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幼馴染みの心の痛み
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リンダは実家をでたあと幼馴染みのメリッサの家にむかった。
無理を承知で今晩だけ泊めてもらおうと思っていたら、メリッサの夫が商談のため出張しており歓迎された。
メリッサは一年前に食料品卸をいとなんでいる商家の次男に嫁いでいた。
「ねえ、どうしたの、リンダ? イーサンとけんかした?」
リンダは苦笑した。
「イーサンと離婚するために実家にもどったんだけど父に追い出されちゃった」
「ええ? 離婚? ちょ、ちょっと待って。離婚ってどういうこと?」
「疲れちゃった。騎士の妻でいるのに疲れちゃった」
リンダは涙がこぼれるのをどうすることもできなかった。
軽い気持ちで離婚しようと決めたわけではない。
父に自分の言葉が通じないのは分かっていた。
イーサンのことを理解してやれといわれ、これまで我慢していた気持ちが崩れてしまった。
もうここにいたくない。夫と一緒にいられない。そして父とも一緒にいられない。
新しい土地で、新しい人生を歩みたい。
リンダはふとそう思った。
イーサンとの結婚話がでたのは十七歳の時で十八歳で結婚した。リンダはいま二十歳になったばかりだ。
何も知らなかった十七歳の時よりも、いまは世間にたいする知識や知恵もついた。
離婚して実家にもどったとしても父と気詰まりな生活を送ることになるだろう。
イーサンとの離婚を認めない父は、そもそもリンダが実家に帰ることを許さないだろう。
一人で生きていくなら一度ぐらい自分の思うまま生きてみたい。
女一人で生きていくのはとてもむずかしいが何かしら道はあるはずだ。
泣いているリンダをメリッサがそっと抱きしめてくれた。
「リンダは本当にがんばった。がんばりすぎた」
リンダはメリッサの温もりに、より一層涙をさそわれ泣きつづけた。リンダは背中をやさしくさすりつづけてくれるメリッサに甘えた。
◆◆◆◆◆◆
メリッサはリンダが疲れ果て眠っている姿をみながらリンダの心の痛みに思いをはせた。
メリッサの実家は食堂をいとなんでいるので、メリッサの両親は一日中一緒にいる。一緒に働き、家族として一緒に生活する。
おかげでメリッサは夫婦はいつも一緒にいるものと考えていた。
そのためメリッサはリンダが騎士の父を尊敬しながらも寂しさをかかえ、騎士とは結婚しないというリンダの気持ちを完全には理解できなかった。
町の治安を守る騎士は尊敬されており、メリッサは騎士の父がいるリンダがうらやましかった。
リンダの父が急な呼び出しで仕事にいってしまうことや、誕生日もろくに祝ってもらえない話はリンダから聞いていたが、それがどれほど寂しいことなのかメリッサはよく分かっていなかった。
それを理解したのはリンダとイーサンの結婚を祝う宴のときだった。
結婚を祝う宴で、騎士団からの非常召集のため新郎のイーサン不在のまま宴がおこなわれるのを目の当たりにした。
参加者はみなイーサンが騎士であるのを知っているのでひどいことをいう人はいなかったが、リンダ一人で宴にいる姿は痛々しかった。
自分がもしそのような状況におかれたら泣いただろう。
しかしリンダは笑顔で祝福の言葉をうけ、宴をたのしんでもらおうと気を配った。
メリッサは初めてリンダの寂しさと何を我慢してきたのかを理解した。
その後、自分自身が結婚し、夫は仕事で王国内を出張することが多く、メリッサはひとりで家を守らなくてはならなかった。
メリッサは家にひとりでいることの寂しさと不安を初めてあじわった。
メリッサの夫と同行者が天候不良と川の氾濫で予定していた道が使えずもどりが二週間ずれた時は、夫の万が一を考え気が狂いそうだった。
盗賊におそわれ怪我をしたのでは。もしかしたら生死をさまよっているのでは。不安は次から次へとわきあがり頭の中をうめつくした。
あの時のことは思い出したくないほどだ。
そして別の出張時に夫の帰宅が遅れたために夫の誕生日を一緒に祝えなかった。
メリッサはそれが不可抗力であると分かっていても、祝うための準備をしたのしみにしていただけにがっかりした。
夫が何事もなく帰ってこられたことを喜ぶべきだと分かっていても、心の奥底で一緒に祝えなかった誕生日のことが引っかかった。
それでもメリッサの場合、十の約束のうち一つだけ破られる程度だ。しかしリンダは十のうち半数以上、もしかすると約束が守られるのが十のうち一つだけだったのかもしれない。
騎士と結婚したくないというリンダの気持ちは当然だと思った。
リンダは騎士の娘としてずっと耐えてきた。そして騎士の妻としても耐えつづけた。
リンダは自分のことを弱いというが、これまでずっと騎士の娘や妻として不安や心配、約束が守られないことに耐えてきたリンダは強いとメリッサは思う。
自分なら寂しさのあまり側にいる夫以外の人を頼ったり、耐えきれずさっさと夫を捨てただろう。
「リンダ。幸せになって」
メリッサはリンダにそっとつぶやく。
メリッサはリンダがイーサンとの結婚話をながそうとしていた時に、もっと親身にリンダの力になっていればと後悔する。
リンダがイーサンのことを好きなのを知っていたので、その想いをとげた方が幸せになれるのではと思ってしまった。
結婚すれば幸せになれるわけではないのは周囲をみれば明らかだ。不幸な結婚や離婚のはなしは周囲にあふれている。
しかしメリッサの両親が好き合った者同士で結婚し、喧嘩はしても仲良く暮らしている姿をメリッサはみてきた。
リンダが騎士ではないが好きでもない男性と結婚するよりも、騎士ではあるが好きなイーサンと結婚した方が幸せになれるだろうと思った。
子供だった。おとぎ話のように好きな者同士が結ばれれば幸せになると思いこんでいた。
イーサンと結婚してからのリンダは、口では幸せだといっていたがどこかつらそうにしていた。
自分自身の結婚の準備で忙しかったこともあり、リンダのことを十分に気にかけることができなかった。
もしリンダがつらそうにしているのに気付いた時に、しっかり手を差し伸べることができていたら――。
メリッサは押し寄せる後悔にのみこまれた。
無理を承知で今晩だけ泊めてもらおうと思っていたら、メリッサの夫が商談のため出張しており歓迎された。
メリッサは一年前に食料品卸をいとなんでいる商家の次男に嫁いでいた。
「ねえ、どうしたの、リンダ? イーサンとけんかした?」
リンダは苦笑した。
「イーサンと離婚するために実家にもどったんだけど父に追い出されちゃった」
「ええ? 離婚? ちょ、ちょっと待って。離婚ってどういうこと?」
「疲れちゃった。騎士の妻でいるのに疲れちゃった」
リンダは涙がこぼれるのをどうすることもできなかった。
軽い気持ちで離婚しようと決めたわけではない。
父に自分の言葉が通じないのは分かっていた。
イーサンのことを理解してやれといわれ、これまで我慢していた気持ちが崩れてしまった。
もうここにいたくない。夫と一緒にいられない。そして父とも一緒にいられない。
新しい土地で、新しい人生を歩みたい。
リンダはふとそう思った。
イーサンとの結婚話がでたのは十七歳の時で十八歳で結婚した。リンダはいま二十歳になったばかりだ。
何も知らなかった十七歳の時よりも、いまは世間にたいする知識や知恵もついた。
離婚して実家にもどったとしても父と気詰まりな生活を送ることになるだろう。
イーサンとの離婚を認めない父は、そもそもリンダが実家に帰ることを許さないだろう。
一人で生きていくなら一度ぐらい自分の思うまま生きてみたい。
女一人で生きていくのはとてもむずかしいが何かしら道はあるはずだ。
泣いているリンダをメリッサがそっと抱きしめてくれた。
「リンダは本当にがんばった。がんばりすぎた」
リンダはメリッサの温もりに、より一層涙をさそわれ泣きつづけた。リンダは背中をやさしくさすりつづけてくれるメリッサに甘えた。
◆◆◆◆◆◆
メリッサはリンダが疲れ果て眠っている姿をみながらリンダの心の痛みに思いをはせた。
メリッサの実家は食堂をいとなんでいるので、メリッサの両親は一日中一緒にいる。一緒に働き、家族として一緒に生活する。
おかげでメリッサは夫婦はいつも一緒にいるものと考えていた。
そのためメリッサはリンダが騎士の父を尊敬しながらも寂しさをかかえ、騎士とは結婚しないというリンダの気持ちを完全には理解できなかった。
町の治安を守る騎士は尊敬されており、メリッサは騎士の父がいるリンダがうらやましかった。
リンダの父が急な呼び出しで仕事にいってしまうことや、誕生日もろくに祝ってもらえない話はリンダから聞いていたが、それがどれほど寂しいことなのかメリッサはよく分かっていなかった。
それを理解したのはリンダとイーサンの結婚を祝う宴のときだった。
結婚を祝う宴で、騎士団からの非常召集のため新郎のイーサン不在のまま宴がおこなわれるのを目の当たりにした。
参加者はみなイーサンが騎士であるのを知っているのでひどいことをいう人はいなかったが、リンダ一人で宴にいる姿は痛々しかった。
自分がもしそのような状況におかれたら泣いただろう。
しかしリンダは笑顔で祝福の言葉をうけ、宴をたのしんでもらおうと気を配った。
メリッサは初めてリンダの寂しさと何を我慢してきたのかを理解した。
その後、自分自身が結婚し、夫は仕事で王国内を出張することが多く、メリッサはひとりで家を守らなくてはならなかった。
メリッサは家にひとりでいることの寂しさと不安を初めてあじわった。
メリッサの夫と同行者が天候不良と川の氾濫で予定していた道が使えずもどりが二週間ずれた時は、夫の万が一を考え気が狂いそうだった。
盗賊におそわれ怪我をしたのでは。もしかしたら生死をさまよっているのでは。不安は次から次へとわきあがり頭の中をうめつくした。
あの時のことは思い出したくないほどだ。
そして別の出張時に夫の帰宅が遅れたために夫の誕生日を一緒に祝えなかった。
メリッサはそれが不可抗力であると分かっていても、祝うための準備をしたのしみにしていただけにがっかりした。
夫が何事もなく帰ってこられたことを喜ぶべきだと分かっていても、心の奥底で一緒に祝えなかった誕生日のことが引っかかった。
それでもメリッサの場合、十の約束のうち一つだけ破られる程度だ。しかしリンダは十のうち半数以上、もしかすると約束が守られるのが十のうち一つだけだったのかもしれない。
騎士と結婚したくないというリンダの気持ちは当然だと思った。
リンダは騎士の娘としてずっと耐えてきた。そして騎士の妻としても耐えつづけた。
リンダは自分のことを弱いというが、これまでずっと騎士の娘や妻として不安や心配、約束が守られないことに耐えてきたリンダは強いとメリッサは思う。
自分なら寂しさのあまり側にいる夫以外の人を頼ったり、耐えきれずさっさと夫を捨てただろう。
「リンダ。幸せになって」
メリッサはリンダにそっとつぶやく。
メリッサはリンダがイーサンとの結婚話をながそうとしていた時に、もっと親身にリンダの力になっていればと後悔する。
リンダがイーサンのことを好きなのを知っていたので、その想いをとげた方が幸せになれるのではと思ってしまった。
結婚すれば幸せになれるわけではないのは周囲をみれば明らかだ。不幸な結婚や離婚のはなしは周囲にあふれている。
しかしメリッサの両親が好き合った者同士で結婚し、喧嘩はしても仲良く暮らしている姿をメリッサはみてきた。
リンダが騎士ではないが好きでもない男性と結婚するよりも、騎士ではあるが好きなイーサンと結婚した方が幸せになれるだろうと思った。
子供だった。おとぎ話のように好きな者同士が結ばれれば幸せになると思いこんでいた。
イーサンと結婚してからのリンダは、口では幸せだといっていたがどこかつらそうにしていた。
自分自身の結婚の準備で忙しかったこともあり、リンダのことを十分に気にかけることができなかった。
もしリンダがつらそうにしているのに気付いた時に、しっかり手を差し伸べることができていたら――。
メリッサは押し寄せる後悔にのみこまれた。
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