夏と竜

sweet☆肉便器

文字の大きさ
上 下
94 / 117

94 トマトケチャップと……

しおりを挟む
 「お帰りなさい、ふたりとも今日はずいぶんと遅かったのね。シャノンちゃんとのお話盛り上がったの?」

 「あ、うん、ただいまゆまは姉ちゃん。帰ろうとしたらシャノンがさみしがっちゃってさ、引き止められちゃったんだよ」

 「そっかあ、こっちの世界に来てもう一ヶ月だもんね、シャノンちゃんもお話は出来ても一緒に遊んだりは出来ないからフラストレーションが溜まっちゃってるのかも知れないわね、解るわ。 
 お姉ちゃんも長い休みにはナッちゃんと居られるけれども、学校があって会えない時はどうしてもモンモンとしちゃうもん。電話でおしゃべりするとちょっと落ち着くけれどもそれだけだと足りなくって直接会いたくなっちゃうのよね」

 「あ、うん、ソウダネーワカルヨー」

 うう、ゆまは姉ちゃんに嘘をついてしまった。

 シャノンが淋しがったのは事実だけれども、実際にやってたのはおしゃべりじゃなくって帝国が侵攻してくるのに備えるための訓練だ。

 けどそれを正直に話すことはできない。だって本当のことを話したらゆまは姉ちゃんは僕のためにトロールのヒトたちを放り出して逃げちゃうからだ。

 「それで今日はどんな作業をしたの?」

 「カブに似た野菜の収穫だよ。スゴいよねー植えてから二週間ほどしかたってないのにもう獲れるんだもの、しかも豊作で一日じゃ獲りきれないから明日も収穫作業だよ。他の作物も生育がいいって一緒に収穫してたヒトが喜んでたよ。ゆまは姉ちゃんは?」

「お姉ちゃんはコボルトの鍛冶職人さんたちとの打ち合わせ。井戸が掘れたから次は荷車の車軸を鉄で造ってもらおうかと思ってね。
 あ、そー言えばコボルト族のヒト達から新しい冶金の技術を教えてもらったお礼だって言われて山ほどの卵をもらったの、トロールのみんなとも分けたけどまだたくさんあるから今日のお夕飯はオムレツにしようね」

 「わぁ、オムレツなんてひさびさだから楽しみだな、でもそうするとやっぱりケチャップがないのが残念かも」

 「ふふふ、頑張ったんだけどもね」

 「クルルルル~、キュッキュルッ~」「こっちのケチャップいや。おばあちゃんのケチャップゴハンのほうがすき」

 「そうだよねー、ばあちゃんのケチャップライス懐かしいな~」

 トマトに似た野菜はあるし作り方も吹田さんに調べてもらったんだけれどトマト以外の材料、砂糖やスパイス類の入手が難しくってケチャップは作れていない。
 
 砂糖は諦めてスパイスも代用できそうな種類を集めて作ってはみたんだけれども残念ながら満足できるモノには仕上がらなかったんだ。
 トロール族のみんなには新しい調味料だと受け入れられはしたけれど、僕らの世界で市販されているトマトケチャップを知っている身としては微妙すぎて受け入れることができなかった。

 トマトを細かく刻んで煮ている時には「うふふ、ナッちゃんとの合同作業、なんだかテンションがあがっちゃうを」ってはしゃいでいたゆまは姉ちゃんも完成品を口にすると「これは無かったことにしましょう。ナッちゃんと一緒に作ったモノがこんな風になるハズがないんだから」と態度を一転させた。
 以来僕らの作ったトマトケチャップもどきはトロール族のみんなには食べられているけれども僕たちの間では禁忌の調味料として扱われている。

 いや、食べられないくらい不味いわけじゃないんだよ? けどなんて言うのかな、見た目は完全にトマトケチャップなのに酸っぱさが強くってまったく甘味がない調味料を口にするとさ、こっちの世界での僕らにできることの限界を思い知らされているみたいでなんだか無力感が襲ってくるんだもの。

 目で見てこれは無理かもって思うよりも味で感じるほうが絶望感って強いんだよね。

 そんなとりとめもない話をしながら森のなかを集落に向かっていると僕らの前に一羽のハーピィが舞い降りてきた。

 「あら、今日はみんなと一緒じゃないのね」

 親しげに声をかけるゆまは姉ちゃん。ゆまは姉ちゃんのスマフォで僕らの世界の音楽を聴かせてあげて以来ハーピィとは親しく話をする間柄だ。
 彼女たちは特別ベッタリとすり寄ってきたりはしないんだけれど、気が付くと近くの樹の上で歌っていたりすることも多くてあいさつをすると美しい歌声でもって返してきたり手を振って応えてくれる。
 まぁ親しい隣人って立ち位置のヒトたちだ。

 たいていは群れで行動しているのでこうして一羽でいるのは珍しい。ちなみに言えばこうやってなんらかの目的をもって僕らの前に降り立つのもあまりないことだ。

 「~~~♪ ~~~♪」

 僕らの前に舞い降りたハーピィは大きく翼を広げて歌を歌い出した。

 「なにかしら?」

 彼女たちは歌は歌えるけれどもしゃべることはできない。だから歌で僕らに意思を伝えたいんだろう。

 「~~~♪ ~~~♪」

 けれど僕らもハーピィとはそれほどに付き合いが多くないのでイマイチ伝えたい事柄が理解できない。

 アオちゃんやシャノンとだったらしゃべれなくっても仕草や表情なんかでちゃんとわかるんだけれどね。

 「なんだか哀しそうな、それでいて慌てているみたいな曲調の歌だね。トロールの長老ならハーピィの言ってることもわかるかな?」

 「どうかしら? もしかしたら私たちにだけ知らせたいのかも知れない、あんまり他のヒトたちに教えるのはマズイんじゃないかしら」

 「うーん、でもわからないんじゃどうしようもないよ」

 その時、僕が考えていたのはもしかしたら帝国が攻めてきたんじゃないかってこと。それならば長老達に知らせて逃げ出す準備をしなきゃいけない。

 いっこうに理解しようとしない僕らに苛立ったのかハーピィが僕の後ろにまわってグイグイと背中を押しはじめた。

 「うわわっ」

 「ちょっ、ナッちゃん!?」

 「キュッ! キュ~ッ」
 
 アオちゃんとゆまは姉ちゃんがハーピィに押されて進む僕を追い掛けてくる。

 「わぷっ!」

 木々の間のうっそうとした茂みに押し付けられた僕は足を木の根に捕られ蹴躓いてしまった。

 倒れそうになった身体を支えるため、両腕を前に掲げたんだけれども目をつむっていたせいで掴むものがなく僕の身体は進行方向へと傾げていく。

 地面に倒れるのを覚悟した僕、けれども身体に感じたのは土でも木の根でもない別な固い感触だった。
 例えるとしたらそうだな…… 硬いんだけれどもその硬さのなかに血が通っている、生き物的な硬さ? ああ、そうだ、カッチカチの筋肉の感触とかこーゆーんかも……
 それに強い獣の臭気と濃密な鉄サビみたいな臭いが鼻を刺激する。

 「んん? これって」

 ここで僕はやっと目を開けて自分がしがみついているのがなんなのかを確認した。

 薄桃色をした長めの毛に覆われた胴体、フサフサとした長い尻尾、その背中から生えたハーピィ同様の鳥の翼、そして猛禽類、ワシそのものの頭。

 「ちょっ、こっ、これって……」

 知ってる。

 実物を見るのこそ初めてだけれどもファンタジーな物語のなかじゃドラゴンと並ぶくらいに有名な幻獣。

 「グリフォンじゃないか!」

 今僕の目の前にはグリフォンが倒れていた。
 

 

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

処理中です...