王室の光と華 真実の愛と影

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懐かしさ

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 王侯貴族の社交としてダンスがあり、人により得意不得意はあっても踊れない人はいない。

 王女であるリリアンも小さな頃からダンスを習い、体を動かすことが好きなこともありレッスンを受けつづけていた。

 オペラハウスのレセプション後から、母が後援しているサミュエルが週に一度リリアンの練習相手をすることになった。

 二人の踊っている姿を見た母がサミュエルに依頼した。

「あなた達が踊っている姿はとても美しくて、本当にうっとりするほど素敵だったのよ。ずっと見ていたいと思うほど」

 サミュエルがリリアンとはじめて練習する日に母は予定をあけ見に来た。

「人に教えたことがないので殿下にはご迷惑をおかけすると思います。ご容赦ください」

 サミュエルは踊っている時の堂々とした姿とはちがい、真面目でひっそりとした印象を与える話し方をしリリアンはなつかしさを覚えた。

 教えるのは上手くないといったサミュエルだが、パートナーと組んだ時にどのような動きをすれば相手と気持ちよく踊れるかを的確に教えた。

 ダンスでは女性がどのような動きをしようと美しく見えるよう、男性は木のようにどっしりとゆるがないことが大切だ。

 しかしお互いが踊っている中でつねにゆるがずにいられるわけではない。

 リリアンはこれまで多くの男性と踊ってきているが、サミュエルほど安心して踊ることができる相手はいないことにすぐに気付いた。

 サミュエルのホールドにまったく不安を感じず、リリアンがどのような動きをしても、たとえ間違った動きをしてもしっかりと支え、美しく見えるようにしてくれるという安心感があった。

 サミュエルは男性として平均的な身長で、整ってはいるがとくに目立つ容姿をしているわけではない。しかし踊っている時の真剣な表情には目をひかれた。

 母が時間があるとレッスンを見にきてはサミュエルにレッスンの後にお茶でもとさそうが、サミュエルは自分のレッスンがあるためすぐに去る。

「彼の話をいろいろと聞きたいのだけれども、彼の練習の邪魔をするわけにはいかないのが悩ましいわ」

 母がサミュエルの態度をみて笑った。

「リリアン、サミュエルが出場する大会に応援しに行くわよ」

 母が待ちきれないという顔をしてリリアンの予定をあけさせた。

「彼のパートナー、ダンスのテクニックは最高なのだけれども、すこし華に欠けるのよね。リリアンのような華やかさがあれば」

 サミュエルとリリアンが一緒に踊って以来、母は彼のパートナーの容姿についてくりかえし言うようになり、リリアンはパートナーに申し訳なく思っていた。

 パートナーの容姿にまったく問題はなく、ただ母の好みではないというだけのことだった。

 サミュエルとリリアンは容姿だけでなく身長差や並んだ時のバランスなど、母が理想とするダンスカップルの姿を体現しているらしい。

 もしリリアンにダンスの才能があれば、周りがどれほど反対しようと母はリリアンとサミュエルを組ませダンスをさせただろう。

 美しい踊りを見せるサミュエルとパートナーの姿をみていると、二人には恋人のような甘さがなく、どちらかといえばライバル同士が競い合っているように見えた。

 ダンスのカップルが恋人同士であるのはめずらしくないので意外だった。

 踊り終えた二人が手をつなぎダンスフロアからはけようとしているとサミュエルと目が合った。

 親しみのこもった笑みをみせ軽く頭をさげたサミュエルにリリアンはおどろいた。

 これまでサミュエルは礼儀正しい態度をくずすことはなく、とくに親しみを感じさせる様子を見せたことがなかった。

 リリアンは突然、なぜ自分がサミュエルになつかしさを感じるのかが分かった。レッスンの時に見せるサミュエルの姿がフェンシングを教えてくれた子爵令息に似ていた。

 年上で落ち着いた雰囲気の子爵令息はリリアンの憧れだった。師としてリリアンを甘やかすことなく指導してくれ、ほめる時に見せる笑顔や、レッスンの後にとりとめない話をしている時に見せる親しみやすさに胸が高鳴った。

 サミュエルが見せた笑顔は子爵令息を思い出させた。

 大会後、レセプションが始まるとすぐにサミュエルとパートナーが母とリリアンのところへ挨拶にきた。

「素晴らしかったわ。他のカップルと接触しそうになった時はひやりとしたけれども、二人とも上手くかわして何の影響もなくて本当によかった」

「ぶざまな姿をお見せすることなく終えることができ安心しました」

 母がパートナーと話をしていると、サミュエルがリリアンに「本日はお越しいただきありがとうございます」と笑顔でいった。

 いつになく温かさを感じる笑みにリリアンはどきりとした。

「本当に素晴らしかったです。自分の踊りのつたなさに赤面しました。もっと練習しなくてはいけませんね」

 リリアンの言葉にサミュエルが大きく表情をくずした。

「殿下、教える側にとって一番うれしいのは生徒の上達です。

 殿下の踊りが上達するのを見るたび、私がどれほどよろこびを感じているかご存じではないでしょう。

 殿下とのレッスンをいつも楽しみにしています」

 これまで母に頼まれ仕方なくリリアンの相手をしているとしか思えない態度だったサミュエルが、突然態度を変えたことにリリアンはどのように反応してよいのか分からなかった。

 挨拶にくる人が一段落したところで、母は友人たちとのおしゃべりを楽しんでいた。

 大会やダンサーについて話していたが、ひょんなことから料理人と駆け落ちをしたデイビス伯爵家の長女の話になっていた。

「若気の至りでしかないですが、身分のせいで大事になってしまい気の毒といえば気の毒なのですよね」

「本当に。彼女がごく普通の平民だったなら周囲の人達が多少迷惑をうけただけで済んだでしょう。

 だからこそ貴族子女には自覚が必要なのです。自分の行動が領民の生活に影響すると」

「若さだけでなく恋は周りを見えなくする。恋は盲目ですから。あなたにもそのような覚えがおありでしょう?」

 からかうような言葉に場が笑い声につつまれる。

「私にとって一番の謎はあの二人がどのように出会ったかですわ。料理長であればメニューについて相談したりと会うことはありますが、ただの料理人と会うことなどないでしょう?」

「言われてみればそうですわね。でも彼女がなぜ料理人にひかれたのかは手に取るように分かります。貴族の男性とはまったく違うところが新鮮で魅力的にうつったのでしょう」

「そうよね。若くてはじめての真剣な恋なら、身分や生まれ育った環境の違いなど簡単に越えられると思ってしまう。

 それに障害が大きければ大きいほど燃え上がるものですし」

 再び笑い声でさわがしくなった。

 駆け落ちをしたことを彼女はいまどのように考えているのだろう? ふとリリアンは彼女の気持ちを聞いてみたいと思った。
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