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変わりつつあるもの
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「真実の愛などとふざけたことを」
グロリアが父と共に公務で訪問した先から車で王宮へ移動していると、父が突然、吐きすてるような独り言をもらした。
グロリアがおどろき父の顔をみると、グロリアの視線に気づいた父が「イゴヌス国のことだ」といい一拍おいたあと言葉をついだ。
「極秘だがイゴヌス国の前王太子の誘拐計画があったが事前につぶされたという報告があった。セオシエテ国がイゴヌス国の反国王派に手を貸そうと前王太子の誘拐を画策していたようだ」
「……誘拐未遂ではなく計画そのものをつぶしたのですよね?」
「そうだ。隣国の王族が偶然計画を知りイゴヌス国王に知らせたので計画をつぶすことができた」
父がふ―と長く息をはいた音が車内にひびいた。
平民女性との愛をつらぬくために王位継承権を放棄し結ばれ、真実の愛とよばれるイゴヌス前王太子の周辺は時間がたつにつれきな臭さがましていた。
前王太子と平民女性は国外追放をうけイゴヌス国と海でへだたれた国へ移住していた。
二代前に王位継承でもめイゴヌス国は不安定になったが、現国王のもと一度は落ち着きを取り戻していた。
しかし真実の愛が仕組まれたものなのか、ただの偶発なのかは分からないが、前王太子が王位継承権を放棄したことから再び国がゆらいでいた。
そのことをイゴヌス国はかくしているが周辺の国々がさまざまな思惑から情報収集と画策を活発にしていた。
「下手をすればイゴヌス国だけでなく周辺国もゆらぐ。とはいえ打てる手は限られている。
イゴヌスだけでなく隣国も面倒なことになっている。隣国の王家と議会の対立をやわらげるために議会を分裂させようと工作しているが助けになるのかは分からない」
時代がめまぐるしく変わり国王という立場も変わってきている。
人の手を必要とせず大量に物を作ることができる機械ができ、馬を必要としない乗り物が発明され、遠くの人と実際に会うことなく話すことができる電話がつくられ世の中が大きく変わった。
これまで簡単に手に入らなかったものが簡単に手に入るようになり、出来ないと思われていたことが出来るようになった。
そのような変化は人の生活と意識を変えた。
セオシエテ国の隣国では王制を廃止する革命がおこり、その余波は大陸全体におよんでいる。
王制を廃止した革命では多くの血がながれた。そのため他の国々では急激に体制を変えるのではなく、国王の権限を少しづつそぐ形でゆるやかに権力の移行を進めようとしていた。
テリル国も国王の権限が着実にそがれつづけている。
「お父さま、このような時こそこれまで王族が他国の王族ときずいてきた姻戚関係がいかされるのではないですか? 国王ならではの人脈があります」
父がほほえんだことに安心したが、父が何もいわないことに不安がつのる。
姻戚関係が良い方向へ働くこともあれば、悪い方向へ働くこともある。父の沈黙は悪い方向へうごく可能性が大きいということだろう。
「打てるべき手はすべて打つ。それしか出来ることはない」
父はおだやかにいったあと話をかえた。
「アルフレッド王子が士官学校の夏期休暇にオーシャス国に帰るのかを聞いているか?」
「帰らずにこちらで外交の手伝いをするそうです」
「そうか。では夏をすごす離宮に王子を招こう。この夏はたのしくなりそうだな」
父の言葉にグロリアはほっとする。
アルフレッド王子との関係について父にはっきり話したことはないが、二人が良い関係をきずいていることを周囲から聞いているはずだ。
すでにアルフレッド王子を王配として迎えられるかの調査をはじめているかもしれない。
テリル国とオーシャス国の間でとくに大きな障害となる問題はないはずだ。
グロリアはアルフレッド王子との将来を思いうかべ自然と笑みがこぼれた。好きな人と結ばれる。そのような未来があるかもしれないと気持ちがはずむ。
食事をしたあと妹とおしゃべりをたのしんでいると、
「お姉さま、オーシャス国の外交官がアルフレッド王子のハミングがこのところ愛の歌ばかりだといってましたよ。きっとお姉さまのことを考えていらっしゃるのでしょうね」
妹がグロリアをからかった。
「お姉さまがお幸せそうなのはうれしいですが、とっても妬けます。これまでずっとお姉さまのお側にいたのは私だったのに」さびしそうにうつむいたあと話をつづけた。
「アルフレッド王子のことを大切に思われるのは仕方ありませんが、私のことを忘れないでくださいね。お姉さまの一番の味方は私です。
アルフレッド王子にお姉さまをうばわれるようで本当はちょっぴり王子に意地悪をしたくなりますが、がんばって気持ちをおさえているのですよ。
ちゃんと感じよくアルフレッド王子と接していることをほめてください、お姉さま」
そのように言ったあと、かわいらしくほほえんだ妹にあらがえる人などこの世にいないだろう。妹を強く抱きしめていた。
いつも自分のとなりにいてくれる大切な妹。
たとえアルフレッド王子が王配となっても、この世の中でグロリアのことをもっとも理解し支えてくれるのは妹だと思っている。
それは逆も同じで妹のことを理解し、妹の一番の支えになれるのは自分だと自負している。妹にもっとも近い存在はグロリアだ。
その立場をゆるがす存在があらわれたなら心穏やかではいられないだろう。妹に好きな人があらわれればグロリアもきっと相手に嫉妬する。
妹は王室の華だ。いつも多くの男性に囲まれている。
しかし妹はフェンシングを教えてくれた子爵令息以上に心をひかれる男性とは出会っていない。
グロリアの結婚が決まれば、次はリリアンの番だと求婚が殺到するだろう。
これまで意識したことはなかったが、好きな人ができることや結婚をすることで姉妹の関係が変わるとはじめて意識した。
王族の教育は国王が選ぶ教師が王宮で教えるので、貴族子女のように寄宿学校へいくことはない。
そのためグロリアにとってリリアンは、妹であり、学友であり、そして親友だった。
結婚をすれば妹とはちがう場所に住み、離ればなれの生活になると思い至り動揺した。
お互い結婚し、新しい家族をつくる。姉妹の絆はつづいていくがこれまでと形が変わる。
ふいにイゴヌス前王太子のことが頭にうかんだ。
――もしアルフレッド王子が平民だったら。
イゴヌス前王太子のように身分を捨て彼をえらぶだろうか? 王族として生きてきたすべてを捨て彼との愛をえらぶだろうか?
きっとアルフレッド王子に出会う前なら、迷わず王太子という身分を捨てるなどありえないと言い切っただろう。
しかし今は身分を捨てること、国を捨てることなどできないと思いながらも、愛する人をえらびたいという気持ちがわき上がる。
自分がこのような迷いを持つなど考えもしなかった。
迷いは弱さだ。王族は弱さをみせてはいけない。
愛する人のそばにいたい。その気持ちが迷いを生み弱さとなる。
愛は人を強くもさせるが、弱くもさせるのだとグロリアは初めて知った。
グロリアが父と共に公務で訪問した先から車で王宮へ移動していると、父が突然、吐きすてるような独り言をもらした。
グロリアがおどろき父の顔をみると、グロリアの視線に気づいた父が「イゴヌス国のことだ」といい一拍おいたあと言葉をついだ。
「極秘だがイゴヌス国の前王太子の誘拐計画があったが事前につぶされたという報告があった。セオシエテ国がイゴヌス国の反国王派に手を貸そうと前王太子の誘拐を画策していたようだ」
「……誘拐未遂ではなく計画そのものをつぶしたのですよね?」
「そうだ。隣国の王族が偶然計画を知りイゴヌス国王に知らせたので計画をつぶすことができた」
父がふ―と長く息をはいた音が車内にひびいた。
平民女性との愛をつらぬくために王位継承権を放棄し結ばれ、真実の愛とよばれるイゴヌス前王太子の周辺は時間がたつにつれきな臭さがましていた。
前王太子と平民女性は国外追放をうけイゴヌス国と海でへだたれた国へ移住していた。
二代前に王位継承でもめイゴヌス国は不安定になったが、現国王のもと一度は落ち着きを取り戻していた。
しかし真実の愛が仕組まれたものなのか、ただの偶発なのかは分からないが、前王太子が王位継承権を放棄したことから再び国がゆらいでいた。
そのことをイゴヌス国はかくしているが周辺の国々がさまざまな思惑から情報収集と画策を活発にしていた。
「下手をすればイゴヌス国だけでなく周辺国もゆらぐ。とはいえ打てる手は限られている。
イゴヌスだけでなく隣国も面倒なことになっている。隣国の王家と議会の対立をやわらげるために議会を分裂させようと工作しているが助けになるのかは分からない」
時代がめまぐるしく変わり国王という立場も変わってきている。
人の手を必要とせず大量に物を作ることができる機械ができ、馬を必要としない乗り物が発明され、遠くの人と実際に会うことなく話すことができる電話がつくられ世の中が大きく変わった。
これまで簡単に手に入らなかったものが簡単に手に入るようになり、出来ないと思われていたことが出来るようになった。
そのような変化は人の生活と意識を変えた。
セオシエテ国の隣国では王制を廃止する革命がおこり、その余波は大陸全体におよんでいる。
王制を廃止した革命では多くの血がながれた。そのため他の国々では急激に体制を変えるのではなく、国王の権限を少しづつそぐ形でゆるやかに権力の移行を進めようとしていた。
テリル国も国王の権限が着実にそがれつづけている。
「お父さま、このような時こそこれまで王族が他国の王族ときずいてきた姻戚関係がいかされるのではないですか? 国王ならではの人脈があります」
父がほほえんだことに安心したが、父が何もいわないことに不安がつのる。
姻戚関係が良い方向へ働くこともあれば、悪い方向へ働くこともある。父の沈黙は悪い方向へうごく可能性が大きいということだろう。
「打てるべき手はすべて打つ。それしか出来ることはない」
父はおだやかにいったあと話をかえた。
「アルフレッド王子が士官学校の夏期休暇にオーシャス国に帰るのかを聞いているか?」
「帰らずにこちらで外交の手伝いをするそうです」
「そうか。では夏をすごす離宮に王子を招こう。この夏はたのしくなりそうだな」
父の言葉にグロリアはほっとする。
アルフレッド王子との関係について父にはっきり話したことはないが、二人が良い関係をきずいていることを周囲から聞いているはずだ。
すでにアルフレッド王子を王配として迎えられるかの調査をはじめているかもしれない。
テリル国とオーシャス国の間でとくに大きな障害となる問題はないはずだ。
グロリアはアルフレッド王子との将来を思いうかべ自然と笑みがこぼれた。好きな人と結ばれる。そのような未来があるかもしれないと気持ちがはずむ。
食事をしたあと妹とおしゃべりをたのしんでいると、
「お姉さま、オーシャス国の外交官がアルフレッド王子のハミングがこのところ愛の歌ばかりだといってましたよ。きっとお姉さまのことを考えていらっしゃるのでしょうね」
妹がグロリアをからかった。
「お姉さまがお幸せそうなのはうれしいですが、とっても妬けます。これまでずっとお姉さまのお側にいたのは私だったのに」さびしそうにうつむいたあと話をつづけた。
「アルフレッド王子のことを大切に思われるのは仕方ありませんが、私のことを忘れないでくださいね。お姉さまの一番の味方は私です。
アルフレッド王子にお姉さまをうばわれるようで本当はちょっぴり王子に意地悪をしたくなりますが、がんばって気持ちをおさえているのですよ。
ちゃんと感じよくアルフレッド王子と接していることをほめてください、お姉さま」
そのように言ったあと、かわいらしくほほえんだ妹にあらがえる人などこの世にいないだろう。妹を強く抱きしめていた。
いつも自分のとなりにいてくれる大切な妹。
たとえアルフレッド王子が王配となっても、この世の中でグロリアのことをもっとも理解し支えてくれるのは妹だと思っている。
それは逆も同じで妹のことを理解し、妹の一番の支えになれるのは自分だと自負している。妹にもっとも近い存在はグロリアだ。
その立場をゆるがす存在があらわれたなら心穏やかではいられないだろう。妹に好きな人があらわれればグロリアもきっと相手に嫉妬する。
妹は王室の華だ。いつも多くの男性に囲まれている。
しかし妹はフェンシングを教えてくれた子爵令息以上に心をひかれる男性とは出会っていない。
グロリアの結婚が決まれば、次はリリアンの番だと求婚が殺到するだろう。
これまで意識したことはなかったが、好きな人ができることや結婚をすることで姉妹の関係が変わるとはじめて意識した。
王族の教育は国王が選ぶ教師が王宮で教えるので、貴族子女のように寄宿学校へいくことはない。
そのためグロリアにとってリリアンは、妹であり、学友であり、そして親友だった。
結婚をすれば妹とはちがう場所に住み、離ればなれの生活になると思い至り動揺した。
お互い結婚し、新しい家族をつくる。姉妹の絆はつづいていくがこれまでと形が変わる。
ふいにイゴヌス前王太子のことが頭にうかんだ。
――もしアルフレッド王子が平民だったら。
イゴヌス前王太子のように身分を捨て彼をえらぶだろうか? 王族として生きてきたすべてを捨て彼との愛をえらぶだろうか?
きっとアルフレッド王子に出会う前なら、迷わず王太子という身分を捨てるなどありえないと言い切っただろう。
しかし今は身分を捨てること、国を捨てることなどできないと思いながらも、愛する人をえらびたいという気持ちがわき上がる。
自分がこのような迷いを持つなど考えもしなかった。
迷いは弱さだ。王族は弱さをみせてはいけない。
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