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第三章 誰がために、彼女は微笑んで
㊸ 『平行線』
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椅子を立ち、イルリアが自分に向かってくるのを、ナターシャはただ默まって見ていた。
彼女がゆっくりとした動作で、ナターシャの頬を二度叩くまで、ずっと。
「避けないの? 私なんかのこんな攻撃、体がもとに戻った貴女なら、簡単に避けられるでしょうに」
「……避けるまでもありませんので」
ナターシャがそう返すと、イルリアは「そう」と興味なさげに言い、踵を返す。
「今のビンタは、イースとサクリの分よ。あんた達が弄んだ命の代償としては軽すぎるけれど、もう私はあんたの顔も見たくない。あんたとはどこまで話しても平行線のままだと理解したから」
「弄んだ? 私達が、命を弄んだですって!」
ナターシャはイルリアの聞き捨てならない言葉に、怒りの感情を顕にする。
「私達がどのような思いで、この手を血に染めたと思っているのですか! 生贄にすることとなった子供たちも、すでに汚染が手遅れな段階まで進んでしまった子を仕方なく殺め、生贄の乙女も、もう余命幾ばくもない者を対象にしました。
これ以上のいい方法があったとでもいうのですか? 貴女なら、もっと良い方法が取れたとでもいうのですか!」
ナターシャの怒りの声に、しかしイルリアは振り返りもしない。
「そんなこと、私にはできないわよ。でもね、その人の命は、死んでしまうまで、ずっとその人のもののはずよ。理由がどうあれ、あんた達はそれを奪って、自分の都合のいいように利用した。
……仕方がなく、と言っていたわよね。すごいわね。貴女達は生殺与奪の権利を持っているというわけね」
「化け物に変わってしまった子供は、他の村人たちを襲う。それ以上の被害を生じさせないために必要な対策です。他に方法などなかったのです!
貴女はきっとその手を汚したことがないのでしょうね。だから、そんな綺麗事を言えるのです!」
ナターシャは拳を強く握りしめる。
この理想論で物を語る小娘は、何も理解していない。あの地獄の日々を知らないから、こんな的はずれなことを言えるのだ。
「人を殺したことがあるのが、そんなに偉いことなの? 誇るようなことなの? 貴女こそ、『仕方がない』という言葉を盾にして、殺される側の事をまるで考えていないだけではないの?」
「違う! 私は……」
イルリアの言葉に、ナターシャは反論しようとしたが、イルリアが先に口を開く。
「それに、ナターシャ。あんたは私達も殺すつもりだったわよね? <聖女>ジューナを殺めた犯人に仕立て上げようとしたのだから。当然、私達は死罪になる。それを分かってあんたは私達を嵌めようとしたのでしょう?」
イルリアのその問いかけに、ナターシャは言葉に詰まる。
「悔しいけれど、リットの言うとおりね。あんたは自分が可愛かったのよ。自分の理想であり敬愛の対象である聖女様が汚名をかぶることがどうしても耐えられなかった。
だから、偶然この村にやってきたよそ者の私達を利用して殺そうと考えたってわけね。まったく、大した仕方なさだわ」
イルリアの言葉は正しい。だが、ナターシャはそれを認めるのを拒絶する。
「貴女達に何が分かるというの! 全てを魂さえすり減らしながら人々のために尽くしたジューナ様の苦悩を見たこともないくせに!」
「知らないわよ、そんな事。でも、それはお互い様でしょう? 貴女にサクリ達の気持ちが分かるというの?」
「サクリさんも、イースという娘も、カーフィア様の信徒。人々を救うためならば、喜んでその生命を捧げるでしょう」
そう、もしもこの体に魔法の力を有していたのであれば、自分は喜んでジューナ様の<禁呪>の供物になりたかった。
同じカーフィア様の信徒であれば、誰もが……。
「あんたは、サクリとろくに話もしていなかったようね。そうよね。あんたにとってはあの娘は、ただの魔法の触媒だものね。
やっぱり、あんたとは理解し合うことなんてできないわ」
「どういう事ですか?」
「いいわよ、分からなくて。分かって貰いたいとも思わないから」
イルリアは振り返らずにそこまで言うと、部屋の出入り口まで無言で足を運ぶ。
「……それなら、貴女達はどうだというのですか? あのまま<霧>に侵された男を放置しておくつもりなのですか? いつ他人に被害を与えるかもしれないあの化け物を放置し続けている貴女達に、私を糾弾する資格があるとでもいうのですか!」
ただの難癖に過ぎなかった。それは、その言葉を発したナターシャが一番良く分かっている。だが、その言葉に、部屋を出ようとしていたイルリアの足が止まったのだった。
◇
リットの話を聞き終えたジェノは、「なるほど」とだけ言うと、静かに自分の両手を動かす。
「リット。ジューナが発動させた<禁呪>の効果の範囲はどれくらいなのか分かるか? それに、俺の中にあの<獣>がまだ存在しているのは何故だか教えてくれ」
ジェノの懇願に、リットは苦笑して答える。
「禁呪の範囲は、この壁に囲まれた村を超えるこの山全部だ。安心しなよ。<霧>というエネルギーにしか効果がない魔法なのは確認している。
それと、この魔法は<霧>とやらを消滅させる魔法なんだけど、生憎とジェノちゃんの中にいる獣は抵抗力が強すぎたみたいだ。全く弱体化していないぜ」
リットはそう言うと、静かに立ち上がる。
「なぁ、ジェノちゃん。もしかしてだけど、この神殿の神官達を殺した罪を償おうとか考えてはいないよな?」
リットの問に、ジェノは默まって立ち上がるだけで、何も答えない。
「おいおい。正義の味方ってのはこういう時に融通がきかないのが困りものだな」
リットは呆れたように片手で頭を抑えて、もうだいぶ日が傾いてきた天を仰ぐ。
「止めとけよ。今回の一件については、ジェノちゃんは巻き込まれた側で、降り掛かってきた火の粉を払っただけだ。
それに、ナターシャも、ジューナ様の遺言は守るつもりのようだから、ジェノちゃんが出頭でもしてしまったら、話がこじれるだけだぜ」
「遺言とはなんだ?」
「ああっ、すまん。そこは話していなかったな。ジェノちゃんがあの<獣>に操られて、ジューナ様に重症を負わせたんだが、彼女は自分に回復魔法を使って立ち上がり、最後に遺言を残した。
それが、血塗られた魔女であるジューナが、この村の人々を影で苦しめていたことに気づいたジェノちゃん達、正義の英雄が見事に彼女を討伐したっていう陳腐な筋書きなんだよ」
リットの説明に、ジェノは拳を握りしめる。
「この村の真実を、国王ガブーランがした悪行の全てを被り、魔女として死んでいくというのか」
「そうだな。でもまぁ、俺達には関係のない話だぜ。……そういう事にして置かなければ、聖女様も浮かばれないぜ、ジェノちゃん」
リットはそう言うと、ジェノは「そうか」と頷いた。
そして、長い沈黙の後に、ジェノが口を開く。
「リット。お前は、いつからサクリが、魔法の触媒にされることになっていた事に気づいたんだ?」
「ああ。もちろん、出会った瞬間だよ。魔法の触媒に、生きた人間――特に魔法を有した乙女を使うなんていうのは定番なんだ。だが、多くの場合、その対象に魔法で儀式への繋がりを作っておく必要がある。
で、サクリちゃんの体には、びっしり儀式用の魔法が掛けられていたのさ。まぁ、その魔法のおかげで、なんとか歩くこともできていたみたいだけどな」
リットの説明を聞き、ジェノは自分の浅慮を恥じる。
病に冒されて長い間ベッドから立ち上がることもできなかったと、サクリの話を聞いて知っていたのに、どうして自分は、今の彼女が歩くことができたのかを疑問にさえ思わなかった。
「儀式用の魔法っていうのは、ある種の<呪い>なんだよ。掛けられた者が死ぬことでしか開放されない。まぁ、儀式の成否は関係ないけどな。
この天才なら、その魔法を解呪することは簡単なんだが、それをしたら間違いなくサクリちゃんは死んでいた。なんとかその<呪い>で命を保っている状態だったからさ」
「お前でも、もうサクリを救う事ができないと言った理由は、それなのか?」
「ああ。だから、警告したんだよ。まぁ、無駄になったけどな」
リットは軽い口調でそう言い、笑みを浮かべる。
「……この村に入ってから、お前はどこにいたんだ?」
「森の中だよ。<霧>とやらの実験施設を見つけて、そこをいろいろ調べていた。まぁ、大した成果はなかったけれど、実験体にされた化け物がまだ居たんでね。久しぶりに手加減少なめで魔法を使って、施設ごと全てを破壊しておいた」
リットの魔法の力ならば、<霧>とやらの侵食も問題はないのだろう。だが、自分やイルリアではそうはいかない。だから、森には近づくなと言ったのだろう。
「……リット。済まない……」
ジェノは顔を俯けて、リットに謝罪する。
だが、リットは薄ら笑いを浮かべるだけだった。
「わざと分かりにくく言ってからかったのは俺なんだし、何も謝らなくてもいいぜ、ジェノちゃん。それなりに長い付き合いだろう、俺達は」
「ああ。長い付き合いだ。それなのに、俺は、お前の苦悩がまるで分からない」
ジェノのその言葉に、リットの顔から笑みが消えた。
「俺には魔法の力がまったくない。だから、物事の結末など分かるはずもなく、手探りで前に進むことしかできない。それを恨めしくも思うが、逆にお前のように何でもすぐに分かってしまう人間の気持ちが分からないし、考えようともしなかった。
お前は、俺達の立場になってアドバイスを何度もしてくれていたのに、俺は何もしようとはしなかった」
そこまで言うと、リットは大げさに嘆息する。
「おいおい。ジェノちゃん。優しい正義の味方は、サクリちゃんやイース。それに、聖女様のことでも胸を痛めているんだろう? 俺のような外道のことを考えている暇があったら、そっちに思考を使いなよ」
「俺は、正義の味方なんかじゃあない。それに、俺はお前のことを外道などとは……」
「はいはい。お優しいこって。そんなんだから、正義の味方って言われるんだよ」
リットは不機嫌そうに言うと、ジェノに背を向ける。
「もう、聞きたいことはないよな? それじゃあ、俺も、イルリアちゃんのように、一足先に宿に戻る。そして、明日の朝一でこの村を発つべきだ。魔女ジューナを討った英雄は、謎に包まれていたほうがいい」
「ああ。分かった」
ジェノがそう答えると、リットは背を向けたまま、バツが悪そうに頭を掻く。
「安心しろ。ジェノちゃんとイルリアちゃんが、イースと一緒に泊まっていた方の宿は直してあるし、あの店の女将さんの傷も治して、元気になっている」
「……そうか」
自分のしたことには責任を持つ。リットらしい配慮だと思ったが、ジェノは敢えてそれを口にはしない。
自分達がナターシャの襲撃を受けた際にも、リットはきっと近くに隠れていたのだろう。分かりにくいが、この男は、決して外道ではないことをジェノは知っているのだ。
やがて、リットの姿が消えると、ジェノはもう一度芝生の上に腰を下ろす。
「……サクリ……」
そして、ジェノは絞り出すように、死んでしまった少女の名を口にするのだった。
彼女がゆっくりとした動作で、ナターシャの頬を二度叩くまで、ずっと。
「避けないの? 私なんかのこんな攻撃、体がもとに戻った貴女なら、簡単に避けられるでしょうに」
「……避けるまでもありませんので」
ナターシャがそう返すと、イルリアは「そう」と興味なさげに言い、踵を返す。
「今のビンタは、イースとサクリの分よ。あんた達が弄んだ命の代償としては軽すぎるけれど、もう私はあんたの顔も見たくない。あんたとはどこまで話しても平行線のままだと理解したから」
「弄んだ? 私達が、命を弄んだですって!」
ナターシャはイルリアの聞き捨てならない言葉に、怒りの感情を顕にする。
「私達がどのような思いで、この手を血に染めたと思っているのですか! 生贄にすることとなった子供たちも、すでに汚染が手遅れな段階まで進んでしまった子を仕方なく殺め、生贄の乙女も、もう余命幾ばくもない者を対象にしました。
これ以上のいい方法があったとでもいうのですか? 貴女なら、もっと良い方法が取れたとでもいうのですか!」
ナターシャの怒りの声に、しかしイルリアは振り返りもしない。
「そんなこと、私にはできないわよ。でもね、その人の命は、死んでしまうまで、ずっとその人のもののはずよ。理由がどうあれ、あんた達はそれを奪って、自分の都合のいいように利用した。
……仕方がなく、と言っていたわよね。すごいわね。貴女達は生殺与奪の権利を持っているというわけね」
「化け物に変わってしまった子供は、他の村人たちを襲う。それ以上の被害を生じさせないために必要な対策です。他に方法などなかったのです!
貴女はきっとその手を汚したことがないのでしょうね。だから、そんな綺麗事を言えるのです!」
ナターシャは拳を強く握りしめる。
この理想論で物を語る小娘は、何も理解していない。あの地獄の日々を知らないから、こんな的はずれなことを言えるのだ。
「人を殺したことがあるのが、そんなに偉いことなの? 誇るようなことなの? 貴女こそ、『仕方がない』という言葉を盾にして、殺される側の事をまるで考えていないだけではないの?」
「違う! 私は……」
イルリアの言葉に、ナターシャは反論しようとしたが、イルリアが先に口を開く。
「それに、ナターシャ。あんたは私達も殺すつもりだったわよね? <聖女>ジューナを殺めた犯人に仕立て上げようとしたのだから。当然、私達は死罪になる。それを分かってあんたは私達を嵌めようとしたのでしょう?」
イルリアのその問いかけに、ナターシャは言葉に詰まる。
「悔しいけれど、リットの言うとおりね。あんたは自分が可愛かったのよ。自分の理想であり敬愛の対象である聖女様が汚名をかぶることがどうしても耐えられなかった。
だから、偶然この村にやってきたよそ者の私達を利用して殺そうと考えたってわけね。まったく、大した仕方なさだわ」
イルリアの言葉は正しい。だが、ナターシャはそれを認めるのを拒絶する。
「貴女達に何が分かるというの! 全てを魂さえすり減らしながら人々のために尽くしたジューナ様の苦悩を見たこともないくせに!」
「知らないわよ、そんな事。でも、それはお互い様でしょう? 貴女にサクリ達の気持ちが分かるというの?」
「サクリさんも、イースという娘も、カーフィア様の信徒。人々を救うためならば、喜んでその生命を捧げるでしょう」
そう、もしもこの体に魔法の力を有していたのであれば、自分は喜んでジューナ様の<禁呪>の供物になりたかった。
同じカーフィア様の信徒であれば、誰もが……。
「あんたは、サクリとろくに話もしていなかったようね。そうよね。あんたにとってはあの娘は、ただの魔法の触媒だものね。
やっぱり、あんたとは理解し合うことなんてできないわ」
「どういう事ですか?」
「いいわよ、分からなくて。分かって貰いたいとも思わないから」
イルリアは振り返らずにそこまで言うと、部屋の出入り口まで無言で足を運ぶ。
「……それなら、貴女達はどうだというのですか? あのまま<霧>に侵された男を放置しておくつもりなのですか? いつ他人に被害を与えるかもしれないあの化け物を放置し続けている貴女達に、私を糾弾する資格があるとでもいうのですか!」
ただの難癖に過ぎなかった。それは、その言葉を発したナターシャが一番良く分かっている。だが、その言葉に、部屋を出ようとしていたイルリアの足が止まったのだった。
◇
リットの話を聞き終えたジェノは、「なるほど」とだけ言うと、静かに自分の両手を動かす。
「リット。ジューナが発動させた<禁呪>の効果の範囲はどれくらいなのか分かるか? それに、俺の中にあの<獣>がまだ存在しているのは何故だか教えてくれ」
ジェノの懇願に、リットは苦笑して答える。
「禁呪の範囲は、この壁に囲まれた村を超えるこの山全部だ。安心しなよ。<霧>というエネルギーにしか効果がない魔法なのは確認している。
それと、この魔法は<霧>とやらを消滅させる魔法なんだけど、生憎とジェノちゃんの中にいる獣は抵抗力が強すぎたみたいだ。全く弱体化していないぜ」
リットはそう言うと、静かに立ち上がる。
「なぁ、ジェノちゃん。もしかしてだけど、この神殿の神官達を殺した罪を償おうとか考えてはいないよな?」
リットの問に、ジェノは默まって立ち上がるだけで、何も答えない。
「おいおい。正義の味方ってのはこういう時に融通がきかないのが困りものだな」
リットは呆れたように片手で頭を抑えて、もうだいぶ日が傾いてきた天を仰ぐ。
「止めとけよ。今回の一件については、ジェノちゃんは巻き込まれた側で、降り掛かってきた火の粉を払っただけだ。
それに、ナターシャも、ジューナ様の遺言は守るつもりのようだから、ジェノちゃんが出頭でもしてしまったら、話がこじれるだけだぜ」
「遺言とはなんだ?」
「ああっ、すまん。そこは話していなかったな。ジェノちゃんがあの<獣>に操られて、ジューナ様に重症を負わせたんだが、彼女は自分に回復魔法を使って立ち上がり、最後に遺言を残した。
それが、血塗られた魔女であるジューナが、この村の人々を影で苦しめていたことに気づいたジェノちゃん達、正義の英雄が見事に彼女を討伐したっていう陳腐な筋書きなんだよ」
リットの説明に、ジェノは拳を握りしめる。
「この村の真実を、国王ガブーランがした悪行の全てを被り、魔女として死んでいくというのか」
「そうだな。でもまぁ、俺達には関係のない話だぜ。……そういう事にして置かなければ、聖女様も浮かばれないぜ、ジェノちゃん」
リットはそう言うと、ジェノは「そうか」と頷いた。
そして、長い沈黙の後に、ジェノが口を開く。
「リット。お前は、いつからサクリが、魔法の触媒にされることになっていた事に気づいたんだ?」
「ああ。もちろん、出会った瞬間だよ。魔法の触媒に、生きた人間――特に魔法を有した乙女を使うなんていうのは定番なんだ。だが、多くの場合、その対象に魔法で儀式への繋がりを作っておく必要がある。
で、サクリちゃんの体には、びっしり儀式用の魔法が掛けられていたのさ。まぁ、その魔法のおかげで、なんとか歩くこともできていたみたいだけどな」
リットの説明を聞き、ジェノは自分の浅慮を恥じる。
病に冒されて長い間ベッドから立ち上がることもできなかったと、サクリの話を聞いて知っていたのに、どうして自分は、今の彼女が歩くことができたのかを疑問にさえ思わなかった。
「儀式用の魔法っていうのは、ある種の<呪い>なんだよ。掛けられた者が死ぬことでしか開放されない。まぁ、儀式の成否は関係ないけどな。
この天才なら、その魔法を解呪することは簡単なんだが、それをしたら間違いなくサクリちゃんは死んでいた。なんとかその<呪い>で命を保っている状態だったからさ」
「お前でも、もうサクリを救う事ができないと言った理由は、それなのか?」
「ああ。だから、警告したんだよ。まぁ、無駄になったけどな」
リットは軽い口調でそう言い、笑みを浮かべる。
「……この村に入ってから、お前はどこにいたんだ?」
「森の中だよ。<霧>とやらの実験施設を見つけて、そこをいろいろ調べていた。まぁ、大した成果はなかったけれど、実験体にされた化け物がまだ居たんでね。久しぶりに手加減少なめで魔法を使って、施設ごと全てを破壊しておいた」
リットの魔法の力ならば、<霧>とやらの侵食も問題はないのだろう。だが、自分やイルリアではそうはいかない。だから、森には近づくなと言ったのだろう。
「……リット。済まない……」
ジェノは顔を俯けて、リットに謝罪する。
だが、リットは薄ら笑いを浮かべるだけだった。
「わざと分かりにくく言ってからかったのは俺なんだし、何も謝らなくてもいいぜ、ジェノちゃん。それなりに長い付き合いだろう、俺達は」
「ああ。長い付き合いだ。それなのに、俺は、お前の苦悩がまるで分からない」
ジェノのその言葉に、リットの顔から笑みが消えた。
「俺には魔法の力がまったくない。だから、物事の結末など分かるはずもなく、手探りで前に進むことしかできない。それを恨めしくも思うが、逆にお前のように何でもすぐに分かってしまう人間の気持ちが分からないし、考えようともしなかった。
お前は、俺達の立場になってアドバイスを何度もしてくれていたのに、俺は何もしようとはしなかった」
そこまで言うと、リットは大げさに嘆息する。
「おいおい。ジェノちゃん。優しい正義の味方は、サクリちゃんやイース。それに、聖女様のことでも胸を痛めているんだろう? 俺のような外道のことを考えている暇があったら、そっちに思考を使いなよ」
「俺は、正義の味方なんかじゃあない。それに、俺はお前のことを外道などとは……」
「はいはい。お優しいこって。そんなんだから、正義の味方って言われるんだよ」
リットは不機嫌そうに言うと、ジェノに背を向ける。
「もう、聞きたいことはないよな? それじゃあ、俺も、イルリアちゃんのように、一足先に宿に戻る。そして、明日の朝一でこの村を発つべきだ。魔女ジューナを討った英雄は、謎に包まれていたほうがいい」
「ああ。分かった」
ジェノがそう答えると、リットは背を向けたまま、バツが悪そうに頭を掻く。
「安心しろ。ジェノちゃんとイルリアちゃんが、イースと一緒に泊まっていた方の宿は直してあるし、あの店の女将さんの傷も治して、元気になっている」
「……そうか」
自分のしたことには責任を持つ。リットらしい配慮だと思ったが、ジェノは敢えてそれを口にはしない。
自分達がナターシャの襲撃を受けた際にも、リットはきっと近くに隠れていたのだろう。分かりにくいが、この男は、決して外道ではないことをジェノは知っているのだ。
やがて、リットの姿が消えると、ジェノはもう一度芝生の上に腰を下ろす。
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