王室の光と華 真実の愛と影

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再会のハミング

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 グロリアは国王の父と共に新しい海軍施設の落成式に参加していた。

 国王が軍のトップであることから王族男子は士官学校にはいり兵役につくことが義務になっている。

 王族女子にそのような義務はないため、将来国王となるグロリアは積極的に軍とのつながりを持つ機会をつくる必要があり同行する。

「私も行きたいです!」

 妹が父に自分も同行したいといったが許可されなかった。

「お姉さまだけずるい。私も王女として国の重要施設を知っておく必要があるはずです」

 妹は父を説得できずぷりぷりしていた。真剣に怒っているのになぜか甘やかさをかんじる妹の姿がほほえましい。

「ここのところ王宮にこもって勉強ばかりさせられてつまらない。私もお姉さまと一緒に公務に行きたい」

 グロリアも妹がいてくれる方が何かと気が楽なので一緒に行きたいが、次期国王のグロリアの立場を考えてのことなので個人的な感情を押し通すわけにはいかない。

「お姉さまが行ってしまわれると寂しいけれど、おとなしくお留守番しています」妹がしおれた様子で見送ってくれた。

 軍関係者が礼装で父とグロリアを迎える。グロリアは背筋をのばし、やわらかな笑みをうかべた。

 制服をきた男性が乱れなく並ぶ姿を見るたびに、国を守るという覚悟を目の当たりにしているようでグロリアは「国」を意識させられる。

 式典をおえ父と施設を見学していると、愛国の歌のハミングがかすかに聞こえた。

 音がする方をみると靴ひもを結びなおしている士官学校の制服をきた学生がいた。

 靴ひもを結びおえ立ち上がろうとした時に小脇にかかえていた帽子を落としあわてている。

 帽子をひろい汚れをはたいている学生と目があった。

 グロリアは思わず声をあげそうになったが、かろうじてこらえ会釈した。

 オーシャス国第三王子、アルフレッド王子だった。

 アルフレッド王子もグロリアに会釈すると足早に去って行った。グロリアはその姿を目で追った。

 アルフレッド王子に会うのは、王子が海軍士官学校に入学するためテリル国に到着したと王宮に挨拶に来た時以来だ。

 あれから一か月しかたっていないが、ずいぶん日がたってしまったような気がする。

 レセプションで顔を合わせるのは分かっていたが、不意打ちのようにアルフレッド王子をみかけ胸の鼓動がはやまった。

 見学をおえレセプションで喉をうるおしていると、海軍の合唱隊による演奏がはじまった。

 合唱隊のなかにアルフレッド王子がいた。先ほど王子がハミングしていた愛国の歌がながれる。王子が靴ひもを結びなおしていた姿が目にうかび思わずふふっと笑いがもれた。

「再びお目にかかることができ光栄です」

 アルフレッド王子が合唱のあとグロリアのもとへ挨拶にきた。

「アルフレッド殿下の歌声をきく機会に恵まれ幸運でした。靴ひもを直していらっしゃる時にハミングしていた曲もありましたね」

 アルフレッド王子が顔をほころばせ笑った。

「ハミングをしている時に音程がずれていなかったと思いたいですが」

 アルフレッド王子と歌や音楽の話をたのしんでいると、王子とグロリアに挨拶をしにくる人達がひっきりなしにあらわれたが、それらの人達もまじえ王子との会話がつづいた。

「そういえばイゴヌス国の王太子にセオシエテ国の人間がすり寄ってるらしい。

 セオシエテ国が王太子をハニートラップにかけ、平民との真実の愛などとふざけた話で王位継承権を放棄させイゴヌス国をかく乱しようとしていると聞いた」

 グロリアの近くで話をしている海軍中将の声が聞こえた。

 イゴヌス国の王太子の真実の愛についての噂はテリル国内でもあっという間に広がった。真実の愛をたたえる芝居がイゴヌス国ではやり、その芝居をまねたものがテリル国でも人気になっていた。

 真実の愛という言葉にうかれる民衆とは対照的に、国の中枢ではイゴヌス国の現状がくずれると微妙なバランスで成り立っている大陸の国々の関係が大きく変わる可能性があり緊張していた。

「それよりも気になるのは隣国の動きだ。カリスマ性のある男がケイヤロ国の議会をまとめあげようとしていて、このまま放っておくと王制を廃止しようと暴走するかもしれない」

 グロリアは従兄の結婚式で会った伯父一家、ケイヤロ王家に思いをはせた。隣国の王家と議会が対立しているのは聞いていたが状況が大きく変わろうとしていることは知らなかった。

 母の生国である隣国がゆらげばテリル国への影響が大きい。

「それもイゴヌス国が関係しているかもしれない。イゴヌス国と隣国が先代時代にむすん――」

 グロリアはひそかに二人の話に聞き耳を立てていたが、

「グロリア殿下、そろそろ次の予定が」侍女が退出を知らせにきた。

 侍女の存在に気付いたアルフレッド王子が、

「グロリア殿下、もしご迷惑でなければお手紙をさしあげても? 先ほど話していた歌曲についてくわしい情報をお伝えしたいので」といった。

「もちろんです。たのしみにしています」

 アルフレッド王子が笑顔になり、グロリアはその笑顔をまともに見られないほどの恥ずかしさをおぼえたが、王女として全力をふりしぼりほほえみ返した。

 父と一緒にレセプションを去りながら、グロリアは敬礼をしているアルフレッド王子の姿を目の端にとらえた。

「アルフレッド殿下は見かけによらずたくましいようだ。新入生いじめにも毅然と立ち向かっていると聞いた」

 車よりも馬車を好む父と海軍施設にちかい離宮へ馬車で移動していると、父がアルフレッド王子の海軍士官学校での話をはじめた。

「新入生いじめ? そのようなことがあるのですか? それも他国の王族に対してでは問題になるのでは」

 グロリアがおどろいて問い返すと父が声をたてて笑った。

「軍の訓練に身分など何の意味もない。私もここぞとばかりにやられた」

「お父さまは名や身分を変えて士官学校に入ったのですよね? まさか周りは未来の国王と知りながらお父さまをいじめたわけではないのですよね?」

 父がかすかに笑ったあと、

「名も身分もちゃんと明言してある。学生の間はただの見習いだ。殿下呼びなどされず名だけで呼ばれる。他の生徒達と同じ扱いだ」といった。

「さすがに卒業後は王太子という身分から、すぐにたいそうな役職名を与えられ危険な任務にたずさわることはなかったがな」

 騎士道精神を守り秩序を大切にする軍で、いじめがあるなどグロリアはこれまで考えもしなかった。

「――私が知らないことは多いのですね」

「そういうものだ、グロリア。これから王太子として知りたくもないことを知ることが多くなる」

 父はそのように言うとグロリアを見つめた。
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