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旅人3箇条

エイジヒルと風の妖精ナセ・ナントカナル

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 ゴーストツリーの街を人間の目から見たとすれば、それは森林の中に世界各国の中世の街並みをミニチュアにした幻想的なテーマパークといったところだろう。
 どんなに高い建物でも、成人男性の腰の高さ程である。
 ガリバー旅行記のガリバーや、映画に出て来る怪獣の様な気分になれるのだろうか? いや、しかし普通に生えてある木々のサイズは人の世界と変わりなく、ゴーストツリーに至っては、人間の目からみても大き過ぎる代物で、木の範疇を軽く超えている。
 それを見れば、人間のみが特別とかいうゆるい自尊心などは、余程のマヌケ意外は軽く吹き飛ぶであろう。
 用は、深く考えなければハッピーということだ。



 ナセは、エイジヒルをガイドに、ゴーストツリーへ向かいゆっくりと歩いていた。
 朝日が眩しいが、街はまだ賑わっていない。
 

「スナホって知ってる?」
  
「あのさぁ、気安く話しかけなでくれる。
 僕は、客なんだけどさぁ。」

「奇遇だな、私も客でね。」
 
「知ってるぞ、お前 サクラって奴だろ。」

「ナセ君、サクラは取り立てとかしないぞ。」

「はぁ、名前で呼ぶな、難しい言葉使うな、チビのくせに君付けするな!」

「チビは言うなよ!」

「お前チビじゃん。」

 ナセにとって、このエイジヒルとか言う妖精は邪魔でしかない。
 ヒュー何とか言う、石ころに比べれば数段マシな気もするが、その石ころは、今頃ハズをモデルに絵を描いている。
 正直、こんな奴らと関わりたくは無いが、今の状況を放棄するとハズを怒らせてしまう。
 それだけは、全力で避けたい。
 石ころの言う、格安自給自足プランとか言うふざけたプランは、ハズが滞在中に計5時間、絵のモデルになる事とナセはエイジヒルをガイドにゴーストツリーの街の観光をすると言う内容だった。
 一見、仲間を働かせて自分は遊んでいる様にとれるが、観光中気持ちが高ぶる度に妖石を催促されるのだ。
 楽しいわけがない。
 そもそも妖石が作れる程に楽しめる気もしないが、それはエイジヒルが悪いというわけでもない。
 単に、そういう気分になれる状況に無いのだ。
 絵のモデルになったり、妖石の取り立てに付き纏われたり、そこまでしてあのホテルに泊まる価値があるのだろうか?
 夕食のビーフシチューは、美味かったがそれだけだ。
 ハズは、バルの件をコイツらが何とかしてくれると、何故か信じている。
 ハズは、誰よりも賢くて正しいと思っていたが、いや、間違ってはいないはずだが、今回はハズレだ。
 コイツらが、めちゃくちゃ優秀だったとしても、コレばかりは、どうにもならないことをナセは知っていた。

「言っておくが、私は思考にエネルギーを消費するタイプの妖精でな、身体を保つエネルギーは最小限に抑えてなんぼだ。
 小型で高性能なのが新世代の妖精のスタンダードだ!」
 
「多分、お前はアホだ。
 お前が賢いなら、難しい言葉を使わずに分かりやすく簡単に説明出来るはずだ。
 ハズには、ソレができるんだ。」

「ハズちゃんがエラいかどうかは、知らんが、君が何も知らな過ぎるんだよ。
 分かるか? 僕は知的だからオブラートに言ってるんだ。
 君みたいに、アホとか言う下品な言葉は使わないのだ。」

「言ってるじゃないか?」

 ナセは、さっきからロクな会話はしていないのはずなのにどことなく、このエイジヒルとか言う妖精に親近感を持ち始めていた。
 感覚的に悪い奴ではないと感じたことと、ハズよりは賢くないと確信したからだろう。
 ナセにとってハズは、絶対的な存在である。
 ハズの言うことは正しいから、自分とバルは、ハズに着いていけば必ず正しい。
 その代わり、ハズを全力で守る。
 ただ、ソレだけである。
 エイジヒルがハズより賢くなければ騙されることも無いだろう。
 ナセ自身、心が狭いのは承知だが、相手がバカな程に安心出来てしまう。

「ところで、スナオって何だよ?」
  
 ナセが、最初の話題を突然に振ってきたことに、エイジヒルは、キョトンとした表情になったが、直ぐに得意気な笑みを浮かべた。

「分かるか?
先ず、スナオでは無い。ス・ナ・ホだ!」

「それで?」

「人間が携帯している、外付けの頭脳でな、世界中の人間と知識を共有するアイテムだ。」

「それは、凄いのか?」

「凄いに決まってるだろ!
 世界中の人間が脳みそで繋がってるんだぜ!」

「それで何が出来るんだよ?」

「経験以外なら何でもだ。ショッピングも出来るし読書も出来る、遠くの仲間と会話も出来るし、何でも知ってるし教えてくれるんだ。
 これから何をすべきかもアドバイスしてくれるんだ。」

「凄いな。   
 それで?」

「き、興味無いのか?」

「どーでもいいだろ?
 人間とか興味無いしな。」

「いや、妖精なんて姿形も文化も人間のコピーだぞ!
 妖精は皆、いや、君も人間に恋焦がれてるだろ?」

「難しい言葉使うなよ。」

「ふぅ 君は流されてるだけだな。」

「何でそうなる?
 流されてるのは、人間好きの僕以外の妖精だろ?」

「全妖精が人間を敬い憧れる感じで、君はハズちゃんを慕っているんだ。」

「え」

 ナセはその時、何でそうなるの言葉が出なかった。
 以外と鋭いのか、それともまぐれなのか、バカと思っていたエイジヒルの言葉が引っかかったのだ。
 敬いとか憧れとかの大袈裟なものではないし、人間と妖精程の遠い関係性でも無い。
 ただ、身近な存在を信じて慕っている。
 凄く現実的だと思うしおかしくはない。

「難しかったかな?
 簡単に言うならそう、君は、ハズちゃんが好きなんだろ?」

「す、好きとか何とかじゃ無くて家族ってアレだ!」

「動揺してるな、頬が赤く染まる。
 人間由来の信号だな、恥ずかしい時になるやつだ。」

「いちいち説明するなよ。」

「血も流れて無いのに頬が染まるとか、家族とか、君はその辺の妖精より人間している。
 興味無いとか変だろ。」

「ハズが言い出しっぺだ。
 僕も、バルも悪くないと思った。」

「家族のことね?
 で、君の役割は何?
 お父さん? 子供?」

「はぁ?
 役割なんて無いよ、一緒に暮らしてれば家族だろ?」

「いや、君らが何をもって家族としてるかは知らんが、厳密に言うと血縁で繋がった小規模なコロニーのことを家族と言うんだ。」

「ソレに当て嵌まってるかは知らんけど、違うならさ、家族ごっこで良いんじゃないか?
 ハズが楽しければ何だって僕は良い。」 

「そう言うのを、おままごとって言うんだ。」

「悪い事か?」

「いや、お遊びだな。」

「そんな軽い気持ちじゃないよ。」

「真剣に遊べば良いんじゃないの。
 遊びなんだから楽しくないといけないだろうし、嫌なら止めても良いいんだ。
 楽しいから続けてるんだろ?」

「家族が、どうとかじゃなくて、一緒にいるのが楽しいんだ。」

 言いながらナセは、気付いた。
 ハズや、バル以外の妖精と親しく話したのは、どれくらいぶりだろうか、思えば、ずっと他者を警戒していた気がする。
 エイジヒルには、何か話しやすい感じがあるのか、それともハズやバル以外の妖精と長らく語らう事が無かっただけの様な気もする。
 
「けど、今は楽しく無いだろ?」

「ハズにバルが見えなくなったからな。」

「ずっと気になってたんだけどさ、君は本当に見えてるのか?」




「見えてるよ、何で?」

「君がハズちゃん好き好きなのは、分かるけど、あまりにもバルさんの話はしない。
 君だけが見えてるのにだよ。
 僕やヒュー、ハリー多分だけどサナサナにも見えて無い、確率的にはありだけどさ、君の態度が変だ。
 バルさんを気にかけないし、見ても無い気がする。
 君も、バルさんが見えないんじゃないか?  いや、バルさんは君らといないんじゃないか?」

 エイジヒルは、足を止めてナセの顔を見上げる、ナセは、そのエイジヒルを見下ろした。
 
 顔が近い。
 
 傍目には微笑ましいワンシーンである。
 
「僕って言った。」
 
「え」
 
 エイジヒルは、ナセの返答があまりにも予想範囲外なうえに、内容の割に全く取り乱さないナセの態度に面食らい、ぽかんと開いたくちが塞がらなかった。

「似合わないんだよ。
 お前が、私とか言う度に思ってたんだ。
 どうせ、チビを気にして無駄に大人ぶってたんだろ?」

「し、失礼の塊だろ!」

「エイジヒル。
 行きたい所があるんだ。 ガイド頼めるか?」

 エイジヒルは、今のナセに悪い感じは無かった。
 幽街画廊からの道のり、大して話したわけでは無いが、ナセの警戒心が解れていくのは、面白い様に分かっていた。
 打ち解けるのは、早い気もする。
 ただ気が合っただけかも知れないが、ナセは元来社交的なタイプなのだろう、風の妖精は、そういうタイプが多い。

「何処だよ。」

「ハッピーフラフラワーって服屋だ。
 知ってるか?」

「知らんよ。
僕の服のセンスを見てみろよ、そんな能天気な名前の店知るわけ無いだろ。」

 そう言うとエイジヒルは、見せつける様に自慢のインバネスコートを広げて、片足を軸に一回転した。

「いや、お前ガイドだろ?」

「ガイドが何でも知ってると思うなよ。
僕は、プロでは無い。
 あくまで手伝いだ。」

 エイジヒルは、僕と言った事に気付き、自身もナセに気を許している事に気付いた。

「参ったな。
 俺たちは、この街に服を買いに来たんだ。
 ハズが何処ぞで貰った服のカタログでそこを見つけたんだ。
 いつかみんなで行こうってなった。」

「俺って言ったな。」

「ハズには言うなよな。」

 そう言うナセの顔は少し笑っていた。
 
「分かったよ。めんどくさい。
 服屋は、木の組合の案内所に行けば教えてくれるはず、違法営業じゃなければな。」

「難しいこと言うなよな。」

「君基準のレヴェルが低過ぎるんだ。」

 エイジヒルとナセは、来た道を引き返し近くの案内所に向かった。

 ゴーストツリーの街には、至る所に木の組合の案内所がある。
 案内所で出来る事は、主に行き先の道のりを尋ねる事だが、他にもお店の情報や流行りの店の予約、宿の手配、荷物の預かりや仕事の斡旋なんかもできる。
 支部によっては、情報のズレや、出来ない事もあるが、荷物の預かり以外は基本的に無料なのでどこも繁盛している。

「おい、エイジヒル
さっき案内所あっただろ?」

「もう少し行った所にサナちゃんの案内所があるんだ。」

「あの嫌味な奴か?」

「あぁ、あいつは嫌味だが元々は、木の組合の利器開発部門で、ヒューの助手みたいな事してたんだ。」

「アイツら偉かったのか?」

「人間の技術を側だけ真似て妖精の技術に移し込むんだからそこそこ偉い。」

「何で、今やって無いんだ?」

「ヒューの奴が、芸術(絵)に目覚めたんだ。
 それで、サナちゃんは、ヒューより劣る妖精の下では働けないって、観光部門に自主移動したんだよ。」

「誰にでも嫌味なんだな?」

「そうでも無いさ、ああ見えてもヒューを慕ってるから、幽街画廊には協力的なんだよ。」

「あそこだろ?」

 ナセが、サナサナの居る案内所を指差して得意げにエイジヒルを見た。
 ナセ達は、サナサナの紹介で幽街画廊に来たわけだし場所は知っていたのだろう。
 案内所は、繁華街から少し離れた大きな公園の中にある。
 他の案内所は、何処も仮設小屋のような小さいものなのに対してサナサナの案内所は、言われるまでは案内所と気付かない普通の木造の洋館であり、サナサナの木の組合内での立場が垣間見える。
 
「サナちゃんいる?」

 エイジヒルは、案内所に入るなり受付の妖精に尋ねた。
 受付の妖精の制服なのかタキシードを着ている。
 サナサナの趣味なのだろう。

「サナちゃん?
 どう言った用件でしょうか?」

「おや、エイさんに、ナセさん、ん、名前呼びダメですかね?」
 
 受付の妖精が、戸惑っていると奥からサナサナの声がした。

「良いよ。
 コイツと居ると慣れた。」

「コイツはやめて。」

「エイさん、あなたもつまらないプライド捨てて受け入れれば良いんですよ。
 コイツ良いじゃないですか。」

 そう言いながら、サナサナは、受付の奥で優雅にティーカップを片手にサンドウィッチを嗜んでいた。

「遅い朝食だな。」

「日が登りきった後、最初のお客さんが来るまでが私の朝なのです。
 分かりますか?
 だから、貴方達はお客様ではないんですよ。」

「し、失礼しました。
 3737号は、夜勤明けで只今休暇中でして、その、先程は大変・・・」

「良いんですよ。  
 彼は、友人です。 不本意ながらね。」

 受付の妖精は、気不味そうにエイジヒルとサナサナを見比べて、双方におじぎをした後、気を使ったのか奥の部屋に入って行った。

「いろいろ聞きたいけど、初めて友人と言ってくれたな。」

「話を短く纏めるためのトリックですよ。
 後、勘違いされると迷惑なので、一応言っと来ますけど、好きでは無いですよ。
 貴方のことは。」

「思ってても言うなよ。
 で、サナちゃん、夜勤してるの?」

「ええ、ここの公園広いですから、至る所で旅の妖精が野宿するのですよ。
 景観も悪いですしねぇ、迷惑ですから、彼らを安宿に誘導するんですよ。
 何より街の発展の為にですよ。」

「妖精の野宿くらい良いだろ。
 だいたい、この街は宿が充実してるけど、他の街では、木で野宿が当たり前だろ?」

「この街は、この街です。
 郷に従えない者に、旅をする資格はありませんよ。
 想像して下さい。
 心地良い朝に窓を開けて深呼吸している時に、木の上で野宿しているみそぼらしい妖精が視界に入った時の事を 」

「何言ってんだ?
 旅の妖精は、基本野宿だろが」

 ここに来て、ナセが口を出して来た。
 この妖精も、ハズがいなければ宿に泊まると言う発想は無かったであろうとエイジヒルは思った。

「エイさん、私、この人無理です。
 顔から全て、下品過ぎます。」

「なっ」

エイジヒルは、今にも手を出しそうなナセを制して、サナサナに向きなおる。
 サナサナは、ティーカップの紅茶を口にする度に、目を瞑り深く感じ入っている。

「所で要件は何ですか?
 場合によっては出禁にさせて戴きますが?」

「うん、ハッピーフラフラワーって服屋探してる。
 知ってる?」

「アホみたいな名前の店ですね。」

「知ってる?」

「知ってるわけ無いでしょう。
 知ってると思われることさえ不快ですよ。」

 サナサナが、怪訝な表情で紅茶を一口飲むその時、奥の部屋のドアが勢いよく、バタンと開いた。
 
「あの、ワタシ知ってます!
ハピフラのTシャツは、若い花の妖精達の夏のマストアイテムでありまして、」

「聴き耳を立てるとは、はしたないですよ、8703号」

「すいません!
 けど、ワタシも所長のお友達の力になれるかと!」

「やれやれ、友人と言ったのは言葉の綾ですが、貴方が知ってるのなら教えてあげて下さい。
 そして彼らの面倒臭さを堪能してください。」

「わかりました!」
  
 勢いよく返事をすると8703号は、地図を取り出して、ハッピーフラフラワーの位置を探す。

「スナホなら、喋って誘導してくれるんだぜ。」

「凄いなスナホ」

「スマートフォンのことでしょうか?
 それなら、スマホになりますが?」

 8703号は、少し申し訳なさそうにエイジヒルのスナホを訂正したが、その奥のデスクで遠慮なく笑うサナサナの声が聞こえる。
 
「はなまるちゃん!
 スナ・・スマホ1台あれば、簡単に道くらい分かるが、ならば今日、君と出会う事は無かった。
 行き過ぎた文明は、妖精を孤独にするのさ。」

「は、はなまる?
ワタシのことでしょうか?」

「良いじゃないですか、可愛いですよ。
 知性は感じませんけど。」

 ナンバーから、適当に付けた名前に受付の妖精は、少し照れている。
 長髪の白髪を後ろで一つに束ね、色白の肌に鋭い目は一見ミステリアスだが、見た目に似合わず感情的な性格の様だ。
 そして、何故かサナサナは、はなまると言う名前が気に入ったらしく、妙にご機嫌になった。

「良いですか?
 道のりを説明しますね?」

「方角と目印だけ教えてくれ、空から一直線に行くから頼む!」

「ダメですよ。
 ゴーストツリーで空泳は、禁止されています。」

「ナセ、まだ早いから歩いても開店に間に合う。」

「あの、もしよろしければ、私が同行しましょうか?」

「大丈夫だよ。」

 はなまるに道のりを聞いた後、案内所を出た。

「あの」

 案内所から、はなまるが出てきた。

「また来て下さいね。」

「おや、君も友達推進派かい?」

「何です?
 いや、所長が楽しそうだったので。」

「そうかな?」

 ハッピーフラフラワーに向かう道、ナセは速足になった。

「あのさ、何処の案内所でも良かったよな?」

「はなまるちゃんに出会えたろ?」

「そんなことかよ!」

「サナちゃんは、あぁ見えて協力的なんだよ。」

 ハッピーフラフラワーは、いわゆる若者街の中にあった。
 店は、狭い木の小屋を黒く塗装した、そこそこオシャレな建物だ。
 店の中からは、ウクレレの音色が聞こえる。
 
「中入るか?」

「ああ」

 店の中は、所狭しとTシャツが詰んである。
 Tシャツのデザインは、白い生地に中心に花が咲いている物ばかりで、花の種類だけでかなりの種類があった。
 そして、エイジヒルは、即飽きた。

「店主、昨日から今まで客来たか?」

「来たよ。」
  
 店主は、失礼な質問にも気さくに答えてくれる気の良い妖精だが、ウクレレの演奏は止めない。

「太った奴は? 風の妖精なんだけど。」

「内は、花のお客さんが大半だからね。
 風さんとかは、匂いで分かるんだ。
 来なかったよ。」

「そっか」

 そう答えるとナセは、店を出た。

「誰探してんの?」

「エイジヒル、俺はここに居るから帰って良いぞ。」
 
 そう言うとナセは、手のひらから妖石を出した。

「おぉ、石出せたな、楽しかったか?」

「そう言うんじゃ無い。」

「悪いが、たったこんだけじゃ1泊分も無いな。」

「高くないか?」

「腐っても一つ星だからな、だからだな、客には満足してもらいたい。」

「お前は、良い奴だ。
 多分あの石ころも、ハリーとか言う奴もな、幽街画廊だって、ボロいが良い。
 ビーフシチューは、めちゃくちゃ美味かった。
 けどな、俺には満足する資格は無いんだ。」

「君に、資格は無くても幽街画廊は、君を受け入れた。
 だから、満足してもう。
 プロでは無いが意地はあるからな。」

「俺はなぁ」

「知ってる。
 バル君を待ってるんだろ?」

「!」

「僕が気付いてる事くらいは、気付いてると思ってたけど?」

「だいたいだ!
 知られて無いていでいたんだ。」

「いいから話せよ。
 暇潰しにはなるだろ。」

 少し静寂な時間が続いた。
 街は、若い妖精達の声とアイスクリームの露店の客引きの声が響き、ハッピーフラフラワーのウクレレの演奏が目立たない程度に賑わい出した。
 昼は近い。
 
「あのさ、あの中で俺は、一番最後に家族に加わったんだ。
 そもそも、その頃はまだ家族とか決めてなかった。」

 エイジヒルは、ポケットからキセルを取り出して、オレンジのキューブを入れ口に咥えた。
 ナセは、その様子を物珍しそうに見てたが、その事には触れずに話を続けた。

「最初に出会ったのは、バルだった。
 あいつ、風の妖精のくせに飛ぶのが下手でさ、木の穴に入って下半身が抜けなくなってた。」

「風の妖精なのに太ってるのか?」

「台風の時に生まれたらしい。
 だからか知らんけど、風が弱いと飛ぶのも歩くのもトロい。」

「痩せれば良いと思うよ。」

「んで、俺が助けた。
 と言っても、あいつ10日間くらい挟まってたらしく、俺が引っ張ればスッポリ抜けた。
 体力消耗してて自分では出れなくなってたんだよ。」

「助かった。 命の恩人だとか、すげー大袈裟に騒いでさ、10日間何も食ってないって割に元気なんだよ。」

「面白い奴だな。」

「あぁ、
で、その後に森に一軒しか無いという酒場に連れて行かれて野いちごの酒とか木の実のスープとか、じゃんじゃん食わされてさ、味はいまいちだったけど、すげー楽しかったんだ。」

「野いちごの酒は興味深いな。」

「一晩で飽きるほど飲んだから美味かった記憶は無いな。」

 ナセは、空を見上げいた。
 太陽は既に真上にあり、昼特有の強い日差しがまぶしい。 
 思い出を語るナセの表情は穏やかだった。

「そろそろ眠くなってきてな、礼言って店を出ようとするとうちに来いとか言うから、家あんのか?って聞いたら、あるって言う。」

 語り中にナセが、突然右手をさしだしてきた。
 キセルを寄越せと言う意味であろうが、エイジヒルは、回しキセルとか、生理的にめちゃくちゃ嫌だったので、勘違いしたフリをして、近くのアイスクリーム屋を呼んだ。
 アイスの種類は、ラムネチップバニラしかなく、仕方なく2本買った。
 ナセは、困った表情で受け取った。

「美味いなこれ。」

「どれ」

 エイジヒルは、左手で器用にキセルに蓋をするとポケットに入れて、右手でアイスを咥えた。

「うま!」

 エイジヒルが、あまりの美味さに声を上げると道行く若い妖精達の笑い声が聞こえた。
 ふと、さっきのアイスクリーム屋を見ると徐々に人集りが出来て行く。
 売り子の妖精のスマイルは、営業のそれだけでは無いのだろう。
 
「良いか?」

「続けて。」

「アイス美味いな」

「続けろよ!」
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