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世の中何が起こるか分からない

壊したつもりが壊された

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 キャサリン・リードは父に書斎へくるようによばれ、これまで見たこともない厳しい表情をした父と向かい合っていた。

 座れともいわれないので立ったままで、このようなことは初めてだった。
 
「キャサリン、父としてだけではなくリード家の家長としてお前には失望した」

 思わぬことをいわれキャサリンは衝撃をうけた。父を失望させるようなことなどしたことはない。

 旧家の娘としていつも人から見られることを意識し、旧家の娘にふさわしい振るまいをしてきた。

 なぜいわれもない叱責をうけているのだとまったく納得がいかない。

「どうしてビクトリアに会った?」

 父の妹であるビクトリアの名前がでたことで、キャサリンは父が何に対し叱咤しようとしているのか思いあたった。

 しかし――父に知られる可能性はなかったはずだ。父は叔母のビクトリアと縁を切っている。

 自由奔放なビクトリアを父は嫌っており、若い頃にさまざまな醜聞をふりまいていた叔母のことを父が話題にすることもなければ、付き合いがあるなど聞いたこともない。

「もう一度聞こう。なぜビクトリアと会った?」

 キャサリンは何といえばよいのか考えをめぐらせる。

 まさか父に知られてしまうとは。一番知られてはいけない相手だ。

 動揺でうまく頭が回らない。

「答えられないようなら質問をかえよう。なぜヘンドリクス家のノルン行きをつぶすようなことをビクトリアにさせた?」

 レベッカは父にすべて知られているのを悟った。

 ヘンドリクス家の邪魔をする理由が「あの特待生」であることも父はしっているのだ。特待生をノルンに行かせないために叔母を使ったことを。

 特待生は学園の慈悲で学園に通えている。その慈悲は学園生が払っている学費からでているものだ。あの特待生はただでさえ図々しく自分達の慈悲にすがっているだけでなく、ノルン行きの仕事を学園を通してえたという。

 貧乏人が人の慈悲にすがるのは仕方ないとはいえ、あまりにも厚かましい。その上アレックスにまとわりつき目障りでしかない。

 しょせん貧乏人の庶民だ。父がなぜこのようなささいなことを気にしているのかキャサリンには分からなかった。

 無言のキャサリンに父が冷たい視線をむけつづけている。

 父と見つめあう形になりキャサリンは息苦しさをおぼえ視線をはずすと、ソファーに座っている母の姿が目にはいり視線で助けを求めた。

 しかし母はキャサリンをみることなく、いつものように優雅なしぐさで茶をのんでいる。

「賢い娘だと思っていたがこれほど愚かとは」

 父がリード家とヘンドリクス家は商売上でつながりがあり、ヘンドリクス家のノルン行きがリード家の貿易に必要なことであったことを説明した。

 血の気がひいた。ヘンドリクス家の長男と次男がスペンサー学園の卒業生であることは知っていたが、まさか自分の家とつながりがあったことまでキャサリンは把握していなかった。

 新しく取り引きを始めたのかもしれないと気付き、自分が父の邪魔をしたのだという事実に言葉をうしなった。

「お前の愚かな行動のおかげでノルンでの事業に遅れがでた。それがどれほどの損失になるか計算しお前に伝えるよう秘書に命じた。

 もし今後同じ過ちをくりかえした時にはビクトリアと同じ運命をたどる。リード家から切り捨てる。家名を傷つけるような娘など必要ない」

 キャサリンは父からはっきり自分を切り捨てるといわれ体がぐらついているのを感じる。

 父が立ち上がった。キャサリンは何かいわなくてはと思うが声がでない。

「言い忘れていた。まだ子供だから学園でのことをうるさくいうつもりはなかったが、ホワイト家のような新興勢と必要以上に親しくするな。

 リード家という家名を背負っていることを忘れるな。

 学園内のことだとこれまで見過ごしていたが、今後はこれまでのような自由はないと思うように」

 父が射すくめるような視線をキャサリンにおくると部屋をでていった。

 キャサリンが呆然としていると母がキャサリンの体を支えソファーにすわらせた。

「まったく仕方のない子ね。お父様をおこらせて」

 キャサリンはのろのろと顔をあげ母をみた。

「若いと感情で走りがちなのは仕方ないことだけど、まさかあのようなことをしでかすとは思ってもみなかったわ。

 特待生の女の子が目障りだったようね。気持ちは分かるわ。でもいったわよね。気にくわない相手でも最低限の礼儀はわきまえるようにと。その相手の中に特待生も入っていることを忘れたの? 

 特待生はいまはしがない庶民であっても彼らの優秀さに目をつけ重要な仕事をまかされたり、婚姻によって思わぬ家の一員になる可能性もあるのよ」

 キャサリンは両親に何もかも知られていることに打ちひしがれた。

 考えてみればリード家の令嬢について教師が進んで両親に報告していてもおかしくなかった。

 そして両親がキャサリンの友人達の親をとおし学園での話を耳にいれるのもありえる話だった。

「まあ、今回のことで不幸中の幸いだったのは、あなたがビクトリアを使ったことね。

 リード家の厄介者としてしられるビクトリアが動いたことで、ビクトリアの私怨や気まぐれな行動とみなされてるわ。

 あの人、人間関係をこわしたり、人の邪魔をするの大好きだから悪い癖がでたのだろうとそれ以上追求されることはなさそうよ。

 その部分に関しては状況をちゃんと読んだようね。

 でもビクトリアの性格については読み切れてなかった。あなたが頼んだことをお父様にばらしたのはビクトリアよ。

 覚えておきなさい。あなたが思っている以上に人間関係は入り組んでいて複雑なものなの。下手につつくと思わぬ結果になる」

 母が笑みをみせた。いつものようなやさしい笑みではなく、旧家の人間として威厳をみせるときの笑みだった。

 キャサリンは何もいえなかった。たしかに両親から学園にいる生徒と敵対するなといわれていた。そのことを理解していたつもりだった。

 しかし特待生や庶民の生徒など気にする必要はないと思っていた。自分とは生きる世界がちがうのだ。

 そして父と縁が切れている叔母をうごかせば問題ないとかるく考えていた。

 ――浅はかだった。

「それとホワイト家の三男のことをあなたは慕っているようだけど、学園にいる間だけの若気の至りで友人としてなら親しくするのは許しましょう。でもそれだけ。

 本当は友人としてもあまり関係をもってほしくはないけど、さすがにそういうわけにはいかないものね。それにホワイト家の勢いはあなどれないものがあるし。

 言うつもりはなかったけど、あなたが彼と同じクラスになれなかったのは私が学園におねがいしたからよ」

 恋をした。その恋を叶えたかった。

 しかしはじめから叶うことなどなかったのだ。リード家の娘が新興勢との付き合いをゆるされるわけがない。それさえ分かっていなかった。

 キャサリンは部屋をでていく母の背中をみながら暗闇に置き去りにされてしまったようにかんじた。
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