王室の光と華 真実の愛と影

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一番近くて一番遠い

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 夫の裏切りに向かいあうのに王女という身分など何の意味もなさない。

 苦しい。自分だけを愛してくれるはずの人が、自分以外の女性に愛をささやく。

 もしかしたら夫はリリアンの「王女」という身分に付いてくる物を得ようとしたのかもという疑いがうかぶ。

 夫との結婚の際に父が新たに伯爵家をつくり夫は伯爵位をえていた。

 王妃からの援助を考えればリリアンとの仲を深めることで、よりいっそうの後押しを得ようとしたのかもしれない。

 疑いだすときりがなかった。

 あからさまにこちらを利用しようとする人は避けやすい。しかしまったく利用しようとしているように見えない人ほどたちが悪かった。

 いつの間にか奥深く踏みこまれ判断がにぶってしまう。

 すべての公務をこなしたあと家にもどった。

 家に帰りたくなかったが、このままにしておくわけにはいかない問題が目の前にある。

 夫はちょうど汗をながしているところだったので、リリアンは着替えたあと気持ちを落ち着けるためにブランデーを口にした。

 香りをたのしんだあと口にふくむと、ほんのりとした甘さに胸にちりちりとした痛みをかんじた。

 何かの間違いであってほしいと思う自分に「現実から目をそらさない」と言う声がすかさずする。

 見間違えであってほしいと思う自分の弱さにため息がもれた。

 汗をながしさっぱりした夫は鼻歌にあわせステップを踏みながらあらわれ、リリアンを見てうれしそうな顔をした。

 リリアンの大好きな表情だ。少年のような幼さと、大人の男性としての精悍さがあった。

「お帰り。会えなくて寂しかった」

 座っていたリリアンをすくい上げるように体を持ち上げくるりと回った後にリリアンの体をおろし抱きしめた。

「愛してる」

 口づけようとする夫を反射的にさけた。

 おどろいた夫と視線が近距離でからむ。

「すこし話したいことがあるので座ってください」

 夫にソファーをすすめながらブランデーのグラスを手にとった。

「どうしたの? 機嫌がわるそうだけど。何かあった?」

 あなたのせいよと叫びたい衝動をブランデーを口にふくむことで押しとどめた。

「いつからなの? 新しいパートナーと体を重ねたでしょう?」

 夫はがく然とした表情をしたまま動きが固まっていた。

 二人の関係がどこまで進んでいるのかは分からないので夫をゆさぶるために一気に踏みこんだ。

「本当なの?」

 心の中でいったつもりだったが声にして言っていたようで、夫がとっさに「すまない」とあやまった。

 あやまられたことにリリアンは衝撃をうけた。

「何を言っているのか分からない」「何か勘違いをしていないか」といった言葉を期待していた。

 踊りの話をしていて道の真ん中であるにもかかわらず動きを確認していたと言い訳してほしかった。

 ひどい誤解だといってほしかった。

「どうして? あなたは私のことを愛してくれていると思っていました」

「愛しています。出会った時からずっとあなたのことを愛している」

「ではなぜ? なぜ私を裏切ったの?」

 サミュエルが沈黙した。まるで異国語を聞いたので理解ができないという顔をしている。

「裏切ってなどいない。あなたのことはこれまでとまったく変わらず愛している。あなたへの愛は本当にまったく変わっていない。

 新たに好きな人があらわれただけなんだ。あなたのことは心の底から愛している。私のあなたへの気持ちはまったく変わっていない」

 意味が分からなかった。

 配偶者以外の女性を好きになることが裏切りではないと言う夫と自分が、同じ言語を話しているように思えなかった。

「神の前で一生そいとげると誓ったではないですか」

「そうだよ。もちろんあなたとは一生そいとげるし、この世で一番愛しているのはあなただ」

「でしたら――」

「でも人を好きになるのは仕方がないことだろう? あなたもこの世で私だけを好きなわけでなく家族や友人など他に好きな人はいるじゃないか。

 それと同じことだよ。好きという気持ちはそういうものなんだよ」

 リリアンは夫のいう言葉が理解できなかった。

「あなたは私に彼女のことは不貞ではないと言いたいのかしら?」

 体をのけぞらせ、極端なほどおどろいた様子をみせた夫は「ただの好意だよ。好ましいと思う感情なだけだ」といった。

 夫が恋や愛というものにどのような考えを持っているのかこれまで聞いたことがなかったことに、リリアンはようやく思い至った。

 好きという感情にしたがうことが不貞にならないと思っている夫に何といってよいのかリリアンは分からなかった。

「あなたが何を言っているのかまったく理解できません。結婚した夫婦が、配偶者以外の異性と恋をするのも体を重ねるのも裏切りです。

 彼女のことを愛していると言われた方がまだ理解できたわ」

 リリアンは衝撃が大きすぎ、自分が何を考えているのか、何を言っているのかもよく分からなくなっていた。

 これ以上夫と話をすれば怒りで自分を見失いそうだった。

 リリアンはすこし考えたいことがあるので先に休んでほしいと夫婦の寝室をあとにした。

 まさか自分の夫が不貞を不貞とも思わず恋をたのしむ男性だったと知りめまいがした。

 前パートナーとのことはリリアンと出会う前のことで、よくある若気の至りと深く考えなかったが、夫はあの時から変わっていないのだろう。

 恋をするとその気持ちのまま行動する。自分や相手に恋人や婚約者、配偶者がいようと関係がない。

 夫に前パートナー以外に恋人だった女性が数人いるが、彼女たちとの付き合いはとくに問題がなかったようで調査でくわしく触れられていない。しかし別れるきっかけとしてこのようなことがあったのかもしれない。

 リリアンは夫と同じ空気を吸うのもいやだった。両親の家に行こうかと思ったが夜中だ。

 護衛がくるのを待つのが面倒なので護衛をつけず両親の所へ行こうかと思ったが、王族として誘拐や暗殺の危険はつねにあるため油断すべきではなかった。

 客室のベッドの上に体を投げだすと笑いがこみあげた。

「まさかこんなことになるなんて」

 ほとばしるような情熱をダンスにむける姿が好ましかった。

 ダンスを踊っている時とはちがい普段はひっそりと落ち着いた、それでいてどこか少年のような雰囲気をもつところがかわいかった。

 大切にされ愛されていると実感できることがうれしかった。

 考えてみればダンサーは俳優と同じで演じる人達だ。夫は踊りの振り付けにこめられた役を演じるのが上手いからこそ大会で良い成績をのこしている。

「だまされたわけではないけれども……」

 胸に鋭い痛みをかんじた。

「愛し愛され幸せになったと思ったけれども、つかんだ幸せはまぼろしだったのかもしれない」

 リリアンは自分自身を笑いながら、どこかで分かっていたことを、これまで見ないようにしていたことを見ているような気がした。
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