「君を食べるつもりはない」と言った運命の人に、恋をしてしまいました。

ななな

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未熟な果実 2

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 夕食の後、寝支度を調えてくれたユニカが下がると、アドリーシャは一人きりになる。
 ユニカが立ち去るのに十分な時間が経つまで、アドリーシャは膝に抱いたぬいぐるみを撫でていた。先程まで行儀良く上掛けの下に収まっていたうさぎのぬいぐるみは、この屋敷に来て間もない頃にイルディオスが贈ってくれたものだ。

 憂鬱さを振り払うようにうさぎをぎゅっと抱きしめると、アドリーシャはふかふかと柔らかいぬいぐるみを枕の側に置いて、頭まで上掛けを被った。世界から目を背けるように上掛けの中に閉じこもって考えるのは、セレイナから出された宿題のことだ。

 どうしてもしなければいけないだろうか。きっと、やらなくてもセレイナは許してくれるだろう。でも……。

 何度も何度もためらって、アドリーシャは教わったように手のひらで胸を包んで、指の腹で胸の先をこすってみる。何度かくり返してみるものの、くすぐったいだけで快さは感じない。
 今度は反対の手で清潔な寝衣の裾をたくしあげて、リボンを解いて下穿きを抜き取った。指を足の間に差し入れて、秘所をそろそろと撫でてみる。

 ぎゅっと目を瞑って肌の下の感覚に集中しようとしたとき、頭を母の教えが過った。

 ――成人の宴が近づいたら詳しく教えましょうね。それまでは、あなたに勝手に触れる人はすべて悪だと思いなさい。

 アドリーシャがもしものときに備えて自慰の練習をしていると知ったら、母は軽蔑するだろう。
 なんてはしたない。優美な笑みを湛えた唇がそう吐き捨てる様を思い浮かべて、アドリーシャは小さく笑った。

 こういうとき、アドリーシャは未だに自分が母に囚われていることを自覚する。
 自分でもわかっている。母に叱られるのが怖くて、果実として学ぶことが怖いのだ。 
 叱ってくれるどころか今はもう家族とさえ思われていないのに、忠実に教えを守ろうとする心が残っているなんて。

 唇を噛みしめて、アドリーシャはセレイナの教えを思い出そうとした。

 ――王弟殿下の手をよく見ておくのよ。自分でするのが苦手なら、王弟殿下にされていると思ってみて。

 イルディオスの手は大きくて、骨張っている。指の形は整っているが、それ以上に剣を握ってきた時間が染みこんだ手のひらは皮が厚くて、いつも触れる度に不思議な気持ちがした。
 あの、清潔に整えられた短い爪。剣を握り続けて硬くなった指先で優しくここをなぞられたら、気持ちが良いのだろうか。
 
 勝手にイルディオスを思い浮かべていることへの後ろめたさがこみ上げて、アドリーシャは目を閉じる。
 脳裡に浮かんだ横顔を振り払うようにして、おそるおそる指を秘所へと差し入れようとする。けれども、セレイナのように濡れていないそこは、怖じ気づいた指先をやすやすとは受け入れてはくれなかった。
 触っていればくすぐったいような感覚はあるし、これが次第に昂ぶっていけば快さになるのだろうと頭では理解できる。でも……。

「……っ、」

 無理に指を入れた痛みに肩を揺らしたアドリーシャは、足の間から手を抜いた。
 意気地なし。小さく呻いたアドリーシャは、自分自身を抱きしめるようにして縮こまる。そうしていれば、少しだけ心が慰められるような気がした。

 貴族の娘として扱われるアドリーシャに、個人的な親しみを寄せて触れる人はいない。
 侍女たちの手つきは優しいが世話以上の意味はなく、イルディオスや騎士たちは礼儀の範疇を超えてアドリーシャに触れることはしない。祭司官からアドリーシャを貴族の娘として扱うよう言いつけられている果実たちは、アドリーシャに触れすぎないように気をつけている。貴族であり果実でもあるアドリーシャに、友人と呼べる存在はいない。
 今日グレイシアに抱きしめられたとき、アドリーシャは久し振りに誰かの腕に包まれる幸いを思い出してしまった。

 一度でいいから、イルディオスにただ抱きしめてもらいたい。
 そうしたら、ほかのすべてを諦められるような気がした。

 イルディオスは、力を宥めるための抱擁すら断る人だ。そのくらい優しい人だから、アドリーシャが自分から願い出れば、抱きしめてもらえるのだろうという予感はあった。でも、そうすれば、きっとイルディオスに優しさを強いてしまうことになる。

(そんなわがまま、到底願えるはずもないわ……)

 アドリーシャは、イルディオスの果実としても貴族の娘としても不十分で、中途半端な存在だった。
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