王室の光と華 真実の愛と影

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真実の愛とは

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 リリアンは王立オペラハウスのレセプションに出席していた。

 母の生国であるケイヤロ国の新大使がオペラ好きで、新大使就任の祝いと歓迎をあらわすため特別にひらかれたレセプションだった。

 オペラハウスは代々王妃が代表者をつとめることから、レセプションの余興のひとつとして母は自分のお気に入りのダンサーをよんでいた。

「久しぶりに彼の踊りを見ることができるわ」

 母は朝からそわそわしていた。

 出席者との挨拶が一段落つきリリアンがワインを口にしているとかすかなため息が聞こえた。

 ふり向くと侍女がはっとした顔になり「申し訳ございません」とあやまった。

「大丈夫なの? もし調子が悪いのであれば下がってもらっても問題はないわ」

 小声で指示をだすと「お気づかいありがとうございます。大丈夫ですので」とかしこまった。

「無理しなくてよいのよ」

「体調に問題はございません。ご無礼をお許しください」

 四歳年上の侍女はマナーが行き届いているので、このような場でため息をつくこと自体が彼女らしくなく、そのうえ他人行儀にあやまり何かがおかしいと思うものの、レセプションで個人的な話を聞くわけにはいかないので口を閉じた。

 ケイヤロ国の外交官に話しかけられ会話をしていると、

「まあ、デイビス伯爵家のお嬢さん、戻っていらしたのね。自分の知らぬ所で死んでくれていたらとデイビス伯爵は思われたのでは」

 とても意地の悪い声色で話された言葉が耳にはいった。

 リリアンは思わず聞き耳をたてた。

 外交官との話に集中しなくてはいけないが、どうしてもデイビス伯爵家のことが気になった。

 侍女の実家につらなる家で、侍女の従姉がデイビス伯爵家で働いていた料理人と駆け落ちをしている。

 イゴヌス国の前王太子が王位継承権を放棄し平民の女性と結ばれ真実の愛といわれるようになるまでは、デイビス伯爵家の長女の駆け落ちが身分を捨てつらぬいた愛として知られていた。

 聞こえてきた話からすると、どうやらデイビス伯爵の長女は、体を悪くした駆け落ち相手からこれ以上彼女に苦労をかけたくないと実家に帰るようにいわれ戻ってきたらしい。

 デイビス伯爵家は長女が駆け落ちをしたため家名に大きく傷をつけ、その結婚に伯爵領内で採掘できる鉱石の取引きが絡んでいたことから、長女の婚家となるはずだった子爵家との取引で不利な立場においやられた。

 その影響は全領民に大なり小なり波及した。

 それだけに伯爵家は娘が帰ってきたからと手放しで受け入れるわけにはいかず、隣国の親戚のもとへ娘を送ったという。

「真実の愛だなんていっても、しょせん一時の気の迷いでしかないのよね」

 馬鹿にした笑い声がした。

 貴族という立場を捨てつらぬいた愛。

 そのようにしてまで手に入れたいと思う愛とはどのようなものなのだろうとリリアンは思う。

 それはイゴヌス国前王太子の話を聞いたときにも思った。

 真実とよばれる愛は普通の愛と何がちがうのか?

 政略結婚をする王侯貴族が愛人をもつことは暗黙の了解として受け入れられている。愛する人と結婚はできなくても共に過ごすことは可能だ。

 イゴヌス前王太子は愛する平民女性を愛妾としてそばにおけばよかったのだ。そのようにすることが許される身だ。

 王位継承権を放棄し、国を追放されるようなことをする意味がリリアンには分からなかった。

 自分が背負うべき義務を果たし、地獄に落ちるのをいとわず愛する人と共にいることこそ真実の愛ではとリリアンは思っている。

 責任ある立場の人間が歯をくいしばってでもその責務をはたし、国教で不貞は地獄行きの罪であることから罪人とよばれてでも愛する人と共にいることを選ぶ。

 しかしそのような多くの自己犠牲の上になりたつ愛はまがいもののように思われる。

 責任を果たす国王と、責任を放棄する国王のどちらを王国民は望むのかと聞けば、責任を果たす国王というだろう。

 それにもかかわらず、その二つの選択に「真実の愛」という言葉が付け加えられると、とたんに人の判断が狂ってしまう。

 リリアンはなぜ責任を放棄し、ただ自分の欲をかなえようとすることが真実の愛ともてはやされるのかが分からなかった。

 ゴシップ好きの人達のおかげでなぜ侍女がいつもと様子がちがうのかが分かった。侍女はきっと従姉と親しかったのだろう。

 音楽が奏でられアナウンスがはいった。

「社交ダンス大陸大会で第三位になったカップルの踊りをお楽しみ下さい」

 ダンスフロアにあらわれた二人は場をすっと引き締め、すべての人の視線を自分たちにあつめた。

 音楽にあわせ自由自在に動く体。女性のスカートが花が咲くように美しい曲線をみせたことに目をうばわれた。

 男性がホールドをしているので女性が自由に動けると知ってはいるが、まるで男性パートナーが存在しないかのように気配を消し女性だけが美しく舞っているように見える。

 母がダンス好きでリリアンも母と一緒に社交ダンスの大会を何度か観に行っている。

 母はカップルの男性ダンサーを後援しており今日のレセプションを楽しみにしていた。

 男性ダンサーは男爵家の次男、サミュエルで母付きの侍女の縁者だった。母は彼の踊りを小さい時から気に入っていた。

 リリアンも何度かサミュエルと顔を合わせているので顔見知りで、母から活躍ぶりは聞いているが挨拶以上に話したことはない。

 二人の踊りがおわると会場にいる人達がそれぞれのパートナーと踊りはじめた。

 二人のダンサーは多くの人に囲まれていたが、サミュエルがパートナーをつれ母のもとへ挨拶をしにきた。

「いつ見てもため息しかでないほど素晴らしいわ」

 母が心からの賞賛をおくる。

 サミュエルたちの近況について母が聞いたあと

「サミュエル、今日はリリアンと踊ってもらえないかしら。足を痛めてしまい私は踊ることができないのよ」母は三日前に足の筋を痛めていた。

「光栄です」

 サミュエルが胸に手をあて母に礼をしたあと、リリアンをエスコートするために手を差しだした。

 初めて踊るにもかかわらずサミュエルはリリアンの踊りの癖を知っているかのようにサポートをしてくれ気持ちよく踊ることができた。

「リリアン殿下と踊ることができとても光栄でした」

 踊り終えたあとリリアンに礼をいう姿も自然でさまになっている。

 サミュエルがリリアンを母のもとまでエスコートすると、母が「二人で踊る姿は映画を見ているようだったわ」と興奮していた。

「本日はこのような晴れがましい場で踊る栄誉を与えて下さり、あらためて陛下のお心遣いに深く感謝申し上げます」

 サミュエルが母に深く礼をしたあと、さっとリリアンにも礼をすると、すぐにサミュエルと踊ろうと待ちかまえていた女性たちに囲まれていた。

「彼のパートナー、ダンスの技術は素晴らしいのだけれども華に欠けるのよね」

 母がサミュエルの姿を目で追いながらいった。
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