王室の光と華 真実の愛と影

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気持ちが動く

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 公務が長引きサミュエルとのレッスンに遅れていたリリアンは急いで着替えるとレッスン場へむかった。

 レッスン場へはいるとサミュエルは自分で音楽を口ずさみながら練習していた。その真剣な表情にダンスへの情熱があふれていてリリアンは美しいと思った。

 リリアンの姿に気付いたサミュエルが二十五歳の男性というよりも十五歳の少年のようなあどけない笑顔を見せかわいらしかった。

 サミュエルはリリアンに好意を見せるようになったとはいえ、教える立場であることから節度を保っていた。

「叶わぬ思いを持つべきではないと自分を律していましたが、殿下のお人柄を知れば知るほど気持ちがつのり抑えきれなくなりました。

 殿下にふさわしいといえるものが何もない身でおこがましいと承知しています。

 このように殿下に自分の気持ちを押しつけること自体が不敬だと心得ているのですが、それでもお伝えせずにいられなくなりました」

 はじめて気持ちを伝えられた時はとまどい、困ったという気持ちが大きかった。

 しかしサミュエルはそれ以降はとくに言葉で気持ちを伝えることはなく、好意をしめす態度も控え目だった。

 これまでリリアンは多くの男性に好意を向けられてきた。時には過剰すぎる好意を向けられ、公務先にまであらわれつきまとわれることもあった。

 それだけに強引さを見せないサミュエルの態度にほっとし、気持ちを向けられることへのとまどいもいつの間にかなくなった。

 遅れたことをリリアンがわびると、

「殿下がここにいらっしゃる。それで十分です」サミュエルがやさしい目を向けこたえた。

 リリアンは胸の中に温かいものが流れこんだような気がした。

「踊っていただけますか? 私の騎士」

 リリアンの言葉にサミュエルの目が見開かれた。

「私のことを――リリアン殿下の騎士とよんでくださるのですか?

 殿下のお気持ちは私と同じだとおっしゃっているのですか? 私のことを好ましく思って下さっていると。お側にいることを許して下さると」

 リリアンがうなずくと、サミュエルがひざまずきリリアンの手をとった。

「リリアン殿下を守る騎士としてお側においてください」

 サミュエルがリリアンの手の甲に口づけたあと、いきおいよく立ち上がったかと思うとリリアンの体をしっかりホールドし、うれしさを爆発させたようにぐるぐると回りはじめた。

「お気をつけください!」

 侍女の大声がし、サミュエルは自分が何をしていたのかに気付くと、回転しているあいだ宙にういていたリリアンの足が床につくようそっとおろした。

「すみません。うれしすぎて体が勝手に動いてしまって」

 しょんぼりとした顔をしたサミュエルがかわいくリリアンは声をたてて笑った。






 サミュエルと気持ちを通じあわせてからは、リリアンはレッスンのたびにどきどきすることが増えた。

 サミュエルが振り付けのように見せかけリリアンを抱きしめることがあった。

 あからさまなことをすると周りから注意を受けるので過度なことはしないが、それでもダンスの振り付けではなくサミュエルが自分の気持ちを伝えようとリリアンに触れることがふえた。

 母はリリアンとサミュエルの関係の変化にすぐに気付き、もし結婚ということになればという話をした。

「私としてはまったく反対はないわ。派閥のバランス的にも問題はないでしょうし。

 ただあなたとの結婚を望む貴族は多いので妨害されるでしょうね。サミュエルがあなたの夫としてふさわしくないという流れを作ろうとするはず。

 トレバー男爵家が所属する派閥のトップに調整をお願いする必要がありそうね」

 母はすっかり具体的なことまで考えていた。

「ひとつ気になるのはサミュエルと前パートナーとの噂ね。サミュエルはこれまであなたに何か話したかしら?」

「いいえ。そのようなことは何も」

 母が考えるような顔をしたあと、

「彼だけでなくトレバー男爵家周辺を調べることになる。

 その時に前パートナーとの噂についてもきっちり調べます。そのような調査の結果ではなく、サミュエル本人の口から何があったのかを聞いた方がよいと思う。

 彼がどのように説明するかと調査の結果で彼の人柄も見えてくるものだし」といった。

 母は人から注目をあびない形でリリアンがサミュエルと会えるよう親しい友人を招き晩さん会をひらいた。

 食事の後リリアンはサミュエルに前パートナーについて聞くことにした。

「少し気になる話を聞いたので直接あなたから話を聞ければと思って」

 リリアンの言葉にそれまで笑顔だったサミュエルの表情がくもった。

 このまま何も聞かず知らないふりをしたい。過去を変えることはできないのだから。

 しかし王女として王家の瑕疵になることかを確かめなくてはいけなかった。

「あなたの前パートナーのことを教えてもらいたいの。二人の間でもめごとがあったと聞きました」

 サミュエルが歯をくいしばるように口を引き結んだあと、

「リリアン殿下にお恥ずかしい話をお聞かせし申し訳ございません」とあやまった。

 リリアンはゆっくり息をすい心の準備をした。

「前パートナーとは恋人ではありませんでしたが、お互い好ましい気持ちはありました。でも彼女には婚約者がいたのでダンスのパートナー以上の気持ちを持たないよう気をつけていました。

 ……超えるべきではない線を越えてしまいました。そのことを知った彼女の婚約者が激怒し問題になりました」

 リリアンは膝のうえで組んでいた手をぎゅっと握り直した。

「リリアン殿下、前パートナーとは過ちがありましたが、現パートナーとはまったくそのようなことはありません。

 ダンスのパートナーとしてお互い尊重していますが、それ以外の感情はどちらも持っていません。本当です。信じていただけないかもしれませんが」

 リリアンの視線をしっかりとらえサミュエルが言い切った。嘘をついているようには見えない。

「前パートナーへの気持ちはもうないのですか?」

 はじかれたようにサミュエルが顔をあげると「まったくありません。あの時すべてを精算しています」といった。

 リリアンは王女としていつも冷めた部分をもっていた。

 感情にのみこまれず王女として正しい行動をとることができるように。

 サミュエルの言葉を信じたいが、「彼の言った通りなのか確認しなくてはいけない」という声がする。

 彼についてすでに調査は始められている。

「人を慕う気持ちをコントロールするのはむずかしいものです。事情は理解しました。

 話しにくいことを教えてくださりありがとうございます」

 サミュエルがあわてるようにリリアンの前でひざまずいた。

「私のことを嫌いになりましたか? もう顔も見たくありませんか?」

「――そのようなことはありませんが、少し考えることができました」

 サミュエルがリリアンの膝のうえにおかれた両手をすくうように握ると、頭をさげ自分の額を押し当てた。

「殿下、どうかおろかな私をお許し下さい。あなたに嫌われては生きていけません」

 リリアンは許しを乞う男の頭をぼんやり見つめた。
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