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兄という生きもの 2
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「カルディアニ嬢。隣に座っても?」
笑みを含んだ若々しい声が落ちると、小広間がしんと静まった。
静かに会話の様子を見守っていたアドリーシャは、一息に自分へと注目が集まったのを感じ取る。
ええと害のない笑みを纏って頷くと、王太子ウィルヘルムは嬉しそうに椅子を寄せた。
ウィルヘルムの青年期へと移り変わりゆく最中にある顔立ちは凜々しく整っていて、否応なしにお茶会の前に会ったユーゴウスを思い出させる。
「今日は叔父上といらしたのでしょう?」
「はい。ちょうど、王弟殿下も宮殿でご用事がおありだと伺っています」
用事? と呟くようにくり返したウィルヘルムは、晴れやかな笑みを浮かべる。
それは、アドリーシャへ注がれていた警戒と嫉妬のまなざしがぱっとほどけて散るほどに、夏の光が弾けたかのごとくに眩しい笑みだった。
……グレイシアのお茶会に招かれたのは、今年成人を迎える娘と来年成人を迎える娘たちだ。
それぞれの家格から均等に招待された令嬢たちは、どの派閥に偏ってもいない。王太子の花嫁候補として名が上がることの多い宰相の二番目の娘や公爵令嬢の姿もあるが、公平に選ばれていることが伝わってきた。
グレイシアは気軽なお茶会にしたいと言って、自分とウィルヘルムが順番に令嬢たちが座る円卓を回ると言い、少しでも長く王太子と話すように言いつけられていた令嬢たちを密やかに安堵させた。
アドリーシャが案内された円卓には、学校で顔を合わせる同い年の令嬢たちが集められている。
あからさまな蔑視を感じることはなかったが、ウィルヘルムが順繰りに令嬢たちに声をかけていく中、アドリーシャが最後まで一瞥すらされないことを面白がるような気配は伝わってきた。
その矢先にウィルヘルムがアドリーシャに親しみを見せたものだから、周囲の令嬢たちの内心は穏やかならぬものだったろう。
けれども、ウィルヘルムはあまりにも明るい笑みで娘たちの心を根こそぎ奪い去ってしまった。
アドリーシャが冷静に観察する先で、ウィルヘルムは同じ円卓の令嬢たちを見渡す。
「僕は、叔父上ほど優れた騎士を知りません。いつも学校から急いで帰っては手合わせをお願いしているのですが、最近はあまり相手をしてくださらなくて。
皆さんは、どうすれば叔父上にお願いを聞いてもらえると思いますか?」
叔父を慕う健気な王太子の相談に、心をくすぐられない娘はいない。まして、この場に招かれているのはウィルヘルムより年上の娘ばかりだ。年下の王太子が礼儀正しさの中に滲ませた可愛らしい素の表情に、娘たちの頬にじわりと色が刷かれる。
王太子殿下ったら、という気さくな囁きも寛容に受け止め、遠慮がちに寄せられた提案に真剣に耳を傾けては微笑むウィルヘルムは、令嬢たちへ均等に話を振り、かと思えば脱線しかけた会話の舵を取る。円卓には笑い声が花のように咲き乱れて、華やいだ雰囲気が満ちた。
楽しげに笑う令嬢たちの顔にはアドリーシャへ向けた複雑な感情などどこにもなく、ただ魅力的な王太子への賞賛と好意だけが浮かんでいる。
ウィルヘルムはわざとアドリーシャへの注目と反感を釣り上げた後、自分が傍に座ることで注目と妬心を集め、明るい笑みと話術で巧みに関心を逸らしてのけた。令嬢たちに意図があるとは気づかせない、実に鮮やかな振る舞いである。
あまつさえ、アドリーシャは令嬢たちから御礼まで言われてしまった。
「カルディアニ様がいらしたから、ウィルヘルム殿下の素直なお気持ちを伺えましたわ」などと感謝されてしまっては、見事と言うほかはない。まったく、あの父にしてあの子有りである。
グレイシアのお茶会は、穏やかに終わりを告げた。
アドリーシャの胸にはユーゴウスとの会話がしこりとなって残ったが、それを悟らせるほど彼女は幼くはいられなかったので、密やかに秘密を抱いて微笑んでいた。
笑みを含んだ若々しい声が落ちると、小広間がしんと静まった。
静かに会話の様子を見守っていたアドリーシャは、一息に自分へと注目が集まったのを感じ取る。
ええと害のない笑みを纏って頷くと、王太子ウィルヘルムは嬉しそうに椅子を寄せた。
ウィルヘルムの青年期へと移り変わりゆく最中にある顔立ちは凜々しく整っていて、否応なしにお茶会の前に会ったユーゴウスを思い出させる。
「今日は叔父上といらしたのでしょう?」
「はい。ちょうど、王弟殿下も宮殿でご用事がおありだと伺っています」
用事? と呟くようにくり返したウィルヘルムは、晴れやかな笑みを浮かべる。
それは、アドリーシャへ注がれていた警戒と嫉妬のまなざしがぱっとほどけて散るほどに、夏の光が弾けたかのごとくに眩しい笑みだった。
……グレイシアのお茶会に招かれたのは、今年成人を迎える娘と来年成人を迎える娘たちだ。
それぞれの家格から均等に招待された令嬢たちは、どの派閥に偏ってもいない。王太子の花嫁候補として名が上がることの多い宰相の二番目の娘や公爵令嬢の姿もあるが、公平に選ばれていることが伝わってきた。
グレイシアは気軽なお茶会にしたいと言って、自分とウィルヘルムが順番に令嬢たちが座る円卓を回ると言い、少しでも長く王太子と話すように言いつけられていた令嬢たちを密やかに安堵させた。
アドリーシャが案内された円卓には、学校で顔を合わせる同い年の令嬢たちが集められている。
あからさまな蔑視を感じることはなかったが、ウィルヘルムが順繰りに令嬢たちに声をかけていく中、アドリーシャが最後まで一瞥すらされないことを面白がるような気配は伝わってきた。
その矢先にウィルヘルムがアドリーシャに親しみを見せたものだから、周囲の令嬢たちの内心は穏やかならぬものだったろう。
けれども、ウィルヘルムはあまりにも明るい笑みで娘たちの心を根こそぎ奪い去ってしまった。
アドリーシャが冷静に観察する先で、ウィルヘルムは同じ円卓の令嬢たちを見渡す。
「僕は、叔父上ほど優れた騎士を知りません。いつも学校から急いで帰っては手合わせをお願いしているのですが、最近はあまり相手をしてくださらなくて。
皆さんは、どうすれば叔父上にお願いを聞いてもらえると思いますか?」
叔父を慕う健気な王太子の相談に、心をくすぐられない娘はいない。まして、この場に招かれているのはウィルヘルムより年上の娘ばかりだ。年下の王太子が礼儀正しさの中に滲ませた可愛らしい素の表情に、娘たちの頬にじわりと色が刷かれる。
王太子殿下ったら、という気さくな囁きも寛容に受け止め、遠慮がちに寄せられた提案に真剣に耳を傾けては微笑むウィルヘルムは、令嬢たちへ均等に話を振り、かと思えば脱線しかけた会話の舵を取る。円卓には笑い声が花のように咲き乱れて、華やいだ雰囲気が満ちた。
楽しげに笑う令嬢たちの顔にはアドリーシャへ向けた複雑な感情などどこにもなく、ただ魅力的な王太子への賞賛と好意だけが浮かんでいる。
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「カルディアニ様がいらしたから、ウィルヘルム殿下の素直なお気持ちを伺えましたわ」などと感謝されてしまっては、見事と言うほかはない。まったく、あの父にしてあの子有りである。
グレイシアのお茶会は、穏やかに終わりを告げた。
アドリーシャの胸にはユーゴウスとの会話がしこりとなって残ったが、それを悟らせるほど彼女は幼くはいられなかったので、密やかに秘密を抱いて微笑んでいた。
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