夏と竜

sweet☆肉便器

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43 みなさんこんにちは

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 半ば引き摺られるみたいにして僕は太郎さんと花子さんにショッピングモールの中まで連れ戻された。

 店内は太郎さんが予想した通りにまだひとが溢れ返っていて本物のアオちゃんを探していた。
 なかには僕とアオちゃんの姿に気が付いて近付いて来ようとするひともいたけれど、山田ズの華麗なディフェンディングの前に僕とアオちゃんに指一本触れることは出来なかった。

 ホールの中央ではこの突然の騒ぎにショッピングモールの店員さんがハンドマイクを片手になんとか静めようと奮闘を重ねていたけれど、思うように効果は上がっていないらしく、半泣きで「おねがいです、おねがいですからみなさん落ち着いてください」って頼んでいた。

 「あら、予想通りの大繁盛ね、これならオーディエンスに事欠かないわ。ナツくん、行きましょう」

 もうこの状況は修羅場って言葉がピッタリだと思うんだけど、花子さんはたいして驚きもせずに『大繁盛』なんて言葉を使うんだ。
 もう花子さんの頭のなかはハッピー過ぎて脳内麻薬ドパドパの状態らしい。
 同じくドパドパの太郎さんが向かってくるお客さんを掻き分けているんだけど、こっちも大分アレなテンションで。

 「ヒャッハー、どぉけぃどけどけどけぇぇ~ーーーいぃっ! ナツ様とアオちゃん様のお通りだぁ~ーーい、愚民どもは拍手万雷万歳三唱三跪九叩頭でお迎えせいっ、手出し御無用三者凡退国家鮟鱇君臣豊楽でござるぞよっ!」

 もう意味のわからない言葉を並べ立てながら向かってくるひとを宙に舞い上げている。

 山田ズは店内の中央まで進むとハンドマイクを持った店員さんからマイクを毟るみたいに取り上げた。

 半泣きだった店員さんはもうイッちゃってる太郎さんの行動に「ひぃっ」って叫ぶと人混みのなかに逃げ出してしまった。
 ゴメンね店員さん。トラウマとかになってしまわなきゃいいんだけどなぁ。

 「諸君っ!!」

 太郎さんは一段高くなった台の上にあがるとマイクでみんなに叫んだ。

 あんまりに声が大きかったもんだから、スピーカーはハウリングを起こしてピーッて大音量の雑音が流れただけだったけど、それのお陰でお客さんの騒ぎは少しだけ収まったんだ。

 「諸君っ!!」

 聞こえなかっただろうと太郎さんはもう一度呼ばわった。けどまた大声だったせいでまたもスピーカーから出たのはハウリングだった。

 「山田さん、マイク、僕に貸してください」

 もうここまで来ちゃったら逃げようもない。僕は腹を決めてマイクを太郎さんから受け取った。

 太郎さんと立っていた場所も替わってもらって僕は台の上に立った。

 周囲を見渡せば店内に隙間無くひとが居て、その誰もが僕に視線を向けている。
 ああ、緊張で喉が乾く、脚だってガタガタと震えて今にも崩れ落ちそうだ。

 人混みの前にはエミおばさんとアオちゃんとシャノンの姿があって、「ガンバレ~」って手を振っている。
 みんな僕たちに注目しているからアオちゃんたちに気が付いているひとはすくないし、花子さんが巧みにガードをしている。

 僕は二度三度と深呼吸を繰り返して落ち着こうと努める。なし崩しと勢いに乗せられた感はあるけれど、これでアオちゃんの今後の身の振り方が決まるんだ。落ち着いて思ってることをみんなに伝えよう。

 僕は汗で滑り落ちそうになるマイクを握り直して口を開いた。

 「みなさんこんにちゅわ」

 噛んだ。

 …なんてこった。
 初っぱなからの躓きに一度落ち着いた気持ちがまた浮き上がってパニックに陥りそうになる。
 
 「……ッ」

 なんとか言葉を紡ごうとするけれど、何を言っていいのやらもわからずに頭が真っ白になってなんにも頭に浮かんでこない。

 ザワザワ、ザワザワ。

 次第にざわめきが振り返してきてそれがまた僕を黙らせてしまう。
 
 悪循環だ。

 「ナツくん」

 太郎さんが僕の代わりに話をしようとマイクに手を伸ばした。

 「キューッ!」

 「あっ!?」

 その時だった。
 アオちゃんがひと鳴き、エミおばさんの手を放れて僕のほうまで翼をはためかせて飛んできた。

 咄嗟にマイクを握っていないほうの腕を差し出す。
 飛ぶ練習を繰り返している時、アオちゃんは着陸の際に僕を目掛けて飛んでくるんだ。
 そしてそのまま僕の腕のなかにフワッて収まる。
 何度も繰り返した練習そのままに僕はアオちゃんを迎えた。

 「えっ!? アレってホンモノ?」

 「さっきのアオちゃんだ!」

 「飛んだぞ!」

 「かわいいっ」

 「見ろよっ、本当にいたぞ!」

 アオちゃんが壇上に現れたことで周囲のひとたちのざわめきはますますヒートアップしていった。
 けど、アオちゃんはそんなことなどお構いなしに僕に身体を擦り付けて甘えた声で鳴く。
 
 「クー、クルクルクル♪」

 アオちゃんにとっては周囲のひとたちなんてどうでもいいのだろう、そんな普段と変わらないアオちゃんに僕の緊張はあっさりとほぐれていった。

 アオちゃんを抱え直してマイクも握り直す。
 だいじょうぶ、今なら言える。アオちゃんと一緒ならば僕に怖いものなんかないさ。

 「みなさんこんにちわ」

 さっき噛んでしまった言葉は驚くぐらいあっさりと僕の口から流れ出た。

 「僕は皆川夏、そしてこの子はアオちゃんです。ホラ、アオちゃん目の前のみなさんにごあいさつ出来るよね」

 「キュー♪」

 僕の言葉にアオちゃんは振り向いてその場に居たひとたちに向かって手をあげる。
 すると「オォーーーッ!!」って歓声が沸いた。
 周囲は盛り上がってるけど、僕が何を言うのかを待っている雰囲気だ。すこし騒々しいけどそのままマイクに向かう。

 「アオちゃんはドラゴンって種族の幻獣です。幻獣ってのは僕たちの生きている世界とはまた違った世界に住んでいる生き物なんだってじいちゃんに教えてもらいました。
 ええ、っと、じいちゃんはその世界のことを『あっち側』とかって呼んでて、それはどうも異世界って意味らしいんです」

 『異世界』って言葉にたくさんのひとが反応を示した。
 どうやら異世界に興味あるひとが多いみたいだ。

 「その異世界に通じる穴ってのからアオちゃんは卵のままこっちの世界に来て僕がそれを拾いました」

 僕は話を続ける。アオちゃんと出会ってじいちゃん家で暮らしていること、アオちゃんが宝物を探すのが好きなこと、海へ行って遊んだこと、飛ぶことに興味があって一生懸命練習して飛べるようになったこと。

 たぶん僕の話は支離滅裂だったかも知れないけど、みんな文句も言わずに耳を傾けてくれていた。

 シャノンとエミおばさんに出会ったことも話をしてシャノンを壇上に呼んだんだけれど、シャノンは恥ずかしがってエミおばさんの服のなかに隠れてしまった。
 エミおばさんはため息をついて自ら壇上に上がってシャノンを懐から引っ張り出してみんなに見せると「カワイイーッ!」って声があがったりしてますますシャノンが恥ずかしがるなんて場面もあったりした。

 「僕とアオちゃんは有名になんてなろうなんて思ったりしてません」

 今まであったことを話し、最後に僕の要望を告げる。
 みんなはわかってくれるだろうか? それともそんなのは関係ない、人気者はその責任を果たすべきだと言うのだろうか?
 結果はわからないけど、僕は自分の思っていることを伝えるべきだと思うからこの場に立ったんだ。
 
 「アオちゃんと出会ってからの毎日は本当に楽しくって、そんな日々がずっと続いたらいいなって考えているだけです。アオちゃんはペットやオモチャなんかじゃないんです、僕の大切な家族なんです。どうかアオちゃんやシャノン、他にも僕のまだ知らない幻獣が僕たちの世界に迷い込んでも煩わしい思いをさせないようにさせてあげてください。
 お願いします」

 マイクをおろして僕はペコリと頭をさげた。それと同時にアオちゃんも「キュー」と鳴いて頭をチョコンってさげる。
 エミおばさんもシャノンも、太郎さんも一緒に同じく動作をした。

 会場は静まり返っている。

 もし「ふざけるなっ、珍しい生き物を独占しようとするなっ、もっとみんなに見せろっ」って言われたらどうしよう? もしそうだったとしても自分の考えを曲げるつもりはない。最悪山田さんたちに頼ってじいちゃん家から出ないようにするけど、それはアオちゃんたちに不自由を強いるから出来ればみんなにもわかってほしいんだ。

 パチパチパチ

 静かだったホールに誰かが手を叩く音が響く。

 パチパチパチ、パチパチパチ

 最初はひとつだった拍手、それが次第に増えてゆく。

 パチパチパチ、パチパチパチ、パチパチパチ、パチパチパチ

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ

 ちいさな手を叩く音はあっという間に増えてって会場を埋め尽くす万雷となった。

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ

 「よく言ったー、協力するよー」

 「惜しいけどわたしはヌイグルミで我慢するわ、あなたたちに迷惑は掛けないように」

 「遠くから見守ってるよ。yes Genju no touch」

 「こっそりと応援するだけにするからねー」

 拍手と共に僕たちに対する声援の声も聞こえてくる。

 「ありがとうございます、ありがとうございます」

 なんとかこのホールに集まったひとたちの理解は得られたみたいで僕は何度もお礼を言って頭をさげた。

 うれしかった。こんなことになっちゃってどうしようかと思ったけど、山田さんたちに半分無理矢理に連れてこられて大丈夫かなって思ったけど、みんなのやさしさに何度でもありがとうって言いたい気分だ。

 「ナツ、あの子」

 万雷の拍手が鳴り止まないなか、エミおばさんが僕をつついた。

 なんだろうと思ってエミおばさんを見ると彼女はホールの一点を見ている。

 ホールの片隅、大勢のひとたちに隠れるみたいにひとりの女の子の姿があった。

 さっきアオちゃんを最初に見付けた子だ。

 その女の子はひとり拍手もせずに手にしていたアオちゃんのヌイグルミを握り締めている。
 彼女のお母さんがオロオロと彼女にも拍手をするように説得しているみたいだけど、女の子は頑なに手を叩こうとはせずに涙を湛えて僕たちを睨み付けているんだ。

 きっとアオちゃんが手に入らないとわかって悔しいんだろう。

 ギュッと噛み締めているその唇がその悔しさを如実に現していた。

 僕はおもむろに壇上を降りる。
 途中お客さんと一緒になって拍手をしていた店員さんにマイクを渡して真っ直ぐに進む。

 行き先は女の子のところだ。

 ホールには満員のお客さんがいたけれど、僕が歩くとそちらの人垣が割れて一直線に進むことが出来た。

 僕とアオちゃんは女の子の前までたどり着き彼女に目線を併せるよう腰を屈めた。

 「ねぇ、アオちゃんはヌイグルミでもペットでもないんだ。だから欲しがっても手に入らないんだよ?」

 僕の無情な言葉に女の子の僕を睨み付ける視線が強くなる。
 
 「うー……」

 「アオちゃんやシャノンみたいな幻獣はね、人間と似た考えを持っているんだ。うれしいと笑うし、悲しいと泣く、イヤなことはイヤって言える生き物なんだ」

 「うー……」

 女の子の返事はうなり声で返ってくる。きっと僕の言ってる言葉は理解してるけど感情が理解させまいとしているのだろう。

 そーゆー気持ちってわからなくはない。手に入らないことは理解してても悔しくってどうにもできないんだ。
 だから僕は妥協案を彼女に提示した。

 「幻獣は僕たちと友だちになれる存在なんだよ。だから、キミもアオちゃんと友だちになってくれないかな?」

 僕はそっとアオちゃんを床に降ろした。
 アオちゃんも目の前で泣いている女の子が気になっていたんだろう。ピコピコと短い脚で女の子のほうまで歩いて行くと「キュー?」って小首を傾げた。
 「どうしたの? かなしいの?」って訊いているんだ。

 「アオ"…ぢゃんっ」

 女の子はパッと屈むとアオちゃんを抱き締めてグズグズと泣き始めた。

 「キュー、クルクル、キュー」

 「なかないで、だいじょうぶだよ」ってアオちゃんが女の子の腕の辺りをポンポンって叩く。僕がアオちゃんを慰めたりするときの動作だ。

 「アオ、ぢゃ…アオ"ぢゃん、アオぢゃーん、ふええ、ええっ」

 「キュー、キュー、キュー」

 本格的に泣き出した女の子をやさしいアオちゃんは泣き止むまで何度も慰めてあげていた。






 「本当に申し訳ありませんでした、ご迷惑をお掛けしてしまい。この子にはよく言って聞かせますので」

 女の子のお母さんが僕たちに平謝りで頭をさげてくる。

 どうやらこの女の子、『法邑ペコちゃん』は動画でアオちゃんを目にして以来アオちゃんに夢中だったらしい。
 幼稚園でもアオちゃんの絵を描いたり、ヌイグルミをはじめとしたグッズを集めたり、家でもアオちゃんの話ばっかりなのだと言う。

 たまたまこのショッピングモールにお母さんとふたりで買い物に来てアオちゃんの本物を見てその想いはさらに強まったみたいだけど、僕があんなことを言ってしまったせいで僕を睨み付けてしまったそうだ。

 「おにいちゃん、ごめんなさい、おにいちゃんのかぞくのアオちゃんをとろうとしちゃって」

 「ううん、わかってくれたのならいいんだよ。それでアオちゃんと友だちになってくれるかな?」

 「…うん、いーよ」

 ペコちゃんはさっき泣いたのが恥ずかしかったのかすこし赤い顔で頷いてくれた。

 「キュー?」

 アオちゃんもペコちゃんに「おともだちになろうよ」って手を伸ばす。
 それをペコちゃんはそっと握ってはにかんだ笑顔で応えてくれた。

 「あたし、ほうむらぺこ、よろしくね、アオちゃん!」

 「キュー♪」

 アオちゃんににんげんの女の子の友だちが出来た瞬間だった。
 





 

 

 

 

 

 
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