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父と娘が知らなかったこと
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「そういえばリンダと二人で外で食べるのはじめてだな」
リンダが父に話をしたいといったことから父娘は食堂で向かい合わせにすわっていた。
家族全員で外で食事をすることはあったが父と二人でというのはなかった。そもそもリンダが父と二人でいること自体が少なかった。
リンダは義母のマギーから父と話すようにいわれ、数日考えたあと思い切って実行することにした。
リンダは緊張していた。
父と会う約束をとりつけるため騎士団にいった時は断られるだろうと思っていた。しかし父はあっさり承諾した。
リンダは自分で約束をとりつけておきながら、緊急事態の発生で約束がながれないかとひそかに願った。
自分でもなぜ父と話そうと思ったのか不思議だった。
義母にいわれたのがきっかけだがリンダの中で父と話さなくてはと強く思う気持ちがあった。この勢いにのらなければ一生聞くことはできないと思うことを聞いておきたかった。
「イーサンの調子はどうだ?」
父としばらくイーサンの話をしたあと沈黙がながれる。
リンダの緊張はひどくなる一方だった。
これまで父と話をすることはあまりなかった。結婚するまで同じ屋根の下にいたので世間話や用事について話すことはあっても、それ以外の話をすることはなかった。
「ずっとお前にあやまりたかった。
お前がイーサンに離婚の話をした時、お前の気持ちをまったく聞かず怒鳴りつけて出て行けとまでいってしまった」
リンダにぼそぼそした声であやまる父は、リンダが子供の頃から見てきた強い父の姿とかけはなれていた。
「リンダが我慢に我慢をかさね、限界に達したせいで離婚をいいだしたと気付いてなかった。お前の気持ちをまったく考えていなかった。本当にすまない」
父として、騎士として、つねに正しく強い父の姿しかみたことのないリンダにとって、自分にあやまる父が現実のことと思えなかった。
リンダは何もいうことができず、ただ頭をふっていた。
お互い何をいってよいのか分からず沈黙する。
リンダはこのまま緊張しつづけることに耐えられそうにないと覚悟をきめ、父に問いかけた。
「ずっとお父さんに聞きたかったんだけど、聞くのが怖くて聞けなかったことがあるの」
リンダは深呼吸したあと言葉をつぐ。
「お父さんは私が男の子だったらと思ってた? 男の子だったらもっと私に構ってくれた?」
父が時が止まったかのように動かず固まっていた。
リンダは勇気をふりしぼり聞いたことに、父が何の反応もしめさないことに動揺する。やはり聞くべきではなかったと自分の失敗にうろたえた。
子供の頃、兄のベンに剣を教えている父はたのしそうだった。しかしリンダといる時の父は少し困ったような表情をしていた。
リンダは父がほしかったのは女の子ではなく男の子で、一緒に騎士として活躍できる男の子がほしかったのではと思った。
自分が男だったら兄のように父から騎士になるための訓練をうけ、もっと父と一緒にいられたかもしれない。父の期待に応えられたかもしれない。
リンダは自分が女であることが残念だった。そして父の期待に何も応えられない自分など父には必要ないと考えた。
「そんな風に思ってたのか……」
その一言をいったきり父が再び沈黙した。
「お父さんは、お兄ちゃんだけがかわいいんだと思ってた。男の子だし騎士になろうとがんばっていたし」
「そんな風に思わせてしまってたんだな」
そのようにつぶやいた父の声は弱々しかった。
「俺にとってリンダもベンも大切な子で同じように愛してる。
ただ俺が女の子とどう接してよいのか分からず、リンダと接するのにとまどってただけなんだ。まさかお前に剣を教えるわけにいかないしな。
違うな。ベンとも剣や騎士の訓練がなかったら、どう接してよいのか分からなかったかもしれない。
子供との接し方がよく分からなかった。
だから自分で出来ることをやってみたというか、騎士の訓練なら目をつぶってでもできるから、ベンに訓練をつけるのが簡単だっただけのことなんだ」
父が自信なさげに自分の気持ちを話す姿をみるのは初めてだった。
「私ね、ずっと男の子じゃないし良い子でもないからお父さんにきらわれてると思ってたの。だからいつもお父さんは自分の側から去っていく。
仕事だと分かってたけどお父さんが私をおいてどこかに行ってしまうのが寂しかった」
リンダは目に涙がにじむのを感じる。
「病院でイーサンが寝台に横たわっているのを見て、お父さんが大けがした時のことを思い出したの。
体中、包帯でまかれたお父さんが死ぬんじゃないかと怖かった。
だから神に祈ったの。お父さんを助けて。良い子になるから。もう二度とお父さんにまとわりついて困らせたりしないから、ちゃんと聞き分けのよい子になるからお父さんを助けてと」
涙があふれてまともに声がでない。
あの頃の気持ちがふきだし涙で視界がゆれる。
父がリンダの腕をきつくつかんだ。
「ごめんな。寂しい思いさせて。怖い思いをさせて」
父の目に涙がうかんでいた。
強くたくましい父の目に涙が。
リンダは父が泣いているのをこれまで一度もみたことがない。
「リンダ、お前は俺の大切な娘だ。お前が生まれた時あまりに小さくて、すこしでも力をいれたら壊れてしまうのではと思うほど小さくてかわいい赤ん坊だった。
ベンが生まれた時は産婆がおどろくほど大きかったから余計にお前が小さく思えたのかもしれない。
お前が生まれた頃、この辺りの治安が悪くなっていた。町が急激に大きくなっていた時だったから人も物も増えて町の秩序を保つのがむずかしくなっていた。
だから小さなお前をみて思った。この子が安心して暮らせる町にしたいと。俺が騎士としてがんばる理由は自分の家族が安心して暮らせるようにしたいという気持ちなんだ。
騎士として仕事に励むことが家族の幸せにつながると思ってた。お前をないがしろにするつもりも、寂しい思いをさせるつもりもなかった。
お前が俺にきらわれていると思ってたなど想像もつかなかった」
父が何かを考えるかのように視線を宙にうかせた。
リンダはふいに伯父のポールに、イーサンの気持ちや考えを聞こうともしていないと言われたことを思い出した。
父が自分をきらっていないと知れたのは、リンダが父に自分のことをどのように思っているかを聞いたからだ。
これまで聞いてはいけないと思っていた。聞くのがとても怖かった。
もし自分が思っていることを肯定されてしまったら、自分のことを愛していないといわれたらと怖かった。
それはイーサンに対しても同じだ。好きな人から好かれていないと知りたくなかった。イーサンの気持ちを聞くのが怖かった。
父が宙にさまよわせていた視線をリンダにむける。いつもは精悍な目つきの父がおだやかな表情をしていた。
――温かい。
リンダは父から温かさを感じた。
不思議な感覚だった。
父の全身から感じられる温かさ。その温かさは父が自分に対していだいている愛情の温かさだと自然に思えた。
これまで父からこのような温かさを感じたことがなかった。
父はいつも緊張感をまとっている。騎士として生きてきた厳しさをただよわせ、リンダにとって父は家でも騎士だった。
しかし目の前にいる父からこれまで感じたことのない温かさが流れてくる。
その温かさが心地よかった。
「イーサンとお前の結婚は親として良かれと思って決めたが、もしつらいなら離婚してもどってこい」
これまで強固にイーサンとの結婚をきめ、離婚もするなといっていた父の心変わりにリンダは声もでなかった。
「リンダがイーサンとの離婚を衝動的に決めたわけでもないのに、さも考えがたりないようなことをいって悪かった。
イーサンは騎士として有望でお前達は幼馴染みだ。お互いよく知っているから良い相手だろうと決めつけていた。
それとお前に騎士の妻になりたくないといわれ、家族を守るためにがんばってきた騎士という仕事を馬鹿にされた気になってしまった。
騎士として妻と子供達が安心して暮らせるようにすることが家族への愛だと俺は思ってる。
だから騎士を否定するようなお前の言葉に過剰に反応してしまった。それと親として娘のことを思って決めた結婚を拒否され、親としてのプライドも傷ついた。
本当に申し訳なかった。お前の気持ちよりも自分の感情を優先させた。もういい歳のおっさんのくせに子供のようなことをしてしまった。
それがどれほどリンダを傷つけたか分かってなかった」
父が苦しげな表情をした。
「大切な娘だから幸せになってほしかった。だから許可した結婚だったが、それがお前を不幸にしてしまうなど考えもしなかった。
自分を大切にして幸せになってほしい。イーサンと別れて騎士ではない男との将来も選択肢の一つとして考えるべきだ。
お前が幸せになることを心から願ってる」
父は不器用で普通の人だったのだ。
リンダはこれまで見たことのない父の表情と、これまでとちがう言葉にそのように思えた。
騎士の父ではなく、どこにでもいる普通の人として父をみるのは初めてかもしれない。
「良い子でなくてもいいの? 私がイーサンと別れてもお父さんは私のこときらいにならない?」
「なるわけないだろう。お前は俺のかわいい娘だ。娘が幸せになれない結婚にしがみつく必要はない」
父の目に再び涙がにじんでいる。
リンダは父の瞳にある空色をみたいと思った。鼻と鼻をくっつけるほど近くなくては見えない父の瞳の奥にある小さな空色を。
薄茶色の瞳にかくれた空色を最後に見たのがいつなのか思い出せない。それが父と自分の距離になってしまった。
リンダはその距離が寂しかった。
リンダが父に話をしたいといったことから父娘は食堂で向かい合わせにすわっていた。
家族全員で外で食事をすることはあったが父と二人でというのはなかった。そもそもリンダが父と二人でいること自体が少なかった。
リンダは義母のマギーから父と話すようにいわれ、数日考えたあと思い切って実行することにした。
リンダは緊張していた。
父と会う約束をとりつけるため騎士団にいった時は断られるだろうと思っていた。しかし父はあっさり承諾した。
リンダは自分で約束をとりつけておきながら、緊急事態の発生で約束がながれないかとひそかに願った。
自分でもなぜ父と話そうと思ったのか不思議だった。
義母にいわれたのがきっかけだがリンダの中で父と話さなくてはと強く思う気持ちがあった。この勢いにのらなければ一生聞くことはできないと思うことを聞いておきたかった。
「イーサンの調子はどうだ?」
父としばらくイーサンの話をしたあと沈黙がながれる。
リンダの緊張はひどくなる一方だった。
これまで父と話をすることはあまりなかった。結婚するまで同じ屋根の下にいたので世間話や用事について話すことはあっても、それ以外の話をすることはなかった。
「ずっとお前にあやまりたかった。
お前がイーサンに離婚の話をした時、お前の気持ちをまったく聞かず怒鳴りつけて出て行けとまでいってしまった」
リンダにぼそぼそした声であやまる父は、リンダが子供の頃から見てきた強い父の姿とかけはなれていた。
「リンダが我慢に我慢をかさね、限界に達したせいで離婚をいいだしたと気付いてなかった。お前の気持ちをまったく考えていなかった。本当にすまない」
父として、騎士として、つねに正しく強い父の姿しかみたことのないリンダにとって、自分にあやまる父が現実のことと思えなかった。
リンダは何もいうことができず、ただ頭をふっていた。
お互い何をいってよいのか分からず沈黙する。
リンダはこのまま緊張しつづけることに耐えられそうにないと覚悟をきめ、父に問いかけた。
「ずっとお父さんに聞きたかったんだけど、聞くのが怖くて聞けなかったことがあるの」
リンダは深呼吸したあと言葉をつぐ。
「お父さんは私が男の子だったらと思ってた? 男の子だったらもっと私に構ってくれた?」
父が時が止まったかのように動かず固まっていた。
リンダは勇気をふりしぼり聞いたことに、父が何の反応もしめさないことに動揺する。やはり聞くべきではなかったと自分の失敗にうろたえた。
子供の頃、兄のベンに剣を教えている父はたのしそうだった。しかしリンダといる時の父は少し困ったような表情をしていた。
リンダは父がほしかったのは女の子ではなく男の子で、一緒に騎士として活躍できる男の子がほしかったのではと思った。
自分が男だったら兄のように父から騎士になるための訓練をうけ、もっと父と一緒にいられたかもしれない。父の期待に応えられたかもしれない。
リンダは自分が女であることが残念だった。そして父の期待に何も応えられない自分など父には必要ないと考えた。
「そんな風に思ってたのか……」
その一言をいったきり父が再び沈黙した。
「お父さんは、お兄ちゃんだけがかわいいんだと思ってた。男の子だし騎士になろうとがんばっていたし」
「そんな風に思わせてしまってたんだな」
そのようにつぶやいた父の声は弱々しかった。
「俺にとってリンダもベンも大切な子で同じように愛してる。
ただ俺が女の子とどう接してよいのか分からず、リンダと接するのにとまどってただけなんだ。まさかお前に剣を教えるわけにいかないしな。
違うな。ベンとも剣や騎士の訓練がなかったら、どう接してよいのか分からなかったかもしれない。
子供との接し方がよく分からなかった。
だから自分で出来ることをやってみたというか、騎士の訓練なら目をつぶってでもできるから、ベンに訓練をつけるのが簡単だっただけのことなんだ」
父が自信なさげに自分の気持ちを話す姿をみるのは初めてだった。
「私ね、ずっと男の子じゃないし良い子でもないからお父さんにきらわれてると思ってたの。だからいつもお父さんは自分の側から去っていく。
仕事だと分かってたけどお父さんが私をおいてどこかに行ってしまうのが寂しかった」
リンダは目に涙がにじむのを感じる。
「病院でイーサンが寝台に横たわっているのを見て、お父さんが大けがした時のことを思い出したの。
体中、包帯でまかれたお父さんが死ぬんじゃないかと怖かった。
だから神に祈ったの。お父さんを助けて。良い子になるから。もう二度とお父さんにまとわりついて困らせたりしないから、ちゃんと聞き分けのよい子になるからお父さんを助けてと」
涙があふれてまともに声がでない。
あの頃の気持ちがふきだし涙で視界がゆれる。
父がリンダの腕をきつくつかんだ。
「ごめんな。寂しい思いさせて。怖い思いをさせて」
父の目に涙がうかんでいた。
強くたくましい父の目に涙が。
リンダは父が泣いているのをこれまで一度もみたことがない。
「リンダ、お前は俺の大切な娘だ。お前が生まれた時あまりに小さくて、すこしでも力をいれたら壊れてしまうのではと思うほど小さくてかわいい赤ん坊だった。
ベンが生まれた時は産婆がおどろくほど大きかったから余計にお前が小さく思えたのかもしれない。
お前が生まれた頃、この辺りの治安が悪くなっていた。町が急激に大きくなっていた時だったから人も物も増えて町の秩序を保つのがむずかしくなっていた。
だから小さなお前をみて思った。この子が安心して暮らせる町にしたいと。俺が騎士としてがんばる理由は自分の家族が安心して暮らせるようにしたいという気持ちなんだ。
騎士として仕事に励むことが家族の幸せにつながると思ってた。お前をないがしろにするつもりも、寂しい思いをさせるつもりもなかった。
お前が俺にきらわれていると思ってたなど想像もつかなかった」
父が何かを考えるかのように視線を宙にうかせた。
リンダはふいに伯父のポールに、イーサンの気持ちや考えを聞こうともしていないと言われたことを思い出した。
父が自分をきらっていないと知れたのは、リンダが父に自分のことをどのように思っているかを聞いたからだ。
これまで聞いてはいけないと思っていた。聞くのがとても怖かった。
もし自分が思っていることを肯定されてしまったら、自分のことを愛していないといわれたらと怖かった。
それはイーサンに対しても同じだ。好きな人から好かれていないと知りたくなかった。イーサンの気持ちを聞くのが怖かった。
父が宙にさまよわせていた視線をリンダにむける。いつもは精悍な目つきの父がおだやかな表情をしていた。
――温かい。
リンダは父から温かさを感じた。
不思議な感覚だった。
父の全身から感じられる温かさ。その温かさは父が自分に対していだいている愛情の温かさだと自然に思えた。
これまで父からこのような温かさを感じたことがなかった。
父はいつも緊張感をまとっている。騎士として生きてきた厳しさをただよわせ、リンダにとって父は家でも騎士だった。
しかし目の前にいる父からこれまで感じたことのない温かさが流れてくる。
その温かさが心地よかった。
「イーサンとお前の結婚は親として良かれと思って決めたが、もしつらいなら離婚してもどってこい」
これまで強固にイーサンとの結婚をきめ、離婚もするなといっていた父の心変わりにリンダは声もでなかった。
「リンダがイーサンとの離婚を衝動的に決めたわけでもないのに、さも考えがたりないようなことをいって悪かった。
イーサンは騎士として有望でお前達は幼馴染みだ。お互いよく知っているから良い相手だろうと決めつけていた。
それとお前に騎士の妻になりたくないといわれ、家族を守るためにがんばってきた騎士という仕事を馬鹿にされた気になってしまった。
騎士として妻と子供達が安心して暮らせるようにすることが家族への愛だと俺は思ってる。
だから騎士を否定するようなお前の言葉に過剰に反応してしまった。それと親として娘のことを思って決めた結婚を拒否され、親としてのプライドも傷ついた。
本当に申し訳なかった。お前の気持ちよりも自分の感情を優先させた。もういい歳のおっさんのくせに子供のようなことをしてしまった。
それがどれほどリンダを傷つけたか分かってなかった」
父が苦しげな表情をした。
「大切な娘だから幸せになってほしかった。だから許可した結婚だったが、それがお前を不幸にしてしまうなど考えもしなかった。
自分を大切にして幸せになってほしい。イーサンと別れて騎士ではない男との将来も選択肢の一つとして考えるべきだ。
お前が幸せになることを心から願ってる」
父は不器用で普通の人だったのだ。
リンダはこれまで見たことのない父の表情と、これまでとちがう言葉にそのように思えた。
騎士の父ではなく、どこにでもいる普通の人として父をみるのは初めてかもしれない。
「良い子でなくてもいいの? 私がイーサンと別れてもお父さんは私のこときらいにならない?」
「なるわけないだろう。お前は俺のかわいい娘だ。娘が幸せになれない結婚にしがみつく必要はない」
父の目に再び涙がにじんでいる。
リンダは父の瞳にある空色をみたいと思った。鼻と鼻をくっつけるほど近くなくては見えない父の瞳の奥にある小さな空色を。
薄茶色の瞳にかくれた空色を最後に見たのがいつなのか思い出せない。それが父と自分の距離になってしまった。
リンダはその距離が寂しかった。
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