まわる私の日常。

なぎ。

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2.あの人のこと

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 あの人と出会ったのは、去年の夏だった…。



 あの人が、私に道をたずねてきたのがきっかけで知り合った。


 「あの、すみません。ちょっといいですか?」
「あ、はい……。」
駅前を歩いている私に声をかけてきた男性。その人は、小麦色に焼けた肌に茶髪という、ちょっとイカツイ風貌をしていた。
(……こ、怖い……)
内心そう思いながら、男性と向き合う。
「えっと、このお店に行きたいんですけど、道がよく分からなくて……。」
そう言って、男性がスマホの画面を私に見せる。それをのぞき込むと、おしゃれな外観のお店のホームページが映し出されていた。
「あ、このお店…私も今から行くところなんです。……よかったら、案内しましょうか?」

 自然とそんな言葉が出た。自分でも、よく分からないけど……。



 彼の名前は、博孝ひろたか。35歳で、私より年上の人だった。
 一緒に歩いている間、博孝はずっと面白い話を聞かせてくれた。

 楽しくて楽しくて、あっという間に目的地のお店に着いてしまった。
「着きましたよ。」
博孝を振り返ると、何か言いたげな表情でこちらを見ている。
「……奈南科ちゃんがもし大丈夫なら、一緒に食事でもしませんか?」
「………………。じゃあ、お願いします。」
私の返事を聞くと、博孝は嬉しそうに笑った。



       *                   *                   *



 地下鉄を降りて外に出ると、うっすら雪が地面を覆っていた。
(さむ……)
ふぅっと白いため息が出る。


 博孝と別れてから、もう半年か…。振ったのは、私。



 ……別れた原因は、博孝の行動にあった。



 出会ったその日に、私達は連絡先を交換していた。
「じゃあ、またご飯誘うね。今日はありがとう。」
博孝はそう言うと、駅前のほうへと歩いていった。

 ぼんやりとその後ろ姿を見送ってから、私も反対方向へ歩き出す。
(見た目と違って、優しい人だったなぁ。)


 きっとそのギャップで、博孝を好きになったんだと思う。



      *             *             *



 ……博孝は、またご飯に誘うよって言ってくれたけど……。

 「いつかな。」
「期待すんなよー。」

 博孝から出てくる言葉は、いつもこんなのばかりだった。正直、博孝のことが気になっていた私には、とても悲しくてツラい言葉だった。



 2回目に会う約束をしたときのこと。博孝が午前中、友達との用事があると言っていたので、私とは夕方から会うことになっていた。


 私のほうが先に待ち合わせ場所に着いて、彼が来るのを待っていたのだけれど。約束の時間間近に、「ごめん、遅れる」と連絡が来た。
(……仕方ないか。)
まだまだ暑い日差しを避けるように、私は日陰のベンチに腰かけた。



 ……1時間待っても、博孝は来なかった。あれから連絡もない。
(電話かけてみて、出なかったら帰ろ……)
ほぼ諦めた気持ちで、電話をかける。


 鳴り続けるだけの、呼び出し音。博孝が、電話に出ることはなかった……。


 そういう人だったんだなと、諦めて帰ろうとしたとき、私の携帯が鳴った。
「もしもし…。」
「ごめん、奈南科ちゃん!今から向かうよ!」
「うん。」
 電話を切ったあと、なんとなく博孝の声の調子が変だったことに気付く。
(あの人…、お酒呑んできたな。)
 それでも、好きな人に会える喜びのほうがまさっていた。本当、笑っちゃうよね。



    *                *              *



 なんだかんだで、私達が付き合い始めたのは3回目に会ったとき。私が猛アタックしたの。

 今思うと、付き合ったこと後悔してるけど。恋は盲目なんて言うけど、ほんとそうだと思う。



 あぁ、いろいろ思い出しながら歩いてたら、もう家に着いてしまった。……まだ、思い出話に付き合ってもらえる?



 ……最初、博孝は付き合うことにあんまり乗り気ではなかった。「今は彼女作る気ない」と。
 じゃあ、どうして私と付き合う気になったんだろうか。………………。


 付き合い始めたころは、それなりに幸せだったし楽しかった。

 でも、小さな不満はどんどん積み重なっていく。



 私が少し落ち込んでいて、博孝に話を聞いてもらいたかったとき。
 仕事からの帰り道で、博孝と電話をしていたのだけど。
「奈南科ちゃん、どうしたの?今日、元気ない声してるね。」
「あぁ、うん……。ちょっと、聞いてくれる?」
私がそう言うと、博孝の口から出てきた言葉は信じられないものだった。


 「俺、聞いても何もできないぞ。」


 男って、皆こうなの?さすがに私はムッとしてしまう。
「……私、ただ話を聞いてもらいたかっただけなんだけど……。もういいや、切るね。」
相手の返事を聞くのも待たずに、私は通話を切った。
(……何だろう。この人と一緒にいるの疲れる……)

 だんだんと、博孝への気持ちが離れていくのを感じた。



 ……博孝は、私の身体にしか興味がなかった。



 会うたび求められて、私が断るといつも…「じゃあなんで今日来たの」と捨て台詞を吐かれた。私の体調が悪くなっても、もちろんお構い無し。


 「私は、博孝にとっての何?彼女になったら、何してもいいの?もう付き合いきれない。」


 そして、私達は別れた。完全に嫌いになったわけではなかったけれど。それでも、このまま恋人として付き合っていくのは、無理だと思った。



 …………別れを告げた日の、あの人の後ろ姿を、今でもまだ記憶に焼き付いて離れない。



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