騎士の妻ではいられない

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リンダの心境

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 イーサンがけがをしてから二週間がすぎた。そろそろ抜糸をするので、いまの勤務から通常勤務にもどす話が進んでいた。

 イーサンはけがの状態がおちつくと掃除をしたり、食事を作ったりと家事を手伝うようになった。

「人に教えるのは時間も手間もかかるから大変だろうけど一度おぼえれば一人で出来るようになる。しばらくリンダに迷惑かけるけど教えてもらえないか?」

 イーサンはリンダが恐縮するほど積極的に家事をおぼえようとした。

 イーサンのことは幼馴染みとはいえ結婚し一緒に暮らすまで知らないことが多かった。

 結婚してから多くのことを知るようになったが、それでも家事をしながらお互いの仕事の話や、友人、親や親戚の話などをしていると、イーサンのことを知っているようで知らなかったと思うことが多かった。

 リンダはとなりで眠っているイーサンの寝顔をみた。勤務している時はなでつけている髪がほつれているので幼くみえた。

 もうイーサンに子どものような丸みは体中どこをさがしてもないはずだが、頬の線に丸みがあるようにみえる。子どものころの面影がかさなった。

 胸に痛みがはしった。あの頃のように無邪気にイーサンを好きだといえない現状がうらめしかった。

 しばらくイーサンの寝顔をみていたが眠気はもどってこない。

 リンダはそっと起き上がり音をたてないように部屋をでた。

 明かりをつけるか迷ったが、眠気はすぐにもどってこないようなので白湯を飲むためランプに火をともした。

 薄明かりのなかリンダはこれからのことを考える。

 リンダが仕事からもどると母が訪ねてきた。王都に住む母の幼馴染みであるダイアンから返事がきたという。

 ダイアンは住み込みの仕事を紹介できると返事をしてきたので、もしリンダが王都に行くなら母も一緒に行くという。

 リンダは母が本気で王都の仕事をさがしてくれていたこと、そして母も一緒に行こうとしていることに胸がいっぱいになった。

 母はいつもリンダをやさしく支えてくれた。イーサンとの離婚も反対せず、リンダが望むようにすればよいといってくれた。

 リンダは迷っていた。

 イーサンのけがで家にもどってはきたが、このままでよいのかとずっと迷っている。

 このままイーサンと一緒にいられたらと思う気持ちはある。とくに今はイーサンがリンダと同じような勤務時間で働いている。イーサンと初めておだやかな生活を送っていた。

 しかしその生活はもうすぐ終わる。再び通常勤務をするようになればこれまでのような生活をしなくてはならない。

 しかし以前のような生活をしていく自信がなかった。

 リンダは王都行きについて考える。これまでとちがう生活をしてみたい。その気持ちは離婚を決心した日からすこしづつ形をもつようになっていった。

 リンダはこれまで王都にいったことがない。住んでいる町は王国で三番目に大きな町でにぎやかだが、王都のにぎやかさは桁違いときく。

 これまで王都にいくことなど考えたこともなかったが、自分が望めばいくことができる。そのような可能性自体これまで考えたことがなかった。

 イーサンが騎士をやめることをどれほど本気で考えているのか分からないが、それもリンダが考えたことのない可能性だった。

 イーサンに騎士をやめてほしいと思っていないが、もしリンダが望めばイーサンは騎士でない道をさがしてくれるかもしれない。

 やはり自分は子供だなと思う。年齢的には大人だが、あまりにも未熟で物をしらず自分のことを大人だと思えない。

 きっとリンダが知らないだけでほかにも可能性や選択肢はあるのだろう。

「これまでのように生きていかなくてもよい」

 その思いはリンダの胸のなかで少しづつ大きくなっていった。

 リンダはイーサンのことを考える。

 イーサンのことが好きなのか?

 その答えはまだはっきりしない。きらいではない。たしかにいえることはそれだけだった。

 イーサンはリンダが家にもどってから、これまでが嘘のようにリンダに愛情を伝えるようになった。

 初めのうちは決死の覚悟をしたかのような表情で愛しているといわれ、そこまで無理していってもらわなくてよいと思うほどだった。

 言われたこちらも気恥ずかしいので言わなくても大丈夫だといおうとしたが、イーサンが変わろうとしてくれているのをさまたげてはいけないと思い直した。

 イーサンは変わろうとしてくれている。

 リンダと離婚せず一緒に幸せになりたいといい変わろうとしてくれている。

 離婚してあらたに妻となる女性をさがすのが面倒なのではと考えたが、自分の行動を変えるのも十分面倒くさい。

 どちらがより面倒なのかは分からないが、面倒なことをしてでもリンダと一緒にいたいと行動しているのだと思えた。

 イーサンをきらいになれたらどれだけ楽だろう。顔もみたくない、離婚してすっきりしたいと思えるほどきらいになりたい。そうすれば迷わず離婚できる。

 もし体に感情をつくりだす器官があるなら、それをそっくり切り取ってしまいたいと思う。

 もう何も感じなくなってしまいたい。幸せも喜びも感じられなくなってよいので、わきおこるさまざまな感情をなくしてしまいたい。

 リンダはランプの明かりをじっと見た。

 暖かそうな炎の色が父を思いおこさせた。

 父から感じた温かいものを父の愛情だと思えたことが心にうかんだ。

 無いと思っていた父の愛情は存在していた。そして変わらないと思っていた父も変わった。

 きっと自分も変わらなくてはいけないのだろう。

 苦しい。もう何もかも投げだしてしまいたいほど苦しい。

 しかし周りの人達はリンダの幸せを願ってくれている。幸せになるために自分が出来ることをやらなくてはならない。

 リンダは再び王都行きについて考えをめぐらせた。
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