病院の僧侶(プリースト)2 ギルの戦い

加藤かんぬき

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リリカとパディ① 出会い(1)

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 ギルの初日の仕事が終わったその日の夕方、リリカが病院の玄関でたそがれていると作業着姿のサーキスとファナが現れた。
「お疲れ様、リリカ」
「やっほー!」

 ファナは長い栗色の髪を後ろに束ねている。ブラウン夫妻の訪問にリリカは不思議な顔をする。
「こんにちは、二人とも。どうしたの?」
「いや、ギルはどうだったかなって。ちゃんとやってた? 口が悪いから心配で。患者さんと揉めたりしなかったか?」

「ああ。ギルは患者さんと一言もしゃべってないわ。自分で感じ悪い奴ってわかってるのね。立派だわ。それと洗濯がすごかった。洗濯マシーンと言っても過言ではないわ。それに人体を知ろうって向上心もあるし、いい僧侶ね。ほんとは聖騎士だけど。あたしからしたらどっちでもいいわ。ギルって見た目と違って変なプライドもないみたいだし、助かるわ。いい友達ね」

「友達じゃないぜ、兄弟だぜ」
「サーキスはその辺にはこだわりがあるのね。ふーん」
 ファナが別のことに興味津々のようすで口を開いた。
「リリカはあれからパディ先生とどうなった⁉」

「え? ええ? 今朝は朝食を食べてギルの話をしてサーキスはいつ戻るだろとか…」
「じゃなくて愛の告白とか! パディ先生の心臓病が愛の障害だったわけで、とりあえず病気が治った今、壁がなくなったわけだから先生はリリカに告白するべきじゃない⁉ 『リリカ君、僕は君を愛している』『パディ先生…』みたいな感じで二人は愛の終着点へ…。きゃはは! 言ってて私の顔が赤くなる!」

 リリカも想像したのかリンゴのように顔を紅潮させた。
「そ、そんなことあるわけないじゃない! せ、先生が言いそうにないセリフだわ!」
「そもそも六年も同じ家に住んでるのに何もないのがおかしいんだよ! 私は先生もリリカのこと好きだと思うんだけどなあ! 私の隣の部屋にサーキスが住んでたら速攻で襲っちゃうね!」

 サーキスも顔を真っ赤にさせた。ファナが続けて言う。
「リリカ、まあ私に任せて! 私があの偏屈な先生を素直にさせてあげるよ!」
「あんたは話をややこしくするから黙ってて!」
「えへへ。信用ないなあ」

 サーキスが顔を紅潮させたまま言った。
「俺も何かあれば力になるぜ。俺はいつだってリリカの味方だぜ!」
「私もだよ! パディ先生は私たちの共通の敵だね!」
「違うよ…。じゃあ、帰るかファナ」

「だね。またねリリカ!」
「バイバイ、二人とも」
 サーキスとファナが腕組みをして歩き出す。リリカは二人を見送りながら思った。

(こういうことはサーキスの方が控え目だし、頼るならサーキスの方かな…。いや、頼れるのかしら…。それにあたしはここに来てもう六年も経っちゃったんだ…)
 リリカはひと昔前、ここに来たことを思い返した。

     *

「じゃあ、ここでお別れだね…。ごめんね…」
「謝らないでよ…」

 六年前のスレーゼン。ここでリリカと、セリーンの勇者であるセレオスが別れの挨拶を交わしていた。
 空はどんよりと曇って風もなく小雨が降っている。舗装も施されていない地面は泥で道はぐちゃぐちゃ。見渡しても花の一つもない。荒れた土地に貧相な家がポツリ、ポツリと建ち並ぶ。

 この時のリリカはやはり金髪にツインテール。見た目は現在と全く変わりなかった。ただ塞いだ気持ちが現れており、この曇った空のような顔をしていた。
 黒髪のセレオスが言った。
「やっぱり次の仕事が決まるまで僕が一緒にいようか…」

 リュックを背負ったリリカが言った。
「いいわ、今までありがと」
 セレオスは黙ったままリリカの背中を見送る。ここでセレオスが勇気を出してリリカへの思いを告白していれば、二人と二人を取り囲む運命は大きく違っていたはずだ。おそらく悪い方へ。

 薄汚れたローブをまとったリリカはあてもなく歩いていると、涙がぽろぽろと流れ出した。
 冒険者をクビになり途端に人生の目的もなくなった。そして何か仕事を探さないと飢えてしまう。
(これからどうしよう…)

 しばらく道を歩いていると一軒の不動産屋が目にかかった。窓には求人の紙が貼られてあった。リリカがしばらく求人票を眺めていると中からサングラスをかけた男が現れた。
「お姉ちゃん、うちで仕事がしたいの?」
 決断力と反射神経のよかったリリカは瞬間的に答えた。

「はい! 面接を受けさせてもらえますか⁉ あたし、リリカって言います!」
「わかった。それじゃあ、中に入って。…あんた雨で濡れてるな…。何か拭くもの…。おーい社長! 面接希望の人が来ましたよー!」

 リリカが借りた布で頭を拭いていると自分と同じぐらいの身長のハゲた中年が現れた。
「ふーん。フィリップ、お茶でも出してあげて。ワシは社長のカザニル・フォード。お嬢ちゃんは?」

    *

「あんた魔法使いだったのか⁉ これはいいな。これで人が揃う…」
 貧相な応接室でリリカがフォードと向かい合って紅茶をすすっていると、社長の方はなぜだか乗り気だ。
「あんた、どうしても不動産屋の仕事がやりたいの?」

「え、それはどういう…」
「『どうしても! 不動産屋しか駄目!』って言うならいいけど、あんた病院で働かない? ナース服とか着たくない?」
「それを言われてしまえば…かわいいナース服は着たいです…」

「よし、決まりだ! お前さんは病院で働け。よかったぞ、フィリップ! この子は魔法使いだ! パディ・ライスの所に連れて行こう! フィリップ、お前はカスケード寺院に行って僧侶を一人借りて来い! もう話は通してある! あ、先に食堂のナタリーにも声をかけて来い!」
 リリカが紅茶を飲み干すとフォードに促されて不動産屋の外へ出た。

 フォードがリリカを連れ立って歩く。見上げれば曇り空ながら雨はやんでいる。リリカの数歩前をフォードが歩く格好だ。

 この時のフォードは一言も言葉を発しなかった。現在の彼なら笑顔で「君はどこから来たの? そうかい、それはたいへんだったね」などと雑談に花を咲かせるところだが、不動産屋の苦しい経営に懊悩おうのうするフォードにはそんな余裕はなかった。

 曇った空にお似合いの貧しい家が立ち並ぶ道中、すれ違う人も幾人かいた。が、フォードの顔を見た人間がそそくさと逃げて行き、ぱたんと家の戸を閉める。誰も彼に挨拶をする人間がいなかった。
 フォード不動産の店子たなこは貧乏人ばかり。病人も多い。この街には産業もない。そして家賃滞納者を追い出しても何の解決にもならない。フォードもまた追い込まれていた。

 あの医者を名乗る男が何かを起こしてくれないか。それだけがフォードの頼みの綱だった。
 リリカの方も実のところ、自分が正直なことを伝えていない、おそれつつしむところがあった。
(あたしがポンコツ魔法使いってバレたらどうしよう⁉ またクビになるかも…)

 魔法使いとして呪文を覚えることに関しては容易であったが、自分の魔力が極端に低いことは冒険を始めてから知った。いずれ勝手に成長するだろうとたかをくくっていたが、現実は違っていた。
 おっかなびっくり。本当のことがこの太ったハゲ社長に見つかったらどうなるだろう、リリカの口内は緊張でカラカラだった。
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