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偽りの姫は戦勝国に嫁がされる 3

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 ――大地の精霊を奉じる小国ガネージュが、自国の北と南にそれぞれ位置する大国の争いに巻き込まれたのは、半年と少し前のことだった。

 北のリーデンバーグ、南のアーデンフロシアに挟まれて、ガネージュは亡き王妃の出生国であるリーデンバーグ側に付くことを余儀なくされた。

 リガードは議会で、リリーシャは食事の場で、好戦的なリーデンバーグではなく女神を奉じるアーデンフロシアに味方することを上奏したが、受け容れられることはなかった。

 ここ数年、ガネージュは戦を好むリーデンバーグ王の圧政でたびたび移民が流れ込んできて対処に困っていたのだが、その圧倒的な武力の前には従うほかはなかった。後になって、それはリガードの母を死なせた償いを求めてのことでもあったことをリリーシャは聞かされた。リーデンバーグは、当時は何も言わなかったというのに、今更亡き娘を取引材料に使ってきたのだ。

 国の決断にも隣国の要求にも納得いかなかったが、リリーシャが開戦に消極的だと気づいた重臣の一人に女にはわからぬ領域のことだと叱りつけられて口を噤むしかなかった。

 戦の発端は、リーデンバーグの王太子がアーデンフロシアの姫に一目惚れをして狼藉を働こうとしたところ、アーデンフロシアを守護する女神が雷を落としたことだった。
 リーデンバーグは王太子の行為を棚に上げて、王太子に消えない傷を与えたアーデンフロシアを責め、「女神などという不可思議な存在に盲目的にへつらう愚か者どもめ」と愚弄したが、アーデンフロシアはあくまで外交的な解決を望み、決して脅しに屈することをしなかった。
 長引く交渉に業を煮やしたリーデンバーグ王は、かねてより野望を抱いていたらしい遠征に踏み切った。大国に挟まれた小国ガネージュを巻き込み、戦場として利用しながら。

 リーデンバーグの予想に反して、閉ざされた神秘の国として侮られていたアーデンフロシアはしぶとかった。
 女神に守護されたアーデンフロシアには、女神の加護だという不可思議な力と繊細で技巧的な剣術、そして優秀な指揮官による差配があった。何事も力で押す武力の国であるリーデンバーグにとっては、ある意味最悪な敵だったろう。

 とはいえ、拮抗状態は長く続かなかった。
 戦の指揮を執っていたアーデンフロシアの王太子が乱戦の最中に命を失うと、その供をしていた若い王子が怒りに燃える剣で戦端を切り開いたのだ。
 アーデンフロシアの若い王子は同じく怒り心頭になった女神の後押しを受けて、周辺諸国に武名を轟かせていたリーデンバーグの王太子を引っ捕らえた。リーデンバーグは退却を余儀なくされ、人質と引きかえに和平交渉に応じざるをえなかった。そして、ガネージュの王は愛妾とともに命を絶ち、王族として責任を取るというで恭順を示した。

 戦勝国となったアーデンフロシアは停戦条約を締結するとともに、ガネージュを併呑することにした。
 リーデンバーグとの間にガネージュのような中立を保てない国が残っていたならば、この先も戦が起こると踏んだのだろう。いずれリーデンバーグが条約を破ってふたたび攻め込んでくるのではないかという危惧も、その意見を後押しした。

 リガードは派遣された優秀な文官たちとともに国を解体することになり、ガネージュはアーデンフロシアの一領地として生まれ直す運びとなった。

 敗戦国の王太子の存在は、後の火種となりかねない。
 リガードは良くて追放か悪ければ死刑と覚悟を決めていたが、アーデンフロシアは聡明なリガードをみすみす手元から逃すほうが厄介かつ損失になると考えたらしい。

 リリーシャの処遇が取り沙汰されることになったのは、国を失う事態になりつつもガネージュが平穏を取り戻しつつあったときのことだった。
 リガードとアーデンフロシアの文官主導の仕事から遠ざけられた亡きガネージュ王の重臣たちは、今ならばリリーシャの今後を好き勝手に差配できると考えた。何しろ、リリーシャは年頃の美しい娘だった。美しい娘にはそれだけで価値がある。十年ばかり王族として遇したのだ、せいぜい役立ってもらおう、と。

 アーデンフロシアから差し向けられた文官のに、はたまた戦に資金を提供した商人への褒美にとひそかに画策していた重臣たちは、リガードがアーデンフロシアとの縁談を用意していたことを知らされて不服そうにしたという。美しい娘は手元に置いておけばくりかえし利用できる財産だろうにと。しかしリガードは亡き王のように御しやすい男ではなかったから、結局は受け容れざるを得なかった。

 輿入れの報せを受けたリリーシャは「お兄様の仰るままに」と返事をし、以降どんなに声を掛けられても部屋から出ず、誰からの面会にも応じないまま旅立ちの日を迎えたのだった。

 リリーシャが嫁ぐにあたっては、誰も伴うことを許されなかった。
 たとえ許されたとしても、罪人の子を母に持ち、まったき王族ではないリリーシャの供をしてくれる者がいるはずもなかった。主が大切にされる可能性が低い道だ、帯同しても得られる旨味は少ない。

 幸運だったのは、リガードの傍で高い教育を受けていたリリーシャがアーデンフロシア語の読み書きや会話に不自由しなかったことだろう。
 このことは、アーデンフロシアからやってきた文官たちを喜ばせた。姫は優秀でおられるのですねと言った彼らは、重臣たちが過ぎた世辞は若い娘をつけ上がらせるから止して頂きたいと返したのに驚いていた。文官たちの目がなんて野蛮なのだと言わんばかりの表情を浮かべていたことに、リリーシャは不思議な驚きを覚えたものだった。

「リリーシャ姫。もうすぐ王城に着きますよ。ちょうど、今は春です。アーデンフロシアは春が最も美しい。まあ、多少荒れたところはありますが」

 馬車の中で自分が置かれた状況を思い出していたリリーシャは、静かに語りかける声に顔を上げた。
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