騎士の妻ではいられない

Rj

文字の大きさ
上 下
4 / 23

父と娘

しおりを挟む
「リンダ、イーサンと離婚など許さない。

 騎士が約束を破りたくて破っているわけでないのはよく知ってるはずだ。

 休みもろくに取れず疲れ果てていても、地域の住民を守るために働かなくてはならないのは知ってるだろう。

 イーサンが結婚の時の約束を破ったのはよくないことだが事情が事情だ。もっと理解してやれ」

 イーサンを家に帰し家族だけになったあと父がリンダを叱りはじめた。

 リンダのなかで父の「もっと理解してやれ」という言葉が、すでにこなごなになっていたリンダの心をさらに砕いた。

 リンダはこれまでにない、わきあがるような怒りを感じた。我慢に我慢をかさね騎士の妻としてがんばってきた。それにもかかわらず父は理解がたりないという。

 怒りをなだめようとするが、なだめきれず怒りが爆発した。

「お父さんはいつもそういって私の気持ちをどうでもよいもの扱いした。私が寂しいと思うこと、一緒にいてほしいと思う気持ち、私の感情などちっぽけなことだ我慢しろって。

 私はずっと我慢してきた。本当はお父さんを独り占めして一緒にいろいろなことをしたかった。ずっと一緒にいてほしかった。

 でも仕事があるから、皆を守る仕事があるからって全部、全部我慢した。

 自分の気持ちを大したことないとないがしろにされた私の気持ち、お父さんに分かる? 

 お父さんが私から去っていく背中をずっと見つづけてきて、今度は夫が私から去っていく背中を見つづけろというの?

 どれだけ私は我慢すればいいの? 一生自分の気持ちはどうでもよいといわれる人生を送れというの?

 私のことなんて愛してないから、そういうことが言えるのよ。

 騎士だけがえらくて、私のようなちっぽけな女の子など我慢させればいいとしか思ってないんでしょう!」

 リンダの心の悲鳴だった。

 騎士の娘として我慢しつづけたリンダがずっと飲みこみつづけた言葉だった。

「お父さんは『すまない。仕事だから』といって、いつもどこかへ行ってしまう。

 私の側にいるのがそんなに嫌だったの? 誕生日さえ一緒に祝ってもらえない。上手に裁縫ができたことをよろこんでもらえない。

 一緒にたのしんでいても仕事だからとお父さんはいつもどこかへ行ってしまう。お父さんが家に帰ってきても、お父さんは体をやすめる必要があるからと近寄ることもできない。

 私の好きな色は何か知ってる? 私が好きな食べ物は何? 私の誕生日おぼえてる? 

 お父さんは私の何を知ってるの。

 ねえ、私のことを娘として愛してくれたことはある? 気にかけてくれたことはある? 娘の気持ちよりイーサンの方が大切なの?」

「そんなに俺に不満があるなら、いますぐここを出て行け! イーサンと離婚するような親不孝な娘はここにいなくていい。どこにでも好きな所へいけ!」

「あなた! 何てことを」

 父のとなりにすわっていた母が、父の腕をにぎりリンダに言いつのろうとしていた父を止めた。

「分かった」リンダは静かな声でこたえるとカバンをもって家をでた。

 リンダの名をよび追ってくる母を振り返ることなくリンダは歩きつづけた。






◆◆◆◆◆◆






「あなたにはがっかりしました」

 リンダを追いかけた妻のアネットが家にもどるとマイケルを責めはじめた。

「リンダが軽々しく離婚を口にしたと思ってるの? 我慢して傷ついて、もう限界だったのに。

 傷ついて憔悴している娘に我慢がたりない出て行けですか。

 私もあなたと離婚したくなりました」

 マイケルは妻が冷静に、そして普段よりも低い声で静かにいうのを聞き、妻が爆発寸前なほど怒りをたぎらせているのが分かった。

「リンダをイーサンと結婚させた時にあなたと離婚しておけばよかったと後悔してます。

 そうしていればリンダは私の所へ安心して逃げこめた。離婚を口にするまで我慢せず私の所へこられた。

 あの子は結婚してからつらそうにしていても、私には愚痴ひとつこぼしませんでした」

 妻の目から涙がこぼれた。

 マイケルは思っていたことを言おうとしたが口をつぐんだ。妻は怒りが大きければ大きいほど冷静な態度になる。冷静に話をしている時は最大限の怒りをかかえている。

 ここでマイケルが何も考えずに口を開けばとんでもないことになるのは経験上よく知っていた。マイケルは必死に言うべきことを考える。

 仕事で家をあけることが多い騎士の離婚率は高く、マイケルの同期で離婚経験者は半数ちかい。一度の離婚ですまず、二度、三度と複数回の離婚を経験している者もいる。

 マイケルとアネットは離婚こそしなかったが、何度か離婚の危機はあった。

 とくに子供が小さい時は、子供達とすごす時間をもっとつくってほしい。祝い事の日に休みをとってほしい。家族として過ごす時間をつくってほしいと言い合いになることが多かった。

 仕事だけでなく、休息をとることや家での鍛錬などで家族とすごす時間が少なくなる一方のマイケルに、

「子供達はあっという間に大きくなるの。いまちゃんと時間をつくって一緒にすごさないと、あなたが一緒にすごしたいと思った時には子供達はもうこの家にいないわよ」

 妻は口を酸っぱくしていった。

 マイケルは周りからの助言で、離婚したくなければ出来るだけ妻の要望にこたえろを実践してきたつもりだ。

 疲れていても家にいる時はかならず一緒に食事をし、子供達とあそんでやり、アネットの頼み事をひきうけてと出来る限りのことをやってきた。

 長男のベンは騎士にならず剣をつくる鍛冶職人になり、熱心に働き周りからの評判もよく立派に育ってくれた。

 リンダは針子として伯爵家でまじめに働きイーサンと結婚し落ち着いた。

 仕事に家庭とうまくやってきたはずだ。

 それにもかかわらず娘だけでなく妻まで離婚を口にする。一体これはどういうことなのだ。

 マイケルは混乱していた。

 リンダの離婚話だけでも頭が痛かったが、自身の離婚までふりかかっている。

「お、おれ、俺は、何を間違ったんだ?」

 ようやくひねりだした言葉に妻が大きなため息をついたかと思うと、手で顔をおおい肩をゆらしている。しばらくすると嗚咽がもれた。

 マイケルは途方にくれた。何が悪いのか、妻が何を求めているのか分からない。

 マイケルが妻を抱きしめようとすると「さわらないで」と拒まれた。

 マイケルが所在なく妻のそばに立ちつくしていると妻が冷静さを取りもどし顔をあげた。

「これ以上リンダにつらい思いをさせるわけにはいきません。

 私達の離婚については後回しにしますが、リンダと二人でしばらく姉の所でお世話になります。

 こちらから連絡するまで放っておいて下さい。それからイーサンにも、こちらから連絡するまでリンダの職場に押しかけたりして接触しないよう徹底させてください。

 リンダと私に無理に接触しようとしたら、その時点で正式に離婚の申し立てをします。

 明日から姉のところにいくので準備します」

 妻がそのようにいったあと寝室へむかった。

 マイケルは妻の後ろ姿をみながら「離婚」という言葉が自分に重くのしかかっていることを実感しはじめた。
しおりを挟む
感想 134

あなたにおすすめの小説

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

【完結】貴方の望み通りに・・・

kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも どんなに貴方を見つめても どんなに貴方を思っても だから、 もう貴方を望まない もう貴方を見つめない もう貴方のことは忘れる さようなら

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

処理中です...