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次代の希望
二人が幸せと感じる形をさがす
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「母上、もうすぐマリアがきます」
ルイは婚約者のマリアを少し時間をおいてから母の墓標に連れてきてもらうようにしていた。二人で結婚式の日取りが決定したことを報告するためだ。
ルイは三人いた婚約者候補の中から伯爵令嬢のマリアをえらんだ。
婚約者を決めるのにルイは大いに悩んだ。どの令嬢にするか「これだ」という決め手にかけ、人の意見を聞けば聞くほど迷うことになった。
しかし最終的な判断をくださなくてはならない時をむかえた。
ルイは三人とそれぞれがおこなっている慈善活動を共にすることにし、活動をするなかで見たことや感じたことを判断材料にすることにした。
再従姉妹の公爵令嬢は、慈善活動として寄付をする施設や団体をどのように精査しているのかをルイに説明した。
「実際に訪問したりはしないのですか?」
ルイのその問いに再従姉妹は美しい笑みをみせたあと、
「現場に信頼できる優秀な人を送り知りたいことを報告させるのが上に立つ者がすることでしょう?
私が実際に行き一つのことを知るよりも、人に情報収集させその情報から多くのことを判断する方が、私の時間と能力を有効に活用したといえると思います」
言い切った彼女は自信にあふれていた。
彼女のいうことは正しい。上に立つ者が判断すべきことは多く、いちいち自分が現場に行ってというわけにはいかない。
彼女の意見はもっともだが何かが足りない。ルイはそのように感じた。
社交的で見目のよい侯爵令嬢も再従姉妹と同じで寄付のみの活動だった。再従姉妹との違いは、人から寄付してほしいと請われたものに寄付し、とくに寄付する団体や活動を選ぶことをしていなかった。
寄付を求めた人達について調べるが、問題がなければそのまま寄付するため再従姉妹よりも必要とされている場所に素早く助けがとどいていた。
「困っている人にできるだけ早く救いの手を差し伸べるのは大切です。忘れた頃に助けがきても助けになどなりませんし」
侯爵令嬢のやり方は現実的といえた。助けを求めている人にその時点でもっとも必要なものを与える。
しかし侯爵家へ助けを求めることができる人達は限られた。侯爵家とこれまで何らかの関係があったなど伝手が必要だ。
全ての人を救うことはできないので仕方ないことではあるが、どこかおざなりな感じがした。
そして伯爵令嬢のマリアは寄付は親にまかせ、自身は孤児院へいき手伝いをしていた。
ルイはマリアが慈善活動する日に一緒にでかけた。ルイは母についてときどき慈善活動をしていたが、母が亡くなってからは足がすっかり遠のいていた。
「子供の頃に私が慈善活動をしにいった孤児院に、グレイス殿下がお忍びでこられたことがありました。
子供達はグレイス殿下があらわれ本当に嬉しそうでした。興奮しすぎたのか殿下の側にいた女の子が吐いてしまったのですが、殿下はあわてることなくその女の子を介抱しました。
この国で誰よりも自身の手を汚さずにいられる身でありながら、殿下は手ずから女の子のお世話をしたのです。
その姿をみてグレイス殿下が慈悲深いといわれるのは当然だと深く心にのこりました」
マリアは活動をおえルイと茶を飲みながら母の話をしはじめた。
「私の母も慈善活動をしていますが、お恥ずかしながら形だけで義務だから仕方なくです。
グレイス殿下をまねて母が孤児院を訪問したことがあるのですが、寄付金をわたし、職員や子供達から寄付について感謝の言葉をうけるとそのまま帰りました。
母が貴族の女性として寄付することが慈善活動だと思っているのは知っていましたが、孤児院の様子をみたりすることなく寄付をして三分ほどで帰ったのには驚きました。
そして挨拶をしただけでグレイス殿下のような慈善活動をしたと考えていたようでした」
マリアは苦笑しながら聞き苦しい身内の恥を話したことを謝ったあと、あの日から母のように人のためにためらうことなく行動できる人間になりたいと思うようになったといった。
ルイはマリアが話した母の姿が目にうかぶようだった。弟が嘔吐したときも母はみずから弟の世話をした。
少女時代から孤児院で慈善活動をしてきた母は、赤ん坊のおむつをかえたり、小さい子供に食べさせたりといった世話をしていたという。
そこまでする貴族の女性は母と母の親友であるエリザぐらいだそうだが、二人は子供好きだったこともあり自分達ができることを最大限にやりたいとさまざまな世話をしたと聞いた。
ルイはあらためてマリアの行動を思い返した。マリアの子供達への接し方は母と似ていた。
ルイの気持ちはかたまった。自分と共に歩んでほしいと思えたマリアとの婚約をきめた。
婚約の意志を父に伝えたあとは、婚約するための準備がすみやかにおこなわれた。
「不躾な質問ですが、なぜ他の方ではなく私を選ばれたのですか?」
婚約決定後、初めて顔をあわせた時にマリアがルイにたずねた。
「あなたとなら温かい家庭をきずけるのではと思ったのです。
王太子妃としての資質をそなえているだけの女性なら他にもいるでしょう。しかし共に家族を、温かいと感じられる家族をつくることができると思ったのはあなただけでした。
政略結婚に個人の感情は必要ないとされていますが、私はできることならお互い信頼しあい、そして温かいと思える関係をきずきたいと思っています。
あなたもそのような関係を望んでいるのではと思ったのですが、私は間違っていますか?」
ルイはマリアから好意をむけられていると感じていた。それは他の二人からは感じられなかったものだった。
マリアは恥ずかしげな表情を一瞬みせたが、すぐに表情をとりもどし「いえ、間違っておりません。お慕いしております」とこたえてくれた。
マリアとの婚約は問題なくととのったが、祖父である前国王の崩御により父が国王に即位し、それにともなう行事や政務のすべてが落ち着くまで結婚は待つ必要があった。
そのおかげでルイは結婚前にマリアと交流する時間を多くもてたことから、彼女との結婚に不安はなかった。
乗馬という共通の趣味が二人の関係を深めるのに大いに役立った。一緒に乗馬を楽しむことでマリアが普段みせることのない無防備な面をみることができ、ひそかに負けん気がつよいことも知ることができた。
人が近付いてくる気配と音にルイが振り返ると、侍従がマリアを連れこちらへむかっていた。
「グレイス殿下との語らいをお邪魔してすみません」
マリアが静かにいう。
母と同じ空色の瞳が自分を見つめている。ルイはマリアの手をとり母の墓標の前にいざなった。
「母上、マリアとの結婚式の日取りがようやく決まりました」
マリアが墓標にむかってカーテシ―をした。
ルイは母の墓標に話しかけるマリアをみて愛おしさを感じた。そして彼女にはじめて好きだという気持ちがわきおこった時のことを思い出す。
馬で遠乗りし、鏡のように周辺の景色をうつしだす美しい湖をみて感動しているマリアを目にした時に「好きだ」という言葉がルイの胸のなかにわきあがった。
一緒にすごす時間が楽しく、マリアとはさまざまな話をすることができた。好きな菓子の話から政治の話まで、お互いの意見が合わないこともあるが、相手を言い負かすのではなくなぜそのように考えるのかに二人は重きをおいたため、意見が違っても笑顔でいられた。
マリアのことを好きだと思うまでに何か特別なことがあったわけではなく、一緒にすごすうちにマリアという存在が少しづつ自分の中で大きくなり、しっかりと根をはっていったという感じだった。
マリアがルイを見るときに感じられる温かさから、マリアもルイと同じ気持ちでいてくれていると思えた。
「また来ます、母上」
ルイは母の墓標の名の部分をなぞったあとマリアの手をとりあとにした。
「グレイス殿下が生きていらっしゃれば、たくさんのことを教えていただきたかった。慈善活動もご一緒したかった」
マリアのしみじみとした声色をきき、ふいに涙がこみあげた。
母に最後に会ったのは母が洪水被災地へむかう前日の夜だった。被災地の慰問だけでなく元から予定されていた遠隔地での公務のため、しばらく会えなくなると家族全員がそろって食事し、食後に茶をのみながら家族の時間をすごした。
楽しく幸せな夜だった。しかし母の死後、あの夜のことを思い出すのがつらく思い出さないようにしていた。
寝る前に母が愛しているといって優しく抱きしめ口づけてくれたのが母との最後になった。
ルイはマリアを抱きしめた。何かにしがみついていなければ崩れてしまいそうだった。
母はもういない。
その事実を受け入れ乗り越えたつもりだったが、発作のようにまるで母をうしなったばかりのような生々しいまでの悲しみがルイをおそった。
「ルイ殿下、私にたくさんグレイス殿下のことを教えてください。グレイス殿下は私の憧れです。グレイス殿下のような慈悲の心をもった王太子妃になりたい。そして家族をこよなく愛する妻であり母になりたい。
私達の間に生まれる子供達にもグレイス殿下のことをたくさん話してください。私達の心の中でグレイス殿下はずっと生きつづけるのです」
ルイは声をあげて泣いていた。
ルイは母の死後、どれほど悲しくても寂しくても泣かないようにしていた。泣いてしまえば母が亡くなったことを嫌でも思いしらされ苦しくなるので泣くことをやめた。
母が亡くなり七年がたった。時間と共に悲しみはいえたと思っていたが、悲しみはまだルイの中にのこされていた
マリアはルイが泣き止むまで何もいわずルイを抱きしめてくれた。
「マリア、情けない姿をさらして申し訳ない」
「情けなくないです。大切な人をうしなった悲しみは、時間がたっても決してなくなりはしないと乳母がいっていました。
私達は夫婦になるのです。お互い他の人には見せたくない姿を見せてしまうことがあって当然です。どのようなルイ殿下であろうと私は受けとめます」
マリアが力強くそのようにいい笑顔をみせた。
風が吹きぬけ葉擦れの音につつまれる。日の光がルイとマリアにそそがれる。
「ともに国のため、王国民のために力を尽くそう。そして二人で幸せになろう」
ルイがマリアと視線をあわせるとマリアがしっかりとうなずいた。
「微力ながら自分が出来うる限りの力をつくします」
マリアの華奢な手をつつんだ。
「ゆっくり私達らしい夫婦の形をつくっていこう。幸せだと思える夫婦の形を」
ルイは夫婦の愛がどのようなものなのか分からないが、お互いに幸せだと感じる形を目指せればと思った。
自分とマリアが幸せと感じる形を見つける。それが二人にとって心の安定になるのではと思う。
ルイはマリアの手のあたたかさをずっと側で感じていたい、そしてこの手だけを必要とする未来であってほしいと祈った。
ルイは婚約者のマリアを少し時間をおいてから母の墓標に連れてきてもらうようにしていた。二人で結婚式の日取りが決定したことを報告するためだ。
ルイは三人いた婚約者候補の中から伯爵令嬢のマリアをえらんだ。
婚約者を決めるのにルイは大いに悩んだ。どの令嬢にするか「これだ」という決め手にかけ、人の意見を聞けば聞くほど迷うことになった。
しかし最終的な判断をくださなくてはならない時をむかえた。
ルイは三人とそれぞれがおこなっている慈善活動を共にすることにし、活動をするなかで見たことや感じたことを判断材料にすることにした。
再従姉妹の公爵令嬢は、慈善活動として寄付をする施設や団体をどのように精査しているのかをルイに説明した。
「実際に訪問したりはしないのですか?」
ルイのその問いに再従姉妹は美しい笑みをみせたあと、
「現場に信頼できる優秀な人を送り知りたいことを報告させるのが上に立つ者がすることでしょう?
私が実際に行き一つのことを知るよりも、人に情報収集させその情報から多くのことを判断する方が、私の時間と能力を有効に活用したといえると思います」
言い切った彼女は自信にあふれていた。
彼女のいうことは正しい。上に立つ者が判断すべきことは多く、いちいち自分が現場に行ってというわけにはいかない。
彼女の意見はもっともだが何かが足りない。ルイはそのように感じた。
社交的で見目のよい侯爵令嬢も再従姉妹と同じで寄付のみの活動だった。再従姉妹との違いは、人から寄付してほしいと請われたものに寄付し、とくに寄付する団体や活動を選ぶことをしていなかった。
寄付を求めた人達について調べるが、問題がなければそのまま寄付するため再従姉妹よりも必要とされている場所に素早く助けがとどいていた。
「困っている人にできるだけ早く救いの手を差し伸べるのは大切です。忘れた頃に助けがきても助けになどなりませんし」
侯爵令嬢のやり方は現実的といえた。助けを求めている人にその時点でもっとも必要なものを与える。
しかし侯爵家へ助けを求めることができる人達は限られた。侯爵家とこれまで何らかの関係があったなど伝手が必要だ。
全ての人を救うことはできないので仕方ないことではあるが、どこかおざなりな感じがした。
そして伯爵令嬢のマリアは寄付は親にまかせ、自身は孤児院へいき手伝いをしていた。
ルイはマリアが慈善活動する日に一緒にでかけた。ルイは母についてときどき慈善活動をしていたが、母が亡くなってからは足がすっかり遠のいていた。
「子供の頃に私が慈善活動をしにいった孤児院に、グレイス殿下がお忍びでこられたことがありました。
子供達はグレイス殿下があらわれ本当に嬉しそうでした。興奮しすぎたのか殿下の側にいた女の子が吐いてしまったのですが、殿下はあわてることなくその女の子を介抱しました。
この国で誰よりも自身の手を汚さずにいられる身でありながら、殿下は手ずから女の子のお世話をしたのです。
その姿をみてグレイス殿下が慈悲深いといわれるのは当然だと深く心にのこりました」
マリアは活動をおえルイと茶を飲みながら母の話をしはじめた。
「私の母も慈善活動をしていますが、お恥ずかしながら形だけで義務だから仕方なくです。
グレイス殿下をまねて母が孤児院を訪問したことがあるのですが、寄付金をわたし、職員や子供達から寄付について感謝の言葉をうけるとそのまま帰りました。
母が貴族の女性として寄付することが慈善活動だと思っているのは知っていましたが、孤児院の様子をみたりすることなく寄付をして三分ほどで帰ったのには驚きました。
そして挨拶をしただけでグレイス殿下のような慈善活動をしたと考えていたようでした」
マリアは苦笑しながら聞き苦しい身内の恥を話したことを謝ったあと、あの日から母のように人のためにためらうことなく行動できる人間になりたいと思うようになったといった。
ルイはマリアが話した母の姿が目にうかぶようだった。弟が嘔吐したときも母はみずから弟の世話をした。
少女時代から孤児院で慈善活動をしてきた母は、赤ん坊のおむつをかえたり、小さい子供に食べさせたりといった世話をしていたという。
そこまでする貴族の女性は母と母の親友であるエリザぐらいだそうだが、二人は子供好きだったこともあり自分達ができることを最大限にやりたいとさまざまな世話をしたと聞いた。
ルイはあらためてマリアの行動を思い返した。マリアの子供達への接し方は母と似ていた。
ルイの気持ちはかたまった。自分と共に歩んでほしいと思えたマリアとの婚約をきめた。
婚約の意志を父に伝えたあとは、婚約するための準備がすみやかにおこなわれた。
「不躾な質問ですが、なぜ他の方ではなく私を選ばれたのですか?」
婚約決定後、初めて顔をあわせた時にマリアがルイにたずねた。
「あなたとなら温かい家庭をきずけるのではと思ったのです。
王太子妃としての資質をそなえているだけの女性なら他にもいるでしょう。しかし共に家族を、温かいと感じられる家族をつくることができると思ったのはあなただけでした。
政略結婚に個人の感情は必要ないとされていますが、私はできることならお互い信頼しあい、そして温かいと思える関係をきずきたいと思っています。
あなたもそのような関係を望んでいるのではと思ったのですが、私は間違っていますか?」
ルイはマリアから好意をむけられていると感じていた。それは他の二人からは感じられなかったものだった。
マリアは恥ずかしげな表情を一瞬みせたが、すぐに表情をとりもどし「いえ、間違っておりません。お慕いしております」とこたえてくれた。
マリアとの婚約は問題なくととのったが、祖父である前国王の崩御により父が国王に即位し、それにともなう行事や政務のすべてが落ち着くまで結婚は待つ必要があった。
そのおかげでルイは結婚前にマリアと交流する時間を多くもてたことから、彼女との結婚に不安はなかった。
乗馬という共通の趣味が二人の関係を深めるのに大いに役立った。一緒に乗馬を楽しむことでマリアが普段みせることのない無防備な面をみることができ、ひそかに負けん気がつよいことも知ることができた。
人が近付いてくる気配と音にルイが振り返ると、侍従がマリアを連れこちらへむかっていた。
「グレイス殿下との語らいをお邪魔してすみません」
マリアが静かにいう。
母と同じ空色の瞳が自分を見つめている。ルイはマリアの手をとり母の墓標の前にいざなった。
「母上、マリアとの結婚式の日取りがようやく決まりました」
マリアが墓標にむかってカーテシ―をした。
ルイは母の墓標に話しかけるマリアをみて愛おしさを感じた。そして彼女にはじめて好きだという気持ちがわきおこった時のことを思い出す。
馬で遠乗りし、鏡のように周辺の景色をうつしだす美しい湖をみて感動しているマリアを目にした時に「好きだ」という言葉がルイの胸のなかにわきあがった。
一緒にすごす時間が楽しく、マリアとはさまざまな話をすることができた。好きな菓子の話から政治の話まで、お互いの意見が合わないこともあるが、相手を言い負かすのではなくなぜそのように考えるのかに二人は重きをおいたため、意見が違っても笑顔でいられた。
マリアのことを好きだと思うまでに何か特別なことがあったわけではなく、一緒にすごすうちにマリアという存在が少しづつ自分の中で大きくなり、しっかりと根をはっていったという感じだった。
マリアがルイを見るときに感じられる温かさから、マリアもルイと同じ気持ちでいてくれていると思えた。
「また来ます、母上」
ルイは母の墓標の名の部分をなぞったあとマリアの手をとりあとにした。
「グレイス殿下が生きていらっしゃれば、たくさんのことを教えていただきたかった。慈善活動もご一緒したかった」
マリアのしみじみとした声色をきき、ふいに涙がこみあげた。
母に最後に会ったのは母が洪水被災地へむかう前日の夜だった。被災地の慰問だけでなく元から予定されていた遠隔地での公務のため、しばらく会えなくなると家族全員がそろって食事し、食後に茶をのみながら家族の時間をすごした。
楽しく幸せな夜だった。しかし母の死後、あの夜のことを思い出すのがつらく思い出さないようにしていた。
寝る前に母が愛しているといって優しく抱きしめ口づけてくれたのが母との最後になった。
ルイはマリアを抱きしめた。何かにしがみついていなければ崩れてしまいそうだった。
母はもういない。
その事実を受け入れ乗り越えたつもりだったが、発作のようにまるで母をうしなったばかりのような生々しいまでの悲しみがルイをおそった。
「ルイ殿下、私にたくさんグレイス殿下のことを教えてください。グレイス殿下は私の憧れです。グレイス殿下のような慈悲の心をもった王太子妃になりたい。そして家族をこよなく愛する妻であり母になりたい。
私達の間に生まれる子供達にもグレイス殿下のことをたくさん話してください。私達の心の中でグレイス殿下はずっと生きつづけるのです」
ルイは声をあげて泣いていた。
ルイは母の死後、どれほど悲しくても寂しくても泣かないようにしていた。泣いてしまえば母が亡くなったことを嫌でも思いしらされ苦しくなるので泣くことをやめた。
母が亡くなり七年がたった。時間と共に悲しみはいえたと思っていたが、悲しみはまだルイの中にのこされていた
マリアはルイが泣き止むまで何もいわずルイを抱きしめてくれた。
「マリア、情けない姿をさらして申し訳ない」
「情けなくないです。大切な人をうしなった悲しみは、時間がたっても決してなくなりはしないと乳母がいっていました。
私達は夫婦になるのです。お互い他の人には見せたくない姿を見せてしまうことがあって当然です。どのようなルイ殿下であろうと私は受けとめます」
マリアが力強くそのようにいい笑顔をみせた。
風が吹きぬけ葉擦れの音につつまれる。日の光がルイとマリアにそそがれる。
「ともに国のため、王国民のために力を尽くそう。そして二人で幸せになろう」
ルイがマリアと視線をあわせるとマリアがしっかりとうなずいた。
「微力ながら自分が出来うる限りの力をつくします」
マリアの華奢な手をつつんだ。
「ゆっくり私達らしい夫婦の形をつくっていこう。幸せだと思える夫婦の形を」
ルイは夫婦の愛がどのようなものなのか分からないが、お互いに幸せだと感じる形を目指せればと思った。
自分とマリアが幸せと感じる形を見つける。それが二人にとって心の安定になるのではと思う。
ルイはマリアの手のあたたかさをずっと側で感じていたい、そしてこの手だけを必要とする未来であってほしいと祈った。
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