王室の光と華 真実の愛と影

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洗礼式

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 テリル国第二王女リリアンは、離宮のチャペルでおこなわれている王太子グロリアの第一子、ヒューバートの洗礼式に参列していた。

 グロリアは三か月前にヒューバートを出産した。

 王子の誕生に王国がわいた。

 男女で流れる血にかわりはなくても、王となる者は男子であるべきとされる。

 現国王には直系男子がいなかったことから姉が王子を生むことを皆が熱望していた。

 そのことを仕方ないとは思うものの苦い気持ちがこみあげる。

 王女しか生めなかったことを責められた母。

 王太子の責務を立派に果たしていても軽くみられがちな王太子の姉。

 女性だからといって王太子の責務が軽くなるわけでもない。それにもかかわらず姉が正当に評価されないことにリリアンは苛立ちを感じる。

 姉にせめて愛する人と結ばれ幸せになってほしかった。姉がアルフレッド王子と二人でたのしそうにしていた姿が心の中に焼きついている。

 姉が結婚し二年以上がたつが、姉がつかめたかもしれないアルフレッド王子との幸せをリリアンはどうしても考えてしまう。

 二人の結婚はどのようにあがいても不可能だった。しかしもし何かひとつでも状況がちがっていれば可能だったのでは、自分に出来たことがあったのではと未練たらしく思ってしまう。

 姉よりもリリアンの方がアルフレッド王子のことを引きずっているかもしれない。

 ヒューバートを抱いている姉は幸せそうだ。

 姉の夫、エギャス国第五王子、カルロ王子との関係は悪くないようで、狩猟好きのカルロ王子と一緒に銃をうつ練習をしたり、馬で遠乗りをしたりと共にすごすことが苦ではないようだった。

「写真をとるわよ」

 母に声をかけられ洗礼式に出席した全員がそろっての写真をとるために並んだ。姉が屈託のない笑顔をリリアンにむけた。

 姉のあのような笑顔をみるのは久しぶりだ。

 王族の女性として王子を生むことができたことに姉は胸をなでおろしているだろう。

「お姉さま、写真をとりおえたらヒューバートを抱っこしてもよいですか?」

「もちろんよ」姉が我が子を見つめながらこたえた。その視線のやわらかさに涙がこぼれそうになる。

 姉は現実を生きている。リリアンのように起こりえなかった過去の幻想を引きずってはいない。

 ヒューバートを抱っこし姉のような濃い水色の瞳をみていると血をかんじる。ヒューバートは姉と瞳が同じだけでなく光をまとう赤ん坊だった。

 いまでもはっきり思い出すことができる。リリアンが六歳の時に姉が光をまとう人だと気付いたことを。

 夏をすごす離宮で地域の人を招きガーデンパーティーをひらいた時に、招待客と話していた姉の体の周りが光っているように見えた。

 そのことを姉にいうと、たまたま光があたりそのように見えただけよと笑った。

 しかしその後も姉が光をまとっていると思うことが何度もあった。光が見えるのはリリアンだけではなかったようで、姉は王室の光とよばれるようになった。

 一時はまったく見えなくなってしまった姉の光がもどっている。そしてその光はヒューバートへと引きつがれていた。

「ヒューバートを独り占めしないでちょうだい」

 母がリリアンからヒューバートをとりあげた。

 しばらくヒューバートは姉のところには戻ってこないだろう。

「そういえばあなたの婚約者さがしが振り出しに戻ってしまったわね。本当に世の中何が起こるか分からないという言葉どおりね」

 姉がため息をついた。

「でもそのおかげで私のお相手を国内の貴族からえらぶ方向に戻せたのでよかったです」

 リリアンの結婚相手は姉を支えるため国内の貴族からえらぶ予定だったが、情勢がかわり国外の王族へ嫁ぐことになった。

 しかし婚約者となるはずだった王子が車の事故に巻きこまれ亡くなり話がながれた。

「人の死をよろこぶようなことを言うべきではないけれども、あなたがこの国にとどまれそうでほっとしているの」

「お父さまは状況が混乱しているあいだに早く国内の相手と結婚させようと考えていらっしゃるけど、皆が同じ考えではないので思うようにいくかは分かりませんが」

 大陸の国々は大きくゆらいではいないが、小さな問題は何かと起こっている。いつか小さな問題が導火線となり大きくゆらぐのではと心配されていた。

 状況が見通せないだけに、リリアンを他国に嫁がせるべきだという意見を無視することはできなかった。

 ヒューバートの泣き声がするので視線をそちらにむけると、カルロ王子がヒューバートをあやしていた。

 姉より二歳年下で初めて会った時はすこし頼りなさそうに見えたカルロ王子も、この国にきて二年以上がたちすっかり頼もしくなっていた。

「人たらし」とよばれるカルロ王子は自分に好意的でない人達もいつの間にか手なずけ、この国にすっかりとけこんでいた。

 カルロ王子が何をやってもヒューバートは泣き止まず、王子があきらめて乳母に甥をわたしたとたん泣き止んだ。

「赤ん坊の泣く、泣かないの基準がまったく分からないのよね。私がいくらあやしても駄目で、カルロが抱っこするとぴたりと泣き止んだりするのよ。

 でも今日はカルロの気分じゃないのか乳母が抱っこしたとたん泣き止んでいるし。

 ああ、そういえばあなたに抱っこされている時はヒューバートはいつも大人しいわよね。さすが王室の華だわ。あなたの美しさにヒューバートもうっとりしているのでしょうね」

 姉がおだやかな目をリリアンにむけた。

 姉が結婚してから離れて生活をしているので物理的な距離はできてしまったが、姉とこれまでと同じようにしっかりつながっていると感じる。

「あなたには誰よりも幸せになってほしい」

 姉がリリアンの視線をとらえていった。

「私の大切な妹を妻にできる男性は幸せね。容姿が美しいだけでなく心も美しい。

 私がこれまで何度あなたのように生まれたかったと思ったか知らないでしょう? あなたのように身も心も美しい女性に生まれたかったわ」

 無邪気な笑顔をみせる姉に抱きついた。

 美しいというお世辞はいやになるほど言われる。

 その言葉の裏にかくれている欲や妬みといった好ましくない感情がわずらわしいと思うことが多い。しかし姉の言葉にはそのような裏がまったくない。

 小さな頃は姉と自分に差をつけられることや、姉には許されるが自分には許されないことへの不満でいっぱいだった。

 しかし姉はいつもリリアンにやさしかった。それだけでなく姉はリリアンを傷つける人たちから守ってくれた。

 王女だからと誰もが礼儀正しい態度でやさしくしてくれるわけではない。姉はリリアンへ悪意をむける人を許さなかった。

 リリアンは姉がまとう光の美しさに胸がしめつけられる。

 この温かい光のそばにいれば大丈夫と心から安心できる。

 姉のそばにいられるよう、姉と遠くはなれることになる婚姻が二度と結ばれないようにしなくてはとリリアンは強く思った。
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