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宮殿の洗礼 2
しおりを挟む先導する近衛騎士は、左右対称に花模様が描かれた扉の前で立ち止まる。
扉を守っていた近衛騎士の一人が進み出て、アドリーシャが差し出した招待状を検めた。
「王弟殿下。恐れながら、王妃殿下より付き添いの方はここまでとのお達しが出ています。また、お付きの騎士は、隣室でお待ちいただくことになります」
「わかっている。見送りに来ただけだ」
イルディオスは頷いて、親しい間柄の人がわかる程度のささやかさでアドリーシャに笑みを向ける。
また後でと言い置いたイルディオスとエブロが去ると、近衛騎士の一人がエティケが控えの小部屋へ入るよう促した。
アドリーシャの入室を見守るつもりでいたエティケは逡巡するも、扉の前を守る近衛騎士の顔を見て、大人しく従うと決めたらしい。気遣うような目礼を受けて、アドリーシャは頷いた。
控えの小部屋の扉が閉ざされる音が聞こえるのを待って、先程招待状を確認した近衛騎士が声をかけてくる。
「失礼ながら、カルディアニ様はとても落ち着いていらっしゃいますね。とても成人前のご令嬢とは思えません」
つと笑んだ近衛騎士は、薄い唇が刻む表情がすっきりと整っていて、妙に印象に残る男だった。
既視感を覚えたアドリーシャは、ややあって、目の前の男になぜ見覚えがあるのかを思い出す。
男は、ユーゴウスの供をしていた騎士だ。エティケが大人しく引いたのも、ユーゴウスの側近が付いているなら問題ないと判断したからだろう。
アドリーシャは、目の前の男がこのまま扉の向こうへと案内するつもりがないことを悟った。
ということは、考えられる可能性は一つしかない。アドリーシャは瞬きのうちに思考を巡らせると、値踏みしていることを隠さない近衛騎士へと優雅に手を差し伸べた。
「これ以上お待たせしてはいけませんね。案内してくださる?」
恭しく一礼した男はアドリーシャの手を取って、すべるような足取りで歩き出した。
導かれるままに幾つかの廊下を曲がって隠し通路を抜けると、象眼で大樹が描き表された扉の前にたどり着いた。
「お茶会は王妃殿下のご公務の都合で、招待状で指定されたお時間の一刻後に始まることとなりました。王妃殿下は、カルディアニ様にお知らせが届かなかったことをご存じではありません」
話を合わせろという暗黙の要請にアドリーシャが顎を引くと、男は扉を叩いて、応えを聞くことなく押し開く。
室内に足を踏み入れたアドリーシャの目にまず飛び込んできたのは、四方の壁に作り付けられた本棚だ。分類されていることが伝わる本の背が整然と並んでいる。奥に見える机の背後には、細かく仕切られた書類棚が置かれていた。
アドリーシャは、左手に見える扉に施された大樹を描いた装飾に記憶を刺激された。
昔物語や著名な絵画に描かれていたことで見覚えのあるその装飾は、ここが王が謁見の合間に休息をとるための小部屋だと告げている。
アドリーシャは、彼女が充分に室内を観察しうるに足る時間を与えていた人物が座る場所へと目を向ける。
重厚な設えと物の質量に圧されてしまう空間の中で、ただ一人のんびりと長椅子に座して寛いでいたその人は、ゆったりと首を巡らせてこちらを見た。
「やあ、アドリーシャ。君とは一度、話をしておかなければと思っていてね。騙し討ちのようなことをしてすまない」
詫びる声は言葉とは裏腹に至極穏やかで、ちっとも悪びれた様子がない。
ヴァルダノ王にしてイルディオスが全幅の信頼を寄せる兄ユーゴウスは、人好きのする笑みを浮かべて、アドリーシャに椅子を勧めた。
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