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第十二話
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土曜日の朝、いつもは使わない駅のホームで柱にもたれている。スマホを操作しながら人を待っているとスーツを着た人がよく目の前を通り過ぎる。
入学して半年が経った。学校生活にも慣れ、クラスにも友達が多く出来た。引っ越してきたときの緊張感が今はとても懐かしい。
「セイ!」
クラスでのあだ名を呼ばれてスマホから目を離す。目の前には前髪で目が見えない悠人ゆうとと、いかにもスポーツしてますと言わんばかりのスポーツ刈りの拓海たくみが揃って俺の前に立っていた。
「おっす!」
「おはよう」
2人はそれそれの挨拶をする。使っていたスマホをポケットにしまうと挨拶を返した。
「おはよう」
挨拶を互いに終えると拓海はカバンから見せびらかすように3枚の紙を取り出した。
「今渡しとくからなくすなよ。なかったら入れないんだからな」
そう言うと悠人と俺に紙を一枚ずつ渡した。受け取った紙には大きく高花祭と書かれ、下の方には招待人という欄に人の名前が書かれていた。
「鈴木すずき・・・玲香れいか?」
書かれた名前を口にすると悠人がその人の事を話始めた。
「拓海のお隣さんなんよ。小さい頃から一緒に遊んでいた、いわゆる幼馴染ってやつ」
悠人が紙を見ながら言った。悠人と拓海は小学校からの友達らしく、そういった情報はよく知っている。彼はそのまま言葉を続ける。
「それで、拓海は玲香ちゃんのことが好きで、でも1人で学校に会いに行くのは心細いから俺たちを誘ったんだよ」
悠人は拓海の心を読んだように言った。それを聞いて拓海は赤面しながら反抗した。
「ち、違うからな!俺はただお前らと遊ぶのが目的で、玲香からたまたま券をもらったからどうかって誘ったんだからな!」
拓海は捲し立てながら言い切った。その様子を見ながら悠人は口角を上げた。
「まぁ、どっちでもいいや。それじゃあ行きますか」
悠人は1人でスタスタと改札口に向かう。拓海が少し冷静になってから俺たちもついて行った。
駅を出てから数分歩くと長い鉄格子の壁が見えて来た。鉄はゆうに俺たちの身長を超えている。そんな壁に沿って歩くと校門に着いた。
学校内に警備員がいるようで、校門のすぐ後ろに守衛所が設けられている。高花祭に来たであろう人たちは、皆がそこを訪れてから中に入っている。
「券なくしてないか?」
拓海が確認するように聞いてくるので俺たちは鞄に入れた券を取り出した。
それを確認すると拓海を先頭に守衛所に向かった。
守衛所に着くと大柄のいかつい顔をした警備員がガラスの向こうからこちらを見ていた。守衛所はテーマパークのチケット売り場のようになっている。
「券を出してください」
ガラスに開いた小さな穴からドスの効いた低い声が聴こえてくる。
「「「は、はい」」」
俺たちはガラスの向こうにいる警備員に怯えながらそれぞれが見えるようにチケットを取り出した。
「ちょっと待ってて」
そう言うと警備員は室内に設けられたパソコンに何かを打ち始めた。しばらくしてカチャッと爽快にエンターキーを押す音が聴こえてくると、再び俺たちの方に目を向けた。
「よし、入校を許可する」
そう言うとさっきまでのいかつい顔がぐしゃっと崩れて、朗らかな笑顔を浮かべた。
「楽しんでおいで」
そう言われて券をポケットに入れると校内に入った。少し進んでから守衛所を見ると、後ろに並んでいた人にまたいかつい顔を向けていた。
「・・・怖かった」
「同意だわ~」
2人は守衛所を抜けると緊張が溶けたように声を漏らした。
「それで拓海の目当ての鈴木さんは何階にいるの?」
「悠人のせいでセイまで言い始めたじゃんか!」
「事実だからね~」
昇降口で拓海が悠人の肩を掴んで上下に揺らす。その反動で悠人の長い前髪から隠れた目が顕あらわになる。
「玲香は3階にいるらしいよ」
揺らされながら悠人が答えてくれた。拓海は溜息を吐いながら悠人の肩から手を離す。
「1階から見て回ろう、その方がいい」
そう言うと拓海は1人で教室の見える方に歩いて行く。
「心の準備時間か~」
そう呟きながら悠人も付いて行く。俺も少し遅れて2人の後を追った。
1階は3年、2階が2年のクラスになっていた。どこも本格的で俺たちの学校より手が凝った物を作っている。
お化け屋敷は室内が赤い小さなライトで照らされていて、脅かすお化けは全て女性で、ある意味新鮮だった。怖かったかと言われればそうでもなかったが・・・。
輪投げなどもあった。子供と大人で距離が違い、大人になると商品から3メートルぐらい離れていて、まともに入る気がしなかった。
パンケーキやうどんなどもあったのだが、鈴木さんのクラスの出し物が喫茶店だと言うのでそこら辺は行かなかった。
高花祭を楽しんでいるうちにあっという間に3階に到着した。
階段を上がるとどのクラスもそれなりに並んでいた。
「あれじゃないか?」
階段を上がってすぐに悠人が廊下の方を指差した。指の先には人の頭の上に掲げられた看板があった。そこには「C組喫茶店」と書かれていた。
「多分そうだな」
拓海を先頭に看板目掛けて歩いた。
看板の前に来ると俺らより小さい女の子が、自分と同じぐらいの大きい看板を懸命に掲げていた。その後ろには教室に繋がって伸びる列があった。
「すいません、C組の列ってこれですか?」
俺が聞くと目の前の女の子は俺を見上げた。
「はい、この列で間違いないです」
「ありがとう」
女の子は最後尾からずれると俺たちの後ろに回った。彼女がいなくなったことで開いた間を詰めて並んだ。
後ろで看板を持っていた女の子が見え難くなってきた頃、ようやく俺たちの番が来た。
「何名さまでしょうか?」
なぜか先頭に並んでいた俺はわかっているのに振り向いて人数確認をした。
「3人で」
「それではこちらにどうぞ」
制服に腰エプロンをつけた女の子に誘導されるがまま、中央に開いた席に連れて行かれた。
俺たちが席に座ると誘導してくれた女の子は頭を軽く下げて去って行った。
テーブルの上には手作りのメニュー表が1枚置かれている。
メニューは至ってシンプルで、コーヒー、オレンジジュース、お茶、パンケーキ、カップケーキ、カレー、オムライスの全7品目だった。
「どれにする?」
テーブルの横にやって来た女の子が俺たちに聞いてきた。声のする方を見ると黒髪ショートカットの女の子が俺たちの方を見ながら首を傾げていた。
「今悩んでる」
拓海はメニュー表を見ながら答えた。拓海は顔を見なくても声の主が誰かわかっているようだった。
メニュー表から顔を上げた悠人が俺の顔を見て疑問に思っていたことに答えてくれた。
「晴太、この子が玲香ちゃん」
「はじめまして、鈴木玲香です」
鈴木さんは胸に手を当てながら自己紹介をした。ショートカットの髪で拓海同様に明るい子だった。
少し遅れて俺も軽く頭を下げて自己紹介をした。
「はじめまして、秋原晴太です」
「セイタ?あまり聞かない名前だね、とても覚えやすそう」
「そうですか?」
首を傾げて聞くと彼女は笑顔でうなずいた。
「うん、だってあまり聞かないからこそ印象深いでしょ」
そう言われればそうだなと思った。今まで生きてきて一度も同じ名前の人に会ったことはない。拓海や悠人の名前のように漢字が違っても同じ読みをする人がこれまでにもいた。そういう意味では彼女の言う通り覚えやすいのかもしれない。
「決めた!」
彼女との会話を遮るように拓海が顔を上げて声を出した。
「ではご注文をどうぞ」
鈴木さんはスカートのポケットからメモ用紙とシャーペンを取り出した。
「コーヒーとパンケーキ」
拓海が言ったメニューを鈴木さんはすぐにメモしていく。鈴木さんが描き終わるのを待ってから悠人も注文をする。
「僕はオレンジジュースとオムライスでいいよ」
注文を終えた2人が俺の方を見てくる。横に来た鈴木さんに意識が行っていて、注文を全然決めていなかった。
慌ててテーブルの上に置かれたメニュー表に目を向ける。
「コーヒーと・・・パンケーキで」
「以上ですか?」
俺らはお互いを見るとコクリと頷いた。
「では少々お待ち下さい」
腰を曲げて礼をすると鈴木さんは自分の持ち場に戻って行った。
鈴木さんがキッチンにオーダーを持っていくと拓海が鋭い目つきで俺の方を見ていた。
「薄情者」
「なんで!?」
拓海は拗ねたようでそっぽを向いた。それを見て悠人が苦笑いをした。
「気にしなくていいよ。拓海、最近俺との会話で玲香が笑ってくれん、って言ってて、今晴太と話していた時に玲香ちゃんが笑顔になったから嫉妬しとるんよ」
「嫉妬しとらん」
拓海は別の方向を見ながら腕を組んで言った。
拓海を見ながら苦笑いを続ける悠人と同じく苦笑いを浮かべてしまう。
周りは楽しく会話をしているのに俺たちだけが異様な雰囲気を出しているような気がした。
横を見ていた悠人が目の前の俺の方を向くと大きな声を上げた。
「晴太!」
「キャッ!」
悠人の声と別の誰かの声が同時に聞こえてきた。急に名前を呼ぶ悠人を不思議に思いながら見ていると、後頭部に何かが当たったのがわかった。それが水であることを理解するには少し時間がかかった。
急な出来事に呆然としていると髪を伝って水が地面に落ちる。
目の前の2人は水浸しになった俺を見て、ただただ目を見開いていた。
そんな俺たちの間に割り込むように黒縁眼鏡に三つ編みの女の子が、空の透明なプラスチックコップをトレーに乗せたまま頭を下げた。
「申し訳ございません!」
彼女が頭を下げているとその横にキッチンの近くにいた鈴木さんが走って来た。
「晴太くんこれ!」
彼女はどこからか持って来た白いタオルを俺に差し出す。顔からは動揺しているのが窺うかがえる。
「あ、ありがとう」
それを受け取ると頭を拭いた。着ていたパーカーは水を吸い込みはじめたのですぐに脱いだ。中に着ていたTシャツはパーカーのおかげで無事だった。ズボンは髪から垂れた水で少し濡れている。体からは何種類かのジュースの匂いがする。
「本当にごめんなさい」
頭をずっと下げ続けている女の子の横で鈴木さんも頭を下げた。その光景に店に来ていたお客の視線が集まる。
「もういいから2人とも頭を上げて」
頭にタオルを置いたまま目の前の2人に言った。2人はゆっくりと頭を上げる。
「クリーニング代は弁償させて下さい」
負い目を感じているのであろう女の子は地面を見ながら弱々しい声で言った。目には涙を浮かべているのがわかった。
彼女に何があったのかは見ていないのでわからないが、少なくとも悪意があったとは思えない。事故で起きたことなら仕方がない。彼女に罵声を浴びせたところでもとに戻るわけでもないし、最初からその気もない。
「いいよ、家で洗えば匂いも落ちると思うから」
「いえ、ですが・・・」
「気にしないで。鈴木さん、ごめんもう一枚貰える?」
「わかった」
鈴木さんは来た時同様に走って持って来た同じタオルを渡してくれた。
頭を拭き終わった濡れたタオルと交換するように新しいタオルを受け取るとパーカーに押し付けた。そのまま横に立っている女の子に言い聞かせる。
「事故で起きたことはしょうがないよ。誰って大小様々なミスはする。だから次からは気をつけてね」
パーカーの水を取りながら女の子の方を見ると初めて目が合った。
「はい、すみませんでした」
再び頭を下げると鈴木さんが女の子を連れて一緒にキッチンの奥に消えて行った。
再びパーカーに目を向けようとすると目の前の2人が俺の方を見ていた。
「どうかした?」
「いや、晴太がすごく大人びて見えたから」
「セイの心の器が広いなって」
自覚はないのだが、親しい2人が言うのだからそうなのかも知れない。
それからしばらくして注文の品を別の子が持って来た。それらはとても美味しくあっという間になくなっていく。
皿が空になりそうになった時トレーを持った女の子が俺らのテーブルの前で足を止めた。その子はトレーから注文もしていないカップケーキを俺の目の前に置いた。
「あの、注文していないのですが・・・」
顔を上げるとさっき謝罪をしていた女の子が俺の顔を見ていた。
「お詫びの品です。受け取ってください」
素直に受け取っていいのか迷った俺は2人に答えを求めた。その答えを拓海がくれた。
「受け取らなかった方が失礼だぞ」
「そうだね」
悠人も拓海の意見に賛成らしい。
確かに出してもらったものを下げさせるのはとても失礼だ。なので素直に受け取ることにした。
「ありがとう」
彼女は少し頬を緩めて軽く頭を下げるとキッチンの方に消えて行った。
入学して半年が経った。学校生活にも慣れ、クラスにも友達が多く出来た。引っ越してきたときの緊張感が今はとても懐かしい。
「セイ!」
クラスでのあだ名を呼ばれてスマホから目を離す。目の前には前髪で目が見えない悠人ゆうとと、いかにもスポーツしてますと言わんばかりのスポーツ刈りの拓海たくみが揃って俺の前に立っていた。
「おっす!」
「おはよう」
2人はそれそれの挨拶をする。使っていたスマホをポケットにしまうと挨拶を返した。
「おはよう」
挨拶を互いに終えると拓海はカバンから見せびらかすように3枚の紙を取り出した。
「今渡しとくからなくすなよ。なかったら入れないんだからな」
そう言うと悠人と俺に紙を一枚ずつ渡した。受け取った紙には大きく高花祭と書かれ、下の方には招待人という欄に人の名前が書かれていた。
「鈴木すずき・・・玲香れいか?」
書かれた名前を口にすると悠人がその人の事を話始めた。
「拓海のお隣さんなんよ。小さい頃から一緒に遊んでいた、いわゆる幼馴染ってやつ」
悠人が紙を見ながら言った。悠人と拓海は小学校からの友達らしく、そういった情報はよく知っている。彼はそのまま言葉を続ける。
「それで、拓海は玲香ちゃんのことが好きで、でも1人で学校に会いに行くのは心細いから俺たちを誘ったんだよ」
悠人は拓海の心を読んだように言った。それを聞いて拓海は赤面しながら反抗した。
「ち、違うからな!俺はただお前らと遊ぶのが目的で、玲香からたまたま券をもらったからどうかって誘ったんだからな!」
拓海は捲し立てながら言い切った。その様子を見ながら悠人は口角を上げた。
「まぁ、どっちでもいいや。それじゃあ行きますか」
悠人は1人でスタスタと改札口に向かう。拓海が少し冷静になってから俺たちもついて行った。
駅を出てから数分歩くと長い鉄格子の壁が見えて来た。鉄はゆうに俺たちの身長を超えている。そんな壁に沿って歩くと校門に着いた。
学校内に警備員がいるようで、校門のすぐ後ろに守衛所が設けられている。高花祭に来たであろう人たちは、皆がそこを訪れてから中に入っている。
「券なくしてないか?」
拓海が確認するように聞いてくるので俺たちは鞄に入れた券を取り出した。
それを確認すると拓海を先頭に守衛所に向かった。
守衛所に着くと大柄のいかつい顔をした警備員がガラスの向こうからこちらを見ていた。守衛所はテーマパークのチケット売り場のようになっている。
「券を出してください」
ガラスに開いた小さな穴からドスの効いた低い声が聴こえてくる。
「「「は、はい」」」
俺たちはガラスの向こうにいる警備員に怯えながらそれぞれが見えるようにチケットを取り出した。
「ちょっと待ってて」
そう言うと警備員は室内に設けられたパソコンに何かを打ち始めた。しばらくしてカチャッと爽快にエンターキーを押す音が聴こえてくると、再び俺たちの方に目を向けた。
「よし、入校を許可する」
そう言うとさっきまでのいかつい顔がぐしゃっと崩れて、朗らかな笑顔を浮かべた。
「楽しんでおいで」
そう言われて券をポケットに入れると校内に入った。少し進んでから守衛所を見ると、後ろに並んでいた人にまたいかつい顔を向けていた。
「・・・怖かった」
「同意だわ~」
2人は守衛所を抜けると緊張が溶けたように声を漏らした。
「それで拓海の目当ての鈴木さんは何階にいるの?」
「悠人のせいでセイまで言い始めたじゃんか!」
「事実だからね~」
昇降口で拓海が悠人の肩を掴んで上下に揺らす。その反動で悠人の長い前髪から隠れた目が顕あらわになる。
「玲香は3階にいるらしいよ」
揺らされながら悠人が答えてくれた。拓海は溜息を吐いながら悠人の肩から手を離す。
「1階から見て回ろう、その方がいい」
そう言うと拓海は1人で教室の見える方に歩いて行く。
「心の準備時間か~」
そう呟きながら悠人も付いて行く。俺も少し遅れて2人の後を追った。
1階は3年、2階が2年のクラスになっていた。どこも本格的で俺たちの学校より手が凝った物を作っている。
お化け屋敷は室内が赤い小さなライトで照らされていて、脅かすお化けは全て女性で、ある意味新鮮だった。怖かったかと言われればそうでもなかったが・・・。
輪投げなどもあった。子供と大人で距離が違い、大人になると商品から3メートルぐらい離れていて、まともに入る気がしなかった。
パンケーキやうどんなどもあったのだが、鈴木さんのクラスの出し物が喫茶店だと言うのでそこら辺は行かなかった。
高花祭を楽しんでいるうちにあっという間に3階に到着した。
階段を上がるとどのクラスもそれなりに並んでいた。
「あれじゃないか?」
階段を上がってすぐに悠人が廊下の方を指差した。指の先には人の頭の上に掲げられた看板があった。そこには「C組喫茶店」と書かれていた。
「多分そうだな」
拓海を先頭に看板目掛けて歩いた。
看板の前に来ると俺らより小さい女の子が、自分と同じぐらいの大きい看板を懸命に掲げていた。その後ろには教室に繋がって伸びる列があった。
「すいません、C組の列ってこれですか?」
俺が聞くと目の前の女の子は俺を見上げた。
「はい、この列で間違いないです」
「ありがとう」
女の子は最後尾からずれると俺たちの後ろに回った。彼女がいなくなったことで開いた間を詰めて並んだ。
後ろで看板を持っていた女の子が見え難くなってきた頃、ようやく俺たちの番が来た。
「何名さまでしょうか?」
なぜか先頭に並んでいた俺はわかっているのに振り向いて人数確認をした。
「3人で」
「それではこちらにどうぞ」
制服に腰エプロンをつけた女の子に誘導されるがまま、中央に開いた席に連れて行かれた。
俺たちが席に座ると誘導してくれた女の子は頭を軽く下げて去って行った。
テーブルの上には手作りのメニュー表が1枚置かれている。
メニューは至ってシンプルで、コーヒー、オレンジジュース、お茶、パンケーキ、カップケーキ、カレー、オムライスの全7品目だった。
「どれにする?」
テーブルの横にやって来た女の子が俺たちに聞いてきた。声のする方を見ると黒髪ショートカットの女の子が俺たちの方を見ながら首を傾げていた。
「今悩んでる」
拓海はメニュー表を見ながら答えた。拓海は顔を見なくても声の主が誰かわかっているようだった。
メニュー表から顔を上げた悠人が俺の顔を見て疑問に思っていたことに答えてくれた。
「晴太、この子が玲香ちゃん」
「はじめまして、鈴木玲香です」
鈴木さんは胸に手を当てながら自己紹介をした。ショートカットの髪で拓海同様に明るい子だった。
少し遅れて俺も軽く頭を下げて自己紹介をした。
「はじめまして、秋原晴太です」
「セイタ?あまり聞かない名前だね、とても覚えやすそう」
「そうですか?」
首を傾げて聞くと彼女は笑顔でうなずいた。
「うん、だってあまり聞かないからこそ印象深いでしょ」
そう言われればそうだなと思った。今まで生きてきて一度も同じ名前の人に会ったことはない。拓海や悠人の名前のように漢字が違っても同じ読みをする人がこれまでにもいた。そういう意味では彼女の言う通り覚えやすいのかもしれない。
「決めた!」
彼女との会話を遮るように拓海が顔を上げて声を出した。
「ではご注文をどうぞ」
鈴木さんはスカートのポケットからメモ用紙とシャーペンを取り出した。
「コーヒーとパンケーキ」
拓海が言ったメニューを鈴木さんはすぐにメモしていく。鈴木さんが描き終わるのを待ってから悠人も注文をする。
「僕はオレンジジュースとオムライスでいいよ」
注文を終えた2人が俺の方を見てくる。横に来た鈴木さんに意識が行っていて、注文を全然決めていなかった。
慌ててテーブルの上に置かれたメニュー表に目を向ける。
「コーヒーと・・・パンケーキで」
「以上ですか?」
俺らはお互いを見るとコクリと頷いた。
「では少々お待ち下さい」
腰を曲げて礼をすると鈴木さんは自分の持ち場に戻って行った。
鈴木さんがキッチンにオーダーを持っていくと拓海が鋭い目つきで俺の方を見ていた。
「薄情者」
「なんで!?」
拓海は拗ねたようでそっぽを向いた。それを見て悠人が苦笑いをした。
「気にしなくていいよ。拓海、最近俺との会話で玲香が笑ってくれん、って言ってて、今晴太と話していた時に玲香ちゃんが笑顔になったから嫉妬しとるんよ」
「嫉妬しとらん」
拓海は別の方向を見ながら腕を組んで言った。
拓海を見ながら苦笑いを続ける悠人と同じく苦笑いを浮かべてしまう。
周りは楽しく会話をしているのに俺たちだけが異様な雰囲気を出しているような気がした。
横を見ていた悠人が目の前の俺の方を向くと大きな声を上げた。
「晴太!」
「キャッ!」
悠人の声と別の誰かの声が同時に聞こえてきた。急に名前を呼ぶ悠人を不思議に思いながら見ていると、後頭部に何かが当たったのがわかった。それが水であることを理解するには少し時間がかかった。
急な出来事に呆然としていると髪を伝って水が地面に落ちる。
目の前の2人は水浸しになった俺を見て、ただただ目を見開いていた。
そんな俺たちの間に割り込むように黒縁眼鏡に三つ編みの女の子が、空の透明なプラスチックコップをトレーに乗せたまま頭を下げた。
「申し訳ございません!」
彼女が頭を下げているとその横にキッチンの近くにいた鈴木さんが走って来た。
「晴太くんこれ!」
彼女はどこからか持って来た白いタオルを俺に差し出す。顔からは動揺しているのが窺うかがえる。
「あ、ありがとう」
それを受け取ると頭を拭いた。着ていたパーカーは水を吸い込みはじめたのですぐに脱いだ。中に着ていたTシャツはパーカーのおかげで無事だった。ズボンは髪から垂れた水で少し濡れている。体からは何種類かのジュースの匂いがする。
「本当にごめんなさい」
頭をずっと下げ続けている女の子の横で鈴木さんも頭を下げた。その光景に店に来ていたお客の視線が集まる。
「もういいから2人とも頭を上げて」
頭にタオルを置いたまま目の前の2人に言った。2人はゆっくりと頭を上げる。
「クリーニング代は弁償させて下さい」
負い目を感じているのであろう女の子は地面を見ながら弱々しい声で言った。目には涙を浮かべているのがわかった。
彼女に何があったのかは見ていないのでわからないが、少なくとも悪意があったとは思えない。事故で起きたことなら仕方がない。彼女に罵声を浴びせたところでもとに戻るわけでもないし、最初からその気もない。
「いいよ、家で洗えば匂いも落ちると思うから」
「いえ、ですが・・・」
「気にしないで。鈴木さん、ごめんもう一枚貰える?」
「わかった」
鈴木さんは来た時同様に走って持って来た同じタオルを渡してくれた。
頭を拭き終わった濡れたタオルと交換するように新しいタオルを受け取るとパーカーに押し付けた。そのまま横に立っている女の子に言い聞かせる。
「事故で起きたことはしょうがないよ。誰って大小様々なミスはする。だから次からは気をつけてね」
パーカーの水を取りながら女の子の方を見ると初めて目が合った。
「はい、すみませんでした」
再び頭を下げると鈴木さんが女の子を連れて一緒にキッチンの奥に消えて行った。
再びパーカーに目を向けようとすると目の前の2人が俺の方を見ていた。
「どうかした?」
「いや、晴太がすごく大人びて見えたから」
「セイの心の器が広いなって」
自覚はないのだが、親しい2人が言うのだからそうなのかも知れない。
それからしばらくして注文の品を別の子が持って来た。それらはとても美味しくあっという間になくなっていく。
皿が空になりそうになった時トレーを持った女の子が俺らのテーブルの前で足を止めた。その子はトレーから注文もしていないカップケーキを俺の目の前に置いた。
「あの、注文していないのですが・・・」
顔を上げるとさっき謝罪をしていた女の子が俺の顔を見ていた。
「お詫びの品です。受け取ってください」
素直に受け取っていいのか迷った俺は2人に答えを求めた。その答えを拓海がくれた。
「受け取らなかった方が失礼だぞ」
「そうだね」
悠人も拓海の意見に賛成らしい。
確かに出してもらったものを下げさせるのはとても失礼だ。なので素直に受け取ることにした。
「ありがとう」
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