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どれほど小さな星であっても星は暗闇をてらす
たくましくなりつづける想像
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アレックス・ホワイトはステラが仕事をおえるのをカフェで待っていた。ダシルバ法律事務所の近くにあるカフェでぼんやりしていると、ステラと同僚らしき男がカフェの窓の外にいるのがみえた。
ステラは男ばかりの職場で働いているので、同僚が男性なのは仕方ない。仕方ないと分かってはいるが、ステラが男と一緒にいる姿を見るのはうれしくない。それも若い男と一緒にいるのが気にくわない。
ステラにいわれるまで弁護士事務所が「男の世界」であることに思い至らなかった。女性がなることのできない職業なので当たり前といわれればそうだが、いわれるまでそのことがすっぽり頭の中から抜け落ちていた。
弁護士だけでなく医師など男性しかなれない職業は、見習いだけでなく事務員も男性であるのがほとんどだ。
男女で同じ仕事をする場合、女性の賃金が二割から三割安いのが普通なので女性を雇った方が安くすむ。
しかし地位や名誉にこだわる職業につく男達は、自分が男性を雇えるだけの経済力があることを周りに見せつけるため男性を雇う。上流階級で客の目につきやすい仕事の担当を男性にさせるのもそういった見栄のためだ。
ステラが男性の同僚とカフェまで歩いてきたことにアレックスはいらついていた。
ステラがかばんから取り出した物を相手にわたそうとしているのをみて、思わず席から立ち上がりそうになった。
アレックス以外の人からすれば、二人のやりとりは知り合い同士が世間話をしているようにしか見えていないはずだ。
それにもかかわらず二人の間にそれ以上の何かがあると思ってしまうのは、アレックスがステラを好きで自分以外の男と話していることに嫉妬しているにすぎない。
一緒にいる同僚がステラの元許嫁、クロードに似ているような気がする。二度しか会ったことがなく、顔をよく覚えていないので似ているように思うのは気のせいだろう。しかしクロードに似ていると思ったことから余計にその同僚への嫉妬心がつのった。
気持ちを落ち着けようとコーヒーを口にふくむ。コーヒーの苦みがアレックスの気持ちを冷静にさせた。
同僚と話しているだけで嫉妬するなど、執着心がはげしく恋人を誤解から刺しそうであぶない。その手の話は芝居の中でよくある。
「話してるだけで嫉妬するなんて、どんだけ心が狭いって話だよなあ」
独り言をいいながらアレックスは自嘲する。自分がこれほど嫉妬深いとは思ってもみなかった。
兄二人が感情豊かな人達だったので、自分は淡々とした方だと思っていた。しかしそれはこれまで淡々とした思いしかもったことがなかっただけなのだろう。
「ごめんね、遅くなって」
ステラがアレックスの目の前に座る。かわいい笑顔を見せてくれ気持ちが一気にあがる。
話しをしながらさりげなく先ほどの同僚について聞くと、事務所で隣りに座っている同僚のジョージだという。ステラの話の中でよく登場する名前だ。
「面倒見のよい性格でこれまで本当にいろいろ助けられてる」
アレックスは嫉妬でいやなことをステラにいいそうになっている自分を必死におさえる。
ステラがジョージに同僚以上の気持ちを持っているのではと思うのは嫉妬のせいだと分かっている。
しかしステラがこの一年ずっと一緒にすごしてきた同僚に特別な好意をもってもおかしくない。そのように考えると、さまざまな想像が頭の中にうかんでくる。
ディアス国初の女性弁護士を輩出した弁護士事務所なので、事務所にいる人達はあからさまに女性を見下すことはないようだが、全員が全員、女性が弁護士になることを賛成しているという感じでもないらしい。どちらかといえば遠巻きにされているとステラがいっていた。
そのような中、隣りに座る同僚にやさしくされたらステラがころっと好きになっても不思議はない。婚約者はいるらしいが、同い年で弁護士になる男だ。
結婚相手として弁護士の人気は高い。社会的な地位と収入の良さの両方がのぞめる。ステラはそのあたりのことを気にしているように見えないが、同じ弁護士として分かり合えることは多いはずだ。
考えれば考えるほど嫉妬しかわきおこらない状況に、アレックスは何とかしなくてはと話題をかえようとしていると、
「そういえばダシルバ先生にいわれたんだけど」ステラがダシルバ弁護士の話をする。
日頃ステラはダシルバ弁護士にほめられることはほとんどないようだが、今日は顧客への対応をほめられたらしくとてもよろこんでいた。
もやもやする。ダシルバ弁護士に会ったことはないが話を聞く限り頭の回転がはやく、弁護士としてやり手のようだ。権力と金のある家の出身で弁護士として怖いものなしといわれているらしい。
ステラを見習いにしたのは気まぐれのようだが、もしかしたらステラが好みだったのかもしれないと思うことがある。
厳しいことはいうが決してステラを見放すことなく、着実にステラが弁護士になるよう導いている。
ステラはありえない仕事量をまわされ文句をいうことはあるが、ダシルバ弁護士のことを尊敬し、そして自分を引き立ててくれたことをとても感謝している。
ステラが父親のような年齢のダシルバ弁護士のことを男として見ているとは思わないが、アレックス以上に信頼しているように思えるのがおもしろくなかった。
もしステラに何かしら困ったことがおこったら、ステラが頼りにするのはアレックスではなくダシルバ弁護士のような気がする。
学生の自分とくらべれば家柄だけでなく社会的地位もあれば金もある、すべてにおいて経験豊富なダシルバ弁護士に勝てるものなどアレックスにない。勝てるのは若さぐらいだ。
世の中、自分の父親ぐらいの男性にひかれる女性はいる。そもそも女性は頼りがいのある男性にひかれるものらしい。好きという感情は理性を吹き飛ばす。歳の差が何の意味も持たないことはある。
ステラにダシルバ弁護士のことをどのように思っているのか聞きたい。それよりもジョージに好意をよせていないかをたしかめたい。
もしかしたらこれまで話に出たこともない事務所の男からステラが言い寄られたことがあったかもしれない。もしそのような男がいたら、ステラはその男のことをアレックスにいわないだろう。
「どうすればさり気なく聞きだせる?」
「何か私に聞きたいことがあるの?」
ステラがどうしたのだという目をして問いかける。どうやら無意識のうちに頭で考えていることを口にだしていたらしい。
まさか自分の恋人がダシルバ弁護士との仲をうたがっているなどステラは思いもしないだろう。
笑いがこみあげそうになるのをアレックスは押しとどめる。
――恋は楽しいことだけじゃない。
これまで考えたことがないような信じられないことを考えたり、これまで持ったことのない感情に翻弄されている自分におどろく。
「何もないよ。ちょっと脚本のことを考えていただけ」
アレックスは自分がこれからどれほどステラの一挙手一投足にゆれ動き、空回っていくのだろうと考える。
これほど自分を振り回すことができるのはステラだけで、どこまで振り回されるのかとことん見てやろうじゃないかという気になってきた。
アレックスは今後が楽しみだとにやりとした。
ステラは男ばかりの職場で働いているので、同僚が男性なのは仕方ない。仕方ないと分かってはいるが、ステラが男と一緒にいる姿を見るのはうれしくない。それも若い男と一緒にいるのが気にくわない。
ステラにいわれるまで弁護士事務所が「男の世界」であることに思い至らなかった。女性がなることのできない職業なので当たり前といわれればそうだが、いわれるまでそのことがすっぽり頭の中から抜け落ちていた。
弁護士だけでなく医師など男性しかなれない職業は、見習いだけでなく事務員も男性であるのがほとんどだ。
男女で同じ仕事をする場合、女性の賃金が二割から三割安いのが普通なので女性を雇った方が安くすむ。
しかし地位や名誉にこだわる職業につく男達は、自分が男性を雇えるだけの経済力があることを周りに見せつけるため男性を雇う。上流階級で客の目につきやすい仕事の担当を男性にさせるのもそういった見栄のためだ。
ステラが男性の同僚とカフェまで歩いてきたことにアレックスはいらついていた。
ステラがかばんから取り出した物を相手にわたそうとしているのをみて、思わず席から立ち上がりそうになった。
アレックス以外の人からすれば、二人のやりとりは知り合い同士が世間話をしているようにしか見えていないはずだ。
それにもかかわらず二人の間にそれ以上の何かがあると思ってしまうのは、アレックスがステラを好きで自分以外の男と話していることに嫉妬しているにすぎない。
一緒にいる同僚がステラの元許嫁、クロードに似ているような気がする。二度しか会ったことがなく、顔をよく覚えていないので似ているように思うのは気のせいだろう。しかしクロードに似ていると思ったことから余計にその同僚への嫉妬心がつのった。
気持ちを落ち着けようとコーヒーを口にふくむ。コーヒーの苦みがアレックスの気持ちを冷静にさせた。
同僚と話しているだけで嫉妬するなど、執着心がはげしく恋人を誤解から刺しそうであぶない。その手の話は芝居の中でよくある。
「話してるだけで嫉妬するなんて、どんだけ心が狭いって話だよなあ」
独り言をいいながらアレックスは自嘲する。自分がこれほど嫉妬深いとは思ってもみなかった。
兄二人が感情豊かな人達だったので、自分は淡々とした方だと思っていた。しかしそれはこれまで淡々とした思いしかもったことがなかっただけなのだろう。
「ごめんね、遅くなって」
ステラがアレックスの目の前に座る。かわいい笑顔を見せてくれ気持ちが一気にあがる。
話しをしながらさりげなく先ほどの同僚について聞くと、事務所で隣りに座っている同僚のジョージだという。ステラの話の中でよく登場する名前だ。
「面倒見のよい性格でこれまで本当にいろいろ助けられてる」
アレックスは嫉妬でいやなことをステラにいいそうになっている自分を必死におさえる。
ステラがジョージに同僚以上の気持ちを持っているのではと思うのは嫉妬のせいだと分かっている。
しかしステラがこの一年ずっと一緒にすごしてきた同僚に特別な好意をもってもおかしくない。そのように考えると、さまざまな想像が頭の中にうかんでくる。
ディアス国初の女性弁護士を輩出した弁護士事務所なので、事務所にいる人達はあからさまに女性を見下すことはないようだが、全員が全員、女性が弁護士になることを賛成しているという感じでもないらしい。どちらかといえば遠巻きにされているとステラがいっていた。
そのような中、隣りに座る同僚にやさしくされたらステラがころっと好きになっても不思議はない。婚約者はいるらしいが、同い年で弁護士になる男だ。
結婚相手として弁護士の人気は高い。社会的な地位と収入の良さの両方がのぞめる。ステラはそのあたりのことを気にしているように見えないが、同じ弁護士として分かり合えることは多いはずだ。
考えれば考えるほど嫉妬しかわきおこらない状況に、アレックスは何とかしなくてはと話題をかえようとしていると、
「そういえばダシルバ先生にいわれたんだけど」ステラがダシルバ弁護士の話をする。
日頃ステラはダシルバ弁護士にほめられることはほとんどないようだが、今日は顧客への対応をほめられたらしくとてもよろこんでいた。
もやもやする。ダシルバ弁護士に会ったことはないが話を聞く限り頭の回転がはやく、弁護士としてやり手のようだ。権力と金のある家の出身で弁護士として怖いものなしといわれているらしい。
ステラを見習いにしたのは気まぐれのようだが、もしかしたらステラが好みだったのかもしれないと思うことがある。
厳しいことはいうが決してステラを見放すことなく、着実にステラが弁護士になるよう導いている。
ステラはありえない仕事量をまわされ文句をいうことはあるが、ダシルバ弁護士のことを尊敬し、そして自分を引き立ててくれたことをとても感謝している。
ステラが父親のような年齢のダシルバ弁護士のことを男として見ているとは思わないが、アレックス以上に信頼しているように思えるのがおもしろくなかった。
もしステラに何かしら困ったことがおこったら、ステラが頼りにするのはアレックスではなくダシルバ弁護士のような気がする。
学生の自分とくらべれば家柄だけでなく社会的地位もあれば金もある、すべてにおいて経験豊富なダシルバ弁護士に勝てるものなどアレックスにない。勝てるのは若さぐらいだ。
世の中、自分の父親ぐらいの男性にひかれる女性はいる。そもそも女性は頼りがいのある男性にひかれるものらしい。好きという感情は理性を吹き飛ばす。歳の差が何の意味も持たないことはある。
ステラにダシルバ弁護士のことをどのように思っているのか聞きたい。それよりもジョージに好意をよせていないかをたしかめたい。
もしかしたらこれまで話に出たこともない事務所の男からステラが言い寄られたことがあったかもしれない。もしそのような男がいたら、ステラはその男のことをアレックスにいわないだろう。
「どうすればさり気なく聞きだせる?」
「何か私に聞きたいことがあるの?」
ステラがどうしたのだという目をして問いかける。どうやら無意識のうちに頭で考えていることを口にだしていたらしい。
まさか自分の恋人がダシルバ弁護士との仲をうたがっているなどステラは思いもしないだろう。
笑いがこみあげそうになるのをアレックスは押しとどめる。
――恋は楽しいことだけじゃない。
これまで考えたことがないような信じられないことを考えたり、これまで持ったことのない感情に翻弄されている自分におどろく。
「何もないよ。ちょっと脚本のことを考えていただけ」
アレックスは自分がこれからどれほどステラの一挙手一投足にゆれ動き、空回っていくのだろうと考える。
これほど自分を振り回すことができるのはステラだけで、どこまで振り回されるのかとことん見てやろうじゃないかという気になってきた。
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