン教の信者はもっと投げやりに頼むけど、遠方の人は噂を聞いて来てるだけだから、いまいち信用がないのよね…。どっちもどっち…。仕方ないか…)

 何かを思い付いたリーフは急に声を荒げた。
「でもね! 僕の奥さんが裸にされて背中を切られるんでしょ⁉ おっぱいなんか勝手に見られたら僕は許せないよ!」
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