57 / 248
第三章 誰がために、彼女は微笑んで
④ 『恨むべきものは』
しおりを挟む
今後の話し合いが終わった後、馬車でこの街のカーフィア神殿に戻ってきたサクリは、先程まで一緒だったロウリアという名前の神官に案内され、お客様用の寝室に案内された。
かなり上等な部屋だ。それに、体が思うように動かない自分のためにと、二十代半ばくらいの若い神官の女性を一人付けてくれた。
地方の神殿の神官見習いの一人でしかないサクリには、破格の高待遇と言ってよいだろう。
もっとも、それは、サクリが健常者であればの話だが。
「治療室を貸して頂けるとまでは思っていなかったですけれど……」
サクリはベッドに横になり、心のなかでそう愚痴を口にする。
この朽ちていくだけの体を少しでも長く持たせるためには、数時間おきの癒やしの魔法が必要だ。だが、自分の世話をするというこの神官の女性が、魔法をまったく使えないのは明らかだった。彼女からは魔法の力の片鱗を感じなかった。
それに、サクリをベッドの上に横たわせると、布団をかけて彼女は部屋を出ていってしまったのだ。
「……私が地方とは言え、神殿長の娘だから、最低限の体裁を取っているだけ……」
あのおせっかいな自警団の男性に連れられて、この神殿にやって来たばかりの自分に向けられた視線を、サクリは覚えている。
見苦しい者を、直視したくない者を見る目。
あれこそが、このような心無い上辺だけの気遣いをする、あのロウリアと言う名前の神官の気持ちなのだろう。
重病の自分が死んでも、自分たちは取るべき処置をしっかりとしていたと言い訳ができるようにしているだけだ。
「……このままなら、私は早くに死ねるのかな?」
今の自分には何も残っていない。
大切な友達を失った自分には、何も残されていないのだ。
それならば、このまま楽になりたい。
そう思ってしまう。
「……でも、何もかもを放り投げて死んでしまっては駄目。命の限り生きようとしない者を、カーフィア様は楽園に導いては下さらないから……」
大切な友人を目の前で失ったあの時、サクリは彼女達と運命を共にしたいと思った。
だが、そんな彼女が考えを変え、生きようとしたのは、ただただ、天国での再会を願ったからだった。
「私を守って、カルラもレーリアも勇敢に戦った。だからカーフィア様は絶対に、二人を天国に導いて下さったはず。だから、私も天国に行けるように頑張らないと……」
もうサクリには、この世に望むことはない。
ただ、死後に大切な友人に再会することだけを願い、それだけを希望に生き続ける。
「カーフィア様。貴女様をお恨みしたことを、なにとぞお許しください。私は、貴女様の教えを最後まで守り、生きることに努めます。この苦しみにも耐えます。ですから、どうか私が死んだら、あの二人のもとに導いて下さい……」
そう、カーフィア様をお恨みするなど、失礼この上ない話だ。
自分がこんなに不幸なのは、カーフィア様のせいではない。
だって、カーフィア様は私にあの二人との再会する方法を教えてくださっているのだから。
……では、私は誰を恨めばいいのだろう?
十五歳の若さで不治の病に侵された。
そしてずっと、苦しんで、苦しんで……。
最後の思い出にと、自分の命よりも大切に思っていた親友二人と旅をしていただけなのに、そんなささやかな願いさえ奪われたこの身の不幸は、一体誰のせいだというのだろう。
「……ああっ、そうなのですね……」
子供でも知っていることだ。
この世界は、もともと不完全な世界なのだ。だから、こんなにも悲しみに溢れている。
だから、自分はこんなにも不幸なのだ。
ささやかな望みさえ奪われるのだ。
「この世界が悪いのですね。私から奪うばかりのこの世界が……。それならば、こんな世界なんて、なくなってしまえばいいのに……」
そんな事を願いながらも、サクリは微笑む。
ようやく、見つけることが出来たから。
自分が唯一、恨んでもいい存在を。
かなり上等な部屋だ。それに、体が思うように動かない自分のためにと、二十代半ばくらいの若い神官の女性を一人付けてくれた。
地方の神殿の神官見習いの一人でしかないサクリには、破格の高待遇と言ってよいだろう。
もっとも、それは、サクリが健常者であればの話だが。
「治療室を貸して頂けるとまでは思っていなかったですけれど……」
サクリはベッドに横になり、心のなかでそう愚痴を口にする。
この朽ちていくだけの体を少しでも長く持たせるためには、数時間おきの癒やしの魔法が必要だ。だが、自分の世話をするというこの神官の女性が、魔法をまったく使えないのは明らかだった。彼女からは魔法の力の片鱗を感じなかった。
それに、サクリをベッドの上に横たわせると、布団をかけて彼女は部屋を出ていってしまったのだ。
「……私が地方とは言え、神殿長の娘だから、最低限の体裁を取っているだけ……」
あのおせっかいな自警団の男性に連れられて、この神殿にやって来たばかりの自分に向けられた視線を、サクリは覚えている。
見苦しい者を、直視したくない者を見る目。
あれこそが、このような心無い上辺だけの気遣いをする、あのロウリアと言う名前の神官の気持ちなのだろう。
重病の自分が死んでも、自分たちは取るべき処置をしっかりとしていたと言い訳ができるようにしているだけだ。
「……このままなら、私は早くに死ねるのかな?」
今の自分には何も残っていない。
大切な友達を失った自分には、何も残されていないのだ。
それならば、このまま楽になりたい。
そう思ってしまう。
「……でも、何もかもを放り投げて死んでしまっては駄目。命の限り生きようとしない者を、カーフィア様は楽園に導いては下さらないから……」
大切な友人を目の前で失ったあの時、サクリは彼女達と運命を共にしたいと思った。
だが、そんな彼女が考えを変え、生きようとしたのは、ただただ、天国での再会を願ったからだった。
「私を守って、カルラもレーリアも勇敢に戦った。だからカーフィア様は絶対に、二人を天国に導いて下さったはず。だから、私も天国に行けるように頑張らないと……」
もうサクリには、この世に望むことはない。
ただ、死後に大切な友人に再会することだけを願い、それだけを希望に生き続ける。
「カーフィア様。貴女様をお恨みしたことを、なにとぞお許しください。私は、貴女様の教えを最後まで守り、生きることに努めます。この苦しみにも耐えます。ですから、どうか私が死んだら、あの二人のもとに導いて下さい……」
そう、カーフィア様をお恨みするなど、失礼この上ない話だ。
自分がこんなに不幸なのは、カーフィア様のせいではない。
だって、カーフィア様は私にあの二人との再会する方法を教えてくださっているのだから。
……では、私は誰を恨めばいいのだろう?
十五歳の若さで不治の病に侵された。
そしてずっと、苦しんで、苦しんで……。
最後の思い出にと、自分の命よりも大切に思っていた親友二人と旅をしていただけなのに、そんなささやかな願いさえ奪われたこの身の不幸は、一体誰のせいだというのだろう。
「……ああっ、そうなのですね……」
子供でも知っていることだ。
この世界は、もともと不完全な世界なのだ。だから、こんなにも悲しみに溢れている。
だから、自分はこんなにも不幸なのだ。
ささやかな望みさえ奪われるのだ。
「この世界が悪いのですね。私から奪うばかりのこの世界が……。それならば、こんな世界なんて、なくなってしまえばいいのに……」
そんな事を願いながらも、サクリは微笑む。
ようやく、見つけることが出来たから。
自分が唯一、恨んでもいい存在を。
0
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
悪役令嬢は処刑されました
菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる