彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

文字の大きさ
上 下
10 / 248
第一章 エルマイラムの冒険者

⑩ 『邂逅』

しおりを挟む
 あの化け物騒ぎが一応の解決を迎えてから、一週間が過ぎた。

 人を無差別に襲う謎の化け物が討ち取られたことにより、ナイムの街には平和が戻った。
 夜間の外出禁止令も解かれ、街は以前の活気を取り戻しつつある。

 だがレイは不機嫌な顔で、昼の巡回を行っていた。その傍らには、相棒のキールの姿もある。

「ああっ、面白くねぇ!」
「まったくもう。何度同じことを言っているんですか、レイさん」
 キールに呆れ顔をされても、レイは苛立ちを抑えきれない。

「団長も苦渋の決断だったと思いますよ。自警団の体裁を保つ必要があるのは、レイさんだって分かっているでしょう?」
「分かっているに決まっているだろう、そんなことは。だが、ジェノの奴が余計なことをしなければ、こんな鬱屈とした思いをしないで済んだと思うと、腹が立って仕方ねぇんだよ」

「まぁ、僕もそれは同じですけれどね……」
 怒気を含んだキールの呟き。
 態度と表情に出さないだけで、キールが自分と同じように怒っていることを知り、レイは少しだけ落ち着きを取り戻す。


 今回、ジェノが起こした背信行為に対して、自警団団長のガイウスは冒険者ギルドに対して抗議を行なった。
 それに対して、この街の冒険者ギルドの最高責任者オーリンは、ガイウスに頭を下げた。だが、彼はジェノの主張の正当性も否定はできないとし、自警団に対して提案を持ちかけてきたのだ。

 それは、今回の事件で何人もの人々を殺めた怪物を倒した手柄を全て自警団に譲る代わりに、ジェノと彼の仲間達の罪を不問にしてほしいとのことだった。

 正直、ふざけた提案だとレイは思う。

 もともと、あの化け物の手がかりを掴んだのは自分達だ。生憎とその場に自分は居合わせることはできなかったが、あの日の夕刻に現れた化け物を発見したのも自警団の仲間たちだったのだ。

 仲間たちは人々を避難させ、その化け物と剣を合わせて戦ったのだという。つまり、その時点では、あの化け物は間違いなく本物だったのだ。
 だが、戦いの最中に突如眩しい光が巻き起こり、目がくらんでいる間に化け物は逃亡を始めたのだという。

 その光というのは、おそらくジェノの仲間の魔法だとレイ達は睨んでいる。そして、化け物の幻覚を作り出して自分たちを謀ったのだろう。

 もっとも、どうやって化け物を一瞬で他に移動させたのかは分からない。

 魔法という力は、数百人に一人程度の割合で発現する特殊な才能のこと。もっとも、それが仮にあったとしても、かなり厳しい修練をしなければ、その力を使用することはできないのだという。
 その反面、魔法を修める事ができれば、常識的な物理法則を無視した力が手に入るらしい。

 だが、生憎と魔法を使える者は自警団にはいないため、そんな漠然とした知識しかレイ達は持ち合わせていない。だから、ジェノの仲間――リットが何をしたのかは知りようもないのだ。
 
「それでも、あいつらが俺達から手柄を奪っていったのは紛れもない事実だ。何日も掛けて皆が懸命に走り回って、情報を集めて包囲網を引いて追い詰めた成果を、あいつは……」
 レイは喉元まで出かかったその言葉を飲み込む。

 結果として、自分達の団長は冒険者ギルドからの提案を受けた。だからこのことは、各員の胸に留めておかねばならないのだ。

『すまない。納得などできるはずがないことは分かっている。だが、堪えてくれ……』

 拳を震わせながら、皆の前で頭を下げたガイウス団長の姿を思い出すと、レイはやるせない気持ちになる。
 どれほどの激情を飲み込んだ末の決断だったか、痛いほど分かったからだ。

 非常事態ということで、仲間たちは懸命に頑張った。だが、そんな過程などは、自分達の給金を決める議会のお偉いさんは評価してくれない。

 まして、今回の非常事態への対応ということで金が掛かっている。それなのに、何の結果も出せませんでしたなどと報告するわけにはいかないのだ。

 そんな事をすれば、間違いなく団長達は無能の烙印を押されて職を辞さねばならなくなる。そして、他の自警団メンバーも役に立たずの烙印を押され、ただでさえ少ない自警団の給金が更に削減される。

 そんなことになれば、皆の生活が立ち行かなくなってしまう。
 だから、仲間たちは誰一人として、団長の決断を責めなかった。だが、団長にこんな辛い決断をさせるきっかけを作った、ジェノに対する怒りはいや増すばかりだ。

「ちょっと。ねぇ、ちょっと! そこの自警団のお兄さん!」
 不意に自分達を呼ぶ声が聞こえ、レイとキールは立ち止まって振り返る。

 そこには、酷く激昂する老婆と彼女を宥める夫らしき老爺。そして、おそらくは孫なのだろう。幼い少年が、酷くばつが悪そうな顔で立ち尽くしていた。

「はい。どうしましたか?」
 人当たりのよいキールが、レイに先んじて笑顔で応対するが、老婆は不機嫌な態度を変えることなく話し始める。

「ねぇ、<パニヨン>って名前の店が何処にあるのか教えて頂戴! この子にいくら聞いても教えてくれないのよ!」

 思いもしない単語が聞こえ、レイは少し驚く。あの店の名前を怒り混じりで尋ねるとは、一体何があったのだろうと興味を惹かれる。

「ああっ、あのお店は大通りから少し離れているんで、分かりにくいんですよね。よければ、僕たちがご案内しますよ」

 キールも自分と同じ気持ちなのだろう。老婆にそう申し出て、こちらに無言で合図を送ってくる。
 レイは静かに頷き返す。

「あら、助かるわ。……ああっ、それと、迷惑ついでに、少しだけでいいから立ち会ってくれないかしら? もしかするとトラブルになるかもしれないから」
「トラブル? それは穏やかではありませんね。ここからあのお店までは、少し距離があるので、よければ何があったか、歩きながら僕たちに話してくれませんか? お力になれるかもしれませんから」

 キールの申し出に、老婆は「ええ。是非お願いするわ」と少し表情を和らげたが、それとは対象に、少年が老婆の前に立ちはだかり、両手を広げて前進を阻止しようとする。

「待って! 止めてよ、お婆ちゃん」
「コウ、そこをどきなさい。私は絶対にその男を許さないわ。私の可愛い孫を危険な目に合わせるなんて、許せるものですか!」
 コウと呼ばれた少年の懸命な訴えは、しかし老婆の怒りを増加させるだけだった。

「この子を、危険な目に? いったいだれがこんな小さな子にそんな酷いことをしたというのですか?」
 キールのやんわりとした声での問いかけに、しかし老婆は激昂したまま答える。

「ジェノとか言う男よ。そいつが……」
 老婆の口から出た思わぬ単語に、レイとキールは目を見開く。

 そして、道すがら老婆達の話を聞いたレイは、三人のことをキールにまかせて、<パニヨン>に走り出すことになるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

処理中です...