騎士の妻ではいられない

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相棒

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「よう。大丈夫なのか?」

 イーサンの病室をおとずれた同僚のエリックが心配そうな表情で部屋にはいってきた。

「大丈夫だ。出血がそれなりに多かったから、まだ少しふらふらしてるが」

 エリックは寝台のそばにある椅子に腰かけると、お見舞いだといい騎士団の近くにあるパン屋のローズマリーを練り込んだパンを差しだした。

「俺の好物しってたんだ」

「当たり前だろう。お前は俺の相棒なんだから」

 エリックがイーサンの方をまったく見ずにいう。

 イーサンとエリックはペアを組んで巡回する相棒ではあるが親しくなかった。

 イーサンはエリックと相棒として関係をよくしたいと思っていたが、エリックがイーサンのことをきらっていた。

「奥さんの姿がみえないが」

「ああ、リンダは用事で出てるがもうすぐしたらここにもどって来る」

 エリックは「そうか」といったきり口をとじ、二人の間に気まずい沈黙がおりた。

 イーサンがその沈黙に耐えかね何か話さなければと思っていると、エリックが「すまなかった」と詫びた。

「何が?」

「俺がもっと気をつけていたらお前がけがをすることはなかった」

「お前のせいじゃないよ。あの状況でこれだけで済んだなら上出来だよ」

「でも俺があいつをしっかり拘束していたら」

 イーサンはエリックの手が膝の上で白くなるほど固く合わされているのに気付いた。

「本当にお前のせいじゃない。俺たちは一秒で状況が大きく変わるなか、市民の命、自分達の命を守るための判断を瞬時にして動かないといけない。

 あとになって考えればいくらでも違う行動がとれたように思うが、でもあの時はあの行動しか取れない状況だったんだよ。

 だから本当にお前が気にする必要はない」

 イーサンはエリックの気持ちが痛いほどわかった。

 イーサン自身、先輩と組んで巡回していた時に、自分はけがをしなかったが先輩が軽いけがをしたことがあった。

 こぶし大の石を投げられ、一瞬の判断がけがをした側としなかった側にわけた。イーサンが先輩の体を押し、彼の体の位置がすこしずれていればけがをすることはなかった。

 しかし自分の体を動かすことだけに注意がいってしまい、イーサンは先輩に対し何もできなかった。

 そのことをあやまるイーサンに、いま自分がエリックにいったのと同じことをその先輩がいった。

 こうして自分があやまられる側になると、それがどれほど真実であるかを痛感する。

 イーサンの気持ちを軽くしようとしてくれているのだと思っていたが、自分が謝罪される側になると仕方なかったとしか思えない。

「昨日のことだけでなく、これまでお前に嫌な態度をとって悪かった」

 エリックが顔をあげイーサンの目をみた。

「俺、お前がうらやましかった。

 お前の親父さんが騎士で、お前の義父まで騎士だ。お前は入団した時から上の人にかわいがられてた。

 剣の腕もあるし体力もある。騎士としての資質に恵まれてる。

 騎士団に何の伝手もなければ、とくに優れているわけでもない俺にとってお前は目障りだった」

 エリックにそのようにいわれイーサンは複雑な気持ちだった。

 自分が人から嫉妬されるほど優秀でもなければ、上の立場の人からとくに目をかけられているわけでもないのは自分自身がよく知っている。

「あの日、飲み会に来ていた女とお前が帰るのを見たが、お前があの女をあしらっていたのに気付いてた。お前があの女に気がないのは明らかだった。

 お前は気付いてなかったが、俺は巡回していた時にお前の奥さんが近くにいるのに気付いた。だからわざとお前が浮気しているかのような話をした。

 ちょっとした憂さ晴らしのつもりだった。離婚の危機だとしってたし、もっと波風たててやれと思ったんだ。

 お前の奥さん、騎士の娘として騎士のことをよく分かっていて、お前のことをしっかり支えてると前に聞いたことがあった。

 うちは一緒にいられる時間が少ないと妻にいつも文句をいわれて、改善しないなら実家に帰るとおどされてる。

 ただでさえ仕事で消耗しているのに妻は仕事の大変さを理解しなくていらついてた。

 だからお前も苦しめと、あんなことをしてしまった。本当に悪いことをした。あとで奥さんにも直接あやまりたい。

 もしお前が死んでたら俺は自分を一生許せなかっただろう。目が覚めた。

 醜い嫉妬で人を傷つける卑怯なことをしていた自分が情けなかった。騎士、失格だ。

 俺たちはお互いの命をあずけあう仲間だ。信頼関係がなければ命なんてあずけられないよな。

 お前がけがしてようやく目が覚めた。本当に申し訳なかった。今後は騎士としてお前に信頼してもらえるよう努力する」

 エリックの強い視線が決意の強さをあらわしていた。

 イーサンはリンダの献身に思いをはせた。

 自分と年齢が近い同僚は、恋人や妻の不満を語ることが多い。イーサンのように騎士の娘と結婚していても、ひんぱんな呼び出し、残業の多さなど一緒に過ごせない不満を妻からこぼされるという。

 そして同僚のほとんどは騎士の娘ではなく一般市民の女性と結婚している。一緒に過ごせないことへの不満は常につきまとった。

 リンダが何もいわなかったのは、リンダがイーサンの不在に平気だからではなく、リンダは騎士の仕事の大変さをよく知っているからこそあえて何もいわなかったのだ。

「俺、自分が恵まれているなんて気付いてなかった。すべてが当たり前だったんだ。だから自分の周りにいる人の気持ちを考えたことがなかった。

 妻に離婚をつきつけられて初めて彼女がどのような気持ちでいたか考えるようになった。

 お前が自分の気持ちをいってくれたから騎士団で自分がどのように思われていたのか分かった。

 きっとこれまで他の人の気持ちを考えず無神経な言動をしてきたと思う。こっちこそすまなかった。

 俺のほうこそお前にきらわれているならそれでいいやと信頼をえる努力を放棄してた。

 もしお前の方がけがをして俺が無傷だったら今頃俺の方が死ぬほど後悔していたと思う。

 もっと相棒として連携を取れるようにがんばればよかった。もっと自分たちの関係をよくすることを真剣に考えればよかったとね」

 イーサンはエリックの手にある古傷に視線をむけた。

「お前が騎士になったのは盗賊の襲撃で殺されそうになったのを騎士に助けられたのがきっかけだときいた。

 お前も知ってるように騎士に憧れる子供は多いが、本当に騎士になるためがんばりつづける奴は少ない。

 俺の場合、父が騎士だから騎士になった。お前のように一人で自分の意志を強く持ちつづけて騎士になったわけじゃない。

 俺には騎士になるため一緒にがんばる仲間がいた。仲間がいたから励ましあえた。だから一人で何かをがんばりつづけたことがない。

 でもお前は違う。どれだけ大変でも一人で努力しつづけた。くじけそうになっても助けてくれる仲間がいないのに努力しつづけたお前の強さを尊敬してる」

 イーサンの言葉にエリックが泣いていた。

 厳しい訓練にめげることなく平気な顔をしつづけた男の涙にイーサンは心をうたれた。

 エリックとはこれまで親しく付き合うことはなかったが、エリックの騎士としての能力は高く評価していた。

 エリックのねばり強さは治安維持隊の中でも指折りで、人や物を追跡する際にそのねばり強さが発揮され思わぬ拾いものをしていた。

 相棒とはいえ二人はこれまで必要最低限にしか接触することがなかった。

 そのためイーサンはこれまでエリックとこのようにお互いの気持ちを話すことがなかった。もっと早くにお互いの間のしこりを解消しておくべきだった。

「けがが治ったらまたよろしくな。相棒」

 イーサンがエリックに手をさしだすとエリックが力強くその手を握った。
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