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にぎやかなお茶会 2
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「いいじゃないの。建前は成人の宴を控えたお嬢さん方を呼ぶお茶会だもの。私は王妃よ、噂くらい取り締まれないと思って? 私だって、アドリーシャともっと遊びたいわ」
ねえと微笑みかけられたアドリーシャの腕には気づけばグレイシアの手が絡められていて、ふわりと柔らかい身体に抱き込まれる。
「女の子って可愛いわよね。私、ずっと妹や娘がいたらいいなと思っていたのよ」
アドリーシャは、すぐ傍にある身体が持つ温かさにぽうっとしてしまう。
グレイシアは優しくて、素敵な人だ。ほのかに押し寄せたさみしさを飲み込んだアドリーシャは、おずおずと腕を回して温かい抱擁に応える。こんなふうに抱きしめられるのは、随分久しぶりのことだった。
「確かに、アドリーシャが来てくれたならウィルも逃げ出さないはずという下心もあるわ。でも、アドリーシャにとっても悪くない話よ。学校に通ってはいるけれど、貴族としての社交はほとんどしていないでしょう」
「わざわざ煩わしい社交をすることはありません。アドリーシャは好きなことをして暮らせば良いんです」
「自分が社交下手だからと言って、アドリーシャの世界を狭めるのはよしてちょうだい。私がいるから、悪さをする子もいないでしょう。もとより、そんな子を私が選ぶと思って?」
グレイシアはイルディオスの反論を封じると、アドリーシャをぎゅっと抱きしめる。温かい身体に包まれたアドリーシャは、グレイシアの心遣いを嬉しく思った。
「王妃殿下、ありがとうございます。私もぜひお茶会に参加させていただきたいです」
「決まりね! 追って招待状を届けさせるわ。とびきりおしゃれしてきて頂戴ね」
アドリーシャがはいと頷くと、グレイシアは花のように笑った。
「イル、私たちはシアには敵わないといったいいつになったら学んでくれるんだ? それに、過保護すぎるのも良くないぞ」
「そうよ。いつまでアドリーシャを屋敷に閉じ込めて、独り占めにするつもり?」
「俺はただ、意見を言ったまでです。アドリーシャが行きたいというなら止めません」
軽口をたたき合う国王夫妻とイルディオスは、アドリーシャの目から見ても本当に仲が良い。
ユーゴウスとグレイシアは、たったの一度もアドリーシャを果実として軽んじたことはない。イルディオスの意思を尊重してのことだとは百も承知で、アドリーシャはただ感謝の念を抱いていた。
「アドリーシャからも言ってくれ。俺は意見は述べても、君の決定を無理に覆したことはないだろう?」
もともと兄に大変弱く、さらには兄の妻に口で勝てた試しのないイルディオスは、困ったようにアドリーシャを呼んだ。ユーゴウスとグレイシアといるときのイルディオスは、アドリーシャの目から見ても大変可愛らしいところがある。
「はい。殿下はいつも私を尊重してくださいます」
イルディオスは王弟でアドリーシャは果実だが、彼はあくまでふたりは対等だと示してくれている。そうでなければ、アドリーシャはお茶会の誘いにも頷けなかっただろう。
本心からの言葉だったが、ユーゴウスとグレイシアの表情はみるみるうちに曇りだす。
「無理に言わされてないか?」
「どうか本当のことを言って頂戴」
アドリーシャが言葉を重ねるだけ嘘のように聞こえてしまうようで、二人はしばしイルディオスをじっと見つめては疑わしそうにしていた。とはいえ、それもからかい混じりの親愛からくる振る舞いなのだけれど。
「わざとですね? 俺はこんなに真面目なのに」
「あら、私はあなたがアドリーシャにできることはもっとたくさんあると思っているわよ?」
「私の愛しい妻の言う通りだ」
子猫がじゃれ合うように続く三人の会話に微笑みながら、アドリーシャの胸には密かにさみしさがよぎる。
こうして気の置けない会話を聞いていると、つい考えてしまうのだ。もし自分が果実ではなかったらどうだったのだろう? と。あのままヒュミラ伯爵家で暮らしていたら、王族と深く関わることなどなかったと頭では理解しているのに。
「アドリーシャ、この朴念仁が何かしたらぜったい教えるのよ? 私が懲らしめてあげるわ」
「私は基本的にイルディオスの味方だが、アドリーシャが言うなら耳を傾けよう」
アドリーシャがくすくすと笑いながら頷くと、イルディオスが何か自分に不足があっただろうか? と思っていることがありありと伝わってくる表情でこちらを見てくる。
そのことがおかしくて、ほんの少しだけさみしくて。アドリーシャは、自分の心をごまかすように紅茶に口を付けたのだった。
ねえと微笑みかけられたアドリーシャの腕には気づけばグレイシアの手が絡められていて、ふわりと柔らかい身体に抱き込まれる。
「女の子って可愛いわよね。私、ずっと妹や娘がいたらいいなと思っていたのよ」
アドリーシャは、すぐ傍にある身体が持つ温かさにぽうっとしてしまう。
グレイシアは優しくて、素敵な人だ。ほのかに押し寄せたさみしさを飲み込んだアドリーシャは、おずおずと腕を回して温かい抱擁に応える。こんなふうに抱きしめられるのは、随分久しぶりのことだった。
「確かに、アドリーシャが来てくれたならウィルも逃げ出さないはずという下心もあるわ。でも、アドリーシャにとっても悪くない話よ。学校に通ってはいるけれど、貴族としての社交はほとんどしていないでしょう」
「わざわざ煩わしい社交をすることはありません。アドリーシャは好きなことをして暮らせば良いんです」
「自分が社交下手だからと言って、アドリーシャの世界を狭めるのはよしてちょうだい。私がいるから、悪さをする子もいないでしょう。もとより、そんな子を私が選ぶと思って?」
グレイシアはイルディオスの反論を封じると、アドリーシャをぎゅっと抱きしめる。温かい身体に包まれたアドリーシャは、グレイシアの心遣いを嬉しく思った。
「王妃殿下、ありがとうございます。私もぜひお茶会に参加させていただきたいです」
「決まりね! 追って招待状を届けさせるわ。とびきりおしゃれしてきて頂戴ね」
アドリーシャがはいと頷くと、グレイシアは花のように笑った。
「イル、私たちはシアには敵わないといったいいつになったら学んでくれるんだ? それに、過保護すぎるのも良くないぞ」
「そうよ。いつまでアドリーシャを屋敷に閉じ込めて、独り占めにするつもり?」
「俺はただ、意見を言ったまでです。アドリーシャが行きたいというなら止めません」
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ユーゴウスとグレイシアは、たったの一度もアドリーシャを果実として軽んじたことはない。イルディオスの意思を尊重してのことだとは百も承知で、アドリーシャはただ感謝の念を抱いていた。
「アドリーシャからも言ってくれ。俺は意見は述べても、君の決定を無理に覆したことはないだろう?」
もともと兄に大変弱く、さらには兄の妻に口で勝てた試しのないイルディオスは、困ったようにアドリーシャを呼んだ。ユーゴウスとグレイシアといるときのイルディオスは、アドリーシャの目から見ても大変可愛らしいところがある。
「はい。殿下はいつも私を尊重してくださいます」
イルディオスは王弟でアドリーシャは果実だが、彼はあくまでふたりは対等だと示してくれている。そうでなければ、アドリーシャはお茶会の誘いにも頷けなかっただろう。
本心からの言葉だったが、ユーゴウスとグレイシアの表情はみるみるうちに曇りだす。
「無理に言わされてないか?」
「どうか本当のことを言って頂戴」
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