ときにはシリーズ

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ときには、気心知れた親友と

⑳ 『進むべき道』

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 今晩、ジェノが案内したのは、『涼風の歌亭』という名前の店。
 魚介類が売りの店が続いたので、エルマイラム王国の特産である、羊料理がメインの店にしたのだが、ルーシアはとても満足そうだった。

 もちろんこの店の料理が美味しいこともあるのだろうが、それだけではない気もする。その理由が、長年、バルネアさんに感じていた負い目が、和らいでくれたのであればいいとジェノは思う。

「試作も完成したし、今日は飲むわよ、ジェノ」
「お茶で良ければ、お付き合いします」
 ルーシアは、ジェノが午前中に<パニヨン>で働いていた間に、すでに今回の勝負の試作品を完成させていたらしい。
 もっとも、宿の関係者に振る舞ったら、大好評すぎてあっという間に無くなってしまったらしく、ジェノはまだ味を知らないのだが。

 けれど、ジェノは確信している。
 バルネアさんのライバルで親友でもあるこの女性が作る料理なのだから、間違いなく絶品なのだと。

「ああっ、良いわね。格式張った高級店もいいけれど、お酒を楽しく飲むには、こうした気が置けない大衆料理店の方が飲みやすいわ。
 しかも、自分で肉を好みに合わせて焼くというスタイルも気に入ったわ。肉の質も間違いないしね」
 
 この『涼風の歌亭』は、下処理を終えた生肉を食べやすい大きさに切り分けて提供し、お客自らにテーブル中央にある加熱した鍋で焼いて食べてもらうという珍しい方法を取っている。
 調理に時間を取られない分、人件費が浮くのだろう。提供される肉の質に比べて、値段が格段に安く楽しめる店だ。

「ジェノ。貴方の肉の焼き方、悪くないわね。よし、今日は特別にこの私の分も貴方に焼かせてあげるから、どんどん焼きなさい! 私はその間、お酒を楽しませてもらうわ」
「はい。分かりました」
 ジェノは美味しそうにお酒を飲むルーシアを横目に、羊肉を焼き続ける。

「ねぇ。もしかして、その焼き方も、バルネアに習ったの?」
「ええ。羊肉の焼き方は他の肉とは違うからと言って、まずお手本を見せてくれてから、実践で指導してくれました」
「ふーん。一応は、あいつも頑張って弟子の育成をしているのね。昔は、本当に教えるのが下手くそだったのに」
 いい塩梅に焼けた羊肉をトングでルーシアの皿に運ぶと、彼女はそれを口に運んで味わい、ビールで流し込む。

「バルネアさんが教えるのが下手だったというのが、自分には信じられないのですが」
「下手だったわよ、ものすごく。あいつは天才肌だから、普通の人間が努力してようやく覚えることを、すぐにできるようになってしまうの。だから、出来ない人間がどこで躓いているのか分からないのよ」
「ですが、バルネアさんも、技術が身につかなくて苦労していた時期もあったと聞いていますが?」
 ジェノがそう言うと、ルーシアは「良い質問ね」と微笑む。

「天才だから、生涯、何も躓くことなく最高の料理人になれるわけじゃあないのよ。そんな甘い世界ではないわ、料理の世界って。まぁ、だから面白いし、人生を懸ける価値があるのだけれど」
 ルーシアはジョッキのビールを飲み干し、給仕係の女性におかわりを頼み、話を続ける。

「才能がある者も、必ず躓くことがある。そして、厄介なのは、天才肌の人間ほど失敗に慣れていない。だから、立ち上がるのに時間がかかる。
 私がバルネアと<銀の旋律>に入るために競い合っていた頃、あいつは初めて躓いた。だから、そこから立ち直るのにも時間が掛かってしまったみたいよ」
 ルーシアは羊肉を口に運び、うんうんと頷く。

「でもね、そんなときこそチャンスなのよ。今まで自分が見落としていた事柄に気づいて、その弱点を潰す機会を得ることが出来たんだもの。
 バルネアも、そんな経験があったからこそ、そこでもう一度自分を見つめ直したはずよ」
 そこまで言うと、ルーシアはにっこり微笑む。

「それと、あいつの場合は、貴方とメルという可愛い弟子が出来たというのも大きいわね」
「……自分は、弟子ではありません。ですが、ルーシアさん。バルネアさんは、どうして店の経営が軌道に乗ってからも、弟子を取ろうとしなかったのでしょうか?」
 ジェノがこの街に来る数年前に、バルネアは名声を得ていた。
 きっとその頃は、弟子志望者がこぞって押しかけていたのではないかと思う。

 ルーシアは新たに運ばれてきたビールジョッキを受け取り、それを一口飲んでから話始める。

「あいつががむしゃらに働き続けた頃には、その腕に気づいた人間が、弟子にしてもらいたいと来ていたらしいわ。でも、余裕がないバルネアはそれをずっと断り続けていた。
 そのせいで、あいつは『決して弟子を取らない料理人』というレッテルを貼られてしまったのよ。だから、受け入れの体制ができても、弟子志望者は現れなかったって訳よ」
「そんなことが……」
 ジェノは三年近く同じ屋根の下で暮らしているにも関わらず、バルネアの事を自分がまるで知らないことに気付かされた。

「そんな事があったから、あいつは貴方とメルの事を敢えて弟子とは言っていない。もしも貴方達を弟子だと認めてしまったら、過去に弟子入りを断った人間が、貴方達のことを妬んで害を及ぼすかもしれないからね」
 ルーシアはそこまで言うと、笑みを浮かべた。

「でもね、言っていないだけで、あいつは間違いなく貴方とメルを弟子だと思っている。いえ、それ以上ね。あいつ自身が言っていたじゃあないの。貴方とメルは、私の大切な家族だって」
「…………」
 ジェノはどういう顔をすれば良いのか分からず、またベストタイミングに焼けた肉と野菜をルーシアの皿に盛る。

「ジェノ。貴方の人生を、私がどうこう言う資格はないわ。でもね、本当に料理が好きなのであれば、貴方には料理人の道を選んで欲しいと私は思うわ。
 いろいろ抜けているけれど、バルネアは素晴らしい料理人よ。貴方の師匠としても申し分がない。そして、貴方がいてくれれば、あの寂しがり屋のバルネアも……」
 そこまで言ったところで、ルーシアは言葉を切り、頭を手で抑えて、顔を横に振った。

「ごめんなさい。身勝手すぎる発言だったわ」
 ルーシアは謝罪し、ビールを呷る。
 そして、「ほら、代わってあげるから、貴方も肉を食べなさい」とジェノの手からトングを奪った。

「ルーシアさん。貴女にアドバイスを頂いてから、自分の将来を改めて考えてみました。ですが、やはり自分は剣を置くことは出来ません」
「……そう。でも、貴方がそう決めたのならば、私はとやかく言わないわよ。貴方の人生ですもの」
 ルーシアは微笑み、肉を焼き始める。

「自分が剣を置かない理由は、もしも、料理の道だけに進むことを選んでしまったら、何か事が起こった時に、バルネアさん達を助けることが出来ないからです」
 ジェノの言葉に、ルーシアの目が驚きで大きく開かれる。

「自分は悩んでいました。『冒険者』などというヤクザな仕事の見習いに甘んじている自分が、バルネアさん達とこれ以上一緒にいて良いものなのかと。ですが、自分の気持ちがはっきり分かりました。
 バルネアさん達と一緒に生活をして、これからも料理を学びたい。そして、バルネアさん達を守れる人間になりたいんです」
 ジェノはこの上なく我儘な意見を口にした。

「料理の道を邁進するルーシアさんに、非常に失礼なことを言っている自覚はあります。ですが、自分は料理に邁進し、それと同じように剣術も身につけます。どっちつかずではなく、両方を極めて見せます」
 ジェノが静かに、だが、はっきりとそう断言すると、しばらく驚いた顔で固まっていたルーシアは、さも楽しそうに笑い始めた。

「あはははははっ。この私の前で、それを言うのね。うん。気に入ったわ。それでこそ男の子よ。若いんだから、無茶をしてみなさい。だけど、後悔はしないようにね」
「はい。自分で選んだ道です。後悔はしません」
 ジェノの答えに、ルーシアは嬉しそうに頷いた。

「ほらっ、<銀の旋律>の料理長が焼いた肉を食べられる機会なんてめったに無いわよ。しっかり食べて、頑張りなさい」
「頂きます」
 ルーシアが焼いて皿に盛り付けてくれた肉を味わいながら、ジェノは自分の進む道を決めた。

「まったく、うちの息子ももう少ししたら、貴方のような生意気なことを言い出すのかしらね」
 ルーシアはそう独り言ち、ジェノのために追加の肉を焼き始めるのだった。
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