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偽りの姫は神秘を目の当たりにする 5

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 この期に及んでどうしようかなとレイデーアが言いだしたのに、リリーシャはいいえと笑った。

「殿下はお許しくださらなければいけません。だって、そうでないと私は命を燃やすことができませんから」

 王城に上がったあの日、レイデーアは命を燃やせとリリーシャに乞うた。
 これはリリーシャの想像で、的を射てはいないのかもしれない。でも、リリーシャには不思議な確信があった。昨日、立ち聞きしてしまった会話のせいもある。

 レイデーアは、怯えている。永遠の命を授かったかもしれないと怯えているから、リリーシャに限りある命を燃やしているところを見せろと願ったのではないか。
 なぜレイデーアの関心がリリーシャに向けられたのかは分からなかったが、そのようにリリーシャは考えた。

「そうだな。それをお前に乞うたのは私だった。でも、今すぐは無理だぞ。きちんと三年……あと二年半、私の傍にいろ」
「はい。いま暫く、殿下の下でお鍛えいただきたく思います。もう私は偽りの姫でもなんでもありませんから、自分を食べさせていかねばなりません。それに、私にも少しは能力が……あります、よね?」

 どうしてそこで自信をなくすのだと言って、レイデーアは苦笑した。

「ある、ある。……ちゃんと、私のもとから旅立った後も私の国を愛せよ。私に、お前の燃える命を見せてくれ。いいな? うん。では、はっきりお言い。お前が欲しい男の名は?」

 レイデーアは、ずっとわかっていたことを訊ねるように微笑んだ。
 ゆっくりと上掛けから顔を出したそのかんばせは、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。とてもではないが、二つしか年の違わない娘が浮かべる表情とは思えなかった。それこそ、リリーシャにとっては神様のように思える笑みだった。

 しかし、リリーシャはおくさなかった。
 リリーシャは、変わらずちっぽけな娘だ。まだ自分の世話をするのも下手だし、アーディレイに全ての段階を丁寧に踏むことだけが仕事ではないと叱られたばかりだった。

 でも、リリーシャはアーデンフロシアに来て少しずつ変わった。
 それはほんの少しの寂しさと、それ以上に気持ちが高揚する嬉しさをリリーシャに教えた。

 だから、リリーシャは緊張を押し込めて懸命に微笑んだ。
 ガネージュで自分を守るために身につけた笑みでも、人の勘気を誘うことがないように纏った曖昧な笑みでもなかった。それは、ほんの少しだけ踏み出そうとするリリーシャ自身がそうしたくて浮かべた笑みだった。

 今から望むことは、これまでのリリーシャならば到底口に出せないことだった。
 でも、間違いなく心の底からの願いだった。

「リガード・ガネージュ。かつてその名を戴いた男を頂戴したく思います。リガードだけが、私にふさわしい嫁ぎ先です」

 緊張に瞬いたリリーシャの視線の先で、レイデーアはふふっと声を立てた。そして、晴れ晴れとした笑みを浮かべて見せる。一瞬で寝台の上に満ちた目映さは、弾けるように寝室中を照らした。リリーシャは慣れた仕種で目を伏せる。

「よく言った! リリーシャ、おいで。強くなったなぁ。お前がちゃんと欲しいものを欲しいと願えるようになって、私は本当に嬉しい。お前がリガードしか要らないというまで、お前に惚れた男どもを永遠にさしむけてやろうと思っていたのだぞ」

 頭を抱えられるように引き寄せられて髪をぐしゃぐしゃに撫でられながら、リリーシャは驚いた。
 え? え? とくり返すリリーシャの髪をさんざん乱して満足したのか、レイデーアはようやくのことでリリーシャの頭を解放した。
 ぼさぼさに乱れた髪の間から、リリーシャはくすんと笑うレイデーアを見下ろした。

「は、はじめから……お許しくださるおつもりだったのですか?」
「厳密には、途中からな。リガードのことを諦めたほうが幸せになれるんじゃないかと思っていたが、ほら、いつだったかお前が熱を出したろう。あのときに見舞ったら、お兄様お兄様とうなされながら泣いていたぞ。その様子があんまり哀れでしかたがなかったものだから、この私が思い直した。ここまで惚れさせたリガードに責任を取らせるべきだとな」

 リリーシャは、呆然とした。それから、じわりと頬が勝手に熱くなるのを感じた。
 夢の中でだけ泣いているのだとばかり思っていたが、どうやら涙は夢の外にも現れ出でていたらしい。おまけに、うわごとまで。

「リリーシャは、ずっと自分の気持ちを押し殺してきたんだろう? それは賢いよ。特に女には、生きるためにそうしておいたほうがいいことが多いもの。ガネージュのような国なら尚更だ。だからこそ、周囲から疎まれてきた想いを願えるようになったのなら叶えてやろうと思ったのだ」
「どうして……どうして、こんなに良くしてくださるのですか? 私のような身の上にある娘です、如何様にもできたでしょう」

 リリーシャは、ぺちんとシーツを握りしめた手の甲をはたかれた。お叱りである。
 レイデーアは、リリーシャが自分を卑下したり、不必要な遠慮をしたりすると、よくそうするのだった。

 レイデーアは、細く長く息をついた。そうだな、どう説明しようかと呟いて。

「……私には、かつて姉のように慕った人がいた。でも、あの戦でその人とは相容れなくなってしまってな。どうしようもないことだが、私はさみしかったんだ。
 あの人が私の前に姿を現さなくなってしばらく経った頃、私はすばらしく聡明で美しいという娘の話を聞かされた。そやつはそれはもう熱心に妹を売り込んできてな。少々恐いほどの執念だと思ったが、そんなに愛されている娘の顔が見たくなった。……それに、私もいいことがしたかった」

 リリーシャは、レイデーアが語ったのがカミラのことだとわかった。でも、自分がそれを知っているということは秘密にするつもりでいたので、そっと続きを促した。

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