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ネコ襲来

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 ゴーストツリーの街の北門をネコの巨大な身体がするりと潜る。

 その瞬間、門のある広場に集まっていた野次馬の街の妖精達の大歓声が響いた。 まるでサーカスだ。
 エイジヒルの目から見ても万単位の妖精が居る。 エイジヒルが見えない妖精も含めれば、10数万の大観衆が北門に集まっている。
 それだけ居ても、生物であるネコにとって見える妖精は、精々10人程度であろう。

 それを証拠に大歓声にも関わらず、ネコは物怖じする様子も無い。

 声すら聞こえていないようだ。

 それにしても、ネコの迫力は半端ない。      
 全身が真っ白な体毛で覆われており、所々に黒斑がある。
 人間の仲間なのか首には鈴の付いた首輪がしてあった。
 エイジヒルは、カメラを忘れた事を後悔した。

 ネコは、ゆっくりと進む。

 何故かキョロキョロしていて妙に慎重だ。
 妖精の気配を感じているのか、昔見たネコより遥かに進度が遅い。

 理由は、直ぐに分かった。

 目が見えて無いのだ。 妖精どころか何も見えていない。

 ネコの右目は、赤く濁り、左目には傷が有り閉じた状態だった。

 右目が赤いのは、妖素が何らかの理由で溜まっているからで、妖素があるからこっちの世界に来る事が出来たという事だ、

 濁っているのは、元々失明していたからであろう。
 
 これはまずい。

 マッチョなんて小者は、ネコからすれば大したことないが目が見えなければ話は別だ。
 あのクソ何とか言う変な槍で急所を突かれれば流石のネコとて致命的かも知れない。

 早い所この群衆の中からマッチョを探さなければならない。

 普通のバカならこの群衆に怖気付いて事は起こさない。
 その場合は、エイジヒルはネコを見守るだけでいい。
 
 ただのネコ見だ。

 しかし、マッチョの襲撃とか、ネコの失明とか考えると前みたいに楽しくネコ見気分にはなれない。

 「エイさーーん!」

 さっき別れたはずのはなまる8703の声がする。

「こっちですよ。こっち!」

 大勢の妖精を掻き分けてはなまる8703がエイジヒルの前に来た。

「いやーネコ凄いです!
 感動です! 化物です!」

「お前、事は済ませたの?」

「はい。 エイさんみたいにアナログじゃありませんので。」

「早いな。」

「ワタシには、木の組フォンがあります!
 これで誘導隊の連中に連絡しました。
 No.3737が池には、近づくなとですね。」

「サナちゃんのせいにするなよ。
 それが効くのは凄いけどさぁ、てか凄いな木の組フォン!ふ最初から気づいてれば一緒に行動出来たのにな。」

 図星をつかれたのか、それには答えない。

「ワタシは、ある程度ネコ見してから池に向かいます。」

 8703はなまるはネコを見るのが初めてなのか、少し興奮している。

「しかし大丈夫なのか?
 組合の連中忙しそうだぞ?」

 見渡せば、組合員達は群衆を押さえ込み進路を確保している。
 何人居ても足りないくらいにめちゃくちゃ忙しそうだ。

「大丈夫です。
 所長の部下でタキシードな私は、自分の判断で行動出来るのです!」

「はぁ?
 サナちゃんが面倒臭いから逆らえないだけだろ?」

「いえ、所長は若き組合員の道しるべ。
 市長の部下は、一目置かれて当然なのです。」

「お前ら、絶対嫌われてると思うよ。」

「悪口は、そこまでです!
 あそこに変な妖精ひとがいます。」
 
 8703はなまるが指差す方向に木から木に飛び移る人影が、マッチョである。

「あのバカ!」

 エイジヒルは、呟くとネコに向かい走り出すその時

「エイさんまって下さい。」

 8703はなまるはそう言うと、近くで、押さないで下さいとか、列を作って下さいとか叫んでるいる緑の制服の木の組合員の胸ポケットから木の組フォンを抜き取った。

「何すんだお前!」

 当然の様に組合員は怒った。

「特殊任務です。
 No.3737の命令であり、貴方には守秘義務があります。
 貴方のフォンは今夜、幽街画廊と言うボロいホテルに取りに来て下さい。」

「No.3737って、   タキシード、
 あんた、ひょっとして8730?」

「いかにもです。
 今、ワタシめちゃくちゃヤバイ状況です。 貸して下さい。」

「わわ分かったよ。
 幽街画廊って所に取りに行けばいいんだな?」

「そうです。」

「3737は、居ないよな?」

「分かりません。居た場合はありがとくらいは言ってくれるんじゃないですかね。」

 オドオドしている組合員を尻目に8703はなまるは、自分の木の組フォンをエイジヒルに向かって投げた。

 エイジヒルは、片手で受け取るつもりが、タイミングを外し木の組フォンは、エイジヒルの手のひらでバウンドして地面に落ちた。

「あーーー!
 何してんですか!
 そっちワタシのですよー!」

「大丈夫だ。 壊れてないよ。
 ちょっとバチが当たったんだお前に。」

「くっ、良いですか!
 桜マークのボタンをずっとオンにしてれば、ワタシから受信が一方的に流れてきます、松ぼっくりボタンを押せば通話出来ますんで、他は絶対に触らないでくね。」

「おぅ サンキューな。」

 エイジヒルは、緑の制服の組合員には悪いと思いながらも8703はなまるに感謝していた。



「えー間もなく、ネコ誘導隊が到着します。
 ご観光の皆さま、町民の皆さまは、誘導隊、又は係の者の邪魔にならない様、道を開けて下さい。
 なお、ネコは危険な生物です。
 くれぐれも近づかない様お願いします。
 もしもの事態があったとしても、われわれ木の組合は、一切責任はおとりしません。」


 何処からかスピーカーの音が聞こえる。
 
 誘導隊が来るらしいが、エイジヒルは今から危険な事をする。
 
 もし、ネコに喰われたとしても犬死だ。

 それでも、ネコを助けるために立ち上がるのだ。
 多分、敵も自分もネコの前では非力かもしれない。
 
 いや、多分そうだ。

 それでも、ネコが殺される可能性も、エイジヒルが喰われる可能性もある。

 恥をかく事と、組合に怒られる可能性は確定的だ。

 この闘いは、何をもって奇跡になるのか? それすら分からないが今は、この無意味で傲慢な自己満足を糧に行動する。


「そこの鎧の妖精、直ちにネコからはなれなさい。」

 マッチョがネコの上に居た。

 組合員の注意を他所に大歓声が巻き起こる。
 ネコが入って来た時の歓声より遥かに大きい。

 その声に驚いたのかネコは、突然走り出した。

 え、聞こえているのか?

 10数万の妖精が居るとしても、ネコが感知できるのは、ほんの僅かなはず。

 巨大生物のネコが恐れるわけがない。

 ネズミが鳴いている程度のはず。

 ネコは、沢山の建物を擦り抜け走る。

 その間に大勢の妖精が踏まれている。

 とは言え、ネコの足が身体を擦り抜けるので被害は無い。

 物体故に妖精に触れる事が出来ないのだが妖精からは触れることが出来る。 全く 不公平である。

 やがて、ネコは、木の実物素材のホテルにぶつかりホテルが音を立てて崩れた。
 ネコは、方向を変え今度は、街門沿の塀に激突した。

 妖精達の笑い声が大音響になりエイジヒルの足下まで響いた。

 嫌な感覚だ。

 ネコは、よろけたあと身体を低く構えて体勢を立て直し、耳を閉じて周囲を警戒している。

 鳴けだの、動けだの妖精達のヤジが響く。

 かつてネコ見とは、ここまで残酷なイベントだっただろうか?
  
 エイジヒルも状況が違えば、笑って見ていたのか? いや、断じて違う! 言い切れるのか? 今は違う、それが全てだろう。

 マッチョがスイッチになったからだ。
 
 マッチョは振り落とされたのかネコの上には見えなかった。

 エイジヒルは、ネコに向かって走った。

 何人かの妖精もエイジヒルにつられて、はたまた自発的に走り出した。

 これはまずい。 こいつらは、軽いノリで遊びだ。せいぜいネコに登って目立ちたいだけだろう。

 その目立ちたがりの妖精も、前から後ろから人混みの中から突如現れた木の組合員に取り押さえられている。

 これは更にまずい!

「何を急いでるんだ?」

 エイジヒルは、緑色の制服の組合員に腕を引っ張られた。

「と、特殊任務だ!
 サナちゃんの!
 いや、No.3737さんななさんななの使いだ!」

 エイジヒルは、咄嗟に嘘をついた。

「はぁ?
 君、それ証拠あるの?」

「あるぞ、ほら、木の組フォンだ!」

 エイジヒルは、黄門の印籠の様に木の組フォンを見せつけた。

「あっ! 木漏れ日ホン! 何でお前が?」

 え、木の組フォンじゃないのか!

 エイジヒルが驚いたと同時にを取り上げられた。

「おいコラ返せ! ソレは僕のじゃないんだよ。」

「当たり前だな、これはお前のじゃない。」

 緑服の組合員が奪い取った木漏れ日ホンを持った手を天に伸ばした。
 
「返せ!返せ!」

 エイジヒルは、手を伸ばしジャンプしても木漏れ日ホンには届かない。

 これは、めちゃくちゃまずい!

 これで終わりか? いや、木漏れ日ホンを奪われたあとエイジヒルの腕から手は離された。

 はなまる8703の木漏れ日ホンを見捨てて抜ける方法もあるが、その方法は後ではなまる8703が、こっ酷く説教をくらうだろう。
 
 下手すりゃあクビだ。

 そもそも、この場を抜け出しても、また別の組合員に捕まるだけだ。

「普通なら、この場でお前を解放してやりたいんだが、窃盗の疑いがある以上ダメだなぁ。」

「盗んでない! 仮に盗んだとしても人間みたいな法律も刑罰も無い!
 お前ら木の組合が、勝手に定めているだけだ!」

「バカヤロが、今の言葉は盗みました、私は組合員じゃありませんって直訳できるぞ。
 組合員以外が、それを持ってるわけないんだよ。」

 見るからに頭の悪そうな組合員に完全論破された。

 ぐうの音も出ない。 このまま終わりか?


「エイさ~ん、聞こえますかぁ?」

 木漏れ日ホンからはなまる8703の声が響いた。

「もしもし、No.8911だがあんたは?」

「8911、あぁ後輩じゃないですか。
 ひょっとして、エイさんを捕まえちゃいました? 仕事してますね~。」

「はなまる! 何とかしろ、泥棒扱いされてる!」
 
「あっエイさん?
 そのまま捕縛されてて下さい。
 ミッション1クリヤーです。 マッチョの奴もエイさんみたいに無様に捕らえられましたよ。」

「あんた、誰だ?」

 8911がエイジヒルを見下ろして、木漏れ日ホンを耳にあてて尋ねた。
 
「No.8703です。
 貴方より先輩で、No.3737の部下ですよ。」

「さ、3737様所の!」

「そうですよ。 証拠は後で見せるんで、そこの不届き者・・・いや、エイジヒルさんに木の組フォンを返して下さい。」

 エイジヒルは、組合員が木漏れ日ホンを持った手を下げると同時に奪い取った。

「はなまる!
 マッチョを捕まえたって?」

「はい、ネコ誘導隊の隊長No.5009ことネコより小さい自称フェンリル隊長に捕らえられましたよ。
 待って下さいね、今から謝罪させて、その動画送りますんで。」

「お前、ほんと嫌なヤツだなぁ。
 てか、木漏れ日ホンってビデオカメラにもなるの?」

「なります。 映画も撮れます!
 あっ             
 
 逃げられました。」

「なっ!」

「逃げられましたーーーー!
 何やってんですかフェンリル隊長!」

「くそっ!」

 エイジヒルは、再びネコに向かって走り出した。
 
 緑服の組合員が後を着けてくるが、道を開けて下さいとか、木の組合の者ですとかを自分の木漏れ日ホンをスピーカーにして辺りに伝えてくれている。
 ありがたいことだが、騙しているみたいで後ろめたい。

 だんだんとネコを見上げる距離になる。

 死ぬかも知れない。

 そう思った。 しかし妖精は、こんなことでは死なない。 

 恐怖だけがある。
 
 中途半端な感情だ。 

 もしも死ぬのなら、やり残した事がある。
 それは、掃いて捨てるほどあるが、ホヤホヤのやつが一つ。

「あのさー、
 さっき言ったやつあるだろ?
 特殊任務とか、サナちゃんの使いとかさぁ。」

 緑服の組合員はエイジヒルを見る。

「あれは嘘だ。」

「な!」

「木漏れ日ホンは、借りたやつだ。
 今更だけど、サナちゃんにも、あんたにも迷惑はかけたくない。
 僕は、ネコを助けたいだけだ。
 だから、それは違うと思うなら、もう一度僕を捕まえれば良い。
 捕まる気はさらさら無いけどさぁ
 
 ごめん。

 謝りたくなった。」

 緑服の組合員は、きょとんとしてエイジヒルを見たままだ。

 思考が追いつかないんだろうが、追いかけて来る気配はない。

 再び、群衆の歓声が響いた。

 マッチョだ!

 マッチョが、足と背中の妖素を噴出を利用したした3段ジャンプでネコに飛び乗った。
 両腕のワイヤーが飛び出す盾は無い。 おそらくネコ誘導隊に没収されたのだろう。

「おい! これスピーカーにしたいんだけど。」

 エイジヒルが緑服の組合員に木漏れ日ホンを押しつけた。

「お、おう。 銀杏の所だ。」

 組合員は、あっけないほど気前良く教えてくれた。

「悪いな。」
 
 エイジヒルは、銀杏を押したつもりで隣の紅葉を押した。

「あ」

 木漏れ日ホンの画面いっぱいに、ロッキーをバックに満面の笑みのはなまるの画像が映った。

 なんだコレ!

 はなまるは、よく笑う奴だが、こんな笑顔はしない、もっと冷やかに、人を小馬鹿にした感じで笑う。

 もう一度画面に指を触れると、サナちゃんの画像に切り替わる。
 次は知らないヤツ、次はエイジヒル、その後は、ナセ、ヒュー、フルエ等の画像が何枚も出てくる。

 フルエに至っては、今日の画像に間違いない。
  
 確実に言えるのは、全てが盗撮かの様に不自然だ。 

 正面を向いている画像が1枚も無いのだ。

 不器用なヤツめ!

「早くしろ!」

 組合員の声で我にかえる。


「オイコラ、マッチョ!
 ネコから降りろ!」

 エイジヒルは、木漏れ日ホンをスピーカーにして叫んだ。

「何だ君か、邪魔しないでくれないか?」

「お前、何がしたいの!」

「何度でも言う、ネコから世界を守る!」

 マッチョの言葉で妖精達が沸き立つ。

「見よ、この声援を皆が私を待っていた!」

「アホ!
 馬鹿にされてんだよ!」

「アホは君だ!
 君は、力のある者に嫉妬しているだけ!
 恥を知れ!」

 ネコが突如走り出した。

 マッチョは、首輪にしがみ付く。

 またたびの匂いがする。

 ネコ誘導隊が動き出した。

 
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