2 / 17
再会のハミング
しおりを挟む
グロリアは国王の父と共に新しい海軍施設の落成式に参加していた。
国王が軍のトップであることから王族男子は士官学校にはいり兵役につくことが義務になっている。
王族女子にそのような義務はないため、将来国王となるグロリアは積極的に軍とのつながりを持つ機会をつくる必要があり同行する。
「私も行きたいです!」
妹が父に自分も同行したいといったが許可されなかった。
「お姉さまだけずるい。私も王女として国の重要施設を知っておく必要があるはずです」
妹は父を説得できずぷりぷりしていた。真剣に怒っているのになぜか甘やかさをかんじる妹の姿がほほえましい。
「ここのところ王宮にこもって勉強ばかりさせられてつまらない。私もお姉さまと一緒に公務に行きたい」
グロリアも妹がいてくれる方が何かと気が楽なので一緒に行きたいが、次期国王のグロリアの立場を考えてのことなので個人的な感情を押し通すわけにはいかない。
「お姉さまが行ってしまわれると寂しいけれど、おとなしくお留守番しています」妹がしおれた様子で見送ってくれた。
軍関係者が礼装で父とグロリアを迎える。グロリアは背筋をのばし、やわらかな笑みをうかべた。
制服をきた男性が乱れなく並ぶ姿を見るたびに、国を守るという覚悟を目の当たりにしているようでグロリアは「国」を意識させられる。
式典をおえ父と施設を見学していると、愛国の歌のハミングがかすかに聞こえた。
音がする方をみると靴ひもを結びなおしている士官学校の制服をきた学生がいた。
靴ひもを結びおえ立ち上がろうとした時に小脇にかかえていた帽子を落としあわてている。
帽子をひろい汚れをはたいている学生と目があった。
グロリアは思わず声をあげそうになったが、かろうじてこらえ会釈した。
オーシャス国第三王子、アルフレッド王子だった。
アルフレッド王子もグロリアに会釈すると足早に去って行った。グロリアはその姿を目で追った。
アルフレッド王子に会うのは、王子が海軍士官学校に入学するためテリル国に到着したと王宮に挨拶に来た時以来だ。
あれから一か月しかたっていないが、ずいぶん日がたってしまったような気がする。
レセプションで顔を合わせるのは分かっていたが、不意打ちのようにアルフレッド王子をみかけ胸の鼓動がはやまった。
見学をおえレセプションで喉をうるおしていると、海軍の合唱隊による演奏がはじまった。
合唱隊のなかにアルフレッド王子がいた。先ほど王子がハミングしていた愛国の歌がながれる。王子が靴ひもを結びなおしていた姿が目にうかび思わずふふっと笑いがもれた。
「再びお目にかかることができ光栄です」
アルフレッド王子が合唱のあとグロリアのもとへ挨拶にきた。
「アルフレッド殿下の歌声をきく機会に恵まれ幸運でした。靴ひもを直していらっしゃる時にハミングしていた曲もありましたね」
アルフレッド王子が顔をほころばせ笑った。
「ハミングをしている時に音程がずれていなかったと思いたいですが」
アルフレッド王子と歌や音楽の話をたのしんでいると、王子とグロリアに挨拶をしにくる人達がひっきりなしにあらわれたが、それらの人達もまじえ王子との会話がつづいた。
「そういえばイゴヌス国の王太子にセオシエテ国の人間がすり寄ってるらしい。
セオシエテ国が王太子をハニートラップにかけ、平民との真実の愛などとふざけた話で王位継承権を放棄させイゴヌス国をかく乱しようとしていると聞いた」
グロリアの近くで話をしている海軍中将の声が聞こえた。
イゴヌス国の王太子の真実の愛についての噂はテリル国内でもあっという間に広がった。真実の愛をたたえる芝居がイゴヌス国ではやり、その芝居をまねたものがテリル国でも人気になっていた。
真実の愛という言葉にうかれる民衆とは対照的に、国の中枢ではイゴヌス国の現状がくずれると微妙なバランスで成り立っている大陸の国々の関係が大きく変わる可能性があり緊張していた。
「それよりも気になるのは隣国の動きだ。カリスマ性のある男がケイヤロ国の議会をまとめあげようとしていて、このまま放っておくと王制を廃止しようと暴走するかもしれない」
グロリアは従兄の結婚式で会った伯父一家、ケイヤロ王家に思いをはせた。隣国の王家と議会が対立しているのは聞いていたが状況が大きく変わろうとしていることは知らなかった。
母の生国である隣国がゆらげばテリル国への影響が大きい。
「それもイゴヌス国が関係しているかもしれない。イゴヌス国と隣国が先代時代にむすん――」
グロリアはひそかに二人の話に聞き耳を立てていたが、
「グロリア殿下、そろそろ次の予定が」侍女が退出を知らせにきた。
侍女の存在に気付いたアルフレッド王子が、
「グロリア殿下、もしご迷惑でなければお手紙をさしあげても? 先ほど話していた歌曲についてくわしい情報をお伝えしたいので」といった。
「もちろんです。たのしみにしています」
アルフレッド王子が笑顔になり、グロリアはその笑顔をまともに見られないほどの恥ずかしさをおぼえたが、王女として全力をふりしぼりほほえみ返した。
父と一緒にレセプションを去りながら、グロリアは敬礼をしているアルフレッド王子の姿を目の端にとらえた。
「アルフレッド殿下は見かけによらずたくましいようだ。新入生いじめにも毅然と立ち向かっていると聞いた」
車よりも馬車を好む父と海軍施設にちかい離宮へ馬車で移動していると、父がアルフレッド王子の海軍士官学校での話をはじめた。
「新入生いじめ? そのようなことがあるのですか? それも他国の王族に対してでは問題になるのでは」
グロリアがおどろいて問い返すと父が声をたてて笑った。
「軍の訓練に身分など何の意味もない。私もここぞとばかりにやられた」
「お父さまは名や身分を変えて士官学校に入ったのですよね? まさか周りは未来の国王と知りながらお父さまをいじめたわけではないのですよね?」
父がかすかに笑ったあと、
「名も身分もちゃんと明言してある。学生の間はただの見習いだ。殿下呼びなどされず名だけで呼ばれる。他の生徒達と同じ扱いだ」といった。
「さすがに卒業後は王太子という身分から、すぐにたいそうな役職名を与えられ危険な任務にたずさわることはなかったがな」
騎士道精神を守り秩序を大切にする軍で、いじめがあるなどグロリアはこれまで考えもしなかった。
「――私が知らないことは多いのですね」
「そういうものだ、グロリア。これから王太子として知りたくもないことを知ることが多くなる」
父はそのように言うとグロリアを見つめた。
国王が軍のトップであることから王族男子は士官学校にはいり兵役につくことが義務になっている。
王族女子にそのような義務はないため、将来国王となるグロリアは積極的に軍とのつながりを持つ機会をつくる必要があり同行する。
「私も行きたいです!」
妹が父に自分も同行したいといったが許可されなかった。
「お姉さまだけずるい。私も王女として国の重要施設を知っておく必要があるはずです」
妹は父を説得できずぷりぷりしていた。真剣に怒っているのになぜか甘やかさをかんじる妹の姿がほほえましい。
「ここのところ王宮にこもって勉強ばかりさせられてつまらない。私もお姉さまと一緒に公務に行きたい」
グロリアも妹がいてくれる方が何かと気が楽なので一緒に行きたいが、次期国王のグロリアの立場を考えてのことなので個人的な感情を押し通すわけにはいかない。
「お姉さまが行ってしまわれると寂しいけれど、おとなしくお留守番しています」妹がしおれた様子で見送ってくれた。
軍関係者が礼装で父とグロリアを迎える。グロリアは背筋をのばし、やわらかな笑みをうかべた。
制服をきた男性が乱れなく並ぶ姿を見るたびに、国を守るという覚悟を目の当たりにしているようでグロリアは「国」を意識させられる。
式典をおえ父と施設を見学していると、愛国の歌のハミングがかすかに聞こえた。
音がする方をみると靴ひもを結びなおしている士官学校の制服をきた学生がいた。
靴ひもを結びおえ立ち上がろうとした時に小脇にかかえていた帽子を落としあわてている。
帽子をひろい汚れをはたいている学生と目があった。
グロリアは思わず声をあげそうになったが、かろうじてこらえ会釈した。
オーシャス国第三王子、アルフレッド王子だった。
アルフレッド王子もグロリアに会釈すると足早に去って行った。グロリアはその姿を目で追った。
アルフレッド王子に会うのは、王子が海軍士官学校に入学するためテリル国に到着したと王宮に挨拶に来た時以来だ。
あれから一か月しかたっていないが、ずいぶん日がたってしまったような気がする。
レセプションで顔を合わせるのは分かっていたが、不意打ちのようにアルフレッド王子をみかけ胸の鼓動がはやまった。
見学をおえレセプションで喉をうるおしていると、海軍の合唱隊による演奏がはじまった。
合唱隊のなかにアルフレッド王子がいた。先ほど王子がハミングしていた愛国の歌がながれる。王子が靴ひもを結びなおしていた姿が目にうかび思わずふふっと笑いがもれた。
「再びお目にかかることができ光栄です」
アルフレッド王子が合唱のあとグロリアのもとへ挨拶にきた。
「アルフレッド殿下の歌声をきく機会に恵まれ幸運でした。靴ひもを直していらっしゃる時にハミングしていた曲もありましたね」
アルフレッド王子が顔をほころばせ笑った。
「ハミングをしている時に音程がずれていなかったと思いたいですが」
アルフレッド王子と歌や音楽の話をたのしんでいると、王子とグロリアに挨拶をしにくる人達がひっきりなしにあらわれたが、それらの人達もまじえ王子との会話がつづいた。
「そういえばイゴヌス国の王太子にセオシエテ国の人間がすり寄ってるらしい。
セオシエテ国が王太子をハニートラップにかけ、平民との真実の愛などとふざけた話で王位継承権を放棄させイゴヌス国をかく乱しようとしていると聞いた」
グロリアの近くで話をしている海軍中将の声が聞こえた。
イゴヌス国の王太子の真実の愛についての噂はテリル国内でもあっという間に広がった。真実の愛をたたえる芝居がイゴヌス国ではやり、その芝居をまねたものがテリル国でも人気になっていた。
真実の愛という言葉にうかれる民衆とは対照的に、国の中枢ではイゴヌス国の現状がくずれると微妙なバランスで成り立っている大陸の国々の関係が大きく変わる可能性があり緊張していた。
「それよりも気になるのは隣国の動きだ。カリスマ性のある男がケイヤロ国の議会をまとめあげようとしていて、このまま放っておくと王制を廃止しようと暴走するかもしれない」
グロリアは従兄の結婚式で会った伯父一家、ケイヤロ王家に思いをはせた。隣国の王家と議会が対立しているのは聞いていたが状況が大きく変わろうとしていることは知らなかった。
母の生国である隣国がゆらげばテリル国への影響が大きい。
「それもイゴヌス国が関係しているかもしれない。イゴヌス国と隣国が先代時代にむすん――」
グロリアはひそかに二人の話に聞き耳を立てていたが、
「グロリア殿下、そろそろ次の予定が」侍女が退出を知らせにきた。
侍女の存在に気付いたアルフレッド王子が、
「グロリア殿下、もしご迷惑でなければお手紙をさしあげても? 先ほど話していた歌曲についてくわしい情報をお伝えしたいので」といった。
「もちろんです。たのしみにしています」
アルフレッド王子が笑顔になり、グロリアはその笑顔をまともに見られないほどの恥ずかしさをおぼえたが、王女として全力をふりしぼりほほえみ返した。
父と一緒にレセプションを去りながら、グロリアは敬礼をしているアルフレッド王子の姿を目の端にとらえた。
「アルフレッド殿下は見かけによらずたくましいようだ。新入生いじめにも毅然と立ち向かっていると聞いた」
車よりも馬車を好む父と海軍施設にちかい離宮へ馬車で移動していると、父がアルフレッド王子の海軍士官学校での話をはじめた。
「新入生いじめ? そのようなことがあるのですか? それも他国の王族に対してでは問題になるのでは」
グロリアがおどろいて問い返すと父が声をたてて笑った。
「軍の訓練に身分など何の意味もない。私もここぞとばかりにやられた」
「お父さまは名や身分を変えて士官学校に入ったのですよね? まさか周りは未来の国王と知りながらお父さまをいじめたわけではないのですよね?」
父がかすかに笑ったあと、
「名も身分もちゃんと明言してある。学生の間はただの見習いだ。殿下呼びなどされず名だけで呼ばれる。他の生徒達と同じ扱いだ」といった。
「さすがに卒業後は王太子という身分から、すぐにたいそうな役職名を与えられ危険な任務にたずさわることはなかったがな」
騎士道精神を守り秩序を大切にする軍で、いじめがあるなどグロリアはこれまで考えもしなかった。
「――私が知らないことは多いのですね」
「そういうものだ、グロリア。これから王太子として知りたくもないことを知ることが多くなる」
父はそのように言うとグロリアを見つめた。
84
お気に入りに追加
140
あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

【完結】1王妃は、幸せになれる?
華蓮
恋愛
サウジランド王国のルーセント王太子とクレスタ王太子妃が政略結婚だった。
側妃は、学生の頃の付き合いのマリーン。
ルーセントとマリーンは、仲が良い。ひとりぼっちのクレスタ。
そこへ、隣国の皇太子が、視察にきた。
王太子妃の進み道は、王妃?それとも、、、、?

【完結】白い結婚をした悪役令嬢は田舎暮らしと陰謀を満喫する
ツカノ
恋愛
「こんな形での君との婚姻は望んでなかった」と、私は初夜の夜に旦那様になる方に告げられた。
卒業パーティーで婚約者の最愛を虐げた悪役令嬢として予定通り断罪された挙げ句に、その罰としてなぜか元婚約者と目と髪の色以外はそっくりな男と『白い結婚』をさせられてしまった私は思う。
それにしても、旦那様。あなたはいったいどこの誰ですか?
陰謀と事件混みのご都合主義なふんわり設定です。

駆け落ちした姉に代わって、悪辣公爵のもとへ嫁ぎましたところ 〜えっ?姉が帰ってきた?こっちは幸せに暮らしているので、お構いなく!〜
あーもんど
恋愛
『私は恋に生きるから、探さないでそっとしておいてほしい』
という置き手紙を残して、駆け落ちした姉のクラリス。
それにより、主人公のレイチェルは姉の婚約者────“悪辣公爵”と呼ばれるヘレスと結婚することに。
そうして、始まった新婚生活はやはり前途多難で……。
まず、夫が会いに来ない。
次に、使用人が仕事をしてくれない。
なので、レイチェル自ら家事などをしないといけず……とても大変。
でも────自由気ままに一人で過ごせる生活は、案外悪くなく……?
そんな時、夫が現れて使用人達の職務放棄を知る。
すると、まさかの大激怒!?
あっという間に使用人達を懲らしめ、それからはレイチェルとの時間も持つように。
────もっと残忍で冷酷な方かと思ったけど、結構優しいわね。
と夫を見直すようになった頃、姉が帰ってきて……?
善意の押し付けとでも言うべきか、「あんな男とは、離婚しなさい!」と迫ってきた。
────いやいや!こっちは幸せに暮らしているので、放っておいてください!
◆小説家になろう様でも、公開中◆

【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」
仙桜可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。
「で、政略結婚って言われましてもお父様……」
優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。
適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。
それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。
のんびりに見えて豪胆な令嬢と
体力系にしか自信がないワンコ令息
24.4.87 本編完結
以降不定期で番外編予定

婚約者様。現在社交界で広まっている噂について、大事なお話があります
柚木ゆず
恋愛
婚約者様へ。
昨夜参加したリーベニア侯爵家主催の夜会で、私に関するとある噂が広まりつつあると知りました。
そちらについて、とても大事なお話がありますので――。これから伺いますね?


【完結】愛しい人、妹が好きなら私は身を引きます。
王冠
恋愛
幼馴染のリュダールと八年前に婚約したティアラ。
友達の延長線だと思っていたけど、それは恋に変化した。
仲睦まじく過ごし、未来を描いて日々幸せに暮らしていた矢先、リュダールと妹のアリーシャの密会現場を発見してしまい…。
書きながらなので、亀更新です。
どうにか完結に持って行きたい。
ゆるふわ設定につき、我慢がならない場合はそっとページをお閉じ下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる