一番でなくとも

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すれ違い

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 人の気配を感じる。

 サラは目を覚まし、サラの部屋から出て行こうとしている夫に気付いた。

「お帰りなさい、エドワード。お出迎えしなくてごめんなさい」

 サラが声をかけると、エドワードがサラの方へ振り返り、ベッドへと近付いてきた。

「具合が悪いと聞いたが大丈夫か? ここのところ体調を崩していると侍女が言っていた。無理せずゆっくり休んで欲しい」

 エドワードがサラの額に手をあて、熱があるのかどうか確かめる。

「風邪をひいたのか少し熱っぽいですが、休んだのでだいぶ気分がよくなったので大丈夫です」
 
エドワードは少し水を飲んだ方がよいと、サラの体を起こし楽な体勢になるよう整えた。

 サラが水を飲むのを見守り、サラが飲み残した水をエドワードが勢いよく飲み干した。

 エドワードらしからぬ無作法な姿にサラは驚いたが、エドワードからお酒の匂いを感じ、少し酔っているのだろうと納得する。

「もし体調が大丈夫なら、少し話してもよいかな?」

 ほのかな灯りがエドワードの瞳をてらす。空のような薄い青色の瞳を、サラは美しいと思う。サラは夫の瞳の色として贈られたアクアマリンの宝石に思いをはせた。

 社交界のデビューの時にエドワードが贈ってくれたネックレスは、美しく輝くアクアマリンが、繊細なデザインに華をそえていた。婚約者として義務で贈ってくれたのは分かっていたが、それでも美しいネックレスは心を浮き立たせた。

「どうされました? そういえば本邸で義叔父様達との晩餐があるのでは」

「今日はスコットと仕事のあと会っていたから、一緒に食べられないと連絡したので大丈夫だ。サラ、キャシーについての噂を何か聞いてるか?」

 サラはナタリアと一緒に参加したお茶会のことを思い出す。普段であれば噂の真相を聞き出そうと、遠回しにネチネチと質問されるが、エドワードが愛人と一緒に住むための屋敷を探しているという噂が流れていたようで、好奇心を抑えきれない噂好きな婦人達が、初めから核心をつく質問をなげてきた。

「あなたが愛人を連れ回しているという噂を聞きました。キャシーのことを誤解されているようですね」

 サラはそこまで言った後、いたずら心をおこし、言うつもりのなかった言葉をつないだ。

「指輪を贈っていたとか、愛人と観劇そっちのけで睦みあっているのを見たとか。私と離縁して愛人を妻にするのではと言われているようですよ」

 エドワードが座っていた椅子から立ち上がり、サラの手を取ると、すまないと何度も謝る。

「本当に申し訳ない。変な噂をたてられるようなことをして。スコットに叱られた。従姉妹とはいえ成人した男女としての距離をしっかり取るべきだと。

 キャシーがじゃれついてくるのが当たり前だったから、両親から距離が近いといわれても、いまひとつぴんとこなかった。

 そのせいでサラを貶めるような噂になるとは思ってもみなかった。考えが浅かった。本当にすまない」

 エドワードがサラの目を見つめて謝った。ふっと、夫とこれほど近くで向き合うのは久しぶりかもとサラは思った。

 義叔父家族が来てから、エドワードは彼らと買い物や観劇、夜会と外出する機会が格段にふえた。サラも彼らのお供で、いろいろな場所に行っていたので、このように夫婦で話す時間がなかった。

「キャシーのことは分かっているので大丈夫よ。でもキャシーでなく、本当にあなたが愛人を連れ回していたとしても、あなたが私を気にする必要はないのよ。貴族にとって愛人がいるのは普通ですし。

 妻としてあなたが私のことを尊重して下さる限り、あなたが本当に愛する方と過ごすことに、私が何か言うことなどありません。心配しないで下さい」

 サラが微笑みながらそのようにいうと、エドワードが驚いた顔をみせた。

「君は僕に愛人がいても良いと思ってるのか?」

「もちろんです。政略結婚で好きな人と結婚できない私達にとって、それは当然起こりえることでしょう。誰にも好きという感情を止めることは出来ないのですから。

 愛人がいても妻のことを大切にしているという体裁を整えていただければ、私はそれで十分です」

 それまでサラとしっかり目を合わせていたエドワードの視線がそらされた。

 これまでナタリアのことがあったので、サラはエドワードにこのような話しをするのを避けていた。ナタリアへの想いを隠していたエドワードに、わざわざ自分がナタリアのことを知っていると言うつもりはなかった。

 そのため自分が妻として大切にされているならば、エドワードが好きな人と自由に過ごして欲しいと思っていることを知らせられずにいた。

 サラはエドワードに、ようやく自分の気持ちを伝えることができ、ほっとしていた。

 エドワードはナタリアのことを想っていても、一緒にいる時はサラと楽しい時間を過ごす努力をしてくれた。結婚してからは夫婦として参加すべきもの以外へも一緒に出掛けているので、周りから夫婦仲がよいと思ってもらえている。

 夫としてこれ以上望むのは申し訳ないと、サラは常々思っていた。責任感の強いエドワードのことなので、子供が出来るまでは好きな女性がいたとしても、自分の想いを隠すのではないかと思われた。

 愛人がいて当たり前の貴族社会でも、建前上は愛人を持つのは子をなしてからの話しになる。エドワードの性格を考えると、子を持つまでは気持ちを抑えても不思議はなかった。

 しかしサラはエドワードにこれ以上我慢を強いるつもりはなかった。既に自分の気持ちを押し殺し、政略結婚をうまく機能させようと最大限の努力をしてくれているのだ。

「サラ、もしかして慕っている男がいたりするのか?」

 エドワードのいった言葉の意味が分からず、サラは頭の中でその言葉を反芻する。

 慕っている男。慕う。慕うというのは好きという意味で、慕う男。つまり好きな男性という意味。

 好き。もしかしてエドワードのことを好きかどうか問われているのだろうか。

 いや、エドワードに好きな人がいればという話しをしている流れで、「私」がエドワードが好きかどうかを問われるはずがない。

 ということは私に誰か好きな人がいるのかと聞かれている? でもなぜエドワードがそのようなことを聞くのだろう? 

 ああ、もしいるならエドワードとしては、自分のように想いは抑えて欲しいと思っているのかもしれない。子が出来るまでは慎むべきだと。そのことを確認したいのかもしれない。

「私にはお慕いする方はおりませんのでご安心ください。あなたの妻として恥ずかしい行動はいたしません」

 エドワードが安心できるよう、サラは大きな笑顔をつくった。

「サラ、あ……」

 エドワードが何かを言おうとした時に、ドアをノックする音が聞こえ、執事がエドワードへ王宮よりの伝言をつたえた。

 その夜以降、エドワードは泊まりがけで王宮につめることになった。隣国との国境で衝突があり、その対応で緊張状態がしばらく続いた。

 そしてサラは、ここ近々の体調の悪さが妊娠したためであると、医師の診察により知った。日が経つにつれ悪阻がひどくなり、寝たきり状態になる。

 サラの母も悪阻がひどく、出産するまで悪阻に悩まされたこともあり、サラは実家に戻って静養することになった。

 エドワードの顔を見て妊娠報告をしようと思っていたサラだったが、エドワードが家に戻ってこれない日々が続き、そして自分自身がまともに生活できない状態になってしまったこともあり、エドワードに妊娠を伝える機会をすっかり失っていた。

 エドワードがサラの妊娠を知ったのは、執事からの報告によってであった。
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