ときにはシリーズ

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ときには、気心知れた親友と

⑬ 『タイプ分け』

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 バルネアの邪魔にならないように、客席の方に移動をしたメルエーナは、議会の関係者が持ってきてくれた、三日後の料理勝負の内容が書かれた書類を確認して、ゴクリと喉を鳴らす。
 
 昨日、バルネアの話を聞いてから、この短い時間で作成されたであろうその内容は、思ったよりも無難な内容だ。いや、だからこそなのかもしれないが。

 事前に作った料理を審査員五名に出し、どちらが美味しいかを一人一人に判断してもらう形式なので、バルネアとルーシアも、慌ただしくその場で調理をしなくてもいいのは良いとメルエーナは思う。
 けれど、この勝負の結果によっては、どちらかが最悪、路頭に迷う可能性さえあるのだ。

「いったい、バルネアさんはどんな料理を……」
 厨房で試作をしているバルネアが、残り少ない期間でどんな料理を作るのかを想像し、メルエーナは期待と不安が入り混じった瞳を向けて見守る。

 だが、そんなメルエーナに、

「あっ、メルちゃん。料理勝負の料理が完成したから、味見してみてね」

 普段と全く変わらないのほほんとした笑顔で、バルネアが声をかけてきた。
 メルエーナは慌てて彼女のもとに足を進ませる。

「えっ? えっ? ばっ、バルネアさん。もう、料理が完成したんですか? その、試作とかではなくてですか?」
「ええ。だって、明日の仕込みもしなければいけないもの。それに、今晩も『短期集中、メルちゃんのお料理上達計画』を実行したいしね」
 バルネアは嬉しそうに言うが、この店の運命が懸かった大勝負の前に、こんな事で良いのだろうかとメルエーナは心配になってしまう。

「心配しなくても大丈夫よ。メルちゃんが心配することなんて何もないわ。私にいい考えがあるから大丈夫よ」
 まるでこちらの心を読んだかのように、バルネアは微笑んで言う。

「いい考え……ですか?」
「ふふっ。私だって、何も考えずに今回のことを議員さん達に持ち掛けたわけではないのよ。どうやって今回の料理勝負の決着をつけるのがいいのかは、最初から考えてあるんだから」
 バルネアは得意げに胸を張る。

「凄いです、バルネアさん! 私はどうしたらいいのか分からなくて……。バルネアさんとルーシアさんのどちらが勝っても角が立ってしまうと心配だったんです」
 その言葉を聞き、メルエーナは安堵した。
 こと料理に置いて、バルネアの言葉は何よりも信用できる。

「大丈夫よ。私とルーシアの二人なら、問題ないわ」
 バルネアはそう言うと、鍋で煮込んでいたスープを味見皿に取り、メルエーナに優しく手渡してくれる。

「あっ、頂きます」
 バルネア特製のスープを一口くちにし、メルエーナは思わず「ああっ……」と声を漏らす。

「……素晴らしい味です。いくつもの旨味が何重にも折り重なっているのに、口当たりも後味も優しくて……」
 語彙力の乏しい自分が恨めしい。
 そうメルエーナが思ってしまうほど、妙なる美味だった。

「良かったわ。メルちゃんの口にもあったみたいで」
 バルネアはメルエーナから空になった皿を受け取り、

「さぁ~て。ルーシアはどんな料理を作って来るかしらね。楽しみだわ」
 
 そんな呑気な事を言う。

 けれどそれも余裕の表れなのだろう。
 メルエーナはそんなバルネアの姿を頼もしく思う。

 思っていたのだが……。

「あっ、いけない。私ったら、ルーシアに私の考えを伝えるのを忘れていたわ」
 バルネアのその言葉に、メルエーナは不安になってしまう。

「まぁ、私が考えつくことをルーシアが考えつかないはずがないし、説明しなくても問題ないわね」
「バルネアさん、そこはきちんと話さないと駄目ですよ」
 うんうん、と一人で納得するバルネアに、メルエーナは思わず窘めてしまう。

「う~ん、メルちゃんがそう言うのなら、明日、ジェノちゃんが来たら手紙を渡すことにするわ。でも、きっと『分かりきっていることを書くんじゃあない!』って怒られるかもしれないわね」
「何も事情を説明しないほうが、きっと怒られると思いますよ。ですから、きちんとルーシアさんに伝えてください」
 自分の考えを伝えることを渋るバルネアに、メルエーナは何とか行動をしてもらえるように促し、どうにか手紙を渡すことを了承してもらった。

「ですが、バルネアさんは、本当にルーシアさんを信用しているんですね」
「もちろんよ。私の一番の大親友だもの。そもそもルーシアが相手でなかったら、料理勝負なんて話を持ち掛けたりはしなかったわ。ルーシアだから、こんな企画を考えたの。
 私達二人なら、きっとたくさんの人を笑顔にすることができるはずだから、ね」
「それは、どういうことですか?」
 メルエーナが尋ねると、バルネアは悪戯っぽい笑みを浮かべ、今回の料理勝負の着地地点を教えてくれた。

「そっ、それは、確かにそうなれば最高の結末ですけれど、そんなに上手くいくんですか?」
「ええ。私は上手くいくって確信しているわ」
 心配するメルエーナに、バルネアは断言する。

「ルーシアは凄いのよ。昔から、卓越した調理技術を身に着けていたけれど、決してそれに驕ることなく、ずっと頑張り続けているの。
 調理技術よりも発想に重きを置いていた当時の私には、ルーシアの調理技術はとても羨ましいものだったわ」
 バルネアは昔を思い出すかのように虚空を見上げて、話を続ける。

「料理人のタイプ分けをするのであれば、昔のルーシアの料理に取り組む姿勢は、今のジェノちゃんに近いわね。卓越した料理技術に裏打ちされた安定感のある料理を得意としていたわ」
「ジェノさんが、ルーシアさんと同じ……」
 メルエーナは、バルネアにここまで言わせるジェノの料理のセンスに改めて驚くとともに、不甲斐ない自分を悲しく思ってしまう。

 けれど、そんなメルエーナの頭を、バルネアは優しく撫でて微笑んだ。

「そして、メルちゃんは私と同じね。発想に重きを置いて、既存の料理の概念に囚われないタイプよ」
「私が、バルネアさんと同じ……」
 驚くメルエーナに、バルネアは「ええ」と頷く。

「もしも、メルちゃんがメインで今回の料理勝負を行うのだとしたら、何を作るかしら?」
「えっ? 私がですか?」
「そう。メルちゃんならどんな料理を作るのがいいと思うかしら?」
 思いもかけない問に、メルエーナは頭を捻って考える。

 ただ、恐れ多い話だが、もともと今回の料理勝負の手助けになればと思い、自分でもメニューを考えていたので、それほど答えを出すのに時間は掛からなかった。

「そうですね。今の時季だと魚介類のうちでも貝類を使いたいですね。でも、山の幸も豊富な時季ですから、それらを合わせてみるのも面白いかな、と思います。ですから……」
 メルエーナは自分の思うことを、そのままバルネアに伝える。すると、バルネアは嬉しそうに頷く。

「メルちゃん、その発想が大事よ。『面白い』と思う。だから試してみる。それは、簡単なようでついつい忘れがちになってしまうことなのよ。
 とくに、料理技術を磨くことや安定した料理を出すことにとらわれてしまった人は、その発想をなくしてしまうことが多いの。そして、これは、今のジェノちゃんが当てはまってしまうわね」
「ジェノさんが……」
 思いもしなかったジェノの料理の欠点に、メルエーナは驚きを隠せない。

「ただし、私やメルちゃんのように発想を大事にする料理人は、技術を疎かにしてしまう傾向が強いの。だから、今日もしっかり料理技術を身につけられるように頑張らないとね」
「はい!」
 今回の自分の料理技術の集中教育の意味を理解したメルエーナは、元気よく返事をし、気合を入れるのだった。
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