潮騒が聞こえる

t.yuduki

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暖かな日差しと穏やかな潮風の日だった。
もっとも、そんな心地よさを感じる余裕は今の僕にはない。額に汗をにじませながら、僕は爆発物の解除を確認した。
「――完了」
「おつかれー」
先輩のアリサにぽんと頭を撫でられ、緊張の糸が切れた。僕は力なく笑い返した。
こういう現場での作業はいつもよりさらに気力を使う。

沿岸警備隊の科学捜査班に入って僕はまだ一年にも満たない。一応、爆発物処理班に所属しているが、主な仕事は調査で採取された水質調査などの科学的解析だ。その上、いつもはアリサが処理を行っている。
時々僕がメインで解体するのだがなかなか慣れない。緊張感と残暑の強い日差しで汗絶え間なく流れる。
顔を上げ、保護眼鏡を取る。とほとんど同時に突風が抜けた。風に煽られ手の中から眼鏡が飛んでいく。僕は慌ててその先を追った。

砂浜に足を取られながら走った先には、僕より早くその場に屈んでいる影があった。
「すみませんっ」
陰に向かって叫ぶ。声で初めて気が付いたように、彼はこちらを見ながら立ち上がった。
男が立ち上がると目線が僕より二十センチは上にあり、思わず呆然と見上げていた。
海辺には不似合いなスーツを着込んでいた。

眼前に眼鏡が差し出されて僕ははっと我に返った。
「すみません、ありがとう」
礼を言うが、彼はじっとこちらを見つめたままその場を離れようとしなかった。鋭い眼光に睨まれているような気配に身が竦む。
口を開こうとしたのとほとんど同じタイミングで、斜め上から低い声が降ってきた。
「終わったか」
「え?」
顔を上げると、彼の灰色の瞳は僕の背後に向けられていた。その視線の先を追って理解する。
「ああ、はい、終わりました。もう大丈夫です」
そう答えたものの、僕が言い終わらないうちから彼はすでに背を向けていた。

「ハリー!」
口を開きかけて、自分を呼ぶ声にはっと振り返る。再び視線を戻すと、男はすでに警察の群れの中に紛れていた。
待っていた同期が、不思議そうに僕を覗き込んだ。
「何してたんだ?」
「眼鏡を拾ってもらってたんだ」
その眼鏡をしまいながら答える隣で、マーヴィンはちらりと背後を見遣った。
「あれ、本部の捜査員?」
「知らないけど多分、そうじゃないかな」

この炎天下にきっちり着込んだスーツ姿を脳裏に描く。海軍風に刈り込んだ灰色の髪は、爽やかだがきびきびとした印象を与える。歳はどれくらいなのだろうと考えていた。
振り仰ぐとマーヴィンはまだあらぬ方向を見つめていた。少し強めの声で呼びかけると、こちらに顔が向いた。
「帰るよ」
「ああ」
車へ戻る途中、ちらりと視線をやったがすでに警察の群れの中で彼の姿は見つけることができなかった。

まあ沿岸警備隊の科学捜査班である僕と、警察本部の人間が、再び会う可能性は低いだろう。今回は停泊していた船に仕掛けられた爆弾だったが、普段の沿岸警備隊の管轄は海上だ。
僕はその男のことをすぐに忘れていた。
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