一番でなくとも

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愛人疑惑

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「あの男、本当に一体何考えてるの? いえ、何も考えてないから、このような事態になってるのよね。扇で百叩きしたい!」

 ナタリアが扇を振り回していたかと思えば、おもむろに立ち上がり、部屋をせわしなく歩き回っている。

 次期侯爵夫人にあるまじき姿だが、部屋にいるのはサラと二人なので、サラは何も言わずにいる。

 先触れも出さずにサラに会いにきたナタリアは、開口一番「愛人を連れ回してるってどうなってるの!」と怒りを爆発させた。

 何の話しか全く分からないサラは、もしかしたらナタリアの夫が愛人を作ったのかもと推測する。幼馴染みなだけでなく、お互いが初恋の相手で、相思相愛の夫婦として二人は有名なだけに、もし本当ならサラにとってまさかであった。

 お茶会で噂を聞いて、矢も盾もたまらずサラの元にやってきたとナタリアが叫ぶ。

「あの男殺してやる」と物騒なことをいうナタリアの剣幕におされながら、サラがナタリアから何とか噂を聞き出したところ、噂になっているのがナタリアの夫ではなく、エドワードが愛人と連れ立っているという話しであることが分かった。

「愛人ねえ……」

「サラ、こんな家にいる必要ないわ。今すぐ我が家へ行きましょう。離婚するなら、ありとあらゆる伝手と権力を使ってサラとサラの実家が不利にならないようにするし、この家を没落させてやる」

 サラはナタリアに抱きしめられた。サラはナタリアのぬくもりを感じながら、彼女ならここに来るまでに、離婚とお家没落の計画をいろいろと考えていたはずと思う。その姿を頭の中で描くと笑いがこみ上げた。

「ありがとう、ナタリア。でも愛人の話しは、たんなる誤解だから。エドワードと噂になってる女性は、彼の従姉妹なのよ。いま義父の弟が妻と娘を連れて一ヶ月ほど本邸に滞在してるの」

 サラが、義叔父夫婦と娘のキャシーが、本邸に滞在していることを話すと、ナタリアはようやく落ち着きをみせた。

 しかしエドワードとキャシーの親密な様子は、お茶会でいちゃいちゃしていたと言われていたようで、ナタリアの怒りは完全にはおさまらなかった。

「ねえ、もしかしてその従姉妹って、エドワードのこと好きだったりしない? 私達と同じような年齢だって話しだし、小さい頃に将来結婚したらどうだとか言われててもおかしくなさそうよね。もしかして本当にそういう話しがあったとか言わないわよね?」

 サラがどうなのだろうと考えていると、ナタリアが言葉を重ねる。

「エドワードとその従姉妹って、もしかして初恋の相手とか?
 いえ、初恋うんぬんはどうでもよいとして。いえ、よくないかも。初恋の人と会って盛り上がってるとか」

 ナタリアの癖で、頭で考えていることを無意識に口に出してしまうことがある。独り言なのか、意見を求められているのか、はっきりしないことは珍しくない。

「ねえ、サラから見て、その二人の関係ってどうなの?」

「第一印象は仲の良い従姉妹と思ったわ。小さい頃はよく領地で過ごしていたとエドワードが言っていたので、二人は兄妹のように過ごしていたらしいの。そのせいか二人で一緒にいる時は、成人した男女としてはかなり距離が近いと思う。

 時々義父母や義叔父夫婦が、距離の近さを注意していたけど、二人は気にしてないと思う。だから噂をたてられてるんでしょうね」

 サラが淡々とそのように言うと、ナタリアに「気にならないの?」と問われた。

 サラは、キャシーがエドワードの近くに座り、腕に触れながら話しているのを見た時に、違和感をおぼえたことを思い出す。たしかに馴れ馴れしいと思ったが、もしキャシーが従姉妹でなく愛人だとしても、サラはエドワードに対し何も言うことはない。これまで通り過ごすだけだ。

「全く気にならないとは言えないわね。でも政略結婚の妻として良くしてもらっている。だから私のことを妻として蔑ろにしないなら、エドワードに愛人がいても必要以上に気にしない。

 それにね、私にも同じ事が言えるでしょう。私が妻としての義務を果たすなら、私がエドワード以外の男性を慕ったり、愛人ができても、彼は何も言うことはできない」

 部屋の中を再びグルグルと歩き回っていたナタリアが足をとめた。

「もしかして誰か慕っている人がいるの?」

 ナタリアの嬉しそうな顔を見て、サラはナタリアが考えていることの想像がついた。きっとナタリアが頭の中で温めていたであろうエドワードとの離婚計画を、決行できるのではと興奮しているはずだ。

「慕っている人などいないわよ。勘違いしないでね」

 サラはしっかりと釘を刺す。

「あなたのように初恋の相手と結婚したわけではないから、お互い夫婦としての役割を果たせば、心は別の所にあっても構わない関係だという話しをしているだけ」

 ナタリアが少し気まずい表情をしたが、サラはあえて知らないふりをした。ナタリアがサラに対し、同情したり、罪悪感を持って欲しくなかった。

 自分自身が結婚したこと、そして大人として年齢を重ねつつあることで、子供の時には聞かなかった話しや、知らなかったことを知るようになった。

 そのため恋愛感情から発した婚姻であったとしても、心変わりや、諸事情による離縁など、決してハッピーエンドとなるわけではないと知ることが増えた。

 逆に政略結婚でも幸せな夫婦の話も多く聞き、婚姻に至る道が違うからといって、その後の道が大きく変わるわけでもないとサラは思うようになっていた。

 一概にはいえないだろうが、お互いの感情が大きく伴う恋愛を経て結ばれた場合、相手の心変わりによるダメージは大きそうだ。

「ナタリア、私のことを心配してくれてありがとう。キャシーのことはエドワードに誤解を生んでいることを伝えるわ。

 今のところ私にいろいろ聞いてくる人はいないけど、そろそろお呼ばれしているお茶会で、根掘り葉掘り聞かれそうね」

 サラは社交界での今後のわずらわしいやりとりを考え、大きな溜め息をついた。

 ナタリアがサラの手を両手でギュッと握り、満面の笑顔をみせた。

「サラ、どのお茶会に参加するか教えて。私も参加出来るようにするから。あなたを一人で立ち向かわせたりしない。任せて」

 サラにウインクし、楽しげな様子のナタリアを見て、サラはナタリアがお茶会で、サラの名誉を守るために噂好きのご婦人達へ、笑顔で嫌みや皮肉をバッサリ切り捨てる姿が目に浮かぶ。

 社交的で頭の回転が速いナタリアは、サラが見惚れるほど鮮やかに、あてこすりなど嫌みな態度を取る人達をかわして切り返す。社交が苦手ではないが、得意ともいえないサラは、ナタリアのそのような才能を常に羨ましく思っていた。

 次期侯爵夫人として忙しくしているナタリアに無理をさせたくはないが、ナタリアが楽しげにしていることから、サラのことを出しにして一暴れしたいのではと感じたので、ありがたくナタリアの助けをお願いすることにした。

 来た時は扇で視界に入る物すべてをなぎ倒しそうなほど怒りに満ちていたナタリアだったが、それが嘘のように次期侯爵夫人らしく上品にお茶を口にしている。

「相変わらず黙っていれば、本当に完璧な淑女だわ」とサラが感想をもらす。

「それはお互い様よ」とナタリアが笑ったのを見て、サラは苦笑した。
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