夏と竜

sweet☆肉便器

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8 散歩 もしくは夏とアオの冒険

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 家に戻ったついでに玄関に掛かっていたトートバックを持ってきた。
 中は空っぽだ。

 集落を一周するつもりだけど、アオちゃんが途中で見付けた宝物をいっぱい拾ってきて持ちきれなくなると思ったからさ。

 案の定アオちゃんはさっそく拾ったものを持って僕のほうまで見せに来た。

 「ん? アオちゃん、今度はどんないいものあったの?」

 って、うわっ、短い両手で掲げるみたいに僕に見せてきたのは何か異様にでっかいアオガエルだった。

 「キュゥ、クルルー♪」

 しかもセミの脱け殻を見付けた時よりもさらに嬉しそうだ。

 「あ、アオちゃん、カエルさんは生きてるからね。キミの宝箱には仕舞っておけないよ」

 「キュッ? キュルル」

 アオちゃんがどうしてって首をかしげる。

 僕はツメが食い込んで苦しそうにしているカエルをアオちゃんからそっと受け取って地面に置いてあげた。

 「ゲコ」

 カエルはひと声鳴いてピョンって草むらの中に消えていった。

 「キュキュッ、ピーーーッ」

 アオちゃんは僕がカエルを逃がしてしまったのでガーンって顔をして、それから「なんでにがしちゃったの? せっかくつかまえたのにっ」って抗議の声をあげた。
 たぶんそう言ってるんだ。

 僕はアオちゃんに生き物は無闇矢鱈に捕まえちゃダメだって教えた。
 生き物はちゃんと育てないと死んじゃうし、死んじゃったらアオちゃんだって悲しいでしょって。

 そう言ったことを教えるのって難しくって何度もつっかえつっかえ言葉にしていったんだけど、アオちゃんは頭のいい子だから納得してくれた。

 「はなはいいの?」って途中道端に咲いていたヒメジョオンを指差して訊いてくるので、「いいよ」って頷いたらヒメジョオンの向こうのヒマワリに突撃していったので慌てて止めるハメになった。

 ホント、教えるのって難しいよ。





 アオちゃんの宝物探索の旅は案外すぐに終了した。

 アオちゃんの短い脚ではずっと走っていられないから。

 家から二〇〇メートルくらい離れたところでアオちゃんはバテて立ち止まった。
 僕はアオちゃんを持っていたトートバックに入れて手提げのヒモを肩に担いで散歩を再開した。
 予想しなかった使い方をするハメになったけど、持ってきたのは正解だったね。

 宝物探しは中断しちゃったけどアオちゃんはご機嫌だ。
 どうやら僕と近いのが嬉しいらしい。
 そう言えばスキンシップも過剰なところがあるもんな。傍にいると常に頭を擦り付けてきたり尻尾を巻き付けてきたりすることが多い。

 今はもう何も育てていない果樹園だった場所を抜けると道は二股に別れる。
 左側の坂を登ればそっちは神社へ向かう道。右は集落をぐるりとまわる道。
 僕は二股を右に曲がった。
 
 せっかくのアオちゃんとの散歩だ。今日はアオちゃんの行ったことのないところまで行ってアオちゃんの世界を広げて欲しい。

 「アオちゃん見て、山が幾つも重なってるよね。あの山の向こうには海があるんだよ」

 ここは高い山にある集落で遠くまで見渡せる。さすがに海までは遠いし他の山が影になるから見えはしないけど遠くの空はほんのり白くって海のある感じがして好きなんだ。
 
 「海ってのはねスッゴく大きいんだ、大きい水溜まり。昨日入ったお風呂よりもずっと大きくて深いんだ。アオちゃんの宝物になりそうな貝殻もいっぱい落ちてるからいつか一緒にいってみたいね」

 「クー、クー、キュルル」

 「ほら、下に沢が流れてるでしょ? あの水が海まで流れていってるんだ」

 興味があったのかアオちゃんはトートバックから首を伸ばして沢を覗こうとする。

 沢は山と山の底にあって感覚的には絶壁に近い谷のようにも見えるんだ。僕はアオちゃんが落ちたりしないようそっとトートバック越しにアオちゃんの腹の部分に腕をまわした。

 「春になるとね、じいちゃんがあの沢まで降りてって魚を釣ってくるんだ。アオちゃん魚も好きだもんね、来年はじいちゃんに釣ってきてもらって焼いて食べよう。海の魚とはちがった味がして美味しいんだよ」

 朝ごはんでアオちゃんはシシャモも喜んでいた。きっと川の魚も気に入ってくれると思うんだ。

 アオちゃんは川の魚に興味を惹かれたのかしきりに沢まで降りたがったけど、僕はそれを止めた。

 あの沢は見えはするけど簡単には行かれないんだ。

 上流は険しい山でとてもじゃないけど降りられないし、下は滝になっている。
 滝は『魚止めの滝』って呼ばれてて元々あの沢には魚なんて居なかったらしい。
 だけど昔じいちゃんが魚を何匹も生きたままあの沢まで持ってってそこに放流したんだって。
 『イワナ』って厳しい環境でも水さえキレイなら生きられる種類の魚らしくって、じいちゃんが放流して何年後かに行ってみたらたくさん泳いでたって言ってた。
 じいちゃんの秘密の釣り場だ。

 僕もいつかは行ってみたいんだけど、今はまだ危険だからってじいちゃんに止められている。
 だからじいちゃんと約束している。
 僕がもっと大きくなって険しい滝も越えられるようになったらあそこに行って渓流釣りを教えてくれるって。

 「その時はアオちゃんも行こうね」

 「キュ♪ キュキュー」

 そんなとりとめもない話をしながら歩いていると道の端っこにバス停が見えてきた。

 今は集落にひとが居なくなって廃線になった路線バスの停留所。
 錆びた時刻表と半分朽ちかけた小屋がまだ残っている。
 
 ちょうど集落をぐるりとまわる道の中間地点くらいで神社の裏にあたる。

 バス停の辺りは大きな樹が陽射しを遮ってくれていて吹き抜ける風も気持ちがいい。

 「ちょっとひと休みしようか」

 僕は小屋の横にある手頃な岩に腰を降ろすとトートバックからアオちゃんを出してあげた。

 「アオちゃん、家はキケンだから入ったりしちゃあダメだよ」

 「キュー」

 バス停の道向かいには家があるんだ。

 家って言ってももう誰も住んでない廃屋で土の壁も半分崩れて中の朽ち具合も相当だ。
 庭先に植わってただろう竹林はもうひとの手も入っていなくって、家の中にまで侵入して雨水で腐った畳を押し上げて平らなハズの床を波うたせている。
 屋根も草が生えていて瓦が半分以上地面に落っこっていて穴が空いている。
 そこから漏れた明かりが屋内を照らしてるんだけど、その明かりが逆に暗いところをより真っ暗にさせている。
 家の外には井戸だった名残の石組みがあって半分以上蔦草に覆われている。
 その周りには古い昔の茶碗とか鉄のやかん、鍋やなんかが置かれてる。

 ひとが生活してた跡ってなんて言ったらいいのかな?
 居なくなって何十年も経ってもまだそこで生活を送っていた意識って言うか記憶って言うかがそこに残ってる感じがして、なんか入ってみてもどこか居心地が悪いんだよね。
 他人の家に無断でお邪魔してるみたいでさ。

 だからかな?

 アオちゃんも興味はあるみたいだけど入りづらくってウロウロと廃屋の手前を行ったり来たりしているだけ。
 結果的にだけど僕の言いつけをちゃんと守ってる。

 アオちゃんの視線は井戸の辺りに集中している。その中でも茶碗やお皿なんかが置かれている場所。

 「アオちゃん、宝物にしたいものあったの?」

 「キュゥ、キュッ」

 アオちゃんの指差している場所には古ぼけたガラスの瓶が半分草に埋もれてあった。

 緑色の古いサイダーの空き瓶。

 家に入らなきゃそんなに危険はないと思う。取りに行ける場所なんだけど廃屋同様荒れていて不気味な雰囲気がそこへ行くのをためらわせているらしい。

 アオちゃんは道と廃屋の敷地の境界のあたりでしばらくウロウロとしたり首を伸ばしてみたりとしていたけど、やっぱり廃屋の恐さが勝ったみたいでしょんぼりとバス停のほうまで戻ってきた。

 それでも空きビンに未練があるみたいで古井戸のある方角に度々視線が向かう。

 「アオちゃん、少しここで待っててね。着いてきちゃいけないよ」

 僕は少し落ち込んだ様子のアオちゃんにそう伝えると立ち上がって道を横切った。
 枯れた藪を手で脇に退かすと僕は道と廃屋の境界線を越えた。
 地面に落ちていた短い枯れ枝や藪が足に刺さって痛い。サンダルじゃなくってスニーカーか長靴でも履いてくるんだったな。

 「キューッ、キューッ、キューッ」

 僕を心配してるんだろうかアオちゃんの声が背中越しに聞こえる。

 「大丈夫、大丈夫だから」

 アオちゃんの声に返事をしながらも足元に注意しながらズンズンと進む。
 思ったより呆気なく古井戸の傍にまでたどり着いた。

 草に埋もれたサイダーの瓶を拾い上げる。

 表面に付いていた土を払って着ていたシャツの端っこで拭うと意外にキレイな瓶だったことがわかった。

 傷も少なくってガラスもちゃんと透明だ。

 木漏れ日にかざしてみると緑色の光がキラキラと輝いている。

 戦利品を片手にもう一回藪を掻き分けてもと来た道を戻る。一度通った場所なので最初よりは歩きやすくなっていた。

 「アオちゃん、この瓶でよかったのかな?」

 訊きながら渡してあげるとアオちゃんはポカンとした表情をして受け取った瓶をまじまじと見詰める。
 どうやら一度諦めた宝物が手に入ったのが信じられない様子だったけど、次第にそれが自分の欲しがったモノだとわかってきたのかパタパタと尻尾と翼を忙しなく動き始める。

 「キューーーーー♪」

 それから感極まったって感じで突然僕の脚にガバッってしがみついてきた。

 下から見上げるアオちゃんの瞳には僕に対する感謝と尊敬の感情がうかがえた。

 どうやら自分には出来なかったことを平然とやってのけた僕にシビレて憧れてくれたみたいだ。

 少し照れ臭いけどアオちゃんからそういった目で見られると頑張った甲斐がある。

 さて、無事アオちゃんの期待に応えられた僕だけど、家までの道すがらだんだんと不安になってきた。

 だってさ、ああいった廃屋ってドラマとか映画とかだとたいてい面白半分に行くとヒドイ目にあったりとかするじゃん。
 
 幽霊とか怨念なんてのはあんまり信じたりしない性格だけど、それでも恐いものは恐い。

 あの廃屋には今もまだ幽霊なんかが居たりして、茂みの薄暗い陰とかから僕を視ているんじゃないかとか、僕が見えないだけで実は今も肩に取り憑いてて家まで着いて来ちゃうんじゃないかとかいろいろと考えて足取りが重くなってゆく。

 トートバックの中からアオちゃんが「どうしたの?」って顔を向けてくるけど、僕はできるだけなんでもないよって顔をしてあげる。

 アオちゃんはガラスの瓶を何度も太陽にかざしてそのキラキラとした様子を楽しんでいる。なのに僕のこんなしょうもない心配で嬉しい気持ちを盛り下げてやりたくない。

 お祓いとかしてもらったほうがいいのかなとか考えていると不意に背後から『パパーーッ』って大きな音がした。

 僕はびっくりして後ろを振り返った。

 「夏坊、アオと散歩か? もうすぐ昼じゃから後ろに乗ってけ」

 そこにはオンボロな軽トラックがとまっていた。運転席にはじいちゃん、助手席にばあちゃんの姿があった。どうやら畑からの帰り道らしい。
 荷台にはクワやカマと一緒に畑で採ってきたらしい野菜が積まれている。

 「あ、うん。もうそんなに時間起っちゃってたんだ」

 僕はまだバクバクとしている心臓を押さえてそうじいちゃんに返す。

 「夏坊、ちょっと動くな」

 「え? なに?」

 軽トラックの荷台に登ろうとした僕をじいちゃんが止める。
 なんだろう? やっぱ憑いてた? ヤバイモノ拾ってきちゃった?
 不安になる僕の肩にじいちゃんの腕がのびる。

 「藪の中にでも入ったんか? 随分とでかいの拾ってきたな」

 ちょんとつまみ上げたじいちゃんの手には大きなバッタが一匹。

 バッタは羽を広げると樹の向こうに跳んでってすぐに見えなくなっちゃった。

 「わんぱくなのも結構だがな、あんまり変な所行くんじゃないぞ。うちじゃお前さんとアオ以外は養いきれん」

 じいちゃんはそう言って笑った。









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