騎士の妻ではいられない

Rj

文字の大きさ
上 下
5 / 23

幼馴染みの心の痛み

しおりを挟む
 リンダは実家をでたあと幼馴染みのメリッサの家にむかった。

 無理を承知で今晩だけ泊めてもらおうと思っていたら、メリッサの夫が商談のため出張しており歓迎された。

 メリッサは一年前に食料品卸をいとなんでいる商家の次男に嫁いでいた。

「ねえ、どうしたの、リンダ? イーサンとけんかした?」

 リンダは苦笑した。

「イーサンと離婚するために実家にもどったんだけど父に追い出されちゃった」

「ええ? 離婚? ちょ、ちょっと待って。離婚ってどういうこと?」

「疲れちゃった。騎士の妻でいるのに疲れちゃった」

 リンダは涙がこぼれるのをどうすることもできなかった。

 軽い気持ちで離婚しようと決めたわけではない。

 父に自分の言葉が通じないのは分かっていた。

 イーサンのことを理解してやれといわれ、これまで我慢していた気持ちが崩れてしまった。

 もうここにいたくない。夫と一緒にいられない。そして父とも一緒にいられない。

 新しい土地で、新しい人生を歩みたい。

 リンダはふとそう思った。

 イーサンとの結婚話がでたのは十七歳の時で十八歳で結婚した。リンダはいま二十歳になったばかりだ。

 何も知らなかった十七歳の時よりも、いまは世間にたいする知識や知恵もついた。

 離婚して実家にもどったとしても父と気詰まりな生活を送ることになるだろう。

 イーサンとの離婚を認めない父は、そもそもリンダが実家に帰ることを許さないだろう。

 一人で生きていくなら一度ぐらい自分の思うまま生きてみたい。

 女一人で生きていくのはとてもむずかしいが何かしら道はあるはずだ。

 泣いているリンダをメリッサがそっと抱きしめてくれた。

「リンダは本当にがんばった。がんばりすぎた」

 リンダはメリッサの温もりに、より一層涙をさそわれ泣きつづけた。リンダは背中をやさしくさすりつづけてくれるメリッサに甘えた。






◆◆◆◆◆◆






 メリッサはリンダが疲れ果て眠っている姿をみながらリンダの心の痛みに思いをはせた。

 メリッサの実家は食堂をいとなんでいるので、メリッサの両親は一日中一緒にいる。一緒に働き、家族として一緒に生活する。

 おかげでメリッサは夫婦はいつも一緒にいるものと考えていた。

 そのためメリッサはリンダが騎士の父を尊敬しながらも寂しさをかかえ、騎士とは結婚しないというリンダの気持ちを完全には理解できなかった。

 町の治安を守る騎士は尊敬されており、メリッサは騎士の父がいるリンダがうらやましかった。

 リンダの父が急な呼び出しで仕事にいってしまうことや、誕生日もろくに祝ってもらえない話はリンダから聞いていたが、それがどれほど寂しいことなのかメリッサはよく分かっていなかった。

 それを理解したのはリンダとイーサンの結婚を祝う宴のときだった。

 結婚を祝う宴で、騎士団からの非常召集のため新郎のイーサン不在のまま宴がおこなわれるのを目の当たりにした。

 参加者はみなイーサンが騎士であるのを知っているのでひどいことをいう人はいなかったが、リンダ一人で宴にいる姿は痛々しかった。

 自分がもしそのような状況におかれたら泣いただろう。

 しかしリンダは笑顔で祝福の言葉をうけ、宴をたのしんでもらおうと気を配った。

 メリッサは初めてリンダの寂しさと何を我慢してきたのかを理解した。

 その後、自分自身が結婚し、夫は仕事で王国内を出張することが多く、メリッサはひとりで家を守らなくてはならなかった。

 メリッサは家にひとりでいることの寂しさと不安を初めてあじわった。

 メリッサの夫と同行者が天候不良と川の氾濫で予定していた道が使えずもどりが二週間ずれた時は、夫の万が一を考え気が狂いそうだった。

 盗賊におそわれ怪我をしたのでは。もしかしたら生死をさまよっているのでは。不安は次から次へとわきあがり頭の中をうめつくした。

 あの時のことは思い出したくないほどだ。

 そして別の出張時に夫の帰宅が遅れたために夫の誕生日を一緒に祝えなかった。

 メリッサはそれが不可抗力であると分かっていても、祝うための準備をしたのしみにしていただけにがっかりした。

 夫が何事もなく帰ってこられたことを喜ぶべきだと分かっていても、心の奥底で一緒に祝えなかった誕生日のことが引っかかった。

 それでもメリッサの場合、十の約束のうち一つだけ破られる程度だ。しかしリンダは十のうち半数以上、もしかすると約束が守られるのが十のうち一つだけだったのかもしれない。

 騎士と結婚したくないというリンダの気持ちは当然だと思った。

 リンダは騎士の娘としてずっと耐えてきた。そして騎士の妻としても耐えつづけた。

 リンダは自分のことを弱いというが、これまでずっと騎士の娘や妻として不安や心配、約束が守られないことに耐えてきたリンダは強いとメリッサは思う。

 自分なら寂しさのあまり側にいる夫以外の人を頼ったり、耐えきれずさっさと夫を捨てただろう。

「リンダ。幸せになって」

 メリッサはリンダにそっとつぶやく。

 メリッサはリンダがイーサンとの結婚話をながそうとしていた時に、もっと親身にリンダの力になっていればと後悔する。

 リンダがイーサンのことを好きなのを知っていたので、その想いをとげた方が幸せになれるのではと思ってしまった。

 結婚すれば幸せになれるわけではないのは周囲をみれば明らかだ。不幸な結婚や離婚のはなしは周囲にあふれている。

 しかしメリッサの両親が好き合った者同士で結婚し、喧嘩はしても仲良く暮らしている姿をメリッサはみてきた。

 リンダが騎士ではないが好きでもない男性と結婚するよりも、騎士ではあるが好きなイーサンと結婚した方が幸せになれるだろうと思った。

 子供だった。おとぎ話のように好きな者同士が結ばれれば幸せになると思いこんでいた。

 イーサンと結婚してからのリンダは、口では幸せだといっていたがどこかつらそうにしていた。

 自分自身の結婚の準備で忙しかったこともあり、リンダのことを十分に気にかけることができなかった。

 もしリンダがつらそうにしているのに気付いた時に、しっかり手を差し伸べることができていたら――。

 メリッサは押し寄せる後悔にのみこまれた。
しおりを挟む
感想 133

あなたにおすすめの小説

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

初恋の呪縛

緑谷めい
恋愛
「エミリ。すまないが、これから暫くの間、俺の同僚のアーダの家に食事を作りに行ってくれないだろうか?」  王国騎士団の騎士である夫デニスにそう頼まれたエミリは、もちろん二つ返事で引き受けた。女性騎士のアーダは夫と同期だと聞いている。半年前にエミリとデニスが結婚した際に結婚パーティーの席で他の同僚達と共にデニスから紹介され、面識もある。  ※ 全6話完結予定

身代わりーダイヤモンドのように

Rj
恋愛
恋人のライアンには想い人がいる。その想い人に似ているから私を恋人にした。身代わりは本物にはなれない。 恋人のミッシェルが身代わりではいられないと自分のもとを去っていった。彼女の心に好きという言葉がとどかない。 お互い好きあっていたが破れた恋の話。 一話完結でしたが二話を加え全三話になりました。(6/24変更)

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
 没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

この恋に終止符(ピリオド)を

キムラましゅろう
恋愛
好きだから終わりにする。 好きだからサヨナラだ。 彼の心に彼女がいるのを知っていても、どうしても側にいたくて見て見ぬふりをしてきた。 だけど……そろそろ潮時かな。 彼の大切なあの人がフリーになったのを知り、 わたしはこの恋に終止符(ピリオド)をうつ事を決めた。 重度の誤字脱字病患者の書くお話です。 誤字脱字にぶつかる度にご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く恐れがあります。予めご了承くださいませ。 完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。 菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。 そして作者はモトサヤハピエン主義です。 そこのところもご理解頂き、合わないなと思われましたら回れ右をお勧めいたします。 小説家になろうさんでも投稿します。

処理中です...