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101 ゆまは姉ちゃんとグリコ、僕はオマケ
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ヨウタロウさんが魔法について教えてくれる日、僕たちは夕方までそれぞれの仕事をこなしてから此方と彼方を繋いでいる穴の前へと集まった。
シャノンもヨウタロウさんの授業に参加する都合上ここでしか授業が行えないからだ。
「「「「「ヨウタロウ先生っ、おねがいしますっ!!!」」」」
「ちょ、少し待ちたまえっ」
授業に参加するメンバー全員が集まったので僕らはヨウタロウさんに始業のあいさつをした。けれど何故かヨウタロウ先生はそんなやる気に満ち満ちた僕らに制止の声を掛けてくる。
「キュ~ッ、キュゥゥッ」
「え~、ヨウタロウセンセーはやくじゅぎょうしようよー」ってアオちゃんも急かすけれどもヨウタロウさんは戸惑ったままだ。
「待てっ、待ってくれっ、確かに魔法について教えるとは約束したが何なのだこの大人数はっ!?」
ああ、そこに戸惑っていたんだね。確かにヨウタロウさんの前に居るのは僕らだけじゃない。
グリコと僕に挟まれるみたいにゆまは姉ちゃんが座っておりその後ろにはトロールのみんなが顔を揃えている。さらにはゆまは姉ちゃんとの打ち合わせにやって来たコボルトの職人さんたち、ケガをしたグリコの存在を僕たちに教えてくれたハーピィなどの姿が見える(それに気が付いたグリコがちょこちょことハーピィの側まで寄ってってお礼を言っていた)。
シャノンの居る穴の向こう側にもたくさんのヒト。吹田さんを始めとし鮫肌さんや太郎さん花子さん、他にも僕が会った記憶のない異種属調査室のメンバー。さらにさらに人影の奥の方にはじいちゃんやばあちゃんの姿まである。
「いやぁ、ヨウタロウさんと別れた後に色々とあって……」
本当に色々とあったんだよ。
まず最初にアオちゃんとグリコが食事の時間にゆまは姉ちゃんに明日ヨウタロウさんが魔法について教えてくれるってうれしそうに話したんだ。
で、ゆまは姉ちゃんが「そう、それは楽しそうね」って微笑みながら返したのね。
アオちゃんがさらに言葉を重ねる。「まほうについてくわしくなったらいまガンバっているまほうもきっとつかえるようになるよね♪」って。
多分だけどこの時点でゆまは姉ちゃんは僕たちがゆまは姉ちゃんに隠し事をしている事に気が付いたんだと思う。だってお代わりのお粥を注ぐフリをして僕の側に座って逃げ場を塞いできたんだもの。
でも狡猾なゆまは姉ちゃんはそんなことおくびにも出さずに会話を続けたんだ。
「へぇ、アオちゃん新しい魔法を覚えるの? でもそんな必要あるのかしら? アオちゃんの『魔法のミサイル』って強力じゃない、倒せない相手だなんて何時かのキマイラやヨウタロウさんくらいの強い幻獣ぐらいでしょう? この辺の獣ならアオちゃんの魔法で一発だもの」
「キュキュッ! キューッ!」
それに応えてアオちゃんのが反論を口にする。
「アオちゃんのまほうはつよいけどたくさんのあいてにはきかないの。だからたくさんのへいたいさんがおそってきてもみんなをまもれるまほうをおぼえるんだっ!」
「兵隊さん? アオちゃんは兵隊さんを相手に戦うつもりなの?」
「アオちゃんっ! それいじょうは……」
とっさにヤバイと思ったんだろう、グリコがアオちゃんを止めようとしたんだけれどもそれはゆまは姉ちゃんのひと睨みで留められた。
「グリコ、良い子だから今は黙っててね。それでアオちゃん、その兵隊さんはどこの兵隊さんなのかな? もしかしてそれってみんなの帰りが何時も遅いのと関係あったりしたりしちゃったりしちゃうの~? ねぇ、ナッちゃ~ん、ナッちゃんはお姉ちゃんに秘密なんて無いわよね~♪」
僕の首にがっしりと腕を回してゆまは姉ちゃんが訊いてくる。
嗚呼、終わった。
僕は手にしていたお椀と匙を置いて天を仰いだ。
あいにくと上には天井があったお陰で天まで僕の嘆きは届かなかった様だ。
グリコには口止めをしたけれど、僕だってゆまは姉ちゃんに迫られたら黙ってなんかいられない。
「…………実は」
僕は天に助けを求めるのを諦めてゆまは姉ちゃんにすべてを話した。
ヴィアテ帝国って海の向こうの国がこの大陸を侵略しようとしてて何頭かの幻獣の縄張りがもう既に攻められ敗北した事。
そしてその軍隊がもう間もなくこのトロール族の集落にも押し寄せてくる事。
ヨウタロウさんやトロール族のみんなはそれも運命であり、それでも幾人かのトロールは生き残るであろうから受け入れようとしている事。
だけど僕たちはそれを受け入れる事なんか出来ないから帝国に対抗しようと毎日戦う訓練をしている事。
それと平行して吹田さんに頼んで此方と彼方を繋げている穴の研究を急がせてトロールのみんなをいざとなったら僕たちの世界へと逃がそうと考えている事。
ひと通りの説明が終わる。ゆまは姉ちゃんはどんな反応をするのだろう?
ずいぶんと長くしゃべっていたので僕はひどく喉が乾いてしまっていて下に降ろしたままであったお椀を手にして中のお粥を口に入れようとしたんだ。
けれどお粥が僕の口に入ることはなかった。
だって僕の首を掴んだままだったゆまは姉ちゃんの腕が素早い動きで腰に回されたと思ったらその瞬間、僕はスゴい力でもってゆまは姉ちゃんに抱えあげられたのだから。
「おねえさまっ!?」
「キューッ!?」
突然の事に驚くグリコとアオちゃん、けれどゆまは姉ちゃんはそれにも答えようとせずに僕を抱えたまま外へと飛び出した。
「た、タンマタンマッ! ちょっと止まってよっゆまは姉ちゃんっ!」
僕の制止の声もゆまは姉ちゃんには届かない。
いきなり部屋から僕を小脇に抱えて飛び出してきたゆまは姉ちゃんを見てトロールのみんなが驚いている。
「みんなっ、ゆまは姉ちゃんを止めてっ!」
僕の叫び声に反応した数人のトロールたちがとっさにゆまは姉ちゃんの行く手を遮ろうと両手を大きく広げるけれど、ゆまは姉ちゃんはまるでワールドカップの名フォワードよろしくその隙間をすり抜ける。
「キューッ!」
だけどトロールたちを避けるのに速度が少しだけ落ちた。その隙を突くようにアオちゃんが僕の脚にしがみつき。
「おねえさまっ、おちついてくださいっ! いったいどうされたのですかっ!?」
大きな翼をはためかせグリコはゆまは姉ちゃんの前に舞い降りた。
「はっ、はぁっ、ナッちゃんを逃がすのよっ! はっ、ここに居たらその帝国の軍隊ってのがやって来るんでしょう? だったらもっと遠くへ… 軍隊のやってこない遠くへっ、ナッちゃんを逃がさなきゃ危ないじゃないっ! グリコッ、そこを退いてちょうだいっ!」
グリコに行く前を塞がれては逃げ切れないと観念したのだろうか、ゆまは姉ちゃんはそう言ってグリコに退くように命じる。
だが普段はゆまは姉ちゃんに従順なグリコもそこをガンとして退こうとはしない。
「おねえさま、どこまでにげたってていこくはおってきます。たとえもりのおくふかくだろうと、けわしいやまのうえであろうと、ふもうのこうやだろうと、ていこくがけんざいならばかれらはどこまでもどんよくにはんとをひろげようとしつづけるのですから……」
「わたしがははとくらしていたやまだってふかいたににかこまれていたんです。けれどかれらはやってきてははをころしたんですから……」そう悲しげに呟いてグリコは悔しげに地面を睨んだ。
「……だったら、だったらどうしたらいいって言うのよっ!? 私はナッちゃんが居ればそれで良いのっ! ナッちゃんが幸せに笑っててさえいれば良いのにっ! ナッちゃんが幸せでさえいれば他の事なんてどうだっていいのにっ! どうしてそんなささやかな願いすら叶えてくれないのよ……」
ゆまは姉ちゃんの言葉は彼女を慕うグリコにとってはショックだっただろう。けれどもグリコはへこたれもせずに言葉を重ねる。
「だからつよくなろうとしてるんです。わたしも、アオちゃんも、ナッちゃんも、シャノンちゃんだって、みんなじぶんたちをおさえつけようとするわるいやつらなんかにまけないようにってつよくなろうとしているんですよ」
「……グリコ」
ゆまは姉ちゃんの僕を掴んでいた腕の力が弱まって僕は地面に降ろされた。
「おねえさま、にげようとしないでください。いちどにげてしまうとはむかうゆうきもよわってしまいます。おねえさまがつよくてやさしいのはわたしがよくしっています。だからそのままつよいおねえさまでいてください」
「いちどにげだしたわたしがいうのもなんですけれどね」と、苦笑するグリコの首にだらりと力を失ったゆまは姉ちゃんの両腕が廻される。
「ごめん、ごめんなさいね、グリコ、お姉ちゃん突然の事に混乱しちゃってたみたい、本当にごめんなさい、許してくれる?」
震えながら抱き着いてきたゆまは姉ちゃんの頬にグリコもその頬を重ねた。
「ゆるすもなにもありません、おねえさまはやっぱりつよくてやさしいおねえさまだったじゃありませんか。 さきほどのことなどこんらんしていればあることです」
「…ん、けどグリコにもヒドイ事、言っちゃった」
「ふふ、『ナッちゃんがいればそれでいい』ですか? いまだけです、いまだけ。そのうちに『ナッちゃんとグリコだけ』っていわせてみせますから、かくごしていてくださいね」
「ふふふ、グリコは強いのね」
「そうですよ? おねえさまのグリフォンはつよいんです。だからおねえさまもナッちゃんも、アオちゃんだってグリコがまとめてまもっちゃうんですから」
「頼もしいのね、私のグリフォンは」
「うふふ、えんりょなくたよってくれていいんですよ」
抱き合ってクスクスと笑うゆまは姉ちゃんとグリコに何事かとトロールのみんなが集まってきたけれど、僕が「女の子同士のただのじゃれ相いだよ。気にしないで」って解散を促した。
翌朝、グリコと一緒に眠ったゆまは姉ちゃんが起きてひと言。
「今日の夕方からお姉ちゃんも訓練に参加するから。あ、今日はヨウタロウさんの魔法の授業なのよね? 楽しみにしてるわ」
って少しだけ赤い眼のままで僕たちに宣言したんだ。
「ふむ、この場にゆまはの姿が在るのは先ほどの説明で理解した。だがゆまは以外にも多くの者が集っている説明にはなっておらんな」
ヨウタロウさんが唸るみたいに言う。
ああ、それはゆまは姉ちゃんが方々で今日ヨウタロウさんが魔法についての詳しい説明をしてくれるってのをしゃべったからだ。
朝に水汲みで出会ったトロールの子供たち、集落を歩いててあいさつを交わした大人たち、仕事の打ち合わせの際に顔を合わせたコボルトの職人さんたち、さらには定時連絡の為に穴の有る場所を訪れた太郎さん花子さん。吹田さんと鮫肌さんに至っては太郎さんたちから連絡をもらい新幹線で駆けつけたそうだ。
「魔法の講義をその筋の専門家たる幻獣本人から伺える事なんてまずないからね、こんなチャンス逃すなんてまずありえないよ」
満面の笑みを湛えて吹田さんはまだかまだかと地面にあぐらをかいている。
ちなみにトロールのみんなやコボルトの職人さんたちは魔法に興味があるって言うよりも、この場所に住まわせてくれた尊敬するヨウタロウさんのアリガタイお話が聴けるって感じて集まったみたい。
あれだよね、どっかの立派なお寺のお坊さんのお説教を聴きに集まるお年寄りっぽい感じなのかな?
「さらには源次までっ!? 何故貴様までこの場に居るのだっ!?」
そう、この集まりには僕のじいちゃんまでが来ているのだ。
「どっかのウスっ鈍い羊野郎がうちの孫どもに一丁前にご託を垂れ流すだなんて話を耳にしたんでな、いったいどんなご高説をのたまってくれるのかひとつ嗤ってやろうって馳せ参じたのさ。ささ、ヨウタロウセンセー様、遠慮はいらねーよそのアリガタイ講義ってヤツをワシらに聴かせちゃくれねぇかい」
「くっ、相変わらずのヒトを喰った様な口振り、全く持って貴様と言うニンゲンはっ!」
「おう、ワシってニンゲンが何だってんだ? テメェだってちっと体躯がデカくなったからってその小賢しい性格はちっとも変わらねぇっ!」
「黙れっ! 我がこうして強く賢い幻獣となったのも常に困難を克服せんと考え続けたお陰なのだっ、如何な旧き友とて愚弄するならば容赦は出来んぞっ!」
「はーっ、困難ときたかい、ソイツはどんなコンナンだよ、コンナンかい? それともアンナンかい? ドンナンだよヨウタロウセンセー様よっ!?」
「くくっ、老いぼれてまた一段と口達者になりおって……」
じいちゃんとヨウタロウさんの息の合った掛け合いは置いといてはやく始めて欲しいなぁ、ヨウタロウさんまだぁ~?
シャノンもヨウタロウさんの授業に参加する都合上ここでしか授業が行えないからだ。
「「「「「ヨウタロウ先生っ、おねがいしますっ!!!」」」」
「ちょ、少し待ちたまえっ」
授業に参加するメンバー全員が集まったので僕らはヨウタロウさんに始業のあいさつをした。けれど何故かヨウタロウ先生はそんなやる気に満ち満ちた僕らに制止の声を掛けてくる。
「キュ~ッ、キュゥゥッ」
「え~、ヨウタロウセンセーはやくじゅぎょうしようよー」ってアオちゃんも急かすけれどもヨウタロウさんは戸惑ったままだ。
「待てっ、待ってくれっ、確かに魔法について教えるとは約束したが何なのだこの大人数はっ!?」
ああ、そこに戸惑っていたんだね。確かにヨウタロウさんの前に居るのは僕らだけじゃない。
グリコと僕に挟まれるみたいにゆまは姉ちゃんが座っておりその後ろにはトロールのみんなが顔を揃えている。さらにはゆまは姉ちゃんとの打ち合わせにやって来たコボルトの職人さんたち、ケガをしたグリコの存在を僕たちに教えてくれたハーピィなどの姿が見える(それに気が付いたグリコがちょこちょことハーピィの側まで寄ってってお礼を言っていた)。
シャノンの居る穴の向こう側にもたくさんのヒト。吹田さんを始めとし鮫肌さんや太郎さん花子さん、他にも僕が会った記憶のない異種属調査室のメンバー。さらにさらに人影の奥の方にはじいちゃんやばあちゃんの姿まである。
「いやぁ、ヨウタロウさんと別れた後に色々とあって……」
本当に色々とあったんだよ。
まず最初にアオちゃんとグリコが食事の時間にゆまは姉ちゃんに明日ヨウタロウさんが魔法について教えてくれるってうれしそうに話したんだ。
で、ゆまは姉ちゃんが「そう、それは楽しそうね」って微笑みながら返したのね。
アオちゃんがさらに言葉を重ねる。「まほうについてくわしくなったらいまガンバっているまほうもきっとつかえるようになるよね♪」って。
多分だけどこの時点でゆまは姉ちゃんは僕たちがゆまは姉ちゃんに隠し事をしている事に気が付いたんだと思う。だってお代わりのお粥を注ぐフリをして僕の側に座って逃げ場を塞いできたんだもの。
でも狡猾なゆまは姉ちゃんはそんなことおくびにも出さずに会話を続けたんだ。
「へぇ、アオちゃん新しい魔法を覚えるの? でもそんな必要あるのかしら? アオちゃんの『魔法のミサイル』って強力じゃない、倒せない相手だなんて何時かのキマイラやヨウタロウさんくらいの強い幻獣ぐらいでしょう? この辺の獣ならアオちゃんの魔法で一発だもの」
「キュキュッ! キューッ!」
それに応えてアオちゃんのが反論を口にする。
「アオちゃんのまほうはつよいけどたくさんのあいてにはきかないの。だからたくさんのへいたいさんがおそってきてもみんなをまもれるまほうをおぼえるんだっ!」
「兵隊さん? アオちゃんは兵隊さんを相手に戦うつもりなの?」
「アオちゃんっ! それいじょうは……」
とっさにヤバイと思ったんだろう、グリコがアオちゃんを止めようとしたんだけれどもそれはゆまは姉ちゃんのひと睨みで留められた。
「グリコ、良い子だから今は黙っててね。それでアオちゃん、その兵隊さんはどこの兵隊さんなのかな? もしかしてそれってみんなの帰りが何時も遅いのと関係あったりしたりしちゃったりしちゃうの~? ねぇ、ナッちゃ~ん、ナッちゃんはお姉ちゃんに秘密なんて無いわよね~♪」
僕の首にがっしりと腕を回してゆまは姉ちゃんが訊いてくる。
嗚呼、終わった。
僕は手にしていたお椀と匙を置いて天を仰いだ。
あいにくと上には天井があったお陰で天まで僕の嘆きは届かなかった様だ。
グリコには口止めをしたけれど、僕だってゆまは姉ちゃんに迫られたら黙ってなんかいられない。
「…………実は」
僕は天に助けを求めるのを諦めてゆまは姉ちゃんにすべてを話した。
ヴィアテ帝国って海の向こうの国がこの大陸を侵略しようとしてて何頭かの幻獣の縄張りがもう既に攻められ敗北した事。
そしてその軍隊がもう間もなくこのトロール族の集落にも押し寄せてくる事。
ヨウタロウさんやトロール族のみんなはそれも運命であり、それでも幾人かのトロールは生き残るであろうから受け入れようとしている事。
だけど僕たちはそれを受け入れる事なんか出来ないから帝国に対抗しようと毎日戦う訓練をしている事。
それと平行して吹田さんに頼んで此方と彼方を繋げている穴の研究を急がせてトロールのみんなをいざとなったら僕たちの世界へと逃がそうと考えている事。
ひと通りの説明が終わる。ゆまは姉ちゃんはどんな反応をするのだろう?
ずいぶんと長くしゃべっていたので僕はひどく喉が乾いてしまっていて下に降ろしたままであったお椀を手にして中のお粥を口に入れようとしたんだ。
けれどお粥が僕の口に入ることはなかった。
だって僕の首を掴んだままだったゆまは姉ちゃんの腕が素早い動きで腰に回されたと思ったらその瞬間、僕はスゴい力でもってゆまは姉ちゃんに抱えあげられたのだから。
「おねえさまっ!?」
「キューッ!?」
突然の事に驚くグリコとアオちゃん、けれどゆまは姉ちゃんはそれにも答えようとせずに僕を抱えたまま外へと飛び出した。
「た、タンマタンマッ! ちょっと止まってよっゆまは姉ちゃんっ!」
僕の制止の声もゆまは姉ちゃんには届かない。
いきなり部屋から僕を小脇に抱えて飛び出してきたゆまは姉ちゃんを見てトロールのみんなが驚いている。
「みんなっ、ゆまは姉ちゃんを止めてっ!」
僕の叫び声に反応した数人のトロールたちがとっさにゆまは姉ちゃんの行く手を遮ろうと両手を大きく広げるけれど、ゆまは姉ちゃんはまるでワールドカップの名フォワードよろしくその隙間をすり抜ける。
「キューッ!」
だけどトロールたちを避けるのに速度が少しだけ落ちた。その隙を突くようにアオちゃんが僕の脚にしがみつき。
「おねえさまっ、おちついてくださいっ! いったいどうされたのですかっ!?」
大きな翼をはためかせグリコはゆまは姉ちゃんの前に舞い降りた。
「はっ、はぁっ、ナッちゃんを逃がすのよっ! はっ、ここに居たらその帝国の軍隊ってのがやって来るんでしょう? だったらもっと遠くへ… 軍隊のやってこない遠くへっ、ナッちゃんを逃がさなきゃ危ないじゃないっ! グリコッ、そこを退いてちょうだいっ!」
グリコに行く前を塞がれては逃げ切れないと観念したのだろうか、ゆまは姉ちゃんはそう言ってグリコに退くように命じる。
だが普段はゆまは姉ちゃんに従順なグリコもそこをガンとして退こうとはしない。
「おねえさま、どこまでにげたってていこくはおってきます。たとえもりのおくふかくだろうと、けわしいやまのうえであろうと、ふもうのこうやだろうと、ていこくがけんざいならばかれらはどこまでもどんよくにはんとをひろげようとしつづけるのですから……」
「わたしがははとくらしていたやまだってふかいたににかこまれていたんです。けれどかれらはやってきてははをころしたんですから……」そう悲しげに呟いてグリコは悔しげに地面を睨んだ。
「……だったら、だったらどうしたらいいって言うのよっ!? 私はナッちゃんが居ればそれで良いのっ! ナッちゃんが幸せに笑っててさえいれば良いのにっ! ナッちゃんが幸せでさえいれば他の事なんてどうだっていいのにっ! どうしてそんなささやかな願いすら叶えてくれないのよ……」
ゆまは姉ちゃんの言葉は彼女を慕うグリコにとってはショックだっただろう。けれどもグリコはへこたれもせずに言葉を重ねる。
「だからつよくなろうとしてるんです。わたしも、アオちゃんも、ナッちゃんも、シャノンちゃんだって、みんなじぶんたちをおさえつけようとするわるいやつらなんかにまけないようにってつよくなろうとしているんですよ」
「……グリコ」
ゆまは姉ちゃんの僕を掴んでいた腕の力が弱まって僕は地面に降ろされた。
「おねえさま、にげようとしないでください。いちどにげてしまうとはむかうゆうきもよわってしまいます。おねえさまがつよくてやさしいのはわたしがよくしっています。だからそのままつよいおねえさまでいてください」
「いちどにげだしたわたしがいうのもなんですけれどね」と、苦笑するグリコの首にだらりと力を失ったゆまは姉ちゃんの両腕が廻される。
「ごめん、ごめんなさいね、グリコ、お姉ちゃん突然の事に混乱しちゃってたみたい、本当にごめんなさい、許してくれる?」
震えながら抱き着いてきたゆまは姉ちゃんの頬にグリコもその頬を重ねた。
「ゆるすもなにもありません、おねえさまはやっぱりつよくてやさしいおねえさまだったじゃありませんか。 さきほどのことなどこんらんしていればあることです」
「…ん、けどグリコにもヒドイ事、言っちゃった」
「ふふ、『ナッちゃんがいればそれでいい』ですか? いまだけです、いまだけ。そのうちに『ナッちゃんとグリコだけ』っていわせてみせますから、かくごしていてくださいね」
「ふふふ、グリコは強いのね」
「そうですよ? おねえさまのグリフォンはつよいんです。だからおねえさまもナッちゃんも、アオちゃんだってグリコがまとめてまもっちゃうんですから」
「頼もしいのね、私のグリフォンは」
「うふふ、えんりょなくたよってくれていいんですよ」
抱き合ってクスクスと笑うゆまは姉ちゃんとグリコに何事かとトロールのみんなが集まってきたけれど、僕が「女の子同士のただのじゃれ相いだよ。気にしないで」って解散を促した。
翌朝、グリコと一緒に眠ったゆまは姉ちゃんが起きてひと言。
「今日の夕方からお姉ちゃんも訓練に参加するから。あ、今日はヨウタロウさんの魔法の授業なのよね? 楽しみにしてるわ」
って少しだけ赤い眼のままで僕たちに宣言したんだ。
「ふむ、この場にゆまはの姿が在るのは先ほどの説明で理解した。だがゆまは以外にも多くの者が集っている説明にはなっておらんな」
ヨウタロウさんが唸るみたいに言う。
ああ、それはゆまは姉ちゃんが方々で今日ヨウタロウさんが魔法についての詳しい説明をしてくれるってのをしゃべったからだ。
朝に水汲みで出会ったトロールの子供たち、集落を歩いててあいさつを交わした大人たち、仕事の打ち合わせの際に顔を合わせたコボルトの職人さんたち、さらには定時連絡の為に穴の有る場所を訪れた太郎さん花子さん。吹田さんと鮫肌さんに至っては太郎さんたちから連絡をもらい新幹線で駆けつけたそうだ。
「魔法の講義をその筋の専門家たる幻獣本人から伺える事なんてまずないからね、こんなチャンス逃すなんてまずありえないよ」
満面の笑みを湛えて吹田さんはまだかまだかと地面にあぐらをかいている。
ちなみにトロールのみんなやコボルトの職人さんたちは魔法に興味があるって言うよりも、この場所に住まわせてくれた尊敬するヨウタロウさんのアリガタイお話が聴けるって感じて集まったみたい。
あれだよね、どっかの立派なお寺のお坊さんのお説教を聴きに集まるお年寄りっぽい感じなのかな?
「さらには源次までっ!? 何故貴様までこの場に居るのだっ!?」
そう、この集まりには僕のじいちゃんまでが来ているのだ。
「どっかのウスっ鈍い羊野郎がうちの孫どもに一丁前にご託を垂れ流すだなんて話を耳にしたんでな、いったいどんなご高説をのたまってくれるのかひとつ嗤ってやろうって馳せ参じたのさ。ささ、ヨウタロウセンセー様、遠慮はいらねーよそのアリガタイ講義ってヤツをワシらに聴かせちゃくれねぇかい」
「くっ、相変わらずのヒトを喰った様な口振り、全く持って貴様と言うニンゲンはっ!」
「おう、ワシってニンゲンが何だってんだ? テメェだってちっと体躯がデカくなったからってその小賢しい性格はちっとも変わらねぇっ!」
「黙れっ! 我がこうして強く賢い幻獣となったのも常に困難を克服せんと考え続けたお陰なのだっ、如何な旧き友とて愚弄するならば容赦は出来んぞっ!」
「はーっ、困難ときたかい、ソイツはどんなコンナンだよ、コンナンかい? それともアンナンかい? ドンナンだよヨウタロウセンセー様よっ!?」
「くくっ、老いぼれてまた一段と口達者になりおって……」
じいちゃんとヨウタロウさんの息の合った掛け合いは置いといてはやく始めて欲しいなぁ、ヨウタロウさんまだぁ~?
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