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第二十六話

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「2人ともお疲れ様」

 閉店後、店内の掃除を終えた俺たちに美智子さんが労いの言葉をかけた。

「お疲れ様でした」

「お疲れ様です」

 俺たちも美智子さんに労いの言葉を返す。

 手に持っていた箒を戻して帰ろうとすると、美智子さんに呼び止められた。

「晴太くんちょっと」

「なんですか?」

 振り返り、キッチンに立っていた美智子さんの方を向く。彼女はキッチンを離れ俺のもとまでやって来ていた。

「今日から少しの間琴音ちゃんを家まで連れて帰ってくれない?」

「どうしたんですか急に?」

 俺は彼女の顔を見ながら首を傾げた。

 バイトを始めてからの一週間、日野さんは夜8時以降の道を1人で歩いて帰っている。夜の道は危ないからという理由なら今更な気がする。

 目の前の彼女は少し不安そうな表情を浮かべながら理由を語り始めた。

「今年に入ってからって言っていたんだけど、最近危なそうな人が増えたみたいなの」

「危なそうな人?」

「幸江さんが教えてくれたんだけ、黒いスーツにサングラスをしている人が多いらしいの。どこかの暴力団かマフィアの一員じゃないかって」

 彼女の言うような服装の人物に俺は覚えてがあった。ちょうど昨日、村上さんと2人で行ったコンビニの雑誌コーナーで立っていた人の容姿と全く同じなのだ。その人が関係者かどうかは分からない。

「確かな情報じゃないけど、そういう噂があると夜道を女の子1人で歩かせられないでしょう?」

「まぁ、そうですね」

 彼女の考えには俺も同意だった。

「だから頼まれてくれない」

「お願い!」と彼女は手を合わせてお願いして来た。

 もし明日、日野さんが行方不明になっていたら、今日送っていかなかった俺を責める自分が容易に想像出来た。そうならないために請け負うことにした。

「わかりました」

「ありがとう、本当に晴太くんは頼りになる」

 そう言うと店の奥の方に姿を消した。少し間が空いてどこかの部屋のドアが開く音がした。

「後で遅くなるって連絡しないとな」

 俺は手に持っていた箒を片付けに向かった。



「ごめんなさい、家逆方向なのに」

「いいよ、もし日野さんに何かあったら嫌だからね」

「・・・ありがとうございます」

 彼女と2人、均等な間隔で立てられた電灯の下を歩く。

 道に人影はなく、電気の付いていない家が所々ある。家に居ないのか寝ているのか、それはわからない。

「日野さんはいつもこの道を?」

 沈黙を作らないためにすぐに話題を振る。夜中に2人で黙って歩くのは寂しいから。

「そうですね。家までは遠回りになるのですが、近道をすると電灯がない道があるので」

「確かにその方がいいね」

 もし暗い場所で誰かが待ち伏せなどをしていたら怖い。だから彼女の考えはとても良いと思う。

 彼女の横を歩いていると公園が見えて来た。

「こんなところに公園があったんだな」

 公園は決して大きくはない。遊具はブランコと滑り台、砂場がある程度。周りは木で囲まれている。

「昔はよくここで友達と遊んでました。ここに来れば必ず誰かいる、そんな場所でしたから。最近は寄りませんが、今も小さい子供が休日や放課後に遊んでいますよ」

「公園か」

 実家の近くにあった公園を思い出す。ここの公園ほど立派ではなかった。遊具はブランコしかなく、しかもそれは鎖が錆びていた。握ると茶色い錆が付くからと遊ぶ子はいなかった。

「日野さんはここでどんな遊びをしたの?」

「そうですね・・・遊具で遊ぶのはもちろんですが、私たちのクラスではケイドロが流行っていたので、人数が多ければそれが主でしたね」

「ケイドロか、懐かしいな」

「秋原さんの方はどうんなことしてたんですか?」

「俺たちは公園に来ても遊具とか使わなかったし、体もほとんど動かさなかったよ」

「え?では何を?」

「俺たちはゲーム機を持参して木の木陰でやってた。ケイドロとか鬼ごっことかはゲームの充電が切れた時に少しするぐらいだったかな」

「そうなんですね」

 公園の前に立って昔話をしていると冷たい風が肌を刺す。

「そろそろ行こうか」

「そうですね、ずっとここにいるわけにはいきませんよね」

 彼女は残念そうな顔をしながらも家のある方向に足を向けた。



「今日はありがとうございました」

 家の前で彼女が立ち止まった。

「いいよ、それじゃあおやすみ」

「あの、秋原さん!」

 彼女に背を向け、マンションに戻ろうとする俺を彼女が止めた。

 振り返ると彼女は両手にスマホを握っていた。

「あの、今更ですけど、連絡先教えてください」

 人混みでは絶対に聴こえないであろう弱々しい声で言う彼女。

 とても今更だと俺も思う。彼女がバイトを初めて約二週間、正月も一緒に出掛けたのに、俺は彼女の連絡先を知らない。いや、もう交換したものだと思っていた。

「してなかったっけ?・・・いいよ」

 ショルダーバッグからスマホを取り出す。画面を開き、LINEアプリを起動させる。彼女も同様に慣れた手つきで操作をする。

 バーコードを読み取るのが面倒だったので、お互いにスマホを振って交換した。

「ありがとうございます」

「いいって、それじゃあ」

「はい、おやすみなさい」

 俺は再び彼女に背を向ける。少し進むと玄関が開く音と閉まる音が短い間隔を開けて聞こえて来た。




 無事家に帰り、寝る準備ができると部屋にこもっていた。中途半端に残っている課題を済ませるために。

 手に持っていたシャーペンを机に放り投げ、目の前の課題の冊子のページを閉じた。

「終わった~」

 首を回すとポキポキと骨が鳴る。明かりの点いた建物は減り、車の数も減って来ていた。

 時計に目を向けるとすでに12時を過ぎていた。課題の冊子をもう一度開き、抜けがないか確認する。総ページ数60を超える冊子を見るだけで嫌になる。5教科がセットになっているから仕方がないのだけど・・・。

 問題に対し解答が書かれていること確認し終えると、机の横に置かれた学校指定の鞄の中に入れた。

 明日もバイトがあるのですぐ寝るのだが、その前に喉が渇いたので部屋の扉を開けた。

 リビングは真っ暗で明かりはついておらず、部屋の明かりがリビングを照らす。ベランダ側を見ると、羽毛布団に包まれた彼女が寝息を立てながら窓の方を向いて寝ていた。

 彼女を起こさないようにゆっきりとキッチンに向かう。

 冷蔵庫を開け、容器に入ったお茶を取り出す。コップは夕飯の時に使ったものを乾燥機から取りだした。

 コップの半分程度注ぐとそれを一気に飲み干した。コップは流しに置き、お茶は冷蔵庫に戻す。

 部屋に戻る前にもう一度彼女を見る。

「お休み」

 今日言い損ねt言葉を告げる。部屋の扉を閉めるためにドアノブに手をかけた。

「秋原さん・・・」

 名前を呼ばれ足が止まる。もしかしたら起こしてしまったかもしれない。再び彼女の方を見ると、彼女は寝返りを打ちこちらを向いた。顔は笑っていたが、起きている様子はなかった。

 どんな夢を見ているのだろう?想像してみるが全くわからない。ただ一つわかるのは俺が出て来ているだろうということだけだった。

 少しニヤケてしまう自分を隠すようにそっと部屋の扉を閉めた。
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