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二度目の吸血

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6月ももう時期終わろうとしている。俺が倒れたあの日から2週間が過ぎた。あれから何日かに1度屋上で昼食をとるようになった。もしかしたらあの時のことが思い出せれるかもしれないと思っていたから。だけど一向に思い出す気配はない。

 屋上は風がよく吹いて、吹き抜ける温かい風が夏の訪れを知らせてくれる。

 購買で買ってきたメロンパンのビニール袋を開けてパンに噛みつく。パンの表面の程よい硬さがいいメロンパンはコンビニなどで買うよりもよく焼かれている。まぁ、近くのパン屋さんが売りに来てくれているから当たり前といえば当たり前なんだけど。

 パンを口の中で咀嚼しながら天を見上げる。白い雲がゆっくりと流れている。

「もう思い出すのは無理かもな」

 何度来てもダメならこれから先も変わらないだろう。今日何も思い出せないなら来るのをやめよう、そう思ってここを訪れた。

「帰るか」

 メロンパンを食べ終えるとクリームパンが入った袋の中にごみを一緒に入れて立ち上がる。まっすぐ歩いてドアノブに触れようとすると扉はひとりでに開いた。勝手に開く扉から距離を取るように後ろに下がるを扉の向こうから鬼条さんがドアノブにしがみつくように出てきて、俺と目が合う。

「宮岡・・・くん」

 彼女はこの前屋上で話した時の彼女とは少し違った。右目は何ら変わらない人の目、しかし左目は赤く染まっていた。

 鬼条さんは力が抜けたのかドアノブを放すと地面に倒れこんだ。そんな彼女を見て俺は頭痛に襲われた。今まで感じたことのない痛み。それと同時に覚えのない記憶が少しずつ頭に流れていく。屋上、倒れた少女、赤い目、血、吸血、そして鬼条さんの顔。

 痛む頭を押さえていると倒れた鬼条さんが絞りだすような声をあげた。

「宮岡くん、逃げて」

 その言葉で俺の身に起きたことをすべて思い出した。あのとき倒れていた人は間違いなく鬼条さんで、今彼女はあの時と同じ状態になろうとしている。

「鬼条さん」

 俺は彼女の名前を呼びながら服の上のボタンを一つ外すと彼女に首筋を見せた。

「なに、を・・・」

「血があれはその症状は治るんだろう?だから俺の血をあげるよ」

 彼女は俺の目を見る。だがすぐに目を逸らした。たぶん飲まないという意思表示なのだろう。だからもう一言、彼女の背中を押す一言を加えた。

「一回も二回も同じだよ」

 今度は目を見開いてこっちを見る。そんな彼女に俺は近付いて肩を見せる。

「ほら、吸って」

「・・・ごめんなさい」

 躊躇しながらもそう言うと彼女は俺の肩をつかむと首筋に歯を立てた。前回同様に痛みは走るが声が出るほどではなかった。たぶん彼女が気をつかって痛くないようにしているのだろう。あの時は彼女も意識が朦朧としていて無我夢中で吸われたのだろうから。

 それからしばらくその体勢が続いた。彼女が俺の首筋から歯を収めた時にはここで話した時の彼女に戻っていた。

 ずっと両手で後ろに掛かる体重を支えていたが、さすがに二人分の体重を支えるのに限界が来て後ろに倒れる。彼女も急に力が抜けたのか俺の胸の方に倒れてきた。

「鬼条さん!」

「ごめんなさい、少しこのままにさせて」

 鬼条さんはそれから何も言わなくなった。彼女の背中に手をまわそうかとも思ったが、そんなことをするような仲でもないのでやめた。体で鬼条さんの温もりを感じながら流れる白い雲をただただ見上げた。



どれぐらいその体勢でいたのだろう。わからなくなるぐらい長い時間そうしていた。鬼条さんは俺の上から降りると地面の上に正座した。そして手をついてゆっくりと頭を下げた。

「ごめんなさい」

彼女は髪が地面についていてもお構いなしに深々と頭を下げた。

「き、鬼条さん、頭をあげて!」

そう言うと彼女はすっと頭を上げたが視線は下を向いていた。

「本当は倒れた時のことを聞かれたときにお話しするつもりでした。なので人気がない屋上まで付いて来てもらいました。しかし宮岡さんがあの時の記憶がないと言われたので、思い出さない方がいいと思い嘘を言いました。ごめんなさい」

彼女は俺のために嘘をついたことを告白した。確かに思い出さない方がよかったのかもしれない。血を吸われたことも、襲われたことも。

彼女は目を合わせると真剣な眼差しを俺に向けてきた。それに答えるように俺も正座した。

「私、吸血鬼なんです」

「吸血鬼?」

たぶん彼女の告白だけでは信用しようとも思わなかっただろう。こう言う冗談を言える人なんだな~程度で終わっていたと思う。

でも俺は現に彼女に襲われ、血をあげた。人間のものとは思えない赤い目も目撃している。これがドッキリでないことも彼女の目が物語っている。

「吸血鬼と言ってもほとんど人間です。ご飯は食べますし、日に当たっても問題はありません。ニンニクも十字架も怖くはないです。寿命だった変わりません。違うのは月に1,2回血を摂取しないといけないことです」

「その血の摂取しないといけない日って突然来るの?」

気になって質問すると彼女は首を左右に振った。

「欲しくなる日は自分でなんとなくわかるんです。あ、今日欲しくなりそう、みたいな感じで」

「それって学校にいる時の対処方とかないの?」

彼女は屋上をきょろきょろと見渡すと横に転がっていた弁当袋を開けて紙パックを取り出した。

「野菜ジュース?」

「いえ、野菜ジュースではないです」

そう言うと彼女は俺にその紙パックを渡してきた。一見スーパーに売られている普通の野菜ジュースと変わらない。メイカーのロゴまで入っているし。

「その中にいつも血を入れているんです」

「この中に!」

紙パックの上にあるストローを刺す穴が開いていた。そこに鼻を近づけるが何の匂いもしない。紙パックを逆さにすると穴から一滴の赤い液体が垂れた。それを出て受け止めなめてみた。すると口の中に錆びた鉄のような味が広がった。自然を眉間にしわが寄る。

「うっ、血の味だ」

「だから言いましたのに」

でも確かにこの入れ物に入れていれば血だとわからないだろう。学校に持って来ても誰かにあげない限りは野菜ジュースで通しるだろう。

でもなんで持って来ているのにあんなことになってたんだろう?

彼女の方を見ると俺の考えていることを察したようで理由を話してくれた。

「実は今日は外で昼食を食べようと誘われまして、四人で中庭で食べていたのですが、たまたまサッカーボールが私の持っていた紙パックに当たってしまって・・・」

「それで中身がなくなった、と」

彼女は首を上下に振った。どうやら俺の予想は合っていたらしい。それがなければ俺はあの時の記憶を思い出すことはなかったのだと思うとよかったような悪かったような、なんとも言えない感情に包まれる。

彼女は膝の上に置いてたこぶしを力強くりぎった。

「宮岡さんは、私のこと怖くないんですか?」

「怖いか、か」

正直自分でもわかっていない。彼女の存在は俺にとって異常で未知だ。そういう意味では怖いのかもしれない。でも・・・。

「鬼条さんは鬼条さんだからな~。他人のことを思って嘘をつくような人を怖いとは思わないかな、俺は」

そう伝えると彼女の目頭からぽろぽろと涙が出始めた。少し遅れて涙が出ていることに気付いた彼女は後ろを向いて涙を拭う仕草をみせた。

「鬼条さん・・・」

「ごめんなさい、そういってくれた人は初めてで」

彼女はしゃくりあげながら言った。

「ありがとうございます」







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