王室の光と華 真実の愛と影

Rj

文字の大きさ
上 下
17 / 17

光の侍女

しおりを挟む
「手紙を―― 私がグロリア殿下にさしあげた手紙を処分する必要があります」

 オーシャス国第三王子、アルフレッド殿下の言葉が行きつく場がなく部屋の中をただよっているような気がする。

 グロリア殿下とアルフレッド殿下はこれまで外交の場で顔を合わせることはあっても、個人的な話しをする機会をもつことはなかった。

 お二人の関係が終わりをむかえた後は、お互いの立場を考え適切な距離をとられていた。

 その状況を変えたのがアルフレッド殿下からの面会要請だった。

 オーシャス国とテリル国の協定のためアルフレッド殿下が交渉団の一員としてテリル国を訪問しており、お二人は昔なじみとしてなごやかに話をされていた。

「突然ぶしつけなお願いをすることをお許しください。グロリア殿下もご存じのとおりセオシエテ国王族の過去の手紙が大きな問題になりました。

 私が殿下にさしあげた手紙が政治に利用される可能性を封じる必要があります」

 グロリア殿下の様子をうかがうと、先ほどは何をいわれているのか理解できないという表情を一瞬うかべていたが、いまは状況を把握したとやわらかなほほえみを見せていた。

 グロリア殿下にお仕えして十年がたつ。グロリア殿下が王太子として国にとり一番必要な行動は何かをつねに考えていらっしゃることが分かる。

 アルフレッド殿下の言葉どおり、セオシエテ国で三十年前の内戦時に書かれた手紙が問題になっていた。

 その頃存命だった王族が隣国と通じ王位を奪おうとしていたことが、隣国の内通者が亡くなったことで遺品としてその手紙が公になり大きな醜聞になった。

 セオシエテ国では裏切り者はその王族だけではなく他にもいるのではと犯人さがしのような様相が強くなっているという。

 そのことがあり出来るだけ私信を処分した方がよいとアルフレッド殿下は考えたのだろう。

 ただの恋文が政争に使われる確率は高くはないだろうが、どこで何が飛び火するかは分からない。

 グロリア殿下とアルフレッド殿下のお二人が、もしあのまま結ばれていたならお芝居になりそうなみずみずしい恋だった。

 破れた恋とはいえこれまで大切な思い出として両殿下のなかで息づいていたはずだ。

「承知しました。いただいた手紙をまとめお渡しします。処分はそちらでしていただく形でよろしいのですよね?」

 緊張した面持ちだったアルフレッド殿下が目に見えて安心したようすを見せた。

「もちろんです。グロリア殿下よりいただいた手紙は持参しています」

「では交換ということで。手紙をまとめるのに二日いただけますか?」

 迷うことなく即座にグロリア殿下がいい、私信を処分するとお二人の間で了承がすんだ。

 その後は歌と音楽についての話がはずみ面会の時間がすぎた。

 アルフレッド殿下との面会をおえ次の予定にむかうグロリア殿下が、

「王太子などとたいそうな肩書きがあるのに、私信ひとつ自分の思い通りにできないのよね」といった後くすりと笑った。

「お父さまに私達の遺言に全私信を処分する指示を加えるよう提案すべきかしら?」

 グロリア殿下はすっきりとした表情をされていた。

 アルフレッド殿下との面会前はすこし緊張されていたが、すでにいつも通りのグロリア殿下だった。

「遺言に日記も処分するよう指示をいれた方がよさそうね」

 アルフレッド殿下との恋が終わった時に苦しまれたグロリア殿下だったが、いまはすっかり過去のこととして気持ちの整理がついていると分かる。

 逆にアルフレッド殿下はグロリア殿下に心を残しているように見えた。

 男性の方がロマンチストだという。国の事情で引き裂かれたお二人の恋が、まるでそのような恋が存在しなかったように葬られようとしていることにアルフレッド殿下は痛みを感じているように見えた。

 ふと「真実の愛」という言葉がうかんだ。

 お二人を引き裂く原因のひとつになったイゴヌス国前王太子と平民女性のその後を知る人は少ないだろう。

 イゴヌス国をゆるがせた前王太子と平民女性の真実の愛は、ひっそりとイゴヌス国と海をへだてた国で区切りがついていた。

 婚家がお二人が滞在している国とゆかりがあり、彼らの落ち着き先を用意した親戚からくわしい話を聞いた。

 王位継承権を放棄してまで貫いた愛と二人の恋物語をよろこんだイゴヌス国の人達も、そのせいで国がゆらぎ自分達の暮らしがおびやかされるようになると二人への評価を変えた。

「果たすべき責任から逃れた出来損ないの王太子」

「王太子をたぶらかし国を危機におとしいれた毒婦」

 そのように言われる前に国を出たのはお二人にとって幸いだっただろう。

 前王太子は王位継承権は放棄したとはいえイゴヌス国の第一王子であることに変わりはない。

 生国をこれ以上ゆらさないよう静かに暮らさなくてはならないと理解していても、前王太子には王太子として生きてきた誇りがあり、国外にいようと外交など国のためにできることをしようと考えていたようだった。

 しかしイゴヌス国はそのようなことを前王太子に求めていなかった。王太子としての責務を果たさないなら国に関わる必要はないという姿勢をつらぬいた。

 そして平民女性はごく普通に恋をし、少しの間王子から愛される恋物語の主人公気分を味わいたかっただけなのではという気がする。

 しかし彼女の知らないところで、王子が王太子の身分を捨て、国も捨てと、彼女が想像もできないことが進み呆然としていたという。

 前王太子も平民女性も言葉もろくに分からない異国で生きることになり「こんなはずでは」と何度もつぶやいたはずだ。

 それでもお二人の間にある愛は本物だったようで異国で助け合いながら、名ばかりとはいえ王族として暮らしているという。

 グロリア殿下がイゴヌス前王太子について、

「愛をつらぬいたというよりも、王太子としての責務から逃れるのに自身の恋を利用した気がする」と言われたことがある。

 前王太子は結婚にこだわらなければ平民女性をそばにおくことなど簡単にできた。王位継承権を放棄するといった面倒なことをする必要はまったくなかった。

 王太子という責務の重さを知るグロリア殿下であるからこそ、前王太子の隠れた気持ちに気付かれたのかもしれない。

 真実の愛とよばれるお二人の裏で、グロリア殿下の叶わなかった恋があったなど、彼らは一生知ることはないだろうと思うとやるせなさがこみ上げた。

「レセプションで久しぶりにアルフレッド殿下の歌声をきくことができてうれしかったのに、まさか手紙の処分を持ち出されるとは」

 グロリア殿下の声にかすかに切なさがにじんでいた。

 二人の王子に恵まれ第三子を妊娠中のグロリア殿下のまとう光はとてもやさしい。

 この光がテリル国を照らす。そのように心から信じることができることを王国民として幸せだと思った。


《了》






━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━







参考図書

Crawford, Marion, The little princesses : the story of the Queen's childhood, by her nanny
St. Martin's Press 2003

Glenconner, Anne, Lady in waiting : my extraordinary life in the shadow of the crown
Hachette Books, 2020

Morton, Andrew, Elizabeth & Margaret : the intimate world of the Windsor sisters
Grand Central Publishing, 2021

Morton, Andrew, 17 carnations : the royals, the Nazis and the biggest cover-up in history
Grand Central Publishing, 2015

Pasternak, Anna, The real Wallis Simpson : a new history of the American divorcée who became the Duchess of Windsor
Atria Books, 2019

Windsor, Edward, Duke of, A king's story : the memoirs of the Duke of Windsor
Putnam, 1951
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

hiyo
2024.09.14 hiyo

とても楽しく読ませて頂きました。
う~ん、何とも言えない読後感です。ただのハッピーエンドではない……

姉王女より少しは気楽に生きられそうな妹王女のほうが結果として幸せではない?
その人の生き方によって、価値観は多分人それぞれなのでしょう。
王族だと宗教上離婚は出来ないのかな?離婚してしまった方がスッキリとお互い幸せになれそうですが~

読ませて頂いて有難うございました。

解除

あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

【完結】1王妃は、幸せになれる?

華蓮
恋愛
サウジランド王国のルーセント王太子とクレスタ王太子妃が政略結婚だった。 側妃は、学生の頃の付き合いのマリーン。 ルーセントとマリーンは、仲が良い。ひとりぼっちのクレスタ。 そこへ、隣国の皇太子が、視察にきた。 王太子妃の進み道は、王妃?それとも、、、、?

【完結】白い結婚をした悪役令嬢は田舎暮らしと陰謀を満喫する

ツカノ
恋愛
「こんな形での君との婚姻は望んでなかった」と、私は初夜の夜に旦那様になる方に告げられた。 卒業パーティーで婚約者の最愛を虐げた悪役令嬢として予定通り断罪された挙げ句に、その罰としてなぜか元婚約者と目と髪の色以外はそっくりな男と『白い結婚』をさせられてしまった私は思う。 それにしても、旦那様。あなたはいったいどこの誰ですか? 陰謀と事件混みのご都合主義なふんわり設定です。

駆け落ちした姉に代わって、悪辣公爵のもとへ嫁ぎましたところ 〜えっ?姉が帰ってきた?こっちは幸せに暮らしているので、お構いなく!〜

あーもんど
恋愛
『私は恋に生きるから、探さないでそっとしておいてほしい』 という置き手紙を残して、駆け落ちした姉のクラリス。 それにより、主人公のレイチェルは姉の婚約者────“悪辣公爵”と呼ばれるヘレスと結婚することに。 そうして、始まった新婚生活はやはり前途多難で……。 まず、夫が会いに来ない。 次に、使用人が仕事をしてくれない。 なので、レイチェル自ら家事などをしないといけず……とても大変。 でも────自由気ままに一人で過ごせる生活は、案外悪くなく……? そんな時、夫が現れて使用人達の職務放棄を知る。 すると、まさかの大激怒!? あっという間に使用人達を懲らしめ、それからはレイチェルとの時間も持つように。 ────もっと残忍で冷酷な方かと思ったけど、結構優しいわね。 と夫を見直すようになった頃、姉が帰ってきて……? 善意の押し付けとでも言うべきか、「あんな男とは、離婚しなさい!」と迫ってきた。 ────いやいや!こっちは幸せに暮らしているので、放っておいてください! ◆小説家になろう様でも、公開中◆

【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」

仙桜可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。 「で、政略結婚って言われましてもお父様……」 優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。 適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。 それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。 のんびりに見えて豪胆な令嬢と 体力系にしか自信がないワンコ令息 24.4.87 本編完結 以降不定期で番外編予定

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

お飾りの妃なんて可哀想だと思ったら

mios
恋愛
妃を亡くした国王には愛妾が一人いる。 新しく迎えた若い王妃は、そんな愛妾に見向きもしない。

【完結】愛しい人、妹が好きなら私は身を引きます。

王冠
恋愛
幼馴染のリュダールと八年前に婚約したティアラ。 友達の延長線だと思っていたけど、それは恋に変化した。 仲睦まじく過ごし、未来を描いて日々幸せに暮らしていた矢先、リュダールと妹のアリーシャの密会現場を発見してしまい…。 書きながらなので、亀更新です。 どうにか完結に持って行きたい。 ゆるふわ設定につき、我慢がならない場合はそっとページをお閉じ下さい。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。