夏と竜

sweet☆肉便器

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94 トマトケチャップと……

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 「お帰りなさい、ふたりとも今日はずいぶんと遅かったのね。シャノンちゃんとのお話盛り上がったの?」

 「あ、うん、ただいまゆまは姉ちゃん。帰ろうとしたらシャノンがさみしがっちゃってさ、引き止められちゃったんだよ」

 「そっかあ、こっちの世界に来てもう一ヶ月だもんね、シャノンちゃんもお話は出来ても一緒に遊んだりは出来ないからフラストレーションが溜まっちゃってるのかも知れないわね、解るわ。 
 お姉ちゃんも長い休みにはナッちゃんと居られるけれども、学校があって会えない時はどうしてもモンモンとしちゃうもん。電話でおしゃべりするとちょっと落ち着くけれどもそれだけだと足りなくって直接会いたくなっちゃうのよね」

 「あ、うん、ソウダネーワカルヨー」

 うう、ゆまは姉ちゃんに嘘をついてしまった。

 シャノンが淋しがったのは事実だけれども、実際にやってたのはおしゃべりじゃなくって帝国が侵攻してくるのに備えるための訓練だ。

 けどそれを正直に話すことはできない。だって本当のことを話したらゆまは姉ちゃんは僕のためにトロールのヒトたちを放り出して逃げちゃうからだ。

 「それで今日はどんな作業をしたの?」

 「カブに似た野菜の収穫だよ。スゴいよねー植えてから二週間ほどしかたってないのにもう獲れるんだもの、しかも豊作で一日じゃ獲りきれないから明日も収穫作業だよ。他の作物も生育がいいって一緒に収穫してたヒトが喜んでたよ。ゆまは姉ちゃんは?」

「お姉ちゃんはコボルトの鍛冶職人さんたちとの打ち合わせ。井戸が掘れたから次は荷車の車軸を鉄で造ってもらおうかと思ってね。
 あ、そー言えばコボルト族のヒト達から新しい冶金の技術を教えてもらったお礼だって言われて山ほどの卵をもらったの、トロールのみんなとも分けたけどまだたくさんあるから今日のお夕飯はオムレツにしようね」

 「わぁ、オムレツなんてひさびさだから楽しみだな、でもそうするとやっぱりケチャップがないのが残念かも」

 「ふふふ、頑張ったんだけどもね」

 「クルルルル~、キュッキュルッ~」「こっちのケチャップいや。おばあちゃんのケチャップゴハンのほうがすき」

 「そうだよねー、ばあちゃんのケチャップライス懐かしいな~」

 トマトに似た野菜はあるし作り方も吹田さんに調べてもらったんだけれどトマト以外の材料、砂糖やスパイス類の入手が難しくってケチャップは作れていない。
 
 砂糖は諦めてスパイスも代用できそうな種類を集めて作ってはみたんだけれども残念ながら満足できるモノには仕上がらなかったんだ。
 トロール族のみんなには新しい調味料だと受け入れられはしたけれど、僕らの世界で市販されているトマトケチャップを知っている身としては微妙すぎて受け入れることができなかった。

 トマトを細かく刻んで煮ている時には「うふふ、ナッちゃんとの合同作業、なんだかテンションがあがっちゃうを」ってはしゃいでいたゆまは姉ちゃんも完成品を口にすると「これは無かったことにしましょう。ナッちゃんと一緒に作ったモノがこんな風になるハズがないんだから」と態度を一転させた。
 以来僕らの作ったトマトケチャップもどきはトロール族のみんなには食べられているけれども僕たちの間では禁忌の調味料として扱われている。

 いや、食べられないくらい不味いわけじゃないんだよ? けどなんて言うのかな、見た目は完全にトマトケチャップなのに酸っぱさが強くってまったく甘味がない調味料を口にするとさ、こっちの世界での僕らにできることの限界を思い知らされているみたいでなんだか無力感が襲ってくるんだもの。

 目で見てこれは無理かもって思うよりも味で感じるほうが絶望感って強いんだよね。

 そんなとりとめもない話をしながら森のなかを集落に向かっていると僕らの前に一羽のハーピィが舞い降りてきた。

 「あら、今日はみんなと一緒じゃないのね」

 親しげに声をかけるゆまは姉ちゃん。ゆまは姉ちゃんのスマフォで僕らの世界の音楽を聴かせてあげて以来ハーピィとは親しく話をする間柄だ。
 彼女たちは特別ベッタリとすり寄ってきたりはしないんだけれど、気が付くと近くの樹の上で歌っていたりすることも多くてあいさつをすると美しい歌声でもって返してきたり手を振って応えてくれる。
 まぁ親しい隣人って立ち位置のヒトたちだ。

 たいていは群れで行動しているのでこうして一羽でいるのは珍しい。ちなみに言えばこうやってなんらかの目的をもって僕らの前に降り立つのもあまりないことだ。

 「~~~♪ ~~~♪」

 僕らの前に舞い降りたハーピィは大きく翼を広げて歌を歌い出した。

 「なにかしら?」

 彼女たちは歌は歌えるけれどもしゃべることはできない。だから歌で僕らに意思を伝えたいんだろう。

 「~~~♪ ~~~♪」

 けれど僕らもハーピィとはそれほどに付き合いが多くないのでイマイチ伝えたい事柄が理解できない。

 アオちゃんやシャノンとだったらしゃべれなくっても仕草や表情なんかでちゃんとわかるんだけれどね。

 「なんだか哀しそうな、それでいて慌てているみたいな曲調の歌だね。トロールの長老ならハーピィの言ってることもわかるかな?」

 「どうかしら? もしかしたら私たちにだけ知らせたいのかも知れない、あんまり他のヒトたちに教えるのはマズイんじゃないかしら」

 「うーん、でもわからないんじゃどうしようもないよ」

 その時、僕が考えていたのはもしかしたら帝国が攻めてきたんじゃないかってこと。それならば長老達に知らせて逃げ出す準備をしなきゃいけない。

 いっこうに理解しようとしない僕らに苛立ったのかハーピィが僕の後ろにまわってグイグイと背中を押しはじめた。

 「うわわっ」

 「ちょっ、ナッちゃん!?」

 「キュッ! キュ~ッ」
 
 アオちゃんとゆまは姉ちゃんがハーピィに押されて進む僕を追い掛けてくる。

 「わぷっ!」

 木々の間のうっそうとした茂みに押し付けられた僕は足を木の根に捕られ蹴躓いてしまった。

 倒れそうになった身体を支えるため、両腕を前に掲げたんだけれども目をつむっていたせいで掴むものがなく僕の身体は進行方向へと傾げていく。

 地面に倒れるのを覚悟した僕、けれども身体に感じたのは土でも木の根でもない別な固い感触だった。
 例えるとしたらそうだな…… 硬いんだけれどもその硬さのなかに血が通っている、生き物的な硬さ? ああ、そうだ、カッチカチの筋肉の感触とかこーゆーんかも……
 それに強い獣の臭気と濃密な鉄サビみたいな臭いが鼻を刺激する。

 「んん? これって」

 ここで僕はやっと目を開けて自分がしがみついているのがなんなのかを確認した。

 薄桃色をした長めの毛に覆われた胴体、フサフサとした長い尻尾、その背中から生えたハーピィ同様の鳥の翼、そして猛禽類、ワシそのものの頭。

 「ちょっ、こっ、これって……」

 知ってる。

 実物を見るのこそ初めてだけれどもファンタジーな物語のなかじゃドラゴンと並ぶくらいに有名な幻獣。

 「グリフォンじゃないか!」

 今僕の目の前にはグリフォンが倒れていた。
 

 

 
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