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文化祭 3
しおりを挟むあれからかなりのお客様を脅かした。男性が逃げてしまうパターンはあれ以降なかった。女性が腰を抜かしたり、いい感じにイチャついたりと人それぞれだった。男だけで来た客にはあまり驚かれなかった。
「宮岡」
待機場所で名前を呼ばれて後ろを振り向くとジェイソンの仮面を被った生徒が手に段ボールで作ったチェンソーを持ってしゃがんでいた。
「交代の時間だ」
「わかった」
俺はすっと物音を立てずにその場を立つと彼と交代して出口から退場した。
出口を抜けると少し前に見た列はさらに伸びていた。二倍、いや三倍ぐらいはあるだろう。隣のクラスの出し物が展示でなければ廊下は混雑していただろう。
「宮岡くんお疲れ様」
出口の横で見たことのない看板を掲げている小野鬼さんが声をかけてきた。
「今話題のお化け屋敷はここ?」
白い紙に赤々とした文字で書かれた文字を読む。彼女はその看板をさらに高く掲げる。
「なんかねカップルを崩壊させるほど怖いって噂が立ってるみたいでね、その噂を利用して客を呼ぼうってことで」
そのことに俺は思い当たる節があったがそのことを他の人が知る必要はないと黙っておくことにした。
「今から休憩だよね?」
「そう」
「屋台誰と回るか決まってるの?」
「純恋・・・三組の鬼条さんと一緒に」
「そっか・・・楽しんできてね」
「もちろん」
会話を終えると血塗れの顔のまま少し離れた列の方に向かった。
メイド喫茶は昼時ということでお化け屋敷以上の列が出来ていた。最後尾は教室から離れたところにある。係の子が「最後尾はここでーす」と看板を高々と声を上げている。
列に並ぶため通り過ぎるついでに教室内を見ると全ての席が満席でメイドやヒツジの格好をしたウェイトレスが慌ただしく行き来をしている。
「これはかなりかかりそうだ」
そう呟くと入り口に立っていた女の子が声をかけてきた。
「宮岡くん、ちょっと待って」
呼ばれて振り返ると純恋といつも連んでいるうちの一人が入り口と書かれた看板を持って俺を見ていた。ちなみに純恋のシフトを教えてくれたのが彼女だ。
「どうかした?」
「鬼条さん今仕事終わったばかりなの」
俺は意味が分からなかった。彼女の仕事時間はまだ30分はあるはず。それに今が一番忙しい時間。そうそう抜けられないだろう。
「どういうこと?」
「実は今日休んだ子の分まで働いて自分の仕事終わりより早くあがっちゃったの。だから今キッチンで隠れて休憩してる。呼んでくるからここにいて」
「わかった」
彼女は店内に入ると入れ替わるように純恋が出て来た。ひらひらのスカートを強く掴みながら顔を赤らめている。
「ごめん、先に着替えてくるから」
「何言ってもるの?」
後から出て来たさっきの子が不思議そうに首を傾げる。純恋も同じように首を傾げる。
「どういうこと?」
「だって制服だったら宣伝にならないじゃん」
「宣伝、って今こんなに人いるのに?」
「客は何人来てもいいの」
教室に向かってね~、と言うと話を聞いていた数人が首を縦に振った。
「だからそのまま行っておいで」
「で、でも外でこの格好は・・・」
「宮岡くんはコスプレのままなのに?」
「・・・」
無言で目を合わせてくる純恋。俺は彼女の好きなようにと思い何も言わなかった。
純恋はふー、と息を吐いた。
「わかった、恥ずかしいけどこのまま行って来る」
「そうこなくっちゃ」
そう言うと彼女は俺の方を見た。
「鬼条さんのエスコートけんボディーガードお願いね」
「そんなお願いされるまでもない、任せてくれ」
「・・・二人っていつからそんなに仲良くなったの」
拗ねた顔で俺たちを見ている純恋を初めて見て、俺はそのことが嬉しくて口角を少し上げた。
「さーね。さ、行こうか。時間も有限だし」
「ま、待って!」
先頭を歩く黒服の吸血鬼を追いかけるメイドを見ながら彼女は元気よく見送ってくれた。
「行ってらっしゃーい」
さて、どこから行こうか。歩き出したものの、目的がないのでただ歩いているだけ。純恋との会話はなぜかさっきから途絶えている。
「なぁ、純恋?」
声をかけると返事の代わりにマントを軽く引っ張られた。その場で立ち止まると純恋の方を見た。
さっきまで恥ずかしそうな顔や拗ねた顔を見せていた純恋とはうって変わって、とても青ざめた顔をしていた。片目が久しく見なかった赤い瞳になりつつあった。
「裕二くん、人気のないところに・・・」
「・・・わかった」
校舎の二階にいた俺は純恋を連れて屋上に向かった。
人混みを抜けて屋上に来るととても静かだった。下から聞こえてくる声は屋上まではほとんど届かない。
純恋はいつも昼食を取っている場所まで来ると膝から崩れた。息遣いが荒く、とても苦しそうだ。
俺は彼女の前にしゃがむとマントを外し、スーツを脱ぎ、中に着ていたカッターシャツのボタンを二つ外した。
まだ熱気を残しているこの時期にこれほど着込んでいると嫌でも汗をかく。体からは自分の汗の臭いが鼻をつく。
「ごめん、俺汗臭いわ」
「ううん、この臭い私は好きだよ」
苦しいはずなのに彼女は笑って見せた。彼女なりの気遣いなのだろう。俺も彼女に笑って見せる。
「早く吸いな、辛いだろう」
「ごめんね、いただきます」
彼女は俺の肩を掴むと首筋に歯を立てた。肌がチクッと痛むことはなかったが、自分の汗の臭いに混じって血の臭いも漂ってくる。
俺は血を吸っている彼女が吸い止めるまで背中に手を回し、そっと優しく抱き締めた。
フェンスに背を預け、足を伸ばして空を飛んで行く小鳥を見上げる。左手は俺の足を枕にして横になっている彼女の頭の上に置いている。時々さらさらの髪の毛のを撫でてやる。
「体調どう?」
視線を下ろして彼女に問う。風が吹くとひらひらしたスカートがなびく。彼女の反対側では同様に赤と黒のマントが飛んでいきそうになるので右手でしっかりと抑える。
「もう大丈夫」
彼女はそう言うと体をゆっくりと起こすと服に着いた砂や埃を叩いた。
「もう少しあのままでいたいけど、年に一回の文化祭の方が優先だから」
目を合わせる彼女の顔色はすっかり戻り、目の色も治っている。吸血症状は治まったようだった。
「じゃあ回ろっか」
「うん」
俺はフェンスに手をかけながら立ち上がる。足元に置いていたマントを手で叩いてから再び装着した。その姿を見て彼女はクスッと笑った。
「何か変?」
「ううん、そうじゃなくて・・・」
俺は何がおかしいのか分からずに首を傾げる。まさかと思いズボンのチャックに目を向けたが開いてはいなかった。安心と共に彼女の笑う理由がより分からなくなった。
少し笑いが落ち着いた彼女は言葉を続けた。
「私、同族を噛んだんだなって思って」
そう言われてようやく納得がいった。確かに伝書や文献では吸血鬼を襲う吸血鬼なんて聞いたことがない。いない、とは言い切れないだろうが、俺たちのよく知る彼らはそんなことをしない。そう思うと少しおかしいと思えて鼻で笑った。
「そうかもね。それじゃあ行こうか」
「うん」
彼女の笑いが収まると屋上を出ることにした。
下では賑やかな声が風に乗って届いて来る。そして美味しそうな匂いも。それが鼻に届くとお腹が空腹であることを意識してしまう。下に行っていろんなクラスの出している出し物を見て回りたい。
だがそんなことよりも引っかかっている点があった。食べ物などのことを考えていても、そのことだけは頭の中から消えることはなかった。
どうして血を飲むことを彼女は我慢していたのか。
いつもの彼女なら症状が出る前にパックで血を摂取していた。俺が彼女の家に行って以降、このような状態になったのは初めてだった。
そこまで徹底して吸血症状を抑えていた彼女がなぜ今日はしなかったのか。どうしても俺には分からなかった。そしてこのことを本人に聞いていいのか、それすらも。
だから俺は待つことにした。彼女が自分から話してくれるようになるまで。
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