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第二十七話

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「・・・さん、・・・はらさん」

 誰かに呼ばれているような気がしてふと意識が覚醒した。重い瞼をゆっくりと開ける。

 ぼんやりと人影のようなものが見え、それが村上さんであるとわかるまで数秒かかった。

「村上、さん・・・」

 彼女の名前を呼ぶと少し安心したようなため息をついた。

「ふう、良かったです目が覚めて」

「どうかしたの?」

 寝起きのせいか、頭が全く働かず、今の状況が把握できていない。

「秋原さん、時間」

「時間?」

 彼女に言われ目覚まし時計に目を向ける。

「8時・・・8時!」

 時間を見た途端、さっきまで寝ぼけていた意識がはっきりとする。

「目覚ましは!?」

「何回も鳴っていたのですが、起きてこれなかったので」

 俺は跳ね上がるようにべットから降りた。

「朝食は?」

「ごめん食べていけない」

 俺は彼女が部屋にいるにもかかわらず上の服を脱いだ。彼女がいることを気にしている暇などない。いつもならこの時間には店の裏口から入っている頃だ。

「あ、え!?」

 急に服を脱ぐ俺を見て、彼女はおどおどとしたが、すぐに部屋を出て行った。

「失礼します」

 部屋の扉まで閉めて行った彼女に目を向けることなくクローゼットを開け、適当に服を選び着替えた。

 着替えを済ませ洗面台でいつもの倍の速さで歯を磨き、顔を洗った。

 寝癖が付いているが、それを整えている時間はないのであきらめた。

 部屋に戻りバックを手に玄関に向かった。

「秋原さん」

 玄関の扉を開けるとリビングから彼女が駆け足でやって来た。

「忘れ物です」

 彼女の手にはいつもの弁当箱が抱かれていた。

「ごめん、ありがとう」

 足で扉が閉まらないようにストッパーをしながら片手で弁当箱を受け取る。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 弁当箱を手に持ったまま、俺は玄関を飛ぶ出した。



「おはよう、ございます、はぁ、はぁ・・・」

 休みに入って一切運動をしていなかったからだろう、店に着いた時には息切れで声を出すのすら辛かった。

「おはよう、どうしたのそんな息切れして」

 キッチンに立っていた美智子さんが心配そうに聞いてくる。店内には日野さんも着替えていて、箒で掃いている最中だった。

「すみません、寝坊して」

「初めてじゃない?晴太くんが寝坊するのって」

「そうでしたっけ?」

 膝に手をついて息を整えていると次第に楽になってきた。体を起こし、大きく息を吸う。

「寝癖・・・」

 箒を止めていた日野さんがポツリとつぶやいた。

「確かにね。晴太くん、2階に上がって髪の毛整えてくる?」

「そうします」

 俺はお言葉に甘えて2階に上がることにした。

「琴音ちゃん、晴太くんに洗面台の場所教えてあげてくれる?今コーヒーの支度をしてて離せないから」

「わかりました」

 日野さんは床に置いていた塵取りでごみをかき集めるとごみを捨て、箒などをなおしてから後を追って来た。



「・・・お邪魔します」

 階段を上がってすぐのドアを開ける。中は普通の玄関になっていた。写真や絵が飾ってあるわけではなく、ただシンプルに何も置かれていなかった。

 半年ここで働いていたが、美智子さんの家に入るのは初めてだった。

「お邪魔します」

 後ろにいた日野さんも中に入って来る。

 靴を脱いで奥に入っていく。中は俺のマンションぐらいの広さをしている。

 リビングまで歩いて周りを見渡していると後ろの方で日野さんに呼ばれた。

「秋原さん、洗面所はここです」

 玄関の方を向くと扉を開けて待ってる彼女がいた。どうやら通り過ぎていたらしい。

「ありがとう」

「タオルはあの棚に入ってますので。私は店内に戻りますね」

「うん」

 彼女が扉を開けて出て行くと棚から適当にタオルを取り出し、洗面台の前に立った。

 鏡に映る自分の髪は爆発・・・しているような感じではないが、ちょこちょこ跳ねているところがある。

 洗面台に頭を突っ込み、蛇口から直接水をかける。水は俺の髪を伝って下に落ちて行く。

 水を止め、横に置いていたタオルで頭を拭く。ある程度拭き終えてからタオルで跳ねているところを抑える。そのまましばらく鏡に映る自分とにらめっこした後、寝癖が直っていることを確認してから玄関を出た。


 店内に戻ると日野さんが外に出て看板をひっくり返していた。

「寝癖は・・・うん、いいみたいね」

 大きい冷蔵庫からストックのケーキを運んできた美智子さんが後ろに立っていた。

「はい、すみません遅刻して」

「いいよ、そんな日があっても。それより早く着替えて来てね」

「はい」

 返事をしてから更衣室に向かった。



 朝はバタバタとして大変だったが、それ以降はいつもと変わらない日常だった。客からクレームを受けることも、俺たちがミスをすることもなく過ぎて行った。

 午後の営業は人の数は朝よりも増えた。同い年ぐらいの人や高齢者、営業周りの休憩に来る人など。

 そんな人たちに注文の品を運んで来た日野さんが横に立った。

「もう仕事に慣れたね」

「はい、慣れました・・・けど」

「けど?」

 日野さんは手に持っていたお盆の方に目を落とす。

「冬休みが終わったら、もうここでは働けないんですよね」

「・・・は!?」

 突然の告白に目を丸くする。

「え?どうして」

 彼女はお盆をより一層強く握った。

「高花の校則で長期休暇以外でのバイトは学校が認めない限りダメなんです」

「校則か・・・」

 その言葉を聞いてなんとも言えなくなった。俺たち学生にとって校則は絶対だ。時々破ってまでペナルティー覚悟でバイトをしている人はいると聞くが、彼女はそういうことをする子ではないことは一緒にバイトをしてきてわかっている。

「美智子さんは」

 キッチンでカウンターの客と会話をしていた美智子さんはふとこちらに視線を向ける。

「どうかしたの?」

「日野さん、今週いっぱいでやめるんですか?」

「うん、残念だけどね。面接をした時からそういう話で雇ったから」

「そうなんですか」

 せっかく仲良くなって、これからも一緒にバイトを続けていくだろうと思っていた。そう思っていたからこそ、この事実は俺はショックを隠し切れなかった。

「ごめんなさい、黙っていて」

 彼女は俺の顔を見ずに黙っていたことの謝罪をする。

「・・・いや、いいよ」

 そう言うまで少しの間が出来た。

 バイトとして彼女が入って来たときにその話を聞いていたとしても、俺がこんな気持ちになるのは変わらなかった気がする。

 俺は大きく肺を膨らませて呼吸した。今は仕事中、彼女との別れのことで支障を来すようなことがあってはならない。

 まして残り少ない彼女の前でヘマなど言語両断。

 俺は心を入れ替え、店に入って来た客の接客にあたった。
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