エイジヒル妖精譚 〜幽街画廊の由々しき平穏〜

犬すぱいらる

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旅人3箇条

ナントカナル家の肖像

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 エイジヒルが目を覚ました頃、ハッピーフラフラワーは、既に開店していた。

 店は昨日以上に盛況で、木の組合の役員2人が店を手伝っている。
 その為か、店主のウクレレは聴こえてこない。

「寝てたわ。」

「悪かったな。
お前、俺の怪談で気絶して、そのまま寝ちまった。」

「し、心外だぞ! あんなの誰でも知ってるし!」

「分かった分かった。」

 ナセが、面倒くさそうに答える。
 サイドテーブルの上のラフテーは無い。
 ワインも空だ、最悪の目覚めだ。

「あのな、ナセ!」

 遠くから、猛スピードで自転車が迫って来るのが見えた。

 妖精界最大都市、ゴーストツリーの街とはいえ、森の中に作られた街ゆえに真っ直ぐな道路がほぼ無い。

「エイさ~ん、ナセさ~ん」

 タキシードに、フルフェイスのヘルメットを被ったライダーが、エイジヒルとナセの名前を叫びながら、レトロな自転車で爆進して来たが、エイジヒル達に辿り着く直前で地面に露出した木の根に躓き、自転車ごと宙を舞った。
  
 エイジヒル達は、空を見上げたが自転車は、次の瞬間盛大に落ちた。

「大丈夫か!」

 ナセは、慌ててライダーに駆け寄る。
 動かなくなったライダーの身体を起こしてヘルメットを脱がした。

「また会いましたね・・・」

「はなまる! 
 何してんだお前!」

「き、聞いてください。
 ハズさんが・・・大変です。」

「ど、どう言うことだ!」

 ナセは、はなまるの身体を大きく揺さ振る。

「しし、所長からの伝言・・・幽街画廊に早く。」

 ナセの背中から、翼の様な光が広がった。

「ダメですよ。 街中空泳は!」

「お前、普通に喋れるじゃないか!」

「いいから、早く幽街画廊へ!」

「分かった!自転車借りるぞ! 
 エイジヒルっ後ろ乗れ!」

「タイヤひん曲がってるぞナセ。」

「良いから乗れ!」

「分かった。
 はなまるちゃん、このテーブルと椅子を、そこの古道具屋に返しといて、で、この皿はハピフラへ、ワインボトルとゴミは捨てといて。
 後、椅子の上のTシャツはあげる。」

「太った風の妖精が居たら幽街画廊まで連れて来てくれ!」

「あの、ワタシ怪我しました。」

「エイジヒル早くしろ!」

「で、何で僕も?」

「お前は、頼りになる!
・・・・俺の友達だ。」

 エイジヒルは、自転車に乗るナセの後ろにまわる。
 ナセの背中から、さっきの光の翼が出てきた。
 
「おい?」
 
「大丈夫だ地上を走る!
 振り落とされるなよ!」

「せめて羽根は足から出せ!
 眩しい。」

 エイジヒルの注文を無視してナセは、背中から翼状の光(妖石の量子)を放出して前に進む。
 自転車と言うよりも、ホバーバイクといったところか、この走行が空泳にカウントされるかどうかは、エイジヒルには分からなかった。
 
 ホバー走行ゆえに振動は無いが、地面スレスレで走っているため、タイヤが木の根にぶつかる。
 その度に、エイジヒルが悲鳴をあげるがナセは、お構い無しだ。
 根にぶつかる度に自転車は、さらに崩れ部品を撒き散らしながら走る。

 エイジヒルは、必死にナセにしがみ付く、ナセの光の翼は、エイジヒルを擦り抜けて量子を放出し続けている。

 めちゃくちゃ早い。

 エイジヒルは、全速力で飛ぶ風の妖精など見た事無かった。
 それなりのリスクがあるからだ、おそらく数日は、飛べないし、妖石も出せない。
 最悪は、消滅するだろうが、いくらナセが馬鹿でも、この程度の距離ならありえない。
 距離は短いはずで、超高速で・・・・何故か永遠に感じるこの時間・・・・・エイジヒルに目を開く勇気は無い。
 
 生命体と言うには疑問のある妖精だが、恐い時は恐い、魂の本能なのだ。

 
 
 幽街画廊にたどり着くとナセは、急ブレーキの如くストップして、自転車のハンドルを放す。
 自転車は、そのまま数十センチ先の木に激突して、派手に止まった。
 それは、既にタイヤは無くハンドルのついたボロクズでしかなかった。

 はなまると、自転車にどの様な物語があったかは知らないがエイジヒルは、その残骸に敬礼した。

 感慨深けっているエイジヒルをよそに、ナセは盛大に幽街画廊の扉を開いた。



「ナセじゃ~ん。
 らしく無いなぁ~。
迷子でしょ、ハズが心配してるよ~。」

    そこには、太った妖精が居るが、彼がバルなんだろう。
 2人掛けのソファーにズッシリとフィットする身体は、思ったよりでかい。
 茶色くボロい身なりは、オシャレを放棄した土の妖精の様なセンスだ。
 そして、ボロい身なりに反して何故か余裕たっぷりにココアを飲んでいる。

「バル!」
 
「チッチッ、僕は一皮剥けたんだよ。
 本名のバナルと呼んでくれないかな~」
 
「なんだそれ?」
 
「僕は確かに迷子になったよ~。
 けどね、あそこからゴーストツリーの街まで一人で来たんだよ~。」

「いや、ゴーストツリーを辿ったら誰でも来れるだろ?
 けど、よくここが分かったな?」

「なんとなくだね~
    なんとなく案内所に行って、案内所たらい回しされて~なんか来たね~。」


「良かった・・・・ 
 バル、ハズはどこ?」

「だから、バナルだよ~
    ハズなら、ヒューさんの絵の・・・」

「ナセ!」

 ヒューの部屋の扉が勢いよく開くと共にハズが、走って来た。

「よぅ・・・ハズ。」

「バカ!
 もう会えないじゃ無いかって・・・」

 ハズは、強い力でナセを抱きしめている。
 エイジヒルは、目のやり場に困りバルに視線を移した。
 バルは、幸せに満たされた様な顔でココアを嗜んでいる。
 こんなもん見るくらいなら若い二人を見る事に抵抗は要らない。

「バル帰って来たんだな。」

「うん、さなさなさんが連れて来てくれたの。」

「そうか、あいつには世話になりっぱなしだな。」
 
「気にするな。
 多分、善意じゃない。」

 善意かどうかはともかく、サナサナの事だから、迷子対策の実験とか経験とかだろう。
 ハピフラだって宣伝の実験だろう

 実験にしろ人助けにしろ、興味の無い事は絶対にしないのが、さなさなだ。

「感謝している。」

「それでいんじゃない。」

 エイジヒルは、自然な動きでバルの向かいのソファーに座る。

「ハズ、バル良いかな?」

「僕はバナルだけどね~。」

「あ、君らの名前を繋げると、成せばなるはず、ってなるんだね。」

「はい。
 日本語で、やれば出来る。って意味です。」

「君の名前で疑問系にしてるけどな。」

「私、ナセとバルちゃん2人が居れば何でも出来るんじゃないかって。」

「姓はナントカナル、全部ハズが決めたんだよ~。」

「いろいろと挑戦的な名前だな。」

「良いかな?」

 話を遮られたナセが、少し低い声で言った。

「俺達の旅は、これで終わりだ。」

「あ、ナセ、オレって言った~。」

「ナセは、この街が気に入ったのね?」

「ここは、良い場所だと思う。
 だが違う。
 俺には、お前達と旅を続ける資格が無いんだ。」

「とちるな馬鹿!」

 エイジヒルは、ナセを怒鳴りつけた。
 せっかく、綺麗に治るのに、わざわざ真実を語るとか、全てを台無しにする行為だ。
 過剰な反省は、相手を傷付ける。

 その傷が元で消えてしまえば、ただの逃げだ。

 いや、逃げならまだ良い、お互いが心を閉ざせば、それが重症ならば、誰からも認識出来なくなるではないか、それを恐れて妖精達は、他者と深く関わらないと言うのにだ。

「エイさん。 良んじゃないの?
 腹を割って話せない関係なら、早かれ遅かれ、いずれ崩れる。
 あらゆる意味で告白ってのは、人生の関門さ。」

 ロビーの中心で、ヒューが浮遊している。
 エイジヒルには見えていないが、ハリーが抱えているのだ。
 いつ見ても不思議な光景である。

「何の事でしょうか?」

 ハズは、戸惑って皆の顔をキョロキョロと見回しているが、バルは、変わらずにココアを飲んでいて、すでに何杯かおかわりしている。

「エイジヒル、気ぃ使わせて悪いな。」

「遅い、もう手遅れだ馬鹿野郎。」

 終わった。

 全て終わった。

 いったい昨日から何をしてきた事か?

 ナセの奴は、今年に出会った妖精の中でもトップクラスのバカだ。

 目の前のココア飲みまくってる奴よりバカだ。

 いや、目の前の奴は、おバカだ。 可愛げががある、ナセとは全く違う。



 昨日からしてきた事・・・・

    エイジヒルは、付き添っただけたが、そこそこ楽しかった。

 ナセの心情なんかは永遠に分かる事など無いだろうが・・・

    自分には、大して責める資格は無いのか?

 所詮は他人事。

 只々、自身がナセを心配しているのかと思うと少し腹が立った。


「ハズ、バル、バルが迷子になったのは、僕・・俺のせいだ。」

「よくよく考えてみると、迷子って人間の子供がなる病気だよ~
    僕は大人な妖精でバナルだから違うねぇ、強いて言えば冒険だよ~。」

「バルちゃんのは、迷子だよ。
 みんなに迷惑かけたでしょ?」

「ハズちゃん、バナルさん、少しナセさんの話聞いてあげようよ。」

「僕、ヒューさん好きだよ。
 バナルでさんを付けてくれるからね。」
 
「うん、親しく無いからね。 黙ろっか。」
 
 ヒューの言葉の後に、ハズはバナルに向かって、両手の人差し指を口元で交差して×印を作った。
 静かにしろと言うデスチャーなのだろう。 可愛い。
 バナルは、何か言いたげだったが黙ってココアのカップを手にした。

「あのな、ぼ、俺にバルが迷子になった責任があるとかエラソーなこと言ってんじゃない。
 わざと置き去りにしたんだ。」

「僕、置き去りなの?
 ナセを見失って、えっとハズの居た場所が分からなくなって~。」

「あの時だ、ハズを休ませて2人で木の実拾いしてた時だ。
 あの時、俺はわざとお前を撒いて、1人でハズの元へ帰ったんだ。
 そして、ハズの前でお前と喋ってるフリをして、ハズにお前が見えなくなったと思わせたんだ。」

「何でそんな事したの?」

「お前が邪魔だった。
 ハズが好きだった。
 頭の中が気持ち悪かったんだ。」

「僕の事嫌いになったの?」

「嫌いと思ってた。・・・けど違った。」

「じゃあ良いじゃん。
 ケンカなんか、しょっちゅうしてるじゃん。
 出てけ~とか、帰ってくんな~とかさぁ。
 もう良いよ、いつもの事だし、迷子だっていつもの事だよ~。」

「良くない。
 お前達の顔・・・直視できないんだ。
 もう終わりだ。
 旅は、お前達2人で続けてくれ・・・」

    話し終えるとナセは、静かに倒れた。

 足がボロボロだった。

 自転車乗った時に木の根にぶつけまくったのだろう。
 後ろに乗ってたエイジヒルは無傷である、足が短いのもあるが、ナセはそれなりに気を効かせてたのだ。

 自転車に乗ると言っても、アレは鉄の塊とエイジヒルを持ち上げて高速飛行した様なものだ。
 大量のエネルギー消耗はともかく、外傷までしていたとか・・・誤算だった。

 傷から妖素(妖石、エネルギーの素)が漏れている。


「ナセッ!」

「ナセ~。」

 
 
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