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リリカとパディ① 出会い(2)
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「ここだ」
フォードが指差したそれは木造の二階建て、青い屋根の家だった。
「ここは元々は宿屋だったけど、病院にしようと思ってね。…それも医者って名乗るあいつの腕次第なんだけど…」
フォードたちが玄関をくぐる。
「おーい、パディちゃーん! いるかー!」
「はーい!」
その男はワイシャツ姿で眼鏡をかけていた。髪型は少しだけ癖のある天然パーマ。痩せた体に身長が高く、つぶらな瞳で整った唇。リリカよりもだいぶ年上に見えるが、それでもするっとした肌が綺麗に見えた。
自分に微笑みかけるその男にリリカは言葉を失って見とれてしまっていた。
「僕はパディ…ライス…。まだこの名前は言い慣れないな…。パディ・ライスです! こんにちは。君は?」
「あたしはリリカです! ここで看護師をやりたくてやって来ました!」
「リリカちゃんは魔法使いなんだって」
「そんな貴重な人材が! やりましたよ! これで病院をやれますよ!」
それからしばらくして病院にカスケード寺院から中年の僧侶がやって来た。
「サンビルです。こんにちは」
少し遅れて不動産屋のフィリップが瘦せた中年男性と太ったおばさんを連れて来た。フィリップが社長に報告する。
「フォードさん、すみません。わけあってナタリー食堂に戻ってました」
「本当に大丈夫かね…」
瘦せた男性が言った。
「こんにちは、フォードさん。それでその人がお医者さんね…。ふーん…」
「よお、エーデル」
不動産屋のフォードが説明した。
「こいつはアソート・エーデル。嫁さんがナタリー・エーデルだ。こっから少し南のとこで食堂をやってる。旦那の方が愛妻家でよ、食堂に嫁さんの名前を付けたんだ。ナタリー食堂って店だ。それでナタリーの方が以前から体がだるいだの左手の握力がなくなっただのと言ってたんだ。最近は物を落とす始末だとよ。仕事もままならなくて最近はぼんやりしてたみてえなんだ。おい、ナタリー。せっかくだから皆さんと握手だ。左手でな」
パディを含めた全員が左手でナタリーと握手をする。パディはなるほどと言ったふうに表情も変えなかったが、その場にいた僧侶とリリカはナタリーにこれが握手かと思うぐらい、彼女の力は弱々しかった。その握力はゼロに近かった。
(この人わざとやってるんじゃ…)
僧侶とリリカは怪訝に思ったが、パディが言った。
「では診断を始めたいと思います。僧侶のサンビルさん。僧侶のレベル三の呪文に宝箱ってありますよね。この呪文の効能を僕はよくよく考えたのですが、術者の見たい物を透視できるものではないかと思いました。呪文の名前が宝箱だから僧侶さんはきっと宝箱にしか使えないと思っているから他が見えないのでは、と。それで僕の体に宝箱をかけてもらえませんか?」
パディはこちらの世界に飛ばされて来てまだ数日しか経っていなかったが、彼は僧侶と魔法使いの呪文の効能を勉強し、応用法まで考えていた。
「サンビルさん、試しに宝箱を唱えて僕の体の中を覗いてみてください」
サンビルが呪文を唱えると丸見えになった内臓に驚きの声を上げた。
「うわっ! 何だこれは⁉」
「やっぱり! 僕の勘は当たってた!」
この時のパディは愚かなことに他人に自分の心臓を見せていた。パディが説明する。
「そこは…たぶん心臓で脇の二つの大きなのが肺、肺の下にあるのが横隔膜…。これについては、詳しくはまた今度にしましょう。それではナタリーさんの首の後ろを覗いてもらえないでしょうか?」
椅子に座ったナタリーの後ろにまわり、僧侶のサンビルは右手をかざす。
「骨はわかると思います。脊椎、脊髄…。その周りに付着するもの…。そうだ、リリカ…さん? 君がナタリーさんの隣に座ってくれないか? …よろしい。サンビルさん、若い彼女と見比べて。間違い探しみたいに違う何かがあるはずです。白い何かが…」
「あった! 白い異物…スライムみたいなものがある!」
「大きさはどれくらいですか?」
「…一センチないぐらいです」
パディは眉をひそめた。
「大きいな…。やはり手術をする必要がある。ナタリーさん、あなたの病気は頚椎椎間板ヘルニアです。頚椎の間にある椎間板が飛び出して神経を圧迫して左手のしびれや体のだるさなどの症状を起こしている…。放っておいても治ることはありません。このままにしておくといつか手足も動かなくなります。切ってしまった方がいい。どうです? 手術を受けませんか」
「うん…」
ナタリーは首を縦に振った。その表情は意思表示の強さは見えず、ただ流されるまま、投げやりに答えただけのようにも見えた。
「おいおい、ナタリー! こんなどこの馬の骨ともわからない人間に首を切らせるのか⁉」
旦那の方が肩をいからせてパディ・ライスに指を差した。
「だいたい左手が悪いってのに首ってどういうことだよ…、これならよその病院に…」
「おい待てよ」
ハゲた不動産屋がアソート・エーデルを制した。
「よその病院が駄目だったから嫁さんが治ってないんじゃねえか。どこも怪しい薬をもらうだけでナタリーの手は治らない。これはもう、この怪しい自称お医者さんにかけてみようじゃねえか」
「でも…」
「食堂を出店する時にはワシを散々頼ったじゃねえか。恩のあるワシの命令は絶対だよな? ああー⁉」
大口を開けてこちらをねめつけるフォードにアソート・エーデルは眉根を寄せる。
(なんて人に借りを作ってしまったんだ…)
「わかりました…。女房の命をフォードさんと先生に預けます…」
「よし! 人体じっ…手術の開始だ! パディちゃん、よろしく頼むぞ!」
(今、人体実験って言おうとした!)
それから少しの準備があり、手術が始まった。
ベッドでうつ伏せになるナタリー。長い髪は束ねている。彼女を目の前にして、口を布でおおったパディがリリカに頼んだ。
「ではリリカさん、睡眠呪文を唱えて」
リリカが顔を輝かす。
(よかった睡眠だけなら大丈夫!)
「はい! では…ウロバンチェ・オブ・チェイジ……」
リリカが呪文を唱えてナタリーが眠ったのかパディは確かめると、首の左下を大きくナイフで皮膚を切る。ここで心の準備がなかった全員から「あ!」と声が漏れる。
「大丈夫です。開創器がないので大きめに切りました。どうせ回復してもらいますから大丈夫です」
次にパディはよく消毒された彫刻用のノミとハンマーを手に取る。そして椎間孔入口部の骨をそれでコンコンと優しく叩いて穴を開ける。
そして神経根鞘の展開、黄色靭帯をはさみで切除、下方の硬膜を露出した。上関節突起内側部を切除、白いスライム状のものが見えた。ヘルニアだ。大きさにして九ミリほど。
「大きいな…」
パディはそれをピンセットでつかむと気持ちよくすっぽりと引き抜いた。
「終わりました。サンビルさん、回復呪文をお願いします。傷は小さいけど念のために中回復を」
僧侶が呪文を唱えるとナタリーの首の傷が癒えた。パディは流れた血を拭いて言った。
「回復魔法ってすごいですねえ。すごいなあ」
パディの言葉はあまり呪文を見たことのない様子を表していた。
「こんなので大丈夫なのですかねえ、パディ先生…」
「大丈夫だと思いますよ…」
「これがヘルニアっていうんですね、ふーん…」
リリカは今行われた手術に興味津々。エーデルとフォードは祈るような気持ちでナタリーを見つめ、僧侶サンビルはこのことを一部も漏らさず寺院に報告しようと考えていた。
フォードが指差したそれは木造の二階建て、青い屋根の家だった。
「ここは元々は宿屋だったけど、病院にしようと思ってね。…それも医者って名乗るあいつの腕次第なんだけど…」
フォードたちが玄関をくぐる。
「おーい、パディちゃーん! いるかー!」
「はーい!」
その男はワイシャツ姿で眼鏡をかけていた。髪型は少しだけ癖のある天然パーマ。痩せた体に身長が高く、つぶらな瞳で整った唇。リリカよりもだいぶ年上に見えるが、それでもするっとした肌が綺麗に見えた。
自分に微笑みかけるその男にリリカは言葉を失って見とれてしまっていた。
「僕はパディ…ライス…。まだこの名前は言い慣れないな…。パディ・ライスです! こんにちは。君は?」
「あたしはリリカです! ここで看護師をやりたくてやって来ました!」
「リリカちゃんは魔法使いなんだって」
「そんな貴重な人材が! やりましたよ! これで病院をやれますよ!」
それからしばらくして病院にカスケード寺院から中年の僧侶がやって来た。
「サンビルです。こんにちは」
少し遅れて不動産屋のフィリップが瘦せた中年男性と太ったおばさんを連れて来た。フィリップが社長に報告する。
「フォードさん、すみません。わけあってナタリー食堂に戻ってました」
「本当に大丈夫かね…」
瘦せた男性が言った。
「こんにちは、フォードさん。それでその人がお医者さんね…。ふーん…」
「よお、エーデル」
不動産屋のフォードが説明した。
「こいつはアソート・エーデル。嫁さんがナタリー・エーデルだ。こっから少し南のとこで食堂をやってる。旦那の方が愛妻家でよ、食堂に嫁さんの名前を付けたんだ。ナタリー食堂って店だ。それでナタリーの方が以前から体がだるいだの左手の握力がなくなっただのと言ってたんだ。最近は物を落とす始末だとよ。仕事もままならなくて最近はぼんやりしてたみてえなんだ。おい、ナタリー。せっかくだから皆さんと握手だ。左手でな」
パディを含めた全員が左手でナタリーと握手をする。パディはなるほどと言ったふうに表情も変えなかったが、その場にいた僧侶とリリカはナタリーにこれが握手かと思うぐらい、彼女の力は弱々しかった。その握力はゼロに近かった。
(この人わざとやってるんじゃ…)
僧侶とリリカは怪訝に思ったが、パディが言った。
「では診断を始めたいと思います。僧侶のサンビルさん。僧侶のレベル三の呪文に宝箱ってありますよね。この呪文の効能を僕はよくよく考えたのですが、術者の見たい物を透視できるものではないかと思いました。呪文の名前が宝箱だから僧侶さんはきっと宝箱にしか使えないと思っているから他が見えないのでは、と。それで僕の体に宝箱をかけてもらえませんか?」
パディはこちらの世界に飛ばされて来てまだ数日しか経っていなかったが、彼は僧侶と魔法使いの呪文の効能を勉強し、応用法まで考えていた。
「サンビルさん、試しに宝箱を唱えて僕の体の中を覗いてみてください」
サンビルが呪文を唱えると丸見えになった内臓に驚きの声を上げた。
「うわっ! 何だこれは⁉」
「やっぱり! 僕の勘は当たってた!」
この時のパディは愚かなことに他人に自分の心臓を見せていた。パディが説明する。
「そこは…たぶん心臓で脇の二つの大きなのが肺、肺の下にあるのが横隔膜…。これについては、詳しくはまた今度にしましょう。それではナタリーさんの首の後ろを覗いてもらえないでしょうか?」
椅子に座ったナタリーの後ろにまわり、僧侶のサンビルは右手をかざす。
「骨はわかると思います。脊椎、脊髄…。その周りに付着するもの…。そうだ、リリカ…さん? 君がナタリーさんの隣に座ってくれないか? …よろしい。サンビルさん、若い彼女と見比べて。間違い探しみたいに違う何かがあるはずです。白い何かが…」
「あった! 白い異物…スライムみたいなものがある!」
「大きさはどれくらいですか?」
「…一センチないぐらいです」
パディは眉をひそめた。
「大きいな…。やはり手術をする必要がある。ナタリーさん、あなたの病気は頚椎椎間板ヘルニアです。頚椎の間にある椎間板が飛び出して神経を圧迫して左手のしびれや体のだるさなどの症状を起こしている…。放っておいても治ることはありません。このままにしておくといつか手足も動かなくなります。切ってしまった方がいい。どうです? 手術を受けませんか」
「うん…」
ナタリーは首を縦に振った。その表情は意思表示の強さは見えず、ただ流されるまま、投げやりに答えただけのようにも見えた。
「おいおい、ナタリー! こんなどこの馬の骨ともわからない人間に首を切らせるのか⁉」
旦那の方が肩をいからせてパディ・ライスに指を差した。
「だいたい左手が悪いってのに首ってどういうことだよ…、これならよその病院に…」
「おい待てよ」
ハゲた不動産屋がアソート・エーデルを制した。
「よその病院が駄目だったから嫁さんが治ってないんじゃねえか。どこも怪しい薬をもらうだけでナタリーの手は治らない。これはもう、この怪しい自称お医者さんにかけてみようじゃねえか」
「でも…」
「食堂を出店する時にはワシを散々頼ったじゃねえか。恩のあるワシの命令は絶対だよな? ああー⁉」
大口を開けてこちらをねめつけるフォードにアソート・エーデルは眉根を寄せる。
(なんて人に借りを作ってしまったんだ…)
「わかりました…。女房の命をフォードさんと先生に預けます…」
「よし! 人体じっ…手術の開始だ! パディちゃん、よろしく頼むぞ!」
(今、人体実験って言おうとした!)
それから少しの準備があり、手術が始まった。
ベッドでうつ伏せになるナタリー。長い髪は束ねている。彼女を目の前にして、口を布でおおったパディがリリカに頼んだ。
「ではリリカさん、睡眠呪文を唱えて」
リリカが顔を輝かす。
(よかった睡眠だけなら大丈夫!)
「はい! では…ウロバンチェ・オブ・チェイジ……」
リリカが呪文を唱えてナタリーが眠ったのかパディは確かめると、首の左下を大きくナイフで皮膚を切る。ここで心の準備がなかった全員から「あ!」と声が漏れる。
「大丈夫です。開創器がないので大きめに切りました。どうせ回復してもらいますから大丈夫です」
次にパディはよく消毒された彫刻用のノミとハンマーを手に取る。そして椎間孔入口部の骨をそれでコンコンと優しく叩いて穴を開ける。
そして神経根鞘の展開、黄色靭帯をはさみで切除、下方の硬膜を露出した。上関節突起内側部を切除、白いスライム状のものが見えた。ヘルニアだ。大きさにして九ミリほど。
「大きいな…」
パディはそれをピンセットでつかむと気持ちよくすっぽりと引き抜いた。
「終わりました。サンビルさん、回復呪文をお願いします。傷は小さいけど念のために中回復を」
僧侶が呪文を唱えるとナタリーの首の傷が癒えた。パディは流れた血を拭いて言った。
「回復魔法ってすごいですねえ。すごいなあ」
パディの言葉はあまり呪文を見たことのない様子を表していた。
「こんなので大丈夫なのですかねえ、パディ先生…」
「大丈夫だと思いますよ…」
「これがヘルニアっていうんですね、ふーん…」
リリカは今行われた手術に興味津々。エーデルとフォードは祈るような気持ちでナタリーを見つめ、僧侶サンビルはこのことを一部も漏らさず寺院に報告しようと考えていた。
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