一番でなくとも

Rj

文字の大きさ
上 下
3 / 9

親友との関係

しおりを挟む
 ナタリアは屋敷へ戻る馬車の中で、サラのことを考えていた。

 エドワードの愛人疑惑は一応晴れたとはいえ、従姉妹のキャシーとエドワードがお互い好意を持っていれば、どこで何がどう転がるかは分からない。

 しかしサラはキャシーがエドワードにとってどのような存在であろうと構わない、噂どおり愛人であっても構わないという。政略結婚の妻として模範解答だ。

 政略結婚の相手として良い関係を築くだけだと、サラが割り切った感情を持っていると聞く度に、自分がそうさせる原因になってしまったのかもという罪悪感がこみあげる。まさか自分が親友のサラを苦しめる元凶となってしまうとは。

 人を好きになる感情をどうすることも出来ないことは分かっているが、エドワードさえナタリアを好きにならなければ、今頃サラはエドワードと夫婦として違う関係が作れたのではと思う。

 しかし次の瞬間、夫のブライアンが言ったことを思い出す。

「例えばエドワードがナタリアを好きにならなかったとしても、それはエドワードが一生サラ以外の誰も好きにならないという意味じゃないだろう。学園でナタリア以外の女の子を好きになっていたかもしれないし、他の場所で出会った誰かを好きになったかもしれない」

 ナタリアは息を細くはいた。

 そうなのだ。誰も人を好きになる気持ちをコントロールなど出来ない。それだけなのだ。

 そのことは理性では分かっているが、サラを苦しめたことに申し訳ないと思う気持ちは、ナタリアから去ることはなかった。

 ナタリアとサラは、母親同士が親友で生まれた時から一緒だ。小さい頃は、なぜサラが自分の双子の姉妹でないのだろうと思っていた。双子の姉妹なら、ずっと一緒にいられる。大好きなサラが、自分の家へと帰ってしまうのが嫌で、サラのお家の子になりたいと泣き叫んだりした。

 サラがエドワードと婚約し、二人が定期的に交流するようになると、サラを取られたようで気にくわなかったが、仕方ないことと自分をなぐさめた。

 貴族の義務として政略結婚するのが当たり前で、その相手と出来るだけ良い関係を作る必要があるのは、ナタリアも小さい頃から言い聞かされ承知していた。

 しかし政略結婚の建前はそうでも、ひどい扱いをされる妻の話は子供の耳にも入るほどで、サラがエドワードと馬が合うと言うのを喜ぶべきだと分かっていた。

 サラから話しに聞くエドワードは、真面目で優しい男の子で、本好きのサラと本の好みが似ているらしく、二人の関係が上手くいっているようでナタリアは安心していた。きっと二人は政略結婚でも幸せになれるだろうと。

 しかし自分が一番大切な親友の幸せを、打ち壊す存在になるなど誰が想像できただろう。

 学園に入学し、サラからエドワードを引き合わされた。サラから聞いていた通り優しそうな男の子で、エドワードと一緒にいるサラも楽しそうだった。サラのその様子に妬けたが、婚約者と仲良くしているのを目の当たりにし、きっとサラの結婚は上手くいくだろうと嬉しかった。

 エドワードだけでなく、エドワードの幼馴染みのスコットも含め四人で一緒に行動することが増え、みなで学園生活を楽しんでいるつもりだった。

 しかしエドワードが、ナタリアに気持ちを寄せるようになってから、サラとの間が微妙になっていった。

 ナタリアは初恋の相手であり、婚約者であるブライアン一筋で、エドワードに全く興味はない。そしてエドワードとは、サラの婚約者であるという理由だけで、仲良くしているにしかすぎなかった。

 それだけに視線をむけてくるエドワードに、「私を見ないで」「間違っても好意を持ったりしないで」と言ってやりたかった。

 しかしエドワードから想いを告げられたわけでもないのに、そのようなことを言えるはずもなく、そしてサラの前で釘を刺すようなことも言えない。

 絶対にエドワードと二人きりにならないよう気をつけ、間違ってもサラに誤解されることがないよう細心の注意を払わなくてはならなかった。

 恨めしかった。
 サラと楽しい学園生活を送るはずが、エドワードのおかげで毎日気疲れする日々を送らされる。自分ではどうすることも出来ない歯がゆさと、自分のせいでサラにつらい思いをさせているという罪の意識に苛まされた。

「ねえ、ナタリア。私が聞くのも変だけど、エドワードの気持ちに気付いてるわよね?」

 突然、サラにそのように聞かれたのは、学園に入学して一年経った頃だった。ナタリアは動揺のあまり、言葉を発することができなかった。

「きっとナタリアのことだから、私のためにお家の権力使ってエドワードとの婚約をつぶそうとか考えてない?」

 ナタリアは何か言おうと口を動かそうとするが、唇が震えるだけで声自体を発することはできなかった。

「私のことを大切に思ってくれるナタリアの気持ちはありがたいけど、何もしないで欲しいの。

 政略結婚で自分が好きな人と結婚できない。でも人を好きになる気持ちを絶対持つな、なんて誰にも言えない。不可能よね。

 エドワードはナタリアを好きになったけど、私との結婚をどうこうする気は全くないようだし、ナタリアに気持ちを伝える気もないようなのを見て思ったの。

 エドワードが想いを隠しているのは、婚姻の約束を違えないよう努力しているってことだし、婚約者としての義務を欠かさないのは、私との関係をできるだけ良いものにしておきたいという意志のあらわれでしょう。

 そう考えたら、私も彼に対して政略結婚の相手として快適に過ごせる程度の関係さえあれば、それ以外のことは望まないようにすべきだって。

 エドワードが婚約者ではなく、ただの友達だったら彼の恋を応援してあげたい。エドワードは真面目で優しい人で、ナタリアにおすすめできる。

 そしてナタリアは私の自慢の友達で、私が男なら絶対にナタリアに恋をしたもの。

 とはいっても現実としては彼は私の婚約者だし、あなたはブライアン一筋で、エドワードなんて全く目に入ってないしね」

 サラがナタリアに、いたずらっぽくウインクする。

 ナタリアはサラらしいと思う。サラは優しい。そして自分の意志をしっかり持ち、しなやかに対処する。やられたら、やり返すの精神で、つい周りに噛みついてしまう自分とは大違いだ。

 サラが自分の気持ちを口にするということは、彼女なりに気持ちの整理がついたためだろう。

 もしエドワードが他の女の子を好きになっていたら、サラはナタリアに愚痴をいい、弱音を吐くことも出来ただろう。しかし今回は自分がサラの悩みの種になってしまい、本当に何もできなかった。

 そのことがナタリアには、とても苦しい。大切なサラを苦しめる存在になってしまうなど、あってはならないことだ。

「サラは私の親友で、とても大切な人なの。サラが嫌がることは絶対にしない」ナタリアはサラに抱きつき声をあげて泣いた。

 その後、サラとの関係はより一層強くなった。ナタリアはそれまで以上に、エドワードに無関心である態度をとり続けた。サラに誤解されるような状況に絶対に陥らないよう、それまで以上にサラにべったりと張り付いて過ごした。

 学園を卒業し、ようやくエドワードと顔を合わせる必要がなくなった時は、本当に嬉しかった。卒業してサラと毎日一緒に過ごせなくなるのは悲しかったが、それ以上にエドワードと接触することがなくなる状況に、安堵と喜びはひとしおだった。

 さすがにエドワードと社交で顔をあわせざるを得ないことはあるが、挨拶さえすればエドワードに構う必要はまったくない。

一月前の夜会でのことを思い出す。

「ブライアンが手を振ってるわ」

 夜会でサラと話しをしていると、会場の反対側にいたブライアンに気付いたサラが、かすかに小首をかしげて笑みを浮かべ、ナタリアに声をかけた。背の高いブライアンは、遠くからでも見つけやすい。

 ブライアンに微笑みながら小さく手を振ると、サラが小声で笑うのが聞こえた。

「相変わらず仲が良いわね。あなたと離れているブライアンを見かけると、彼は必ずあなたの姿を目で追ってるの。愛されてるわね、ナタリア」

 ナタリアはブライアンの姿を見ながら笑顔になる。初恋の男の子が婚約者となり、ちょっと、いえ、かなりの焼き餅焼きの夫になった。

「そういえばサラ、エドワードと仲良く観劇していたとお茶会で話題になってたわよ。夫婦仲が良いと羨ましがられていてよ」

 サラの目が一瞬大きく見開かれたが、すぐに表情を戻した。ナタリアは「しまった」と、自分の迂闊さを呪う。

 サラとエドワードは、他人からみれば幸せな結婚をしているように見える。他人からそう見えるように、サラがどれほど努力しているのか忘れがちだった。

 サラがエドワードに対し、本当のところどのように思っているのか分からないが、家族としての親愛以上は求めないと一線ひいた関係を望んでいるようだった。

 お互い学園を卒業してすぐに結婚したこともあり、以前のように泊まりがけで一晩中おしゃべりするようなことは難しくなった。そのため昔のように本音を聞く機会が少なくなってしまったので、自分の推測が正しいのかどうかは分からない。

「そうよね。人から羨ましいといわれるほど幸せなのね、私」

 視線を少し宙にうかせたサラは、社交の笑みではなく綺麗な笑顔を見せていた。

「エドワードは良い夫であろうとしてくれてる。夫婦として参加が必要なものだけでなく、いろいろな場所に一緒に出かけたり、家でも一緒にお茶を飲みながら話したり。多分できるだけ一緒に時間を過ごそうとしてくれてると思う。

 彼の心の中がどうであれ、夫として非の打ち所がなくて、とても穏やかな生活を送ることができてる」

 サラの笑顔に深みがました。

「エドワードと私の間には、あなたとブライアンのような恋愛感情はないけど、幸せだと思う」

 サラの雰囲気は、幸せだと無理をして言っているわけでなく、自然に幸せだと感じているようで、ナタリアは胸をなでおろす。サラが自分は幸せだと思い込もうとしていたり、本当はいろいろと我慢をしているにもかかわらず、幸せなふりをしているわけでもなさそうだ。

 サラがくすっと笑いながら、
「本当は結婚する前に少し心配してた。感情って厄介でしょ? 理性では整理がついても、感情がついていかないことはあるし。

 エドワードに家族としての関係以上は求めていないとはいえ、結婚早々に愛人を作られたら、さすがにそれはないでしょうって思うだろうし」という。

 ナタリアは、ふっとサラに自分の考えを言おうかと思ったが、不愉快な過去にふれることになるので口をつぐんだ。

 自分が感じていることが正しいかどうか分からないが、エドワードは学園を卒業した時か、結婚を機に、ナタリアへの気持ちを完全に断ち切ったのではと思っている。

 学園にいた頃は、エドワードからの視線を感じたり、何気なく辺りを見まわすとエドワードの姿が視界に入ることが多かった。

 しかし結婚後は挨拶以外でエドワードと視線があうことはなかった。視線を感じる時は、エドワードではなく、夫のブライアンであることがほとんどだ。

 エドワードはサラとの結婚生活をおくる中で、少しづつサラに対し気持ちを傾けるようになっている気がする。

 エドワードがサラと一緒にいる時に暖かさを感じる。義務で一緒にいるのではなく、そこには一緒にいるのを好ましいと思っている感情があるように見える。

 サラを見る目や、エスコートする時の姿に、過去には見られなかった暖かさがあった。

 それに対しサラのエドワードに対する態度は、結婚した後も変わっていない。それがサラにとって幸せを感じられる、エドワードとの距離なのだろう。

 ナタリアは微笑むサラを美しいと思った。しなやかに自分の置かれた立場の中で幸せになれるサラは強い。親友としてこれほど嬉しいことはない。

 ガタン。
馬車が大きく揺れた。

 ナタリアは大きく息を吸い、意識を集中させる。

 エドワードとキャシーの間柄が、本当のところどうなのかは関係ない。サラが無責任な噂で攻撃されるのを防ぎ、サラの評判を落とさないように動くのだ。

「サラ、私がいることを、いつでもあなたの力になることを忘れないで」

 ナタリアはそのようにつぶやき、再び大きく息を吸った。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】愛されない令嬢は全てを諦めた

ツカノ
恋愛
繰り返し夢を見る。それは男爵令嬢と真実の愛を見つけた婚約者に婚約破棄された挙げ句に処刑される夢。 夢を見る度に、婚約者との顔合わせの当日に巻き戻ってしまう。 令嬢が諦めの境地に至った時、いつもとは違う展開になったのだった。 三話完結予定。

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

諦めた令嬢と悩んでばかりの元婚約者

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
愛しい恋人ができた僕は、婚約者アリシアに一方的な婚約破棄を申し出る。 どんな態度をとられても仕方がないと覚悟していた。 だが、アリシアの態度は僕の想像もしていなかったものだった。 短編。全6話。 ※女性たちの心情描写はありません。 彼女たちはどう考えてこういう行動をしたんだろう? と、考えていただくようなお話になっております。 ※本作は、私の頭のストレッチ作品第一弾のため感想欄は開けておりません。 (投稿中は。最終話投稿後に開けることを考えております) ※1/14 完結しました。 感想欄を開けさせていただきます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

元婚約者が愛おしい

碧桜 汐香
恋愛
いつも笑顔で支えてくれた婚約者アマリルがいるのに、相談もなく海外留学を決めたフラン王子。 留学先の隣国で、平民リーシャに惹かれていく。 フラン王子の親友であり、大国の王子であるステファン王子が止めるも、アマリルを捨て、リーシャと婚約する。 リーシャの本性や様々な者の策略を知ったフラン王子。アマリルのことを思い出して後悔するが、もう遅かったのだった。 フラン王子目線の物語です。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

処理中です...