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王女の宿命
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「グロリア、お前の婚約が決まった」
すべてが終わった。
アルフレッド王子がオーシャス国へ帰国してからイゴヌス国や隣国の状況はじわじわと悪くなっていった。
非公式の交渉が周辺国でつづいたが状況は行き詰まった。
その状況を大きく変えるためオーシャス国王がアルフレッド王子とイゴヌス国第三王女との婚姻を決め、イゴヌス国の現体制を支えることにした。
そして隣国の状況をおさえられるよう隣国をはさみ向かい側にあるエギャス国の第五王子とグロリアの婚姻が決まった。
「承知いたしました」
その一言をどうにかしぼりだしグロリアは父の執務室をはなれた。
覚悟していたとはいえ、アルフレッド王子との未来が完全に失われたことへのやるせなさでどうにかなりそうだった。
「馬を。いますぐ馬を用意して」自室へ向かいながら護衛に命じた。
「おそれながら出来かねます。雨がふっております」といわれ頭に血がのぼった。
「王太子の命令をなぜ聞けない? お願いしているのではない。命令している。今すぐ馬を用意しなさい」
護衛がひざまずいた。
「グロリア殿下、おそれながら御身の安全のためです。馬にとっても安全ではありません」
護衛はグロリアが馬を大切にしていることを知っている。だからこそ不敬を承知であえて馬の安全という言葉を加えたことが分かる。
「……どうして私には許されないの? どうして馬を乗るという簡単なことが許されないの?」
「殿下。どうかご理解を」
侍女の声がした。頭をさげているので侍女の顔は見えないが声がかすかにふるえていた。
「これほどささいな―― 馬に乗るということさえ許されない。
このようなことになるなら自分の好きなように生きればよかった。わがままだ、横暴だ、国が滅びるといわれても好き勝手にすればよかった。
馬にのりたい。いますぐ用意をしなさい」
誰もグロリアの言葉に反応しなかった。
「私をお連れ下さい。私が命をかけて殿下をお守りします」
侍女がいつにない大きな声でいった。その声の硬さに彼女の覚悟があらわれていた。
「いけません。殿下の御身の安全にあなたの命など何の意味もない。そもそもあなたに何の責任がとれるというのだ」
護衛が侍女をきびしくいさめた。
心から頼りにしていた護衛をはじめて憎いと思った。
彼の冷静な態度がグロリアの気持ちを逆なでる。
「あなた達にとって私は、息をして生きているだけでよいのよね。問題をおこさず息さえしていればそれでよいのよね。
お望み通りそのようにするわ」
これ以上取り乱し醜態をさらすわけにはいかない。
「部屋へもどります」
グロリアは自室へはいるまで何も考えず足を動かすことだけに集中した。
王女に、王太子にうまれたいなど一度も願ったことはない。自分だけに許されることよりも、他の人達には許されるが自分には許されないことの方がはるかに多い。
「なぜ私は王女にうまれてしまったの」
愛する人と幸せになりたかった。
国のため、仕えてくれる臣下のため、王国民のためということを考える必要のない生き方をしたかった。
「夢を……叶うことのない夢をみてしまった。国のために結婚する身である王女がみるべきではない夢を」
窓をたたきつける雨音が部屋の中にひびいた。
テリル国王太子グロリアと、エギャス国第五王子カルロの婚約はすみやかに結ばれた。
国のために結婚するのは王女としての宿命だ。そのことを忘れたことはない。しかしグロリアの心は重かった。
カルロ王子との結婚は半年後に決まった。
「できることならお前の望みを叶えてやりたかった」
父のその一言にグロリアは救われた。父の愛をかんじた。
その後カルロ王子が顔合わせをかね外交使節としてテリル国を訪問した。
「ようやくお会いすることができました」
人懐こい笑みをみせたカルロ王子は、グロリアより二歳年下で少年のような無邪気さがあった。
両親をまじえ雑談をおえたあと二人で庭園を散策した。
「こういうのって照れますよね。何度経験しても慣れません」
人をまったく警戒させずに、すっと人のふところにはいるさまが妹と似ている。
「私に関する基本的な情報はご存じですよね。私のことで何かお知りになりたいことはありますか?」
「では遠慮なく。カルロ殿下はこの婚約にご不満はありませんか?」
「不満?」
「幼馴染みと婚約されていたと聞いています。思い合っていらしたのではないですか?」
ああ、と納得するような表情をしたあとカルロ王子は大きな笑みをみせた。
「幼馴染みなので仲が良かったのはたしかです。でも政略としての婚約です。さびしさはありますが身を引き裂かれるようなといった種類の思いはありません。
それにグロリア殿下との婚約は私に新しい世界をみせてくれます。不満などまったくありません」
「新しい世界――ですか」
「はい。国の頂点に立つということが、どのようなものかを見ることができるのです。
私は第五王子です。そして末子でもあります。家族にとって私は愛玩犬のようなものでとてもかわいがってもらいました。
その立場はとても楽で、第一王子に生まれなくて本当によかったと思っていました」カルロ王子がたのしそうにいう。
「親子であっても公の場では両親に頭をさげます。つまり王太子である兄に将来頭をさげることになります。
そのことに不満はまったく持っていません。ただ一生そのような立場だと思っていました。
しかしグロリア殿下との結婚で私の立場が変わります。グロリア殿下と結婚したあと私は王太子である兄に頭を下げなくてよい身分になるのです」
カルロ王子が何を言おうとしているのかが見えた。王位継承者とそうではない王族は流れる血に変わりはないが、周りからの扱いが大きく変わる。
「これまで王位を狙ったことなどないですし、いまもまったく狙っていませんが、人が権力を求める気持ちがすこし分かりました。自分より立場が上の人間がいない。爽快です」
カルロ王子が顔をくしゃりとさせ笑った。
「誤解して頂きたくないのですが、私は本当に王位に興味はありません。王配として決して出しゃばることなくグロリア殿下を支えます。
初対面で信じていただくのは難しいでしょうが腹黒いことはまったく考えていませんので」
カルロ王子が満面の笑みをうかべたあとつづけた。
「国王になる人の数は多くありません。それも女王となると本当に少ない。
つまり女王の王配になる男性はとてもめずらしいのです。これを幸運といわず、何を幸運というのでしょう」
おどけたようにいうカルロ王子に悪意は感じられなかった。
「カルロ殿下が腹黒かどうかは分かりませんが、ご家族に愛玩犬のようにかわいがられたといった意味が分かる気がします」
カルロ王子が気持ちよい笑い声をたてたあと、
「グロリア殿下、政略結婚とはいえ出来れば友好的な関係をつくることができればと思っています。
憎み合い、嫌い合っているのに公の場では仲がよい演技をするのも大変だと思いますので。
グロリア殿下も同じお考えであるとよいのですが」といった。
政略結婚は生理的に嫌悪をおぼえ近寄りたくない相手であろうと、顔も見たくないほど憎み合う相手であろうと添いとげなくてはならない。
グロリアはカルロ王子の態度から憎み合うことにはならないように思えた。
すべてが終わった。
アルフレッド王子がオーシャス国へ帰国してからイゴヌス国や隣国の状況はじわじわと悪くなっていった。
非公式の交渉が周辺国でつづいたが状況は行き詰まった。
その状況を大きく変えるためオーシャス国王がアルフレッド王子とイゴヌス国第三王女との婚姻を決め、イゴヌス国の現体制を支えることにした。
そして隣国の状況をおさえられるよう隣国をはさみ向かい側にあるエギャス国の第五王子とグロリアの婚姻が決まった。
「承知いたしました」
その一言をどうにかしぼりだしグロリアは父の執務室をはなれた。
覚悟していたとはいえ、アルフレッド王子との未来が完全に失われたことへのやるせなさでどうにかなりそうだった。
「馬を。いますぐ馬を用意して」自室へ向かいながら護衛に命じた。
「おそれながら出来かねます。雨がふっております」といわれ頭に血がのぼった。
「王太子の命令をなぜ聞けない? お願いしているのではない。命令している。今すぐ馬を用意しなさい」
護衛がひざまずいた。
「グロリア殿下、おそれながら御身の安全のためです。馬にとっても安全ではありません」
護衛はグロリアが馬を大切にしていることを知っている。だからこそ不敬を承知であえて馬の安全という言葉を加えたことが分かる。
「……どうして私には許されないの? どうして馬を乗るという簡単なことが許されないの?」
「殿下。どうかご理解を」
侍女の声がした。頭をさげているので侍女の顔は見えないが声がかすかにふるえていた。
「これほどささいな―― 馬に乗るということさえ許されない。
このようなことになるなら自分の好きなように生きればよかった。わがままだ、横暴だ、国が滅びるといわれても好き勝手にすればよかった。
馬にのりたい。いますぐ用意をしなさい」
誰もグロリアの言葉に反応しなかった。
「私をお連れ下さい。私が命をかけて殿下をお守りします」
侍女がいつにない大きな声でいった。その声の硬さに彼女の覚悟があらわれていた。
「いけません。殿下の御身の安全にあなたの命など何の意味もない。そもそもあなたに何の責任がとれるというのだ」
護衛が侍女をきびしくいさめた。
心から頼りにしていた護衛をはじめて憎いと思った。
彼の冷静な態度がグロリアの気持ちを逆なでる。
「あなた達にとって私は、息をして生きているだけでよいのよね。問題をおこさず息さえしていればそれでよいのよね。
お望み通りそのようにするわ」
これ以上取り乱し醜態をさらすわけにはいかない。
「部屋へもどります」
グロリアは自室へはいるまで何も考えず足を動かすことだけに集中した。
王女に、王太子にうまれたいなど一度も願ったことはない。自分だけに許されることよりも、他の人達には許されるが自分には許されないことの方がはるかに多い。
「なぜ私は王女にうまれてしまったの」
愛する人と幸せになりたかった。
国のため、仕えてくれる臣下のため、王国民のためということを考える必要のない生き方をしたかった。
「夢を……叶うことのない夢をみてしまった。国のために結婚する身である王女がみるべきではない夢を」
窓をたたきつける雨音が部屋の中にひびいた。
テリル国王太子グロリアと、エギャス国第五王子カルロの婚約はすみやかに結ばれた。
国のために結婚するのは王女としての宿命だ。そのことを忘れたことはない。しかしグロリアの心は重かった。
カルロ王子との結婚は半年後に決まった。
「できることならお前の望みを叶えてやりたかった」
父のその一言にグロリアは救われた。父の愛をかんじた。
その後カルロ王子が顔合わせをかね外交使節としてテリル国を訪問した。
「ようやくお会いすることができました」
人懐こい笑みをみせたカルロ王子は、グロリアより二歳年下で少年のような無邪気さがあった。
両親をまじえ雑談をおえたあと二人で庭園を散策した。
「こういうのって照れますよね。何度経験しても慣れません」
人をまったく警戒させずに、すっと人のふところにはいるさまが妹と似ている。
「私に関する基本的な情報はご存じですよね。私のことで何かお知りになりたいことはありますか?」
「では遠慮なく。カルロ殿下はこの婚約にご不満はありませんか?」
「不満?」
「幼馴染みと婚約されていたと聞いています。思い合っていらしたのではないですか?」
ああ、と納得するような表情をしたあとカルロ王子は大きな笑みをみせた。
「幼馴染みなので仲が良かったのはたしかです。でも政略としての婚約です。さびしさはありますが身を引き裂かれるようなといった種類の思いはありません。
それにグロリア殿下との婚約は私に新しい世界をみせてくれます。不満などまったくありません」
「新しい世界――ですか」
「はい。国の頂点に立つということが、どのようなものかを見ることができるのです。
私は第五王子です。そして末子でもあります。家族にとって私は愛玩犬のようなものでとてもかわいがってもらいました。
その立場はとても楽で、第一王子に生まれなくて本当によかったと思っていました」カルロ王子がたのしそうにいう。
「親子であっても公の場では両親に頭をさげます。つまり王太子である兄に将来頭をさげることになります。
そのことに不満はまったく持っていません。ただ一生そのような立場だと思っていました。
しかしグロリア殿下との結婚で私の立場が変わります。グロリア殿下と結婚したあと私は王太子である兄に頭を下げなくてよい身分になるのです」
カルロ王子が何を言おうとしているのかが見えた。王位継承者とそうではない王族は流れる血に変わりはないが、周りからの扱いが大きく変わる。
「これまで王位を狙ったことなどないですし、いまもまったく狙っていませんが、人が権力を求める気持ちがすこし分かりました。自分より立場が上の人間がいない。爽快です」
カルロ王子が顔をくしゃりとさせ笑った。
「誤解して頂きたくないのですが、私は本当に王位に興味はありません。王配として決して出しゃばることなくグロリア殿下を支えます。
初対面で信じていただくのは難しいでしょうが腹黒いことはまったく考えていませんので」
カルロ王子が満面の笑みをうかべたあとつづけた。
「国王になる人の数は多くありません。それも女王となると本当に少ない。
つまり女王の王配になる男性はとてもめずらしいのです。これを幸運といわず、何を幸運というのでしょう」
おどけたようにいうカルロ王子に悪意は感じられなかった。
「カルロ殿下が腹黒かどうかは分かりませんが、ご家族に愛玩犬のようにかわいがられたといった意味が分かる気がします」
カルロ王子が気持ちよい笑い声をたてたあと、
「グロリア殿下、政略結婚とはいえ出来れば友好的な関係をつくることができればと思っています。
憎み合い、嫌い合っているのに公の場では仲がよい演技をするのも大変だと思いますので。
グロリア殿下も同じお考えであるとよいのですが」といった。
政略結婚は生理的に嫌悪をおぼえ近寄りたくない相手であろうと、顔も見たくないほど憎み合う相手であろうと添いとげなくてはならない。
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