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次代の希望

愛とは何なのだろう

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「親愛なるルイへ

 ルイ、あなたのことをとーっても愛してる。あなたの顔をみながらいうことができなくてさびしいです。

 あなたは私の希望でそして愛です。

 今日一日が良い日でありますように。

愛をこめて
母」



 ルイは母の墓標へと向かいながら母が書いてくれたメッセージカードのことを思い出していた。

 母は公務で遠方にいく時に会えない日数分のメッセージカードをつくり、侍従がそれを毎朝わたしてくれた。

 朝起きてすぐに手にするそのカードは短いながら母からの愛情が感じられる言葉がつづられており、そのカードをルイだけでなく妹や弟も楽しみにしていた。

 母は自分達におしみなく愛情をそそいでくれた。それがどれほど貴重なことだったのかを知ったのは十代にはいってからだ。

 母がおこなっていた慈善活動に参加するようになり、恵まれない環境におかれた人達に接するようになった。

 親を知らずに育つ子供の多さだけでなく、たとえ親がいても親に虐待され搾取される子供達が多くいることをしった。

 それだけでなく彼らの状況を改善するのがとてもむずかしいことを母から聞き、ルイは初めて自分は無力だと思った。

 王子として生まれゆくゆくは国王になる。人にかしずかれることも、両親から愛情をそそがれることもルイにとって当たり前だった。

 しかしルイにとっての当たり前は多くの人にとってそうではないということを知識としてしっていたが、まったく実感がともなっていなかった。

 とくに親子の関わり方について、王侯貴族の子供は伝統的に使用人に育てられ親子の関わりが少ないと聞き、ルイは昔の話だろうと思っていた。

 母のように子供の世話をみずからおこない、子供と遊んだり本を読んだりと一緒にすごすのもめずらしいことだったようで、ルイ達は王侯貴族としてめずらしい育ち方をしたといえた。

 そのことを痛感したのは自身の婚約者を選ぶようになってからだ。候補になっている令嬢と話をすると、自分が持つ夫婦や家族のイメージと、彼女達のもつそれらのイメージが違っていると感じることが多かった。

 政略結婚であろうとお互いの相性を考慮した縁組みをという時代になっている。それだけにルイは両親のように夫婦仲がよく幸せな家族をつくりたいと思っていた。

 しかし自分が思っていた仲睦まじい両親の姿が、まぼろしだったと気付かされたのは母が亡くなってからだ。

 父が母の喪が明けてすぐに継母と婚約した。そのことがルイ達に知らされたのは公式に発表される数日前だった。

「どうして? 父上は母上のことをもう忘れてしまったのですか?」

 弟の叫びに父は静かにこたえた。

「もちろん忘れてなどいない。私はこの国の王太子だ。王太子として、そして未来の王として、王太子妃という重要な座をあけておくわけにいかない」

「でも、でも、私達にとって母は母上だけです」

 妹が泣きながらそのようにいうと父がうなずいた。

「もちろんだ。私がめとる女性はお前達にとって継母でしかない。決してお前達の母ではない。

 しかし私に嫁いでくることにより彼女は私達の家族となる。家族の一員として彼女と良い関係をつくってほしい」

 妹と弟は泣いた。ルイは二人をなぐさめながら、父は王太子という地位から仕方なく継妻をむかえるのだと思いほっとした。父は母のことを愛していた。父は母のことを忘れたわけではないと。



 母の墓標に花をそえルイはひざまずいた。

「母上、すっかりご無沙汰してしまい申し訳ありません」

 ルイは母に近況を報告したあと、もし母がいれば聞いてみたい言葉を口にした。

「母上は父上と結婚して幸せだったのでしょうか?」

 世間的には父と母が恋をし結ばれ幸せな家族をつくりあげたといわれている。ルイの目から見て両親は仲がよく、家族として幸せな記憶がたくさんあった。

 しかし父と継母の婚約がきまった頃から、継母が父の愛人だったという噂がルイの耳にはいるようになった。

「父上は母上のことを愛していたのではないのですか?」

 父はその質問を答える前に視線を宙にうかせ少し考えたあと「政略結婚だ。個人的な感情は必要ではない。しかし家族としての親愛はあった」といった。

 その表情と声色からは何の感情もよみとれなかった。

 母が亡くなったのはルイが十四歳のときだった。成人する年齢に近付いていたこともあり、それまで子供だからと知らされなかったことを聞かされることがふえていた。

 そのため父は母との関係、そして愛人について話すことにしたのだろう。

「国教の教えを守ることは大切だが、国を率いる王はつねに正しい判断が下せるよう心の安定を保つ必要がある。そのため妃以外に心の支えになる存在を求めることがある。

 王国民の幸せを守るためだ。王として心身の安定を保つためなら、それが間違ったおこないであろうと王として迷わず選ぶべきなのだ」

 そのような説明をした父を汚いと思った。しかしそのような汚さを受け入れることが上に立つ者には必要だと、祖父母をはじめとする周りにいるすべての人がいう。

「上に立つ者は、矛盾に満ち汚濁にまみれた世をできるだけ美しく見えるようにする必要があるのです」

 哲学を教える教師がそのようにいったことがある。王国民に王として美しい理想、そして皆が幸せになれる国という希望を持たせる必要があると。

 そのために嘘をつく必要もあれば、不正をただすのではなく受け入れ、正しくない状況に目をつぶらなくてはならないものだといわれた。

 それを聞いた時は人のもつ汚さや矛盾といったものがよくわかっていなかった。それだけに教師の言葉へ嫌悪感をもった。

 しかし年を取るごとに人の汚い部分をみることがふえた。そして汚いと思いながらも受け入れるしかない自分も汚いのだと分かった。

 父に愛人がいたことを知り、ルイは自分が見ていた父と母の姿は一体何だったのかと自分も周りも信じられなくなった。

 愛情深い両親にめぐまれ幸せだった。その幸せは両親がお互いを愛し温かい家庭をつくってくれたからだと思っていたが、自分の目が節穴だっただけなのだと思いしらされた。

 父が再婚し継母が家族として加わった。

「あなた方にとって母はグレイス殿下だけです。私はグレイス殿下の代わりにはなれないですし、なるつもりもありません。

 しかし縁あってこのように家族になりましたので、親戚のおばさんとでも思っていただければ嬉しく思います」

 継母はそのようにいいルイ達と無理に距離を縮めようとはしなかった。

 それはルイ達にとって都合がよかった。父の配偶者として礼儀ただしく接するが、親しくする気はまったくなかった。

 これまで母がいた場所に継母がいる。そのことに慣れるには時間がかかった。父が継母に寄りそう姿を見るたびに母のことを思い出した。

 愛とは何なのか? ルイは考えれば考えるほど分からなくなっていった。

 親しい人達に感じる気持ちを愛というなら、父と母の間に愛はあったはずだ。それにもかかわらず父は母への愛を否定するようなことをいった。

 父は母を嫌ってはいなかったはずだ。好意はあったが愛することはなかったということだろうか。

「ルイ、何事も良い面と悪い面がある。愛は素晴らしいものだが、愛によってもたらされる負も多くある」

 前国王である祖父とルイの婚約について話をしていた時にそのようにいわれた。

「愛するがゆえに執着し、嫉妬し、相手を支配しようとする。理性が狂わされ冷静な時であればすることのない行動をとることもめずらしくない。

 そして人という存在は矛盾だらけで複雑だ。好きであるにもかかわらず意地悪をしてしまったり、愛して欲しいと素直にいえず逆に相手を嫌いだという。

 双方に愛があっても上手くいかない組み合わせもあれば、愛し過ぎるゆえに愛が醜いものへと形を変えてしまうこともある。

 そなたはまだ若い。恋や愛が素晴らしいものと思う気持ちが強いだろう。しかしルイ、恋愛は良くも悪くも非常に強い感情をひきおこす。それを上手く制御するのはむずかしい。

 人を愛することは生きていく上で大切ではあるが、それに縛られ囚われてはならない。

 愛は人が生きていくために必要なものの一つでしかない」

 ルイは祖父のいうことが分かる気はしたが、本当の意味で自分が理解したと思わなかった。

 十代の自分の経験などしれている。六十年以上生きている祖父からの言葉を理解できるほどの経験をしてきたなど嘘でもいえない。

 ルイは小さい時から婚約者候補と呼ばれる令嬢達とさまざまな形で交流し、最終的に三人の候補にしぼられた。

 どの令嬢を選ぶかによって権力の均衡に影響はでるが、王家に不都合をもたらすほどではなかった。

 そのためルイとの相性が決め手になるが、ルイはどの令嬢でもよいとしか思えなかった。

 見目だけでいえば華やかな容姿の侯爵令嬢が一番好ましかった。明るく社交的な性格も好ましい。しかしあからさまではないが爵位や容姿などで人を見下すような態度をとることがあった。

 王族は好悪の感情をあらわさないようにする必要がある。分かりやすいとまではいかないが、他人から読みとれるほど負の感情をみせることに不安があった。

 そのように考えると再従姉妹である公爵令嬢は王族としての事情をよく理解し気心もしれていた。そして頭脳とカリスマ性があった。

 周囲からは彼女が最終的に選ばれるだろうと評判が高かったが、祖母が懸念をしめした。

「カリスマ性があり頭がよいとなると、ルイのやることに彼女が納得できない場合、ルイの邪魔をしたり自分が実権をとろうとしかねません。

 そこまでいかなくても二人の関係において自分の思い通りにルイを動かそうとするような気がします」

 それに対し周囲は祖母の考え過ぎだという人と、祖母の懸念に賛同する人で意見が割れた。

 いまの時点では何の野心をもっていなくても、未来においてまでそうだとは誰もいえない。もし彼女が何らかの野心をいだいた時に、その野心を叶える力がある存在だといえた。

 そのため三人目の伯爵令嬢が一番無難といえた。伯爵家ではあるが権力も財力も十分だった。

 伯爵令嬢は三人の中で一番目立たない存在だが、それは二人よりも劣っているわけではなく、特に目立つものはないがすべてにおいて優秀だった。

「どの令嬢を選んでもよいといわれるのも面倒なものなのだなあ」

 幼馴染みがそのような感想をもらしルイは苦笑した。まさしく幼馴染みのいうとおりだった。

「勝手に婚約者を決められるのは嬉しくない。自分で選択できる余地があるのはありがたい。でも決めるために決定的なものがないのはどうしてよいのか迷って苦しい」

 そのようにルイがこぼすと、
「自分で選ぶとあとで文句もいえないしね。勝手に選ばれたなら選んだ人が悪いと言い訳できるよね」
といって幼馴染みが笑った。

 結婚し妻を持つということが本当のところどのようなものなのかよく分からないが、一生自分の家族として隣にいる人を選ぶのだ。じっくり考えるべきなのだろうということだけは分かった。

 ルイはふいに父が母を愛していなかったというのは、父の矛盾ではないかと思った。

 父が母を見るときの視線や表情は、妹や弟、そして自分の周囲にいる人達が、好きな人や愛する人に見せるものと同じだった。

 妹が好きになった歴史の教師にむけていた視線、弟が茶会で出会った令嬢を見ていた表情、侍女が夫にむけていた笑顔としぐさ、護衛が愛する女性にむけていた視線と見つめている時間の長さ。

 感情をあらわさないよう訓練しても、感情はにじみでてしまうものだとルイはしっている。とくに身近にいる人の感情は肌でかんじられる。

 父は母のことを愛していたはずだ。なぜ違うというのかは分からない。

 父に継母という愛人がいたことと関係があるのだろうか? 父は二人の女性を同時に愛したのだろうか? ――分からない。

 祖父は自身に愛人がいるとはいわなかったが、「愛人をもたなかった王などいない」という言い方をした。

 理想と現実がちがうことは知っている。もしかしたら自分も父のように妻だけでなく、愛人を持つようになるのだろうか。

 愛は自分を幸せにするのだろうか? その言葉がルイの頭をよぎった。
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